腹を満たし授業中に無意識に落ちてくる瞼をシャッターのように上げ下げをし続け遂に帰宅時間へとなった。運動着に着替え部活へと向かう生徒たちの流れを俺と雲川は逆走していた。
朝二人で話した通りどこか遊びに行こうということなのだがほぼゲーセンで決まっていた。
「バイトの給料入ったからって無理して使うことないんじゃねえの」
「使いたくなるんだよ、金があると、むしろ金を使うことが楽しいね」
「わかんねー」
とは言いつつも結局俺たちの足は駅近くのゲーセンへと向かっていた。駅前なら飽きても他のところに行けるという考えだ。遊びたい盛りの若者が素直に帰宅するはずもない、坂を下っていき着いた駅前は学校帰りの学生たちの坩堝(るつぼ)となっていた。
黒、緑と色も装飾も違う学生たちとすれ違い進んでいく、ぶつかりそうになれば体を斜めにして避けるというのは当然で、多少肩がすれることはあってもほとんどの人間はそのまま通り過ぎていく。
前から女がやってきた、ふらふらとした足取りで隣の人間にぶつかりそうになるが少女は避けることをせず、何人かにぶつかっていくので目立っていて、隣の雲川も、変な人間を見る目でその少女を見ていた。そして、その女が俺の目の前にやって来た時。
少女がパタリと倒れた。
「え?」
雲川が呆けた声を上げる。とっさに体が動き少女を抱き留める。少女は起き上がれないのか、起き上がらないのか分からないが動かない。周囲の人間も気づいて目を向けるが何かをしようとはしない。
そのことを確認した俺は少女に声をかけた。
「大丈夫ですか?」
「……大丈夫です」
嬉しいことに返事はあった。だが大丈夫と本人は言っているがとてもそうは思えなかった、それは雲川も同じだったようで、
「救急車呼びますか?」
と女に聞いている。俺も呼んだ方がいいかもしれないと思っていると雲川の問いに答えたのは女ではなかった。
「大丈夫です、僕が来るまで病院まで送るんで」
見知らぬ男がやって来た。大人しそうなその男は俺が抱えている少女を見下ろして言った。
「彼女僕の連れなんです」
連れだというのにこんなふらふらな彼女を一人にしていたのか。
怪しく感じるが確証があるわけではない、分かりましたと言ってその場を退こうとすると少女が俺の腕を掴んだ。掴むといったがそれは弱弱しくすそに引っかかっているようで、俺が少しでも腕を動かせば振り払えてしまうものだ。だからこそ、俺に振り払うという考えは沸かなった。
「……疑うようで申し訳ないんですが彼女の名前言ってもらっていいですか?」
「え、ええ。……黒瀬あい、です」
俺が男に問うと、男は面倒くさそうにしながら答えた。救急車を呼ぼうとしていた俺が病院に連れて行こうと言っている人間を怪しんでいるというのはあまりない光景だからか、遠巻きに見ている人間も訝しげに俺たちを見ている。
「なるほど、じゃあ黒瀬さんのLINEの名前は言えますか?」
「……えっと」
そこから先を男が言うことはなかった。男が突然殴りかかって来たのだ。咄嗟のことだったが首をそらしすんでのところで避けることに成功したが、なぜか後頭部にガツン、となにかで殴られたような衝撃が加わり俺は前のめりに倒れそうになるも踏ん張り、前を見ると男は通行人を押しのけ全速力で走っていた、逃げたか。
男の突然の行動に呆気にとられていた雲川もはっとし、慌てて駆け寄ってくる。
「おい!刀夜大丈夫か!?」
「ああ、まだ痛むけどとりあえずは」
「それにしても、何だったんだあいつ!」
雲川が怒りの声を上げる、俺もまだ痛む頭で考えるが漠然としていて分からない。
「ストーカーかもな」
自分で言っておいてなんだがたぶん違うんだろうな、と思った。不可解な点が多い。
「とりあえず警察を呼ぼう」
もしかしたら誰かがすでに通報してくれているかもしれないが。
救急車なのか警察なのか、俺はどっちを呼びたいんだと内心呆れながらも、俺が殴られたのだから一先ずは近くの交番に電話しようと携帯を出すが、それは腕を掴まれ止められる。
「やめてください」
少女――男が言うには黒瀬あいが立ち上がりながらこう言った
「救急車も警察も呼ばなくて結構です」
「いや、でも」
「大丈夫ですので」
ここで初めて目があった黒瀬の目にはクマが出来ていて、そうでなくても黒瀬が疲れているのが分かった。先ほど倒れたのも疲労だったのかもしれない。そんな黒瀬は救急車も警察もいらないという。
「あんた分かってるのか!?今さっき変な男に連れ去られそうだったんだぞ!」
「分かってないのはあなたです!」
怒鳴るように言った俺の言葉に合わせるように声を荒げて黒瀬が言った。と目に見ていた人たちがぎょっとしたのを見て気を抑える。
「……分かってないって何を」
「……それは」
明らかに黒瀬は言いよどんだ、言葉を探している黒瀬を見て俺はため息をついた。
「言えない事情なら無理に言わなくていいよ、だからって警察も救急車も呼ばないし」
俺は黒瀬のクマのできた顔を正面に見据え誠意が伝わるように目を合わせた。
「何か助けになりたいだけなんだ」
黒瀬の目は助けを求めていた、昔から言うだろ、目は口ほどに物を言うって。それでも黒瀬が何も言わないのを見て雲川が助け船を出してくれる。
「こいつさ、本気で君の助けになろうとしてるんだよ。将来『P・S・P』に入って人を助ける仕事に着きたいってくらいでさ」
すでに視線を切って俯いていた黒瀬の顔が上がりついに口を開いた。
「それじゃあ、」
黒瀬はためを作って言った。
「それじゃあ、余計に巻き込めません」
そう言い捨てて黒瀬は走った。先ほどのふらふらとした足取りからは想像もできない速さで、それは逃げるというより俺たちから自分を遠ざけようとしているように感じる悲痛な走りだった。
「おい、どうすんの?」
黒瀬の遠ざかっていく背中を見つめて雲川が言った。
「俺追いかける!」
「え?俺は!?」
さすがにこれ以上雲川を付き合わせるわけにもいかない。黒瀬は曲がり角へと行ってしまったこれ以上は見失ってしまう!
「すまん、また埋め合わせするから!」
黒瀬はすぐに見つかった、先ほどの疾走は最後の力だったのだろう、人気のない路地裏で壁に手を付き肩で息をしているところだった。
声をかけようとしたとき、通路の奥の方から男が現れた、男は腕を大きく振りかぶって何もない空中で勢いよく振り下ろした。
「がっ!」
突然、黒瀬が倒れた。最初のパタリというものではなく、ボーリングのピンみたいに黒瀬の身体が地面へと叩きつけられのだ。倒れた黒瀬を確認して男はこちらへ視線を向けた。
「お前もしつこいなぁ」
「……おまえはさっきの」
男は先ほど逃げ出した男だった。さっき会っときのような大人しそうな雰囲気は鳴りを潜め敬語もなくなっていた、そのままこちらへ歩み寄り男は言った。
「今だったら見逃してやるから、早く帰れ」
見逃してやると男が言うように、そこから先は話し合いで解決するという次元ではないのだろう。だが俺は男の言葉に首を横に振って返した。
「どうして?お前この女と面識があったわけでもないだろ?」
「ここで逃げたら俺はマイナスのままだ」
言っても男には分からないだろうが、俺は過去の後悔を増やしたくないんだ。だから、ここで俺は退くことはしない。
「何言ってるか分かんねえけど、退く気はないんだな?」
「ああ」
最終確認というように男の目はまっすぐに俺をとらえていた。