交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉 作:オンドゥル大使
ザザッ、とノイズが通信網を震わせる。砂を食んだみたいだな、と思った。
『こちらブーメラン。ピッグ、聞こえているか?』
「こちらピッグ。聞こえている」
KLFのコックピットから望める視界は思ったよりも狭い。
これは塔州連合軍所属機ならばどれもが経験することだ。軍の保有する量産機――モンスーノと名づけられた機体は一様に扁平な装甲を纏っており、濃紺の機体が滑るようにトラパーの舞う空を飛んでいく。
ピッグはCFSの感度調節を少し下げた。
CFSとはコンパクフィードバックシステムの略称であり、ライダーの脳波を直接機体駆動に叩き込むことができる。そのシステムの補助を受けても、モンスーノの反応速度は鈍い。モンスーノに内蔵されているアーキタイプの型が悪いからだ。
LFOと違って、KLFは武装を積むことを前提に設計されている。そのためにアーキタイプの個性を殺すことこそが、モンスーノの安定量産に必要となってくるのだ。LFOのようにワンオフの機体というわけにはいかないのである。
ピッグはレーダーに視線を向けた。ヘルメット内部に投影されたレーダーには機影が三つある。左斜め上に視線を転じれば、トラパー濃度が分かった。十パーセント前後。安定飛行には悪くない数値だ。左斜め下にはCG補正されたスカブの大地が映る。モンスーノのコックピットには圧迫感がある。それを解消するための特殊ライダースーツなのだが、ライダースーツそのものもどこか息の詰まるような感覚が伴った。
――匂いが薄らぐからだ。
心中に独りごちて、ピッグはモンスーノと一体化している視線を高空に向けた。縮れた雲が浮かび、巨大な塔にかかっている。
黒い巨木、または太い針のような威容を持つ建造物は「塔」と呼ばれ、一つの地区に一つ必ず突き刺さっている。塔を中心としてその地区の自治を司るのが塔州連合軍の役目だ。
モンスーノ三機は今、ちょうど巡回任務の途上にあった。LFOを使って仕掛けてくるテロリストのための演習も兼ねている。
何より、LFOもKLFもたまに飛ばせてやらなければすぐに錆びついてしまう。これはトラパー波の干渉による影響もあったが、アーキタイプが飛び方を忘れてしまうのだ。量産機であるモンスーノでさえそうなのだから、LFOのメンテナンスはより大変だろう。ピッグは操縦桿を握る手の力を緩める。すると、モンスーノが即座に反応してトラパーの波を掻く速度を緩めた。隊長機の声が通信から飛ぶ。
『ピッグ機。遅いぞ。実戦での遅れは命取りになる』
「すいません。少し緩めたほうが安定飛行できるかと思いまして」
『今はトラパーの匂いを嗅いでいる場合じゃないぜ』
その声は一緒に飛んでいる機体からのものだった。同僚のニシノだ。気安い声にピッグは笑みを浮かべた。
「今は嗅いでないさ。モンスーノのコックピットはそうでなくても息が詰まる」
『お喋りをするな。巡回とはいえ、気を抜けば墜ちるぞ』
真面目だな、とピッグは思った。少しのお喋りくらいでどうこうなるシステムではないだろうに。仕方なく操縦桿を握る手に再びの力を込め、集中することにした。モンスーノのボードがトラパーの波を受け止めて加速に入る。モンスーノは初動が遅い。安定した加速にはしばらく時間がかかるだろう。ピッグは個別回線に切り替えて、ニシノへと声をかけた。
「あと、何分?」
『あと六分と五十秒。まだまだだな』
「そうか」
通信を切ると、モンスーノの機体が横に流れた。トラパーの波に沿っているせいだろう。
操縦桿で調整をしながら左手を下げ、右手を上げる。心持ち身を沈ませ、重心を低く保持する。機体バランスが調節され、木の葉のように翻弄されていた機体ががっちりとその場に縫い付けられた。あと六分も退屈な飛行を味わわなければならないのか。そう思うと気が重かったが、我慢して機体にかかるトラパーの負荷を計算した。
少しばかり重い。それと同じくらいの気分だろう、とピッグは感じた。