風は吹いていないが袖幕から投げられた道化帽は風に巻かれたようにふらふらと飛び、舞台の真ん中まで移動した所で止まってくるくると回る。
ふと回転が止まり、急に逆回転を始めたかと思えば帽子の中からリゴレーヌが足を伸ばしてするりと出現して着地し、帽子の位置を大げさに直しながらぺこりと頭を下げた。
「皆様方々こんにちは? こんにちは? 今更紹介いらぬと申したりとするお声あらりやそれでも幕開け同時に自己紹介、
顔と両手を上げると同時に跳び、あちらこちらと宙返りを繰り返しながらどこからか取り出したナイフを投げながらひとつふたつと増やして回す。
「まずは基本のジャグリング! どうですどうです並みではならぬぞ!」
宙返りをやめてさらにナイフを増やしていき、手だけでなく足も使いどんどん回す。
そのまま左の袖幕へ大股で歩いて姿が消えると同時にそのまま右から現れる。
ただの凄い技術と思わせておいてから、急に物理的な技術ではない物を出し驚かせるリゴレーヌの構成だ。
実際の所今の瞬間移動は受けが良く観客も思わず声が出たといった様子。
掴みに手ごたえを感じたリゴレーヌはナイフだけを袖幕に放り投げ、先ほどと同じように逆から現れ飛んでくるナイフを使いより派手なジャグリングを開始した。
「ふ、ふふふ、お褒めにあられば拍手喝采調子を揃えて!」
最後に全てのナイフを高く放り投げ、一線に纏まって落ちてくるそれを全て帽子の中へ消し去り、「じゃーん」と小さく自身で効果音を加えて拍手を求める。
ぱち、ぱち、と小さな拍手が幾つかと猫の鳴き声が重なった。
「では、では、お次の──」
──最初にリゴレーヌと出会った路地裏、道化師様の手作りらしい質素な舞台。
そこで帽子を手に入れたリゴレーヌはその辺にいたであろう貧しい身なりの子供や大人を集めて小さなショーを始めていた。
俺に拾われた後も訪れて舞台をセットしていたらしく、質素な事に変わりはないが舞台らしくはある。
相変わらず技量の高い公演をしばらく続け、盛り上がった観客の拍手を全身に受けて好評のまま終えた。
投げた帽子の中に足から入り、手で帽子の三角の先を掴んで一緒に入っていき帽子ごと消える。
今まで視線から外れたりしたその瞬間に移動可能だったのが、帽子をバリエーションに入れたことでより自由度を増したらしい。
何もない空間でも身に着けている帽子があれば出現、撤退可能とは。
先ほど物理的な技術ではないとは言ったけど本人曰くこれでも技術。タネは一応ある。
あるらしいが、信じられん。
そのタネが超常的でないことを今は祈るしかない。そしてそれをニコルが習得することも。
「どうでした? でした? 本日公演大好評!」
「いいんじゃないか」
「ふ、ふふふふ! ひょうこうだいだい公演本日したでした!」
家に帰ると当たり前のようにいたリゴレーヌに適当に返事をして椅子へ座る。
今日は町の防衛や魔物分布状況が云々の会議だったから疲れた。
「リゴレーヌ」
「なんでしょう?」
「もう少ししたら鎮魂祭があって町が賑わうから、そん時はニコルと遊びに行け」
「お祭り祭のお祭り祭!? 騒がしきや? 舞台なりぞや!? ぞやややや!」
大喜びだが俺は喜べない。妻の命日でもあるし、俺の人生が狂った起点でもある。
娘と重なるニコルも、子供らしい天真爛漫さの象徴のようなリゴレーヌも、祭の間だけでいいのでなるべく会いたくはない。
被害妄想と言ったらなんだが、近くでニコニコされると気が気でなくなる。
「んむぅ。複雑事情の重なりたりぞや時それの問題にもあらず、会い、会わずと気分乗らじは無理とさせぬ。引くもそれまた道化道」
「意味は分からんが、祭の間だけでいい。そっとしてくれ」
「分かり申したりたりたり! むふ、んふふふふふ、祭、祭、祭ーっ!」
本当に分かってるのか?
先に祭の事を言うんじゃなかった。
言わなきゃ説明もできなかったし仕方ないが、それにしても、あー、どうしろってんだ。
それなりにリゴレーヌと過ごしてきてある程度扱いには慣れたつもりだったが、あくまでつもりなだけだった。
というか少なくても道化師様に祭なんて伝えたら大興奮間違いなしな事くらい考えとくべきだ。
俺も焦ったか?
……たぶん、そうか。鎮魂祭が来てしまうと思い、無意識に焦っていたのか。
「逆皇帝? 正しい吊るし人! 御師様師様は
どういう意味なのかは知らん。
「こんにちはー」
「あ、ニコル! ニコル! お祭り祭のりつまりままつま!」
「祭り……? ああ、鎮魂祭」
食事を作りに来たニコルが早速リゴレーヌに絡まれていく。
何となくニコルも鎮魂祭に対しては良い顔をしているように見えない。
「リゴレーヌ、程ほどにしとけよ」
「んむ」
それは返事なのか。
この町の鎮魂祭は昔起きた大規模な魔物の侵攻、スタンピートにて出た死者達を弔うものだ。
ニコルも孤児であり、親がいないという事はそこで亡くなった可能性がある。
……当日はニコルにリゴレーヌの事を任せようと思ったが、そうか、それもあった。
ことごとくだな俺も。少しは冷静になるべきだ。
「ボクの孤児院は毎年ちょっとした出し物をするんですよ。リゴレーヌさんも来ますか?」
「出し物とは? 出し物とは!?」
「それはですね──」
──あれ、意外と平気なのか? 良い顔をしているように見えなかったのは気のせいだったのか?
訳分からん。
「できましですよ? 夕食どどん!」
「完成しましたです、えーっと、ばーん?」
ん?
「どんどどしょくゆうでですよですよ! 呆け顔? なぜ故に?」
「ボクが真似して喋ってるから? のは仕方なし? ……的な」
「待てニコル。お前までその喋り方をしたら収拾が付かない」
2人で料理をしていたらしいが、そのせいでリゴレーヌの意味不明喋りが伝播してる。
むしろよく感染できたな。俺ですら理解不能な部分が多いのに。
「リゴレーヌさんの技を盗むために、まず形から入ってみようと思いましてです。なかなか上手にとはいかぬませんが」
「んふふふふ、お仲間仲間、弟子仲間! 弟子姉妹!」
「ただ難しいというか、予想外な事が多くて型がないというか」
型にはまろうとしないのが型破り、型を知らないのが型無し。
リゴレーヌの場合は前者後者どちらともつけ難い。言うなれば型外しと言った所か?
知識は無駄にあるし型を知らない訳ではない筈。そしてそれを無意識に使わない。
「まいまいでしでし姉妹ででで!」
「一番謎なのがこのラッシュというか、法則性はありそうなんですけど」
「リズムに乗せてるのと語呂合わせなだけだろ」
リゴレーヌの喋りの基本はまずリズムに乗せられてるかどうかだ。
合う言葉が見つからなければ同じ音を繰り返して間を埋めて、特に喋る事がなければ単語の音をばらした物の順番を入れ替えて喋る。
「おもしろい」を「いしろもしろも」と言うように、何となく元の言葉が分かる程度に形を残して。
「……あの、マックスさん実は喋れるんじゃないですか?」
「まさか」
道化師言葉の遊びの言葉、まさかかさまさ喋れるわけなか……。
「御師様師様も道化の心分かって分かり! わっかかわ!」
「嘘だろ……」
俺もいつの間にか感染していたのか……リゴレーヌの謎言語……。