交響詩篇エウレカセブン パラライゼッド・オーシャン 〈B303 デビルフィッシュ開発秘話〉   作:オンドゥル大使

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アウト・オブ・ノイズ

 

 ペインターの予告通り、起きたピッグに最初に命じられたのは搭乗機の確認だった。

 

 ペインターはどこまで知っていたのだろう。あるいは勘だったのか。モリタに連れられ、ピッグは格納庫へと招かれた。格納庫のKLFデッキにいたのは数人の整備士と、山のような巨漢だった。白衣を身に纏っているがピッチピチである。巨漢は黄色みがかった眼鏡をかけており、肥満体を揺らしてモリタへと歩み寄ってきた。一足ごとに身体が揺れているのが分かった。棒のついたキャンディーを手に持っている。その様子はまるで御伽噺に出てくる熊のようだった。

 

「やぁ、君が新しいKLFライダー?」

 

 温和な声で巨漢が尋ねる。ピッグは少しばかり緊張していた。モリタが手を差し出して、「紹介しよう」と言った。

 

「グレッグ・ベア・イーガン博士。ドクターベアの愛称で呼ばれている、うちで一番の研究者だ」

 

 その名前と愛称に、ミーシャとソニアが言っていたことを思い出した。

 

「あなたが、ドクターベア」

 

「そう。僕がドクターベア。好きに呼ぶといい」

 

 グレッグはキャンディーを舐めながら、身を翻した。ずっしりとした足取りの後をついていく。モリタがこっそり耳打ちした。

 

「彼は、ミーシャ君の夫なんだ」

 

「夫? ということは結婚して?」

 

「そう。信じられないけどね。科学者というのは化学反応を楽しむものなんだ。自分の状況も含めてね」

 

 どこか自嘲的な言い回しに、ピッグは開いた口が塞がらなかった。グレッグは立ち止まって、デッキにつけられている機体を見上げた。ピッグもその視線の先を追う。そこにあったのは今まで見たことがないKLFだった。特異なのは頭部にある三対の眼だ。図鑑の中で見た昆虫の複眼に酷似している。一角獣を想起させるような角があり、全体的なシルエットとしては少し丸みを帯びている。機体色は白だった。マーカーがあちこちに張られている。モンスーノのようなごてごてとした装備はない。ほとんど、丸腰に近かった。肩口をがっちりと背面から押さえつけられてデッキに固定されている。

 

「スピアヘッドSH101、先行量産型三番機。君に乗ってもらう機体だよ」

 

「KLFですか?」

 

「いや、どちらかといえばLFOに近い。CFS対応に変えることもできるが、そうしないほうがこの機体本来の性能を活かせるだろう」

 

 ピッグはスピアヘッドと呼ばれた機体を仰ぎながら、周囲を見渡す。モンスーノもデッキの中にはある。だというのに、どうしてこの機体なのか。問い質してみたくなった。

 

「どうして。自分はモンスーノの搭乗経験しかありません」

 

「うん、知ってる。でも、ここが何なのか、分かっているよね」

 

「トレゾア技研、ですか」

 

「そう、技術研究所。だから、KLFライダーに求めるのは実戦としての力じゃない。資質なんだ。スピアヘッドに乗ってもらいたいと思っているのは君の資質を見込んでのことさ」

 

 言外に実験動物だと言われているようなものだった。しかし、よく考えてみれば思い至らない考えではない。たった二人だけのKLFライダーといい、研究者ばかりの施設といい、通常ではない。ここでのKLFライダーの扱いは実験動物なのだという認識を新たにして、ピッグは尋ねた。

 

「モンスーノには乗せてもらえないんですか?」

 

「うん。もう乗る必要はないでしょ」

 

 予想の範囲内の返答だった。やはり実験動物の自由を聞いてくれるような環境ではない。その様子を察したのか、モリタとグレッグは顔を見合わせて取り成すように言った。

 

「多分、モンスーノよりも君の性能を充分に活かせると思う。スピアヘッドは特別だからね」

 

「特別?」

 

「そう。他のLFOにはない性能がある。ちょっと、こっち側から見てみようか」

 

 グレッグはスピアヘッドの側面へと回り込んだ。ピッグも気が進まなかったが、そちらへと歩いていく。グレッグが、「あれだよ」と指差した。スピアヘッドの腰の部分だ。そこにまるで腰蓑のようなユニットがつけられていた。こちら側にだけついているというわけではないだろうから、反対側にもあるのだろう。「あれは?」とピッグは訊いていた。グレッグはキャンディーを舐めながら頷く。

 

「『サーカス・マニューバ』だ。スピアヘッドにしかついていない特殊なシステムさ。あれのおかげでこのLFOはボードなしでのライディングが可能になっている」

 

「ボードなしで?」

 

 思わず聞き返していた。そんなことが可能なのだろうか。グレッグは当たり前のように、「そう驚く話じゃない」と返した。

 

「研究開発の部門じゃ、十年ほど前から実用試験が行われている。もっともリフレクションボードを完全になくすのは難しくってね。試行錯誤の末に生み出されたのがスピアヘッドというわけ。腰のモジュールがボードと同じ機能を有している。モンスーノの五倍近い高速戦闘を可能にするだろう」

 

 まるで夢物語のような話だったが、グレッグの語る声は真剣だった。何よりもスピアヘッドの周囲にはボードらしきものはない。事実だと受け入れるしかなかった。

 

「これに、乗るんですか」

 

「そう。これに乗って彼と戦ってもらいたい」

 

「彼?」

 

「ペインターだよ」

 

 そう言ったのはモリタだった。ピッグはその言葉の意味が分からず、聞き返していた。

 

「どうして?」

 

「新型機のテストをしたいんだ。スピアヘッドと、もう一機。ちょうど、今、飛んでいるはずだよ」

 

 その言葉に促されるようにグレッグの巨大な背中に続いて、格納庫を出て行った。陽光が切り込んでくる中、それを遮る影が中空を裂いた。ピッグは一瞬、その眼で追えなかった。

 

 次に視界が捉えた時には、その影はくるくると風車のように回転しながらスカブの大地ぎりぎりを滑空した。トラパーが渦を巻き、幾何学の軌道を描いて棚引く。重力下でありながら、まるで重さを感じさせない軽やかなフットワークで銀色の影が走る。

 

 ようやく認識が追いついて、それがKLFだと分かった。人型で、一対のカメラアイは赤い。頭部には小さな角がある。胴体から四肢が離れており、異様に長いシルエットだった。

 

 背中から推進剤を焚いて、銀色のKLFが急上昇する。かと思えば一瞬で急降下に転じ、滝のようなトラパーの波を描いた。くるりと回転し、銀色のKLFがトラパーを身に纏う。その姿に、ピッグは暫時呼吸すら忘れて見入っていた。

 

 激しいマニューバだった。それでも機体がびくついている気配はない。それどころか、まだまだ上があるとでも言うように、無茶な高速移動を繰り返す。トラパーの波が空に幾重も線を描く。まるで空というキャンパスいっぱいに絵を描いているかのようだった。

 

「ターミナス、タイプB303。通称デビルフィッシュ。ペインターの機体だ」

 

 そう言われて初めて、ペインターの通り名の意味が分かった。同時に彼が空でなければ意味がないと言っていたことも。トラパーで彼は空に絵画を描くのだ。だから、その名はペインター。

 

 銀色の機体が陽光を跳ね返して、ボードを傾けさせる。空気を割る音を響かせて、デビルフィッシュはトラパーを蹴りつけた。波が暴風のように荒れ狂う。轟、と破裂したトラパーが絵の具をぶちまけたように弾けた。緑色の粒子が花火のように散る。

 

「無茶な動かし方をする。下手をすれば機体が分解するぞ」

 

 モリタの声に、グレッグは笑い声を上げた。

 

「彼らしいじゃないか。ペインターの名に恥じぬ操縦だよ」

 

 その言葉はもっともだ。ペインターの駆るデビルフィッシュはトラパーの波を切り、急上昇に転じる。木の葉のように段階的に急加速と急制動を繰り返し、上へ上へと昇っていく。背面に入り、前面でトラパーを跳ねさせてターンする。見ているこちらの背筋が凍るような機動だ。一瞬だけ上下反対になるが、推進剤のパワーで無理やり機体を引き起こす。今まで見たどのKLFやLFOよりも強大なマニューバだった。アーキタイプが負荷に耐えかねるのではないか。そう思って、モリタに話しかける。

 

「あんな動かし方、内部のアーキタイプやライダーは無事なんですか?」

 

「アーキタイプはそれにあわせた調整をしてあるんだ。軽量化に次ぐ軽量化と、高機動に耐えうる装甲素材の開発。ただライダーだけはどうしようもない」

 

「どうやっているんです」

 

「薬物の投与による反射神経の向上を行っている」

 

 放たれた言葉に、ピッグは閉口した。モリタは、「あのモンスターマシンを乗りこなすにはそれしかない」と続ける。

 

「搭乗者の肉体と精神を蝕む諸刃の剣。それがデビルフィッシュだ。塔州連合軍ではしかし、あれを量産しようという動きがある」

 

「あれを? 無茶な」

 

 デビルフィッシュが少しずつ減速し、格納庫へと近づいてくる。その軌道さえ、凄まじい一筆を想起させるほど美しい。

 

「無茶は百も承知だろう。ただ塔州連合軍は戦力拡大を狙っている。反政府組織の弾圧も含めて、圧倒的な力の誇示が必要なんだろう。そのためにはモンスーノだけでは足りない。実戦にいたのならば分かっているだろう?」

 

 ピッグは問い返されて口を噤んだ。巡回ばかりでほとんど戦闘など経験していない。だが、時折そのようなことが脳裏を掠める時はあった。モンスーノだけでは塔州連合の支配は揺らぐのではないのだろうか、と。

 

「そのためのスピアヘッドとデビルフィッシュというわけですか」

 

「そうだね」と返したのはグレッグだった。

 

「スピアヘッドは既にSOF第二小隊所属のビームス夫妻による実証実験が行われているから、そちらはCFSを積んだ本格的な実戦配備の目処が立っている。問題はデビルフィッシュだ」

 

 地上の空気を歪めながらデビルフィッシュがゆっくりと降りてくる。三つの角を有する禍々しい銀色の機体は、頭上の悪魔、という言葉を想起させた。降りてきたデビルフィッシュへとすぐさま整備士たちが取り付き、格納庫へと搬入を始める。

 

 背部ユニットのコックピットから、ヘッドセットをつけたライダースーツ姿の男が担ぎ出された。ペインターだった。青白い顔をしている。頬は削げたようになっており、整備士に肩を貸してもらってようやく立てているという状態だった。これがデビルフィッシュに乗るということなのか。ピッグが言葉を失っていると、グレッグが取り成すように、「デビルフィッシュに乗れと言っているわけじゃない」と口にする。

 

「スピアヘッドとデビルフィッシュの模擬戦に協力して欲しいと言っているんだ」

 

「それは、命令ですか」

 

 顔を振り向けたピッグに、グレッグは返事に窮したようだった。キャンディーをくわえて顔を伏せる。代わりのように、モリタが歩み出て言った。

 

「ああ、命令だ。君には明日、スピアヘッドに乗ってもらう。システムはモンスーノと同一にしておこう。三回ほどシミュレーションをやってもらうから、それで『サーカス・マニューバ』には慣れたまえ」

 

 断固として他の言葉は許さない声に、ピッグは挙手敬礼を返した。しかし、感情のこもらない形だけのものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 久しぶりにライダースーツを着込んだが、ヘルメットはつけなかった。スピアヘッドのコックピットならばCFSを必要としないからだ。股の間にソケットがあり、コンパクドライヴが緑色の光を映している。ピッグは操縦桿を握った。今はシミュレーションだ。そう言い聞かせ、顔を上げる。通信ウィンドウが開いた。

 

『擬似的にだが、『サーカス・マニューバ』を体感してもらう。準備はいいかね』

 

 グレッグがキャンディーを舐めながら問いかける。ピッグは頷いた。

 

『では、シミュレーションをスタートする』

 

 その言葉と共に浮遊感が襲った。CG補正された空の全景に機体のコンディションが映る。モンスーノとシステム上は同じである。だが、幾分か舵が軽い。それにボードがないために、足がぶらぶらとしていて慣れるまで時間がかかりそうだ。

 

「いや、明日までに慣れなきゃいけないのか」

 

 口にした事実に苦笑する。なんて無茶な注文なのだろう。しかし、ペインターはこれ以上の無茶をしている。青白い顔が再び脳裏に浮かび、ピッグはそれを打ち消すかのごとく、スピアヘッドを浮かび上がらせた。架空の空を、スピアヘッドが舞う。両手、両足が空いている状態というのはなかなか落ち着かない。

 

 しかし、全身でトラパーを感じることができるのはピッグにとってこれ以上ない快感だった。

 

 夢想し続けていた、全身でトラパーを浴びて、空を自由自在に舞う感覚。

 

 ターンに入り、速度を上げる。モンスーノとは違い、初速も上々。少し無茶なターンから急上昇に入れる。

 

 アーキタイプは軋みすらしない。

 

 装甲も歪むことはない。

 

 ピッグは鼻を利かせようとしたが今はテストだ。当然、仮想の空ではトラパーの匂いはしない。上下が目まぐるしく回転し、次第に腰からトラパーが棚引くのを体感できるようになってきた。

 

「……すごい」

 

 思わず口に出す。速いだけではない。次の動作に移るまでのタイムラグがほとんどなく、スムーズに、真実、泳ぐようにトラパーの波を捕らえることができる。曲芸飛行もなんのその。モンスーノならば分解しかねない幾何学な動きも試したが、スピアヘッドは上限を知らないかのように速度を上げ続ける。

 

 三対の眼が空間を捉える。ほとんど全天候を見ることのできるコックピットも開放感があっていい。モンスーノの時にはなかった感覚だ。ピッグは自分の身体一つでトラパーの中を浮いているのを幻視した。夢物語ではなかったのだ。

 

 いつの間にかピッグの口元に笑みが浮かんでいた。

 

 

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