「御師様最近お酒は控えめ? 健康よしよし、されど我慢はどくどく」
「……そういや最近飲んでなかったな」
「しまったもしや藪の突っつき! お忘れ忘れて何でもなし」
「別に飲みたい訳じゃない」
装備を預けているため今日は休みとしたが、かといって特にすることもない。
買い物もニコルが担っているので出かける用事もないし。
久しぶりにのんびりするかと目を伏せ休憩とするが、落ち着きなくを動き回るリゴレーヌの出す物音が強調されて落ち着かない。
次に目を開けた時、テーブルを挟んで向かいからその道化師様が俺の顔を覗き込むようにじっと見ていた。
「むむぅ。御師様退屈にありけりなりぞや?」
「まあ、暇と言えば暇だな」
「ならればなれば、公演! この道化師リゴレーヌがいる限り退屈とは無縁なりて!」
「公演か」
「前回の続きにございます」
言うが早いか前にもやったようにどこからともなく小道具を取り出し始める。
公演とは言っているが、その小劇場で行うのは人形師のする事ではなかろうか。
本人に直接伝えれば道化師という職に誇りを持っているし怒るだろう。
「さてさて前回あらすじ父の裏切り。嫉妬に狂った父の妬み。高名たらりたる父の誇りは視線の数々尊敬の。
とならりやあられま? そう! 名声横取りされたるは妬って嫉妬の充分理由、石壁の外を見たいその少女、騙して諭して追い出した!」
小劇場の少女人形は、男性人形に色々告げられたあとひとつ頷くと宙に浮かび上がってひょいと簡単に城壁のような物を飛び越えてどこかへ行った。
少女人形が向かった先は森の中らしく、薄暗い色の木々が左から右へ流れて少女が歩いている様子を描いている。
……どうやって背景を含めてまとめて動かしているのかは分からない。
「父の言葉に疑い持たず素直に従い山林歩き、三千数百数千里。流石に怪しみ振り向くも時遅し、彷徨い歩いて倒れに伏して、ついについにとここまでか! わぉーん、わぉーん!
ああ恐ろしきか遠吠え! 闇夜の月光の下、響き渡る! ほーほー! わぉーん! ぐるるるー!」
倒れた少女人形を獣の影が取り囲む。
ものすごく恐ろしい状況をまくし立てる気迫は充分なのだが、気の抜けた声せいで少し台無しな部分もある。
つい引き込まれてしまう勢いは良いのだけれど、リゴレーヌの演技力不足か。
そもそも台詞回しが独特で分かりにくいし、それに道化師が本業なのだし仕方ない。
「──あ」
ふとリゴレーヌが顔を上げて家の玄関を見た。
「誰か来たのか」
だいたいこういう時はそういう合図だ。
一拍置いて、ノックがしてから開きニコルが顔を覗かせる。
この家に用があるのなんてこいつくらいだろう。
「こんにちはー」
「よう」「来ましたニコル、こんにわにわわ!」
いつも通り食事の用意だとか掃除だとかだが、今日は確かリゴレーヌと手合わせするとか言ってたな。
少しずつ実質的な弟子に歩み寄ってきている。そろそろ線引きしたい。
線引きはしている筈だけど。
懐に潜り込むのが上手い奴だ。
「公演か何かをしてたんですか?」
「ですねででですがおしまいです。本日これにてカーテンコール」
舞台を片付けるリゴレーヌの手元から人形が落ちた。
こちらに来たので拾い上げると、どこか見覚えのある人物に似ている。
どこか見覚えがある。というよりも、これは……。
まじまじと見ていると手元からさっとリゴレーヌが奪い、隠す様にどこかへしまった。
「リゴレーヌ」
「御師様それは無粋というもの。予想考察楽しんで、しかし台本メタ読み楽しみあらず」
一口に言ってなんでもないとするが、どう見てもさっきの人形はリゴレーヌに似ていた。
・・・・・
「よろしくお願いします」
「よろしくでしょう演舞の演習!」
互いに同じ模擬用の装備で向かい合う。
庭でニコルと木剣を打ち合う姿を見つつ、もしリゴレーヌを拾っていなかったら今頃どうなっていただろうかと、そんな疑問が浮かんでしまった。
多分、というよりほぼ確実に俺の弟子はニコルとなっていただろう。
俺が勝手に嫌っているだけで充分な教養と剣士としての素質は持ち合わせている。
「とりゃー」
「せい!」
剣を盾で弾いたニコルは正面から踏み込まず、リゴレーヌの持つ剣を盾で制しつつ側面から回り込んだ。
勝手な応用や挑戦をせずに基礎だけをしっかり意識している。良い所を見せたくて背伸びをするのが認められたい子供ってものだろうに。
リゴレーヌを拾って一番良かったと思うのは、ニコルを常時家へ置いておくことにならなくて済んだという一点に尽きる。
確かにニコルと比べてリゴレーヌは静かに飯も食えないし、戦い方を教えた所で勝手な事をする。会話も成り立たないことが多いし手間は倍以上かかる。
そこまでしてニコルを家に置いておきたくないのは、何か裏があるという理由もあるがそれ以上に……
「似てるんだよな、あいつ」
顔を見たのはもう何年前になるだろうか。
今頃はニコルと同じくらいの年齢になっているだろう孤児院へ預けた娘に、何となく似ている気がする。
同じく孤児院所属とはいえニコルは男なのだし違うとは分かっているけれど、尊敬を持って接してくるその顔を見ると罪悪感に蝕まれる。
それにその名前もだ。「ニコル」とは俺の妻の名前だ。
あいつに悪気が無いのは分かっているし勝手に俺が嫌っているだけというのも分かる。
分かってるが、俺に甲斐性がないせいでこじれている。
「くやみもうしたもーぅ!」
「はやっ!?」
アイーダの真似だろうか? あれほどの勢いは流石になかったが、それでも一拍の溜めから放たれる充分な威力の一撃がニコルの盾を弾き飛ばした。
基礎はできてるとはいっても経験の少ないまだまだ子供だ。それにニコルは男にしては細いしあれを防げないのはしょうがない。反応して盾に当てられただけでも充分だろう。
というか、あれの本家は俺でもなんとか直感で防ぐのが精一杯だったし。
「ベリテット……あ、いや」
「?」「え」
──しまった、つい娘の名前を。
突然別の名前を言ってしまったせいでリゴレーヌは首を傾げるしニコルは驚いた顔するし。
「なんでもない。ニコル、もう少し盾を引いて構えてみろ」
「……はいっ!」
弟子にするつもりは無いと言いつつも口を出してしまい、勘違いをしたのかニコルは今までで一番元気のいい返事をした。
しかしだ。俺もここまでニコルを邪険にする必要はないんじゃなかろうか。
振り返ってよく考えてみればニコルが裏で何を考えていようが関係ない。
何かのきっかけがあろうが所詮そこまでだ。というよりも、そもそもギルマスだってどこまで俺の事を話したのか。
「御師様御師様! こちらの構えはどうでしょう、どうでしょう!」
「お前はそもそも構えろ」
昨日クラリスに言われた通り、丸くなったのかも知れんな。
あるいは、過去を忘れつつあるか。忘れてはいけないんだがな……。