交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉   作:オンドゥル大使

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シェルタリング・スカイ

 

 塔の頂上には滑走路があり、全翼型の戦艦が一機、停泊していた。

 

 塔州連合軍は全翼型の戦艦が基本である。トラパーの波を受け止めるのに適した形であるのと同時に、モンスーノを大量に艦載することに適しているからだ。三角形のスカイフィッシュをそのまま模したような形の戦艦は、ピッグたちの小隊が帰還するのと入れ替わりに発着するようだった。塔の頂上となればトラパーの濃度は低い。スカブに近ければ近いほどに噴き出すトラパーの影響を受けやすいからだ。薄いトラパーの皮膜を破らないように、おっかなびっくりと機体を滑走路に滑り込ませる。既に整備班が待機しており、赤い棒を振るって誘導した。ピッグら三機はそれに従って、ゆっくりとボードから降り、歩行で格納庫へとモンスーノを進める。

 

『オーケー。ピッグ、もう出ていいぞ』

 

 整備班長からの声に、ようやくか、と思いながらピッグはコックピットハッチを開けた。格納庫の照明が眼に強く、網膜の裏に焼きつくかのようだった。ヘルメットを取ると、甘い匂いを感じた。

 

「トラパーが薄いってのに、まだ匂うか」

 

 モンスーノ自体にこびりついた匂いなのかもしれない。ピッグは用意されたラッタルを降りて、整備班と顔を合わせた。

 

「どうだった」と開口一番に聞いてくるのは眼鏡の整備スタッフだった。名前はイタクラと言ったか。いつもピッグのモンスーノを見てくれている整備スタッフの一人だった。

 

「少し重い感じがする。多分、トラパーの圧力が高いせいだと思うけど」

 

「今日の天気予報は見たか?」

 

「いや」と短く返す。

 

「晴れ、時々曇り。トラパーの風向きは南西。波は少し強い。モンスーノのボードじゃ、ちょっと厳しい天気かな」

 

「天気に左右されたんじゃ、軍のKLFとしては失格だな」

 

「それを補うのがライダーの技量だろ。まぁ、いいや。ボードの感度を少し上げておこう。そうすれば今よりかは機体が軽くなると思う」

 

「頼むよ」と言い置いてピッグはその場を去ろうとしたが、途中でニシノが立ち塞がった。ニシノは金髪に面長で、目元は涼しい。優男風に見えなくもないが、根は真面目だということをピッグは知っている。

 

「ちょっと、いいか?」

 

 断る理由も思いつかなかったので、ピッグは頷いた。ニシノと一緒に下階へと続く絵れーベーターに向かう途中、話を切り出された。

 

「お前、さっきのライディングの時に左手を下ろして右手を上げてバランスを取ったよな。あれ、どうやったんだ?」

 

 思ったよりもささやかな質問に、ピッグは内心安堵しつつ、「あれはCFSに頼っていないんだ」と言った。

 

「つまり、マニュアルで?」

 

「そう。操縦桿を少し倒して、ペダルを心持ち強く踏むとああいう形になる。機体が流れそうな時に、踏み止まりたいって思ったら使うといいよ」

 

「へぇ。どこで習った?」

 

「いや。自然とできるようになっていた」

 

「そうか。自然か」

 

 エレベーターの前でボタンを押して、来るのを待っていた。塔は大きく区分けしても五十階層ほどはある。頂上まで来るのは当然、時間がかかった。ニシノが腕を組んで、「俺もさ」と言葉を発する。

 

「ああいうのができるようになりたいんだよな。でも、CFSに頼らなきゃモンスーノの操縦さえまともにできないのに、応用は無理か」

 

「CFSの感度を下げればいい。そうすればマニュアルに近くなる」

 

「それができたら苦労はしねぇよ」

 

 ニシノは苦笑した。CFSの感度を下げるということは、よりLFOに近い操縦性を求められることになる。

 

 しかし、操縦難度ではLFOのほうが遥かに上だ。可変システムや地上でのオペレーションも念頭に置かなければならない。LFOライダーとKLFライダーでは見ている世界が違うのだ。

 

 彼らは変幻自在のトラパーの波を捉え、自在に機体を操る。CFSの補助もなく、まるで自分の身体の一部のように。そのあり方が、ピッグには少し羨ましかった。モンスーノもいつかはそうなる時が来るのだろうか。随分先の話だろうな、と思っているとエレベーターが着いた。扉が開き、二人が乗り込む。ニシノは三十階のボタンを押した。ちょうど中腹辺りで、軍人の個室があるところだ。ニシノはライダースーツの首下を開いて、風を通した。ピッグも汗ばんでいたが、それほど熱くはない。

 

「今日の匂いはどうだった?」

 

 出し抜けに放たれた質問にピッグは一瞬、何を訊かれたのかと思ったが、匂いについて訊いてくるのならばピッグの特異体質のことを言っているのだろう。

 

「甘かった。でも甘ったるいってわけじゃなくって、結構さっぱりとしていて」

 

「ふぅん。相変わらず面白いな」

 

 ニシノは微笑んだ。面白い、と言っているのはピッグにはトラパーの匂いが分かることだった。いつからかは覚えていない。物心ついた時からトラパーには匂いがあるものだと思っていた。だから、他人に匂いなんてないと言われた時にはピッグは混乱したものだった。自分が当たり前のように感じている世界が根底から引っくり返ったような気がしたものだ。

 

「さっぱりとした甘さって言うとバニラみたいな感じか」

 

「ああ、そう。それに近い」

 

 ピッグがそう返すと、ニシノは声を上げて笑った。ピッグは特に面白いことを言ったつもりではなかったので内心は複雑だったが、この体質を気味悪がられるよりかはマシだった。体質を活かせると感じて塔州連合軍に入ったのだ。KLFライダーになったのもトラパーを身近に感じられるからに他ならない。しかし、匂いとは主観的なものなので、誰かに対して役に立ったためしはない。せいぜい、酒の席で話の種になる程度だった。

 

 三十階に着いて扉が開く。ニシノとピッグは隣の部屋だった。部隊に応じて部屋が割り振られているからだ。ニシノは、「じゃあ、またな」と手を振って扉の向こうに消えていった。ピッグは部屋に入るとまず電気をつけ、バスルームに行って風呂釜に湯を張った。湯気がバスルームから溢れ、洗面所の鏡を曇らせる。

 

 ピッグは手で曇りを拭いて、自分の顔を見た。平均的な顔立ちだ。ニシノのように優男風でもない。中肉中背で、頬のラインは少し細い。眼はつり目っぽかった。どちらかといえば温厚そうに見える顔立ちだろう。鼻筋は真っ直ぐ通っていた。

 

 なぜ、「ピッグ」などとあだ名されるかといえば体質のせいだった。豚のように鼻が利くからだそうだ。誰が言い出したのかは覚えていないが、ピッグ自身、別にその名で通っても構わないと思っていた。放置していると、コードネームまでもがピッグになって、ピッグはもはや自分の本当の名前を使うことのほうが稀になっていた。

 

「不便がなくていいな」

 

 独り言を呟き、鏡を撫でる。主人が不在だった部屋の鏡は少し冷たかったが、じきに温かくなるだろう。

 

 ピッグはライダースーツを脱いで部屋着に着替えた。部屋着は黒い上下のジャージで、ラフな格好だった。ライダースーツは後でメンテナンスのために整備班に返さなくてはならない。ピッグはひとまずライダースーツをクローゼットにかけた。ライダースーツは精密機械の集まりだったが、普段の使用はライダーひとりひとりの自由である。壊してしまっても、乗るのはモンスーノだけだ。替えなんていくらでもある。ピッグはベッドに寝転がった。白い天井が視界に入る。

 

 モンスーノの操縦は激務というわけではないが、体力と集中力を使う。乗った後はそれなりに疲れているものだった。ピッグは枕元にある小型の冷蔵庫から水を取り出し、一口含んだ。搭乗時には当然のことながら水分を取れないため、身体は水分不足に陥っていることのほうが多い。ピッグは目を閉じる直前に時計を見た。次の定時召集までは三時間ある。それまで身体を休めておこう。

 

 ピッグは最初のほうはすぐに寝られるわけがないと思ったが、思ったよりも簡単に眠りの淵へと落ちていった。

 

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