「おぉー! なんたる失態なりぞや!」
翌日。朝から騒がしいリゴレーヌの声で目が覚めた。
続いて何か割れたような音が響く。
「今すぐ逃げなくば三味線にされてしまう! この場はお逃げよ逃げなさい、さーさわわー!」
「──朝からなにやってんだお前……」
慌てて窓を閉めたリゴレーヌの足元には、瓶の破片が散乱していた。
「これはこのリゴレーヌの失敗にあり、猛獣達に一切の非がないことをここに表明します」
「猛獣って、猫が割っちまったのか」
「ななんななな、なぜにお分かり御師様なぜに! 猛獣達はみな逃げ仰せたと言いますのに!」
「お前はもう少し自分の発言を見直せ?」
瓶を割ったと言っても、使い終わって空だった奴だけなので別に気にしてはいない。
その場を動かないように釘を刺して箒で破片を片付けようとしたら、近づいた所で箒を奪われた。
高跳びでもするように柄を使って破片だらけの空間を抜け、自分で片付け始める。
責任感はちゃんとあるようだ。猫がやったのだしリゴレーヌのせいではないが。
「いえいえ猛獣の不躾は使い手の責任。今世話しせりはこのリゴレーヌ、故にこの場は収めなり」
「まあ、それで気が済むのならいいさ」
一か所に集めたリゴレーヌはその上にどこからか取り出した布を被せると、次にはその下にあったはずの破片を全部どこかへ消した。
瞬間移動の応用なのだろうがどこへやったのだろう。ゴミ箱の中にもない。
「どこに捨てたんだ?」
「ふ、ふふふ、気になり? 気になりて? ささ、ご注目!」
ああ、いつものノリだ。何するんだ今度は。
さっき被せていた布を表裏とこちらへ見せる。種も仕掛けもないと言いたいらしい。
「んんー……、じゃん!」
テーブルの上に布を被せて一気に取り払う。
「拍手ぱちぱち調子を揃え、お褒めにあられば大喝采!」
割れる前の、元の状態の瓶が復活していた。
これは、直したのか? それともいつものナイフみたく増やしたのを置いているのか?
「あっと驚きお声も出ない? それはそれとてお褒めの形、この芸つまりは大成功!」
あー、うん。いっか。
そういう事もできるって事にしておこう。
とりあえず飯にするか。
「お食事ですか飯ですか? ななんと今日はリゴレーヌがご用意させていただきました」
「お前が?」
「はい!」
できるとは思わなかったし、そもそもなぜいきなり?
「昨日一日ニコルと過ごして教わりなりたり朝の支度。実践あるのみやってみました」
「そうか」
「では失礼」
と言って、目の前で布を広げ視界が隠された。
ここまでくると何をするのかはもうわかる。この布が取り払われた時、テーブルに色々並んでるって事だろう。
「さん、にー、いーち! それっ!」
「はいはい……って」
テーブルの上は、変わってなかった。
「何も起こってねぇじゃねぇか」
「あれまー」
いつものからして失敗はないだろうから、こっから何かを仕掛けてくるか。
さあこい。
「うんむぅ。これはさてなぜ失敗なりて? 視界は遮り準備も万端、さてはて?」
本当に失敗してたのか?
「パッと払いてパッと姿を現し成功となりななりでございましたがあれまさてはて」
「お前でも失敗する事があるんだな」
「うー」
悔しそうな顔をしてもう一度布を広げた。
今度こそ成功になるのか。というか普通に用意するという事はしないのか。
「さぁ!」
ぱさりと布が落ちて、今度は成功したようでテーブルの上に食事がついに並んだ。
並んだが、なぜか猫も一緒に付いてきていた。
「ああー、お前が邪魔をして失敗なりてましてたか! このー!」
口ではそう言うが、やっている事は抱きかかえて頬ずりだ。怒ってはいないらしい。
「というか、猫に邪魔されるような事なのか。お前のそれ」
「奇術とは繊細な技術と準備がおりなすものなりて、こやつでもとて簡単阻害」
そういえば魔法とかじゃなくて奇術って事だったな。一応。
全くどうやってるのかは分からないが。
街と何時間も離れた森の中を気軽に往復できる瞬間移動や、質を変えずいくらでも物を増やせる能力。
それらに種や仕掛けがあるとすれば解説して欲しいものだ。
「培った技術知識とは価値なり商品なり。御師様と言えどそうと気軽に極致を教える訳にはいきません」
「ニコルには教えるんじゃなかったのか?」
「基礎的簡素なものなりて。それに全部は教えずなりて。それでも良ければ御師様もご一緒なさる?」
「いや、やめとこう」
それより飯にするか。
見た目は悪くないし、ニコルが教えたのだろうそのままなら大丈夫なはず。
野良猫を家の中に招き入れてるのは少し気になるが。
「……うん」
「どうです? どうでしょう?」
「いや、普通過ぎてなんか」
「面白くないと。いえいえいえ、きちんと弁えまして事ですよ?」
リゴレーヌが普通の事をしただけでなんか感動しそうになった。
「え、リゴレーヌさんが普通の食事を?」
「教えたお前が何で驚いてんだ」
少ししてニコルが家に来た。
今日は朝から猫が瓶を割ったから早起きをしたが、本来ならニコルが食事を用意する予定だったな。
仕事を奪ってしまった感がある。
「教えたと言っても、ボクの一日の流れを何となく会話で伝えた程度です」
「じゃあなんだ。こいつは時間になったから見よう見まねでやったって事か」
「恐らく。それでここまでできるなんて流石ですよ……」
元から簡単な料理位できたって事か?
「弱点は無いのか弱点は。今の所何やらせても会話以外はそつなくこなすぞ」
「はは……会話以外は……」
ニコルから乾いた笑いが出た。
「……マックスさんは、よく合わせられてますよね、会話」
「どういう意味だ」
「そのままの意味ですよ。今まで人と会話するのも極力避けてたらしいじゃないですか」
「ああ、それは……」
見捨てきれずに話しかけ手を伸ばしてしまった。
行き当たりと言えばそうなんだが、ニコルの言う通り昔と比べて俺も丸くなったのかも知れない。
丸くなった、か。
リゴレーヌに構う事で過去を忘れたふりしてごまかしていたかもな。
「……ニコルを弟子にして家に置くよりマシだ」
「ちょ、突然なんですかそれ!」
「裏表のないリゴレーヌの方が、絶対なんか隠し事してるお前よりマシ」
「いじわるじゃないですかぁ」
これだけ言われてくじけないニコルもニコルだ。隙あらば弟子入りしようとしやがってからに。
「御師様! 手紙が届いておりましましてまし。差出人はクラリス!」
「クラリス? どうせ宣伝だろまた」
リゴレーヌから受け取り、筒状にされた手紙の紐を解いて中身を一応確認しておく。
やはりというか入荷品の案内だ。一応リゴレーヌの事を気にかけているのか、偶には顔を出してくれと書かれている。
ギルドに調査の詳しい報告とリゴレーヌの証言、主観を伝えたら寄ってみるか。
戦いが本格的になるなら俺も武器の調整をしておきたい。
「クラリスって、ドワーフのクラリスさんですか? 背の低い」
「お前知ってんのか」
「昔からの友達です。よく一緒にお買い物とか行くんですよ」
それならよかった。
あの武器屋、というよりクラリスが管理してる店は高ランクのみが利用できるようにしているからな。
ニコルなら下手に言いふらすことは無いが、もしギルマスが漏らしていたなら突っつくべきだった。
「ギルマスさんに武器屋をしてる事も教えて貰いましたけど」
よし、しばくか。