交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉 作:オンドゥル大使
モンスーノがトラパーの波の中を掻くように飛んでいく。
窒息寸前の魚のように、機体は重く重力に引かれている。重力の網から逃れようと、ピッグは機体背部にある推進剤を焚いた。
青白い炎が尾を引いて、モンスーノの機体を引き上げていく。ミサイルポッドやアサルトライフルを積んだモンスーノは加速に乗るまでは時間がかかる。
しかし、今のモンスーノは丸腰だった。そのため、思ったよりも操縦桿が軽い。CFSの反応もよく、機体と自分とが繋がっている感覚があった。トラパーの圧力も弱い。そよぐような風だ。ピッグはこのままどこまでも飛んでいけたらと思った。スカブの地表が遠く離れ、東の空に星がまばらに見えてくる。
星まで飛んでいこう。
ピッグの思惟に応じるかのように、モンスーノは速度を上げた。CFSの感度を下げ、マニュアル操作に切り替える。モンスーノのマニューバとは思えない速度がピッグの身に圧し掛かった。
Gが内臓を押し上げる感覚が心地よい。普段は決して味わえない感覚だからだ。ライダースーツが食い込み、鼓動はどんどんと早くなるのに、呼吸は不自然なくらい冷静だった。
鼓動が高まり、ピッグの身体はCFSの網を超えてコックピットの外に放り出された。魂と呼ばれるものがトラパーの波を視覚と嗅覚で捉える。緑色の光がたゆたい、花畑のような甘い蜜の香りが漂っている。ピッグはモンスーノと並んで、ダンスを踊るように両手を開いた。モンスーノはボードには乗っていなかった。それどころか装甲もほとんどない。銀色のアーキタイプがむき出しになっている。単眼の頭部がピッグを見つめる。ピッグは見つめ返して、敬礼を送った。それに応じるかのように、モンスーノも片手を上げる。礼儀が分かっている、とピッグは思った。
ボードを持たないモンスーノは全身でトラパーを浴びて飛んでいた。足先からトラパーが迸り、ボードを使っている時よりも軽快な動きを見せる。滑るようにトラパーの波を捕まえるモンスーノに負けじと、ピッグも全身でトラパーを感受した。開いた身体にトラパーがかかり、視界がくるくると転じる。風車のように舞うと、モンスーノがさらに高空へと舞い上がった。単眼でピッグを見下ろす。ついてこられるか、と問いかけているかのようだった。
「ついていくさ」
呟いて、ピッグはスカイフィッシュのように全身をうねらせ、トラパーを反射する。弾けたトラパーが足先から迸って、なだらかな孤を描いた。斜めに急上昇し、モンスーノに追いつこうとする。モンスーノが機体を翻して、ピッグを待ち構えている。あの場所まで行ければ、とピッグは手を伸ばすがモンスーノがいる高みへはあと少しのところで届かない。ピッグはさらにトラパーを蹴った。それでもモンスーノの姿は蜃気楼のように遠ざかるばかりである。気づけば、モンスーノと自分は遥か、銀河の煌きの中に身を置いていた。
トラパーがない、と気づいた瞬間、ピッグの身体が浮力を失った。掴みかけていた手が空を掻き、ピッグは引っくり返った。眼下に惑星が見える。スカブで赤茶けた大地が視界いっぱいに広がった。ピッグはモンスーノを振り返る。モンスーノはさらに銀河の向こう側へと行こうとしていた。トラパーがないのに、モンスーノは緑色の燐光を棚引かせ、景色の向こうへと消えていく。それを見送りながら、ピッグは惑星へと墜落した。