交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉 作:オンドゥル大使
翌日になって霧の出ていたポイントへと調査隊が派遣された。
発見されたのはスカブに半分埋まった形になっていた隊長のモンスーノだった。アーキタイプにまで侵食が及んでおり、見た人間の話だとライダーが生きているとは到底思えなかったらしい。それでも救出作業がなされ、その日の夕方頃に塔へとモンスーノの残骸が引き上げられた。ピッグは格納庫でそれを見ていた。検査結果に問題はなかったが、念のため大事を取れとのことだった。その日はほとんどベッドの上だったが、数分程度格納庫に行くことは許可されていた。
目の前に飛び込んできたのは異様な光景だった。モンスーノの全身からスカブが張り出している。植物の根のようなスカブがアーキタイプや装甲を破り、モンスーノは原型を留めていなかった。背部ユニットへと視線を向ける。コックピットがあるはずの場所にも、スカブが侵食し、焼け爛れたようになっていた。無理やりレーザーカッターで切断したのだという。
「惨いもんだな」
いつの間にか後ろに立っていたイタクラが顎に手を添えて呟いた。ピッグは片手から伸びた点滴のチューブを揺らして振り返った。
「隊長は……」
「発見されなかったそうだ。まだ詳しい捜索を行うみたいだが、絶望的だろうな」
イタクラの声音は冷たかったが、隠し立てされるよりかはマシに思えた。ピッグはゆっくりと隊長機へと歩み寄った。背中に、「お、おい」とイタクラの声がかかる。ピッグはそれを無視して、ワイヤーで絡め取られた隊長機へと触れようとした。装甲版に触れた瞬間、甘い匂いが鼻をついた。
すぐに整備士がやってきてピッグを引き剥がす。しかし、その匂いは忘れられなかった。昨日のトラパーの匂いだ。モンスーノを振り仰ぎ、「そうか」と呟く。
「トラパーの中で死んだんだな」
スカブに侵されたモンスーノは何も返さなかった。
一週間ほど捜索が行われたが隊長は発見されず、遺体も見つからなかった。
MIA(戦闘中行方不明)の扱いを受け、葬儀はなされなかった。ピッグも自分の機体が修復されるのを待つしかなかったため、その一週間はほとんど部屋で過ごした。ニシノと会うこともなかったために、あの場で何が起こったのかを確認することはできなかった。一週間が過ぎた頃、ようやくピッグは上官に呼び出された。部屋から出る時に、ニシノとばったり出くわした。隣同士にも関わらず久しぶりの戦友との再会に、戸惑いの表情を浮かべていると、ニシノは上を指差した。
「お偉いさんが待ってるぜ」
ニシノは既に上官からの呼び出しを受けていたのだろう。それだけ言って部屋に入っていった。ピッグはブリーフィングを行うのとは別の会議室に通された。
そこではニシノの言葉通り、上官や滅多に見ることのできない塔州連合の幹部たちが席に座っていた。長い机を囲んでいる。ピッグは居心地の悪さを感じながら、座るように命じられた。端の席にピッグは座った。上官の一人がピッグの本名を呼んだ。久しぶりに名前で呼ばれたのでピッグは最初、自分が呼ばれたのだと分からなかったくらいだった。
「君が遭遇した一連の事件について説明してもらいたい」
あれは事件という扱いなのか、と認識しながらピッグは立ち上がろうとした。それを上官の一人が制する。
「ああ、そのままそのまま。落ち着いて、ゆっくりと説明してくれ」
「はぁ……」
生返事を返して、ピッグはつい一週間前の戦闘を頭の中に呼び戻した。順を追って説明しようとすればするほど、あれが現実だったのか疑わしく思える。しかし、現実だったからこそ上官たちは自分をこのような場に招いたのだ。ピッグが説明を終えると、上官の一人が「ふむ」と神妙に頷いた。髭の濃い、片目にモノクルをつけた上官だった。
「それは何だったと思う?」
「敵の正体についてですか?」
「そう、君は敵と判断したんだね」
言葉が妙に浮いて聞こえたが、ピッグはひとまず頷くことにした。髭を撫でながら上官は言葉を継いだ。
「あれは何だったのか。実際に戦った者の見地を聞きたい」
「自分は一軍人です。敵を判断するような聡明な頭は持ち合わせておりません」
「感想でいいんだ。何だったと思う?」
尋ねられて、ピッグは返答に窮した。あれは何だったのか。光の槍、モンスーノを呑み込んだスカブ、刺激臭のトラパー――。行き過ぎるそれらの事実を頭の中で整理しながら、ピッグは一つの解答を導き出した。
「敵ではないのかもしれません」
その言葉にモノクルの上官は意外そうに目を見開いた。しかし、すぐに温和な表情の中に驚きの色を隠す。
「それは、どうして?」
「分かりませんが、自分は敵対対象ではなかったように感じました」
「それが君の感想かね」
他の上官が嘲るように口を差し挟む。モノクルの上官は手を掲げて、その言葉を制した。
「なるほど。貴重な意見が聞けた。ありがとう」
戸惑うピッグへと、「行ってよし」との声がかけられた。ピッグは深く頭を下げて、会議室を後にした。
転属命令が下ったのは、それから一週間後のことだった。
「辞令ですか」
返した言葉に、口髭の濃い上官は「そうだ」と硬い声で返した。今、ピッグがいるのはこの塔を管理する指揮官室だ。当然、目の前の上官は指揮官である。あの日にブリーフィングルームで見た顔だった。上官の言葉に、ピッグは納得できなかった。
「どうしてです。自分が何かしましたか?」
「何も。ただ上からの命令だ。私も逆らえん」
上官はそう言葉を発して、椅子から立ち上がった。背中を向けて、ガラス張りの外の景色を見下ろす。指揮官室は一面がガラス張りだった。外を全翼型の船舶が行き過ぎていく。トラパーの波を全身で捉えて泳いでいた。羨ましい、とピッグは思った。あのように飛べたら、と感じた瞬間、もう何日飛んでいないのか、と自身に問いかけた。モンスーノの修復は終わっているはずである。だというのに、巡回任務にすら駆り出されない。ニシノは巡回に度々出ていることが分かった。しかし、自分に声がかかることはなかった。
「君は二日後に転属先に行ってもらう」
有無を言わさぬ口調に、ピッグは問い詰めても無駄であろうと感じた。上官が振り返り、ピッグを硬い視線で見つめた。
「転属先はトレゾア。トレゾア技術研究所だ」
二日後にピッグは格納庫で久しぶりの愛機を見ることができた。
モンスーノの修復は終わっていた。しかし、乗り込んだのは自分ではない、別のライダーだった。イタクラが船舶に乗り込もうとしていた自分がそこで固まっていることに気づく。歩み寄って、「申し訳ない」と頭を下げた。
「俺の口からは言えなかった」
ピッグはしばらく唖然としていた。自分の機体だったはずのモンスーノMS10が射出されて、ようやくイタクラの言ったことが理解できた。
つまりピッグは干されたのだ。
「どうして。何もしていない」
「上からの命令だった。お前を出させるなって」
「また、上か……」
何らかの因果を感じつつ、ピッグは歯噛みした。唯一の拠り所だと思っていた愛機すら誰かに奪われていたなんて思いもしなかった。世界の全てが自分を騙していたような気がした。
「俺にはお前を送り出すことぐらいしかできない。すまない、何もできなくって」
「いや、イタクラはいい仕事をしてくれていた。それで充分だよ」
半分は自分に言い聞かせるつもりで口にした。イタクラは少しだけ笑って、「そう言ってもらえると、俺もありがたい」と言った。
「お前の足を引っ張っていたかもしれないと思うと、夜も眠れなくってな」
「ニシノは?」
尋ねた声に、イタクラは格納庫の外を指差した。
「もう出てる」
ピッグは格納庫から望める景色の中に三つの緑色の流星が青空を裂いていくのを見た。新しい小隊なのだろう。ニシノは小隊長だろうか。確かめようとしたが、やめておいた。知ってもどうにかなるものではない。ピッグは何か気の利いたことでも言おうとしたが、喉からは何も出てこなかった。代わりのように、ピッグは片手を掲げた。
「何?」
「お別れの代わりに、コーヒーでももらおうかと思って」
その言葉にイタクラは笑顔になって、「おお、いいぞ」とテントまで駆けていった。その後姿から視線を外し、ピッグは外を見た。穏やかな気候だ。トラパーの匂いも安らかで、仄かにしょっぱい。ピッグは肺の中に今日の空気をめいいっぱい吸い込んだ。もうここで戦えることはないのだ。だったら、最後の空気だった。しばらく待っていると、イタクラがコーヒーカップを持って駆け寄ってきた。コーヒーを口に含む。何故だか、そのコーヒーの味もしょっぱく感じた。あるいは、それが本来の味だったのかもしれない。