「それでお前、裏路地にいたやつを拾ったってのか。ええ?」
「ちゃんと住民票は何とかできるんだろうな」
「あー。本来なら断りたいが、お前さんの顔を立ててやっといてやるよ」
翌日。
冒険者ギルドへ顔を出しリゴレーヌの事をギルマスに告げ、何とか弟子として認めて貰えた。
先日に俺の面談で弟子として弾かれた連中が数人おり、リゴレーヌの事を睨みつけている。
当然だ。「釣り合わん」といって弾かれたのに、翌日になったらこいつにすると裏路地から拾ってきた子供を見せる。どういう事かと思うだろう。
「失礼ですが、その人が弟子ですか? そんな剣も握った事のない人より、ボクの方が似つかわしいと思うのですが」
当然、突っかかる。
だが相手が悪い。
少年がリゴレーヌの方へ歩み寄ると、リゴレーヌは軽い身のこなしで近くのテーブルへ飛び乗り火のついたロウソクを蹴り上げて手に乗せ口元に寄せると、ふーっと息を拭く。
ロウソクの火は真っすぐ伸び、隣のテーブルで消えていたロウソクへ火を映した。
火炎放射だ。こんな芸も持っていたのか。
「な、な……」
驚く少年を見て気分を良くしたのか、お次は少年の腰に下げられていた剣を引き抜くとワザとらしく「おっとっと」と言いふらふらと振り回す。
しかしどこも傷つけることはなかった。ふらふらとしながらも、剣先はしっかりと制御されている。
「おっとっとー!」
すっぽ抜けた。
剣はひゅんひゅんと回転しながら開いていた窓を抜けて飛んでいき、消えていった。
「何をしているんだ、お前は!」
少年のいう事ももっともだ。
しかしリゴレーヌは慌てず、ゆっくりと少年の腰を指さす。
そこにはしっかりと剣が鞘に収まったままになっていた。
「い、一体いつの間に……」
「道化師っていうより手品師だな」
俺の発言にむっとした表情になるが、手元に小道具の一つもない。
何も出来まいとくくっていたが、何を思ったのか宙返りを繰り返しながらぴよんぴょんとテーブルを行き来する。
しかしある時、一番目立つ位置でミスをした。
ふちにつま先を着けたがそれだけではバランスを取れず、慌てて手をばたつかせるが意味もなく落ちてしまった。
ドスンと床へ落ち、盛り上がっていたギルド内が静まり返る。
「……お、おい?」
その身のこなしに驚きつつも感心していた少年も、心配した。
だがまぁ、心配はいらないだろう。
「失敗しました。失敗です」
床に倒れたまま、ひらひらと手を振っている。
ワザと失敗して笑わせようとしたのだろう。道化らしく。
だがこの場は道化師の舞台ではない。誰も笑う人はいなかった。
「とまぁこの通りだ。ちょっと頭はアレだが身体能力は御覧の通り。さて少年、お前は何ができる」
少年の闘志は消えていなかった。
リゴレーヌから目を離すと真っ直ぐ俺を見て、「剣を見てください」とだけ言った。
正直相手にするのが面倒だな。
「これを貸してやる。──ここに置いた盾の真ん中を狙ってあそこから投げてみろ」
俺の戦い方は割とこの町じゃ有名だ。生き残りたければ“安定”の名を持つマックスの戦い方を参考にしろと言われるほどに。
当然、俺の戦法の中にナイフ投げが含まれているのも知っているだろう。
少年にナイフを三本渡し、安い盾を立てかけ指さす。
「行きます」
一本目は当たるが弾かれ、二本目は握りが当たり、三本目でようやく軽く刺さった。
「あの、ですが──」
「リゴレーヌはどうだ?」
立ち上がったリゴレーヌに三本投げ渡す。
さも当たり前といった風に投げられたそれをジャグリングへ繋げ、そのまま投げた。
まっすぐ放たれたナイフは綺麗に盾へ吸い込まれて行き、真ん中へ三本連なって刺さる。
「ふ、ふふふふふ、どうでしょう? どうでしょう? 百発百中ナイフ投げ。リゴレーヌは絶対外しません」
もう一本渡してやる。
「あれま」
次のナイフは盾を逸れて壁に刺さった。
どうせオチに外すと思ったさ。
「こういう事だ少年。諦めな」
「どうでもいいんだがなマックス。荒さないでくれ」
普通にギルマスに怒られたのがオチだったがな。
やってきたのは魔の森の入り口。
あまり危険な奴はいないが、何が起こるのか分からないのが魔物。
「さてリゴレーヌ。魔物と戦った事はあるか」
「お客さん?」
「おきゃ……うん。まぁ間違ってはないが……」
まねかれざる客とは言うが。
そんなことを言っていると、さっそく森からコボルトが出てきた。
コボルトは剣と魔法を使う面倒な相手だ。できるなら先に仕留めたい。
「こういう時にお前の得意なナイフ投げが役に立つ」
「おー」
面倒とは言ってもダンジョンからあふれ出た奴なんて大したことない。低レベルな相手だ。
いざとなれば俺の援護もあるし、大丈夫だろう。
ナイフを渡してやる。
「笑わせない相手、は、殺す?」
そういえばこいつ、笑わせないと明日が無いと思ってやがった。
「魔物は人の笑顔を奪うやつだと思え。奴らを倒せば笑顔になるやつがいる」
「そっか、そっか? ふ、ふふふ、この身は人を笑顔にするのが趣味です仕事です。今は道化で冒険者。魔物討伐なんのその。倒して見せよう笑顔の敵を」
軽くナイフを上へ投げ、前転しながら踵でナイフを放った。
茂みに消えると同時にオークの死体が出てくる。
そいつの存在は気づいていたし向こうも様子を伺うのみだったから放っておいたが、よく気付いたな。
目の前のコボルトは危ないので俺もナイフを投げて倒しておく。
「笑顔の為なら強くなれる、ます! ので!」
「ので?」
「強いことをしましょうか!」
元気よく言って両手でナイフを構えるが、残念ながらそれは投げナイフなのであまり接近戦に使える強度のものではない。
……あれ、さっき渡したナイフって一本だけだよな。なんで二本持っているんだ?
自分の手元を確認しても減った様子はない。
魔物に刺さったナイフもそのままだし計三本。あれ、増えてない?
「ふふふふふふ、ふふふ、ふふふふ。笑顔の為なら頑張ります」
「あー、無理はするなよ」
いつの間にか四本まで増やし得意のジャグリングをしている。
まぁいいや。技量があるなら身の守り方でも教えよう。攻撃面に関しては正直Bランク以上かも知れない。
「リゴレーヌ」
「はい? なんですか、なんでしょうか?」
一閃。
俺の剣がリゴレーヌの首元を捉える。
「お前は守備に不安が残るな。相手の攻撃は避けるか防ぐかして無傷に抑えるのが好ましい。戦闘中は常に警戒しろ」
「おお、恐ろしい。恐ろしや。リゴレーヌは殺されてしまうのか」
「殺されないためにだ」
「なるほど!」
本当にわかっているのだろうか。
六本まで増やしたナイフをしまうと、ぺこりと頭を下げる。
ボロ布の軽装だというのにどこへナイフを消したんだろう。
「でもリゴレーヌは平気です。大丈夫です。笑顔の為なら死ぬことはない」
「だと良いがな」
「ショーの終わりはカーテンコール、そこまで努めて参ります」
「人生の幕は絶対に降ろすなよ」
「分かっております分かっておりました」
族から逃れ町へ生き延び、治安の悪い所で目立つことをしても平気でいたその運があればちょっとやそっとじゃ死にそうにないな。
運というのは意外と必要な物だ。
「だが、運だけでは何ともできないこともある」
リゴレーヌの後ろから飛んできた矢を盾で防ぐ。
スケルトンの中には弓を使うやつもいる。出現確率的には低いが、故に出た場合は面倒くさい。
「投げる? 投げます?」
「見えるか?」
「当たります」
もう一つ飛んできた矢を剣で弾く。
リゴレーヌは弾かれた矢を拾うとダーツでもするかの如く構え、山なりに投げた。
茂みの向こうで骨に当たる軽い音がするが、致命傷にはならなかったらしい。まだ矢は飛んでくる。
「当たりましたよ素晴らしい。……おやや、当たっても意味がなかった? これはしまったどうしよう」
「普通にナイフを投げろ」
「はい」
踊るような動きでナイフを八本放り投げ、ジャグリングをしながら一本ずつ順番に投げていく。
もうどうやって増やしたかも仕舞ってたかも気にしないことにした。
そしてこいつの事だ。どうせ……
「全部外したな」
「ありゃありゃ? ありゃりゃりゃりゃ?」
原因は何だろうな。
ふざけているっていうより、笑いを取るための道化の癖が抜けていないというか。
いっそのこと、乗ってみるか。それで相手を攻撃するように仕向けてみよう。
「よしリゴレーヌ。よーく相手の頭を狙え」
「よーくよーく」
「投げろ!」
「ほいっ」
カッ!
外れて幹に刺さった。
「やっぱ無理か。ナイフなんて投げ捨ててしまえ」
「ごめんなさーい」
リゴレーヌが肩をすぼめながら相手に背を向けて、手に持っていたナイフを後方に──つまりは相手の方向へ投げ捨てる。
捨てられたナイフはくるくる回転しながら放物線を描き……。
「当たったじゃないか!」
「わーお!」
スケルトンの頭を壊した。
やはりな。
連続で当てたらそのオチに外すのだから、連続で外したオチは命中だ。
道化師リゴレーヌ。使いこなせばかなりの腕になる。
ただ、その動きが予想できないのが残念だ。