「…………で、何故か霊夢さんの股にそれが生えていたと……」
「そうなのよ。早苗は話が早くて助かるわ」
「いえ何も追いついていませんが」
「早苗も巫女だったらこういう経験あるのか? 急にアレが生えてたり」
「そんな怪奇現象があったら私は幻想郷を出ていきますね。てか、巫女だからアレが生えるってどんな異変ですか」
現在、早苗が
「まぁとにかく、生活に支障がないなら問題はないと思いますよ。ただ……」
「ただ?」
早苗は現実を受け止めきれていないなりにも色々考えてくれていた。そんな時、早苗の顔が曇り始めた。
「と、トイレ……どうやるか知ってますか?」
「え? 座ってするんでしょ?」
「まぁあながち間違いではありませんが……霊夢さん。男の人の尿がどこから出てくるか知っていますか?」
「どこって……ねぇ早苗、セクハラしたいなら魔理沙にしてちょうだい」
セクハラされたと思った私は早苗を睨みつけて魔理沙を指さす。いつも早苗のセクハラの被害者は流れ弾に当たる魔理沙なのだ。何も悪いとは思わん。
「え? いいんですか魔理沙さん。じゃ遠慮なく」
「ま、待て、なんでだよ」
「いいのよ早苗。魔理沙は我慢してるだけなの。あなたが解放してあげて」
「いいんですか?」
早苗は魔理沙に許可を取ろうとしてる。ようには見えない。全身舐めまわすように魔理沙の体を見る。その目に私も魔理沙も鳥肌が立つ。
「じゃあ魔理沙さん。とりあえず胸触らせてください。揉ませてください。舐めさせてください。吸わせてください」
「え、やだやだ霊夢助けて! 早苗目が据わってる何その顔怖い!」
「ごめんね魔理沙。私の失言で早苗が暴走してしまったわ。もう誰にも止められない」
「諦めないで! 嫌だ霊夢助けてよー!」
魔理沙は本当の危機に陥った時は男口調すらも消え失せる。こういう時の早苗はマジだ。大マジなのだ。
「いぎゃあああああああっ!」
魔理沙の叫び声が博麗神社に、いやこれは叫び声というより断末魔だ。早苗怖い。
「た、助かったぜ……」
早苗の手が魔理沙に伸びる寸前で私がお祓い棒で早苗の脳天を叩いて止めてやった。
お祓い棒というのは思ったよりも硬くて、本気で数発殴れば人間は息の根を止めてしまうほどの狂気でもある。
早苗は脳天を痛々しそうに抑えながら、悔しそうに声をあげた。
「むぅ……もう少しで魔理沙さんの
「おう早苗、「胸板」ってどういうことだオラ」
早苗の挑発には簡単に乗っかってしまう魔理沙に私は心底ため息をついた。あんたさっき
「え? だって、霖之助さんや今の霊夢さんとあんまり変わらないじゃないですかその乳」
「う……」
悪気は無いのだろう。早苗の真っ直ぐな目に魔理沙はたじろぐと共に大きなショックを受けていた。
いや、これは「悪気がないように見える」だけだ。普段から悪気百パーセントの早苗の魔理沙に対する乳いじりを見てきた私達だからこそ、純粋に聞こえてしまっているだけだった。
「う、うるせーこの
「な、なんですとおぉー!? いいですか魔理沙さん! これでもまだ成長途中なんですよ!? その証拠に、私はまだ母乳が出ません! 牛だけにね!」
「うっわ……」
「早苗、今から神奈子呼んでくるから今すぐ帰りなさい。帰れ」
「本気でごめんなさい」
今私は本気で引いている。
早苗は美人の割に中身が残念少女なのだ。
いわゆる宝の持ち腐れ、豚に真珠だな。と、魔理沙が早苗に言うと必ず魔理沙が泣いて帰ってくるので、あまり言わないようにはしてる。
魔理沙にとっては早苗そのものがトラウマ級の化け物かもしれない。
外の世界出身だが何だか知らないが、色々私たちのよく分からないことも言ってくるし、終いには今みたいにクソつまんない駄洒落を言ってきたりするのだ。
私みたいな女の子が簡単に「クソ」とか言っちゃいけませんって紫に怒られたけど、早苗の駄洒落にだけは使わせて欲しい。クソ寒い。
「あっ」
「ん? どうした霊夢」
泣きそうな顔になる早苗を当たり前のように私と魔理沙は無視して、話の続きをした。
「紫に相談してみましょ。何か知ってるかもしれないし」
「まぁ、それもそうだな。おい早苗、いつまでそんな顔して隅っこにいるんだ?」
「えっ、魔理沙さんそのパターンってもしかして……「こっちに来て一緒にお茶でも飲もうぜ……」とか言ってくれるやつじゃ」
「今すぐ帰れ」
「うわあああああん!!」
魔理沙のへし折るような突き放しと、冷めた金色の眼は一部のコアな奴らには人気だろうが、あくまで一部だ。
泣き叫ぶ早苗をまたもやシカトして、私は「んんっ」と一つ咳払いをした。
「紫さーん」
私の呼び声から約一秒後、私の右隣の空間が裂ける。
そこから口のように開かれ、内部には無数の目が存在していた。いつ見ても悪趣味だ。というか悪趣味だ。
「はぁーい、呼ばれて飛び出て紫お姉さんよ。どうかしたれい…………む?」
「ええ、正真正銘霊夢さんよ」
とりあえず、叫ばないだけ魔理沙や早苗よりも優秀なのが分かる。まぁ妖怪の賢者だからそこら辺は分かっていたが。
「その反応を見るに、紫も知らなかったんだな」
「え、ちょ、霊夢? あんた何その体……なんか顔も男っぽくなって……中性的ねぇ……私の知らないうちの変化の術でも覚えたの?」
「紫、私男になったわ。術でもなんでもなく」
ポトン、と紫の扇子が右手から離れ、重力に従って畳に落ちた。
それを拾った魔理沙が広げて遊んでいる。
「お、とこ? 霊夢が?」
「そう。今日朝起きたら男になってたのよ」
「は、はぁ?!」
紫はいつの間にかスキマから全身を出して、霊夢の肩を思い切り掴んでいた。
そして、前後にぶんぶんと肩を揺らす。凄い、首がボキボキいってる。
「能力は!? 結界は!? 神社は!? 霊力はぁぁあ!?」
「お、落ち着きなさいよ紫! いだいいだいいだい!」
そろそろ脊髄がイカれてしまいそうだった。
それに気づいた紫は私から肩を離すが、顔だけはまだ焦りの色が見えた。
「ど、どどどどどどどうして!?」
某達人ゲームも顔負けの連打に笑いそうになるも、紫は至って必死なので私は堪えた。
「それが分かってたら苦労してないわよ。朝起きたら男になってたの」
「昨日と比べて変化はある!?」
「これといったものは無いわ。霊力も結界も、博麗の巫女としての力は衰えてないみたい」
「そ、そう……良かったぁ……」
紫がここに来て初めて安堵の表情を見せた。
未だに扇子で遊んでいる魔理沙から奪い取り、優雅に口元に持っていった。
「まぁとにかく、誰かの異変かどうかは他の人達の変化を見るしかないわね。霊夢が集中的に狙われてたのなら話は別だけど」
「集中的に狙われるほど恨みを買った覚えは無いんだけどね」
「霊夢は今私からヘイトを集めてるぜ」
横から魔理沙が目を細めて睨みつけてきた。
身に覚えのない私は頭からはてなマークを浮かべる。
「は? 私何かした?」
「たった今! 早苗に私を売った!」
「それは……ごめんて」
「それよりも、異変でも何でもなくて、ただの霊夢の性転換だけなら、いつも通り過ごすのが吉ね」
「ただの性転換ってなによ」
今更騒いでも仕方が無いので、湯呑みに口を付けて温かいお茶を啜る。
味覚も視覚も、今のところ変化は無い。とりあえず安心して良さそうだ。
あ、いや、視覚は随分と高くなったかな。まぁ、全員見下せるからいいわこれ。
「というわけで霊夢」
「ん? 何よ。まだあるの?」
「ええ、一番大事なことを忘れているわよ?」
紫の厳しめな声。
この声の時は決まって修行の時や異変の前の時にしか見せないいかにも「妖怪の賢者」という雰囲気を醸し出している。
この雰囲気になってしまえば、彼女の式神の八雲藍を除いて一番親しい私でも逆らうことは許されない。
「ええ、それはね」
「……」
どんな厳しい修行が待っているのだろう。
そう思って、私はもちろん、早苗や魔理沙まで息を呑んで紫の次の言葉を待っていた。
そして紫は右手に持っていた扇子の先端を力強く私の「あるところ」に指した。
「ソレ、見せなさい」
「……は?」
「男にしかついてない「ソレ」、見せなさい」
「妖怪の賢者様。一体何を言っているんですか?」
正気か。いや、大丈夫かこの賢者。
衝撃のあまり私はいつも自分がどんな口調で話しているか忘れてしまうほどだった。
「いやね、私は男性そのものに興味があるのよ。女性には百パーセント生成されないモノがあるのよ?」
「霊夢といい紫といい、装着とか生成とか言い回しがちょくちょく不穏だな」
「それでね、霊夢。男性の知り合いなんてあそこの商人くらいなのよ私って」
「はぁ……それで?」
妖怪の賢者とはいえ、やはり初心な少女なのだ。
妖怪の中でも紫に言い寄ってくる命知らずはいっぱいいるのだが、その前に藍が脳天ブチ抜いたり、紫本人がそいつらをあしらったりしているので、互いに知り合っているのは霖之助さんくらいだ。
「でも、あの胡散臭い商人のを見るのはとてつもなく嫌なの。だから、愛する霊夢のヤツなら逆に喜んで見れるかなって」
「あんたねぇ……」
霖之助さん、知らないところでめちゃくちゃ罵倒されてるわよ。また魔理沙と一緒にお菓子でも持って行ってあげようかしら。
「だから、今すぐ巫女服を脱ぎなさい。なんならスキマの中で二人っきりで楽しみましょう」
「魔理沙、ここにも変態がいたわ。対処してちょうだい」
「なんで私が変態を処理する係になってるんだよ」
「霊夢さんひどい! 私の事変態だと思っていたんですか?! 見損ないました!」
「…………」
「マゾじゃないのでそんな可哀想なものを見るような目で見ないでください普通に傷つきます」
たった四人しかいないのにこの騒がしさはなんなのだろうか。それに、ここにレミリアがもし加わってしまえば、どんな地獄絵図になるか分からん。
ここは、誰か一人に退場してもらおう。
「紫、また今度お菓子持っていくわ。藍達と一緒に食べましょ?」
「あらほんと? じゃあ、その時は私と一緒に寝てくれるかしら?」
「え、嫌よ。藍の尻尾で寝たい」
「藍のしっぽよりも私の胸の方が気持ちいいもん! ね? 夜の間は私の体は好きにしていいから……」
そう言って、誘惑するように衣服をずらして、肩を出す。そこから、だんだんと胸までもが露わになった。
「ほらぁ……これは霊夢のモノよぉ? ってちょっと待ってスペルカード出さないで私が悪かったから」
「……はぁ」
「どうしました霊夢さん。お疲れですか?」
「半分はあんたのせいでね」
「えぇ!?」
もう割と日課のようなものだ。
早苗のセクハラをあしらって、紫のよく分からん求愛行動をスルーして、今日はいないがレミリアの飛びつきを跳ね返す。
日課とは言えどもそれだけで体力の半分は持っていかれるのだ。
「……そういや、今日はレミリアは来ないんだな」
「そういえば来てないわね。まぁ、レミリアはいない方が平和よ」
「霊夢はレミリアに懐かれてるもんなぁ……今の霊夢の姿を見たら、あいつはどんな顔するんだろうな」
ありそうな未来を想像して、喉を鳴らす魔理沙。確かに私も見てみたい気がする。
あの早苗でさえ叫んでしまうほどの大事だと自分でも認知している。
「だいたい騒ぎすぎなのよ。たかが博麗の巫女の性別が反転しただけじゃない」
「……多分、そう言えるのは霊夢さんだけでしょうね」
「……男になったって言っても、あんまり顔立ちは変わらないのね。女の子ですって言われても、正直疑わないわよ?」
紫がマジマジと霊夢の顔を見ながら笑う。
「ここにいる奴らはやっぱり長いこと霊夢といるから、違いにはすぐ気づいたけど、他の連中はどうだろうな」
「気づかれないならそれでいいし、気づいても放置しておけば大丈夫でしょ」
「レミリアさんや咲夜さん、萃香さんとあと……妖夢さんなんかもすぐ気づきそうですね」
「まぁ、なんでもいいわよ」
「呑気な奴だなぁ……」
その時、引戸からドンドンと二回叩かれた。
ここにいる全員が、誰か来たと思い、入口の方に目をやる。
誰だろうと思っていた四人だが、あちらの方から先に声をかけられた。
「霊夢ぅー! いい酒入ったから一緒に飲もぉーぜー!」
「……レミリアより先に萃香が来たか……」
レミリアとはまた別ベクトルでめんどくさい萃香。
鬼という種族の中では四天王と呼ばれるほどの実力者だ。萃香も早苗やレミリア同様、異変を起こして私にボコられた一人だ。
「まぁ、萃香なら融通は効くかもな」
「そうですね。理解が早いと助かるんですがね」
魔理沙の少しだけ安堵する声と早苗の少しだけ心配する声を他所に、私は玄関の引き戸を開けた。
「おぉーい! 霊夢ぅ! 酒飲もう酒! あ、他のやつは無しな。貴重な酒だからな。盃も二つしか…………ない……」
「い、いらっしゃい萃香……」
「……だ」
萃香お気に入りの酒を注ぐための伊吹瓢が萃香の右手から落ちる。
鬼という最強の種族が見せる顔ではない、勇儀が見たらきっと失望するだろうなと思いながら。
タラタラと汗を流して、カタカタと震える萃香はまるで豆を当てられている鬼のようだ。
「誰だお前ぇぇぇええええぇえぇええぇえ!!??」
うるせぇ。