交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉   作:オンドゥル大使

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フィールドワーク

 

 モリタに案内され、ピッグはトレゾア技研の研究者たちと会った。

 

 最初に目にしたのは、白衣姿の女性二人だった。片方の髪は淡い赤で、もう片方は金髪だった。金髪のほうは眼鏡をかけている。どちらもすらりとした細身で、背の高い女性だった。二人は同じ研究室の中でコーヒーを飲んで談笑をしている最中だった。

 

「お邪魔だったかな」

 

「いえ、今は特に何も」

 

 赤い髪の女性が応じる。ピッグの姿を認め、「その方は?」と尋ねた。

 

「ああ。彼はピッグ。本日付でこの研究所に配属になった。KLFライダーだ」

 

「よろしくお願いします」とピッグが頭を下げると、金髪の女性が笑った。

 

「ベアにピッグって、ここは動物園かしら?」

 

「ソニア。失礼よ」

 

 赤い髪の女性が言い咎めると、ソニアと呼ばれた女性は口元に手を当てた。赤い髪の女性がピッグへと歩み寄って手を差し出す。どうやら今日は誰かと会う度に握手をすることになりそうだと思った。

 

「ミーシャです。ミーシャ・イーガン。アーキタイプの研究をしているわ。よろしく」

 

 ピッグはその手を握り返した。骨ばった手だった。

 

「夫も研究者なんだけど今は手が離せないから、今日は会えないと思うわ」

 

「すぐに分かるわよ。ドクターベア。あの太っちょじゃね」

 

 ソニアが微笑みながら口にする。ミーシャは特に気分を害した様子はなかった。日常茶飯事なのだろう。

 

 手を離すと、ソニアが歩み寄ってきて頭を下げた。どうやら握手はしないらしい。

 

「ソニア・ワカバヤシです。コーラリアンの調査研究をしているわ」

 

 耳慣れない言葉にピッグは首を傾げた。コーラリアンとは何なのだろう。その疑問を読み取ったのか、モリタが早口に言った。

 

「君の疑問に関してはおいおい答えるとしよう。とにかく、今のトレゾアの研究者陣はこのような具合だ。何か、他に質問は?」

 

「あの」

 

 ピッグは片手を上げる。「どうぞ」とモリタが教師のように促した。

 

「イアン・レッカード少尉という方がいますよね。彼は?」

 

「ああ、ペインターか」

 

 モリタが得心したように何度か頷いた。

 

「彼も君と同じだよ。KLFライダーだ。我が技研の中でもトップクラスの実力の持ち主さ」

 

「尤も、駐留しているKLFライダーはあなたとペインターしかいないんだけどね」

 

 ミーシャが笑った。それにつられたように全員が朗らかに笑む。

 

「とにかく、存分に実力を発揮できる環境だと思うし、君が望むことならばできる限りのことは応えよう。我々研究者はそのためにいるんだからね」

 

 モリタの言葉に、ピッグは整備士たちを思い返した。彼らもまた同じような気持ちで自分を送り出してくれていたのだろう。

 

 ピッグは軽く経歴を聞かれた後、モリタに連れられ部屋に通された。前とさほど変わったところはない。KLFライダーの部屋としては狭くもなく広くもなかった。水周りをモリタが確認してから、ピッグに向き直る。

 

「ここは今日から君の部屋だ。好きなように使うといい」

 

「ありがとうございます。あの……」

 

 呼び止めると、部屋から出ようとしていたモリタは足を止めてピッグを見やった。

 

「いつ頃、飛べるんでしょうか」

 

 愛機が他人に乗られていた時の虚無感を思い出す。あのような感覚をもう味わいたくない。KLFライダーとして必要とされているのならば、ここでは飛ぶことを要求されるはずだ。ならばできる限り早く飛びたかった。モリタはこめかみを掻きながら、困ったように尋ねる。

 

「そんなに飛びたいのかい?」

 

「ええ、できる限り早く」

 

 ピッグの急く様子を怪訝そうにモリタは見つめる。ピッグはそれっぽい言い訳を探した。

 

「感覚を忘れてしまうので」

 

 そう言うとモリタは少し納得したようだった。

 

「なるほどね。確かに実験スケジュールは私の管轄だけど、それでも絶対じゃない。ここではほとんどみんな平等なんだ」

 

「平等、ですか」

 

「そう。権利は平等にある。誰かが誰かを虐げるなんてことはない。上下関係は一応設定されているけれど、しがらみはないに等しい。だから、君とペインターが飛びたいと思うなら、私たちはすぐにでも対応しよう。彼には会ったかい?」

 

「ペインターですか? 会いました」

 

「どういう印象だった?」

 

「どう、と言われましても」

 

 返事に困った。少なくとも悪い人物ではなさそうだった。一つだけ、気になったことを尋ねる。

 

「どうして、ペインターと呼ばれているんですか?」

 

「ああ、彼はね、トラパーで絵を描くんだよ」

 

「絵を?」

 

 意味を汲み取りかねてそのまま聞き返す。モリタは顎に手を添えて、「ふむ」と頷いた。

 

「ライダー同士、交流を深めたほうがいいからね。その辺は彼に聞くといい。我々の頭は研究者脳だから。ただ、彼の描くトラパーの絵は素晴らしい。それだけは言っておこう」

 

 モリタは少し笑って、部屋から出て行った。一人、取り残されたピッグは荷物を寝台に置き、洗面所に向かった。塔で行っていたのと同じようにお湯を浴槽に張りながら、洗面所の鏡を見やる。鏡に映った自分の顔は少しやつれているように見えた。一度に多くのことが起きすぎたからだ。トレゾアへの転属も、愛機の喪失も、トレゾアのメンバーとの顔合わせも急で、頭がついてきていない。ピッグは大きく息を吸い込んだ。肺の中の空気をリフレッシュすることで少しでも頭を冴え渡らせようとした。

 

 空っぽにした脳裏に浮かんだのはペインターと呼ばれていた人間のことだ。ペインターはトラパーで絵を描くという。どういう意味なのか、分からなかった。想像を巡らせようとしても、トラパーで絵を描くというのはピンと来ない。

 

「……想像力不足かな」

 

 後頭部を掻いていると、鏡が俄かに曇り始めた。浴室から湯気があふれ出していた。ピッグは慌てて蛇口を閉め、息をついた。とりあえず風呂に入ろう。それから考えるべきことはたくさんある。そう断じて、ピッグは浴室を出た。着替えを取りに寝台に向かうと、影がベッドの上に座り込んでいた。煙草の紫煙がたゆたっている。暗がりの中に茶髪が映える。碧眼がピッグを捉えた。ペインターが座っていた。ピッグは息が詰まりそうになった。

 

「……どうして」

 

 思わずそう呟くと、ペインターは、「鍵」と短く返した。ペインターが扉を指差す。ピッグはそちらへと視線を移した。

 

「鍵かかってなかったからな。あと、ノックしても出る様子がなかったから、入らせてもらった」

 

「勝手に入っていい理由にはならないでしょう」

 

「女なら、そうかもな。でもお前はむさい男でピッグと呼ばれている」

 

 ピッグはその言葉に顔をしかめた。反対にペインターは口元に笑みを浮かべている。

 

「何の用です?」

 

「そう邪険にするなよ。俺はお前を知りたくって来たんだ」

 

「知りたい、とは」

 

「ライダー同士、仲良くしろってモリタに言われなかったか?」

 

 ペインターは立ち上がり、ピッグへと歩み寄った。ヤニ臭い息だった。ピッグは思わず顔の前で手を振るった。

 

「言われましてけれど、最低限のプライバシーは必要かと思います」

 

「お堅いねぇ。そう難しく考えるなよ。ここではとにかく自由だ」

 

「自由、ですか」

 

 ペインターは扉へと向かっていく。その背中をピッグは横目に見つめた。

 

「そうさ。塔州連合軍所属の研究所だが、やっていることは自由さ。まぁ、結局、軍の利益になることなんだけどな」

 

「そりゃ、軍の施設ですから、当然でしょう」

 

「まぁな」とペインターは返して、煙草を口につけた。それ以上の言葉を待ったが、何も言わなかった。何をしに来たのだろうか、と考えているとその思考を見透かしたように、「フライングだったかな」と呟いた。

 

「もうちょっと正規の手順を踏んだほうが、お前には合いそうだ。俺なりの歩み寄りだったんだが、まぁ、迷惑だったんなら謝るよ」

 

 どうやらペインターは勝手に部屋に入ったことを謝罪しているらしい。一応はそれだけの常識があったことにピッグは安堵した。

 

「いえ、別に」

 

「正直になれ。ここでは正直者のほうがいい目を見る。嘘をついたっていいことなんかねぇんだ」

 

 ペインターはそう言ってドアノブに手をかけた。ピッグへと一瞥を向け、

 

「二時間後にテラスで待っている。そこでゆっくり話そう。シャワーでも浴びとくんだな、ピッグ」

 

 嫌味のような言い回しで、ペインターは部屋を出て行った。ピッグは今度こそ一人取り残された気分になった。ペインターはどういうつもりなのだろう。勝手に部屋に入って、勝手なことを言って帰った。ここが自由だと言いたかったのだろうか。それともピッグと話す機会を作りたかったのだろうか。ペインターの思考が読めず、ピッグは寝台に置いていて着替えを手に取った。

 

 時計を見やる。二時間後といえば、ちょうど太陽が沈む頃の時間だ、とピッグは思った。

 

 

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