交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉   作:オンドゥル大使

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サンシャワー

 

 格納庫に向かうと、モンスーノ二機が待機していた。二機ともMS10である。ピッグが古巣で乗っていたのと同じタイプだ。近くに来ていたモリタに、「モンスーノが」と声をかける。

 

「ああ、うん。一応、護衛って言うか二機がダンスするだけじゃ物足りないって言う上のお達しでね。監視役みたいなものだ。煩わしいと思うけど気にしないで」

 

 ピッグは誰が乗っているのだろうか、とコックピットを気にした。もしかしたらニシノか、と思ったがありえないなと笑った。デッキに固定されているスピアヘッドへと歩み寄り、ラッタルを上ってコックピットに至った。乗り込んでコンパクドライヴの状態を確認する。ドライヴ内は正常。スピアヘッドは落ち着き払っている。対照的にピッグは少し緊張していた。デビルフィッシュのマニューバを脳裏に思い描く。あれとダンスするのだ。そう思うと身体が自然と強張った。

 

 通信ウィンドウが開く。ペインターだった。

 

『気負いすぎるな。俺たちの性能を評価したいんじゃない。機体の性能を評価したいんだからな』

 

「分かっていますよ」と軽口を返す。上が望んでいるのはより高精度のオペレーションのできるKLFだ。しかし性能を発揮できるライダーでなければ意味がない。どちらにせよ、自分の性能も測られることになる。緊張しないはずがなかった。

 

 デビルフィッシュが格納庫から滑走路へと歩み出す。滑走路には塔にあったのと同じ射出システムが内蔵されていた。スリッパ状の出撃機構に足を乗せ、片腕にボードを担いだ銀色の機体が陽光を鋭く反射する。天気は晴天だった。通信網にペインターの声が響く。

 

「ペインター、ターミナスタイプB303デビルフィッシュ、出る!」

 

 出撃機構がスライドし、デビルフィッシュを押し出した。デビルフィッシュの機体がスカブの大地へと投げ出される。推進剤を焚いて姿勢を制御し、ボードを足裏に止めた。トラパーの波を即座に捉えたデビルフィッシュの機体が上空へと昇っていく。モンスーノ二機が続き、最後にピッグの番がやってきた。スピアヘッドが格納庫を進む。ボードを持っていないのはスピアヘッドだけだ。どこか心許ないが、「サーカス・マニューバ」の性能を信じるしかない。何度もシミュレーションをしたじゃないか。

 

「……できるさ」

 

 下唇を舐めて呟き、スピアヘッドが出撃機構に乗った。出撃サインを示すランプが赤から青に変わり、ピッグは肺に溜めていた息を吐き出した。

 

「ピッグ、スピアヘッドSH101、行きます!」

 

 前面からGが圧し掛かり、スピアヘッドの機体が滑走路を流れて、空へと投げ出される。ボードがないために一瞬、どうするべきか迷ったが、すぐに昨日のシミュレーションを思い出した。「サーカス・マニューバ」のシステムを起動させ、トラパーの波を捉える。

 

 スピアヘッドの腰蓑のようなユニットが動き、トラパーを捕まえた。まるでスカートのようにトラパーの粒子が舞い散る。そこから先は思ったよりも簡単だった。スピアヘッドが自動的に最適なトラパー濃度を判断し、全身で泳ぐようにトラパーの波を掻いていく。

 

 モンスーノ二機がデビルフィッシュとスピアヘッドのために道を開ける。よく分かっているじゃないか、とピッグは口元に笑みを浮かべた。ここから先は二機だけのダンスタイムだ。デビルフィッシュは今のところ無理なマニューバを行う気配はない。ピッグは思い切ってスピアヘッドをデビルフィッシュに近づけた。すると、弾かれたようにデビルフィッシュが高空に舞い上がる。

 

 高出力の推進剤を使った急上昇だった。ピッグも負けてはいられない。スピアヘッドが空を仰いでトラパーを蹴りつける。追いつこうと必死に出力を上げたが、デビルフィッシュはまだ余裕がありそうだ。高度200のところで一旦息をつき、トラパーによる運行に切り替えた。遅れて追いついたスピアヘッドが身体を広げて、トラパーを捉える。

 

 ピッグはトラパーの匂いを嗅いだ。久しぶりのライディングで嗅いだ匂いは甘辛い。嫌いではない匂いだった。辛いのは自分が緊張しているということもあるのだろう。甘みは、この至高のダンスに参加できた喜びだろうか。

 

 今度はピッグがデビルフィッシュを試す番だった。スピアヘッドが背面に入り、デビルフィッシュの直下を泳ぐ。これは普通のLFOにもKLFにもできない技だった。背面飛行ができるのはスピアヘッドならではだ。しかし、デビルフィッシュは両手を開いたかと思うと、スピアヘッドにあわせるかのように背面に入ろうとした。いくらなんでも自殺行為だ、とスピアヘッドが退くと、デビルフィッシュがすかさず背面からターンを決め、機体を回転させる。赤い眼が間近に見えて、ピッグはどきりとした。

 

『ピッグ。その程度で俺をびくつかせようってのは甘いぜ』

 

 聞こえてきたペインターの声にピッグは、なら、とデビルフィッシュの横につけた。トラパー波が干渉し合い、弾け飛びそうになる。モンスーノならば接近警報の嵐だろう。スピアヘッドとデビルフィッシュはもつれ合うかのように、急降下した。モンスーノ二機はもちろん追いつけない。

 

 モニターしている研究班も追いついているのか分からなかったが、構わなかった。推進剤を焚いて50を切ったところで加速と上昇に転じる。アーキタイプの軋みがようやく聞こえてきた。これだけ無茶な機動でようやく軋みを上げるほど頑丈なアーキタイプならば、これ以上もいけるはずだ。

 

 デビルフィッシュも推進剤で昇ってくる。デビルフィッシュのほうが速い。推進剤の出力が違うからだと思ったが、割り切れなかった。この程度で負けてたまるかという意地が心の中で燻る。

 

 スピアヘッドが跳ね上がり、回転しながら高度を上げていく。その時、不意に前を行っていたデビルフィッシュが立ち止まり、ボードを突き上げてスピアヘッドの進路を塞いだ。トラパーの波が渦巻き、一瞬だけスピアヘッドの挙動が鈍くなる。デビルフィッシュはそのままスピアヘッドと入れ違うかのように下降していった。

今のは挑発だ。

 

 先を行っていたデビルフィッシュがプレッシャーをかけてきた。負けられない、とピッグはすぐさまスピアヘッドに降下を命じた。スピアヘッドが反転してトラパーを蹴る。ほとんど上下逆さまになって、デビルフィッシュへと追いすがった。デビルフィッシュはまだ余裕がありそうだ。ようやく追いついてきたモンスーノ二機を見やって、ピッグはデビルフィッシュに追いつくことだけを考えた。

もっと速く、トラパーの波に乗って。

 

 スカブの渓谷へとデビルフィッシュとスピアヘッドは入った。身に迫ってくるようなスカブの岩肌を見ながら、二機だけのダンスは終章を迎えようとしていた。デビルフィッシュが推進剤を焚こうとする。スピアヘッドは一拍早く、ターンして上に回った。デビルフィッシュの進路を塞ごうというのだ。

 

 しかし、デビルフィッシュは舞い遊ぶかのようにスピアヘッドの網を難なく突破した。ボードを突き上げてトラパーを減衰させ、推進剤の力で一気に抜く。力技に他ならなかったが、デビルフィッシュだからできる技だ。

 

 真上に上がったデビルフィッシュがスピアヘッドを見下ろす。スピアヘッドは完全に出遅れていた。赤い双眸に睨まれ、スピアヘッドは硬直した。

 

『そこまで』

 

 通信ウィンドウが開き、モリタが言った。

 

『いい具合だろう。性能テストの模擬戦を終了する』

 

 ピッグはそこで詰まらせていた息を吐いた。どっと疲れが襲った。緊張に晒され続けた喉が渇きを訴えている。水が飲みたかった。

 

『終わりか。まぁ、健闘だったんじゃねぇか?』

 

 ペインターの声にピッグは、「ですかね」と息をついた。この性能試験でデビルフィッシュが次世代機に上るだろう。スピアヘッドはお蔵入りか。そう考えると無性に寂しい気がして、ピッグはコンパクドライヴを撫でた。

 

「帰りましょう」

 

 ピッグがそう言って切り替えようとすると、『おい。何だこれ』とペインターの声が聞こえた。

 

「ペインター? ふざけている場合じゃないんですよ」

 

『いや、違うんだ。どうなっている? 変だ。見えない。何も見えない』

 

『B303。どうした? 何があった?』

 

 慌てた様子のグレッグの声が聞こえてくる。デビルフィッシュは痙攣するように機体を震わせた。何が起こっているのだろう。それともペインターの悪ふざけだろうか。物足りなかったから、意味のない行動を起こしたくなったのかもしれない。

 

「ペインター。帰りましょう。模擬線は終わったんですから」

 

『違う。どうなっているんだ? 本当に見えないんだ。赤が逆流してきて』

 

「ペインター?」

 

 尋ね返したその時、デビルフィッシュの双眸が赤く輝いた。瞬間、怖気が走った。それを証明するかのように、ロックオンの警告が鳴り響く。

 

 ピッグは咄嗟に操縦桿を引いた。スピアヘッドが弾かれたように動き、その場から離脱した刹那、二本のピンク色の線が空間を裂いた。直下のスカブに命中し、土煙が血飛沫のように舞う。スピアヘッドは反転してデビルフィッシュに視線を向けた。瞬間、デビルフィッシュの機体からピンク色の光条が撃ち出される。頭部と胸部を狙ってきた二本の線を、スピアヘッドはターンして間一髪かわした。

 

 通信ウィンドウを開き、「何が起こっている!」と叫ぶ。

 

『分からない。分からないが、デビルフィッシュの兵装ロックが開いている。これは……、完全に戦闘形態だ』

 

 モリタの声に目を見開く前に、接近警報が耳を劈き、激震がピッグを揺さぶった。見れば、デビルフィッシュが推進剤を焚いて一瞬にして距離を詰めて体当たりを仕掛けてきていた。銀色の機体表面を小さな円盤状の兵装が移動している。小口径フレキシブルレーザーだった。

 

 デビルフィッシュの初期装備だ。全方位へと攻撃可能なレーザー兵器だ。ピッグはデビルフィッシュを突き飛ばして離脱しようとした。デビルフィッシュがスピアヘッドを逃がすまいと、腕を掴んでくる。ピッグはディスプレイに表示されたデビルフィッシュの顔を見た。赤い眼は正気の色を浮かべていなかった。既に狂気に沈んでいる。

 

「……ライダーズハイ、か」

 




 次回ともう一話で終わります。更新が半年ほどなかったと思うのですがもうあとちょっとで終了です。
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