日が沈み、ほーほーとフクロウが鳴く夜遅くになってもリゴレーヌが俺より先に寝静まる事は少ない。
自分の部屋にいるにはいるのだが、いつも何かをしている。
時にはごそごそと、あるいはがちゃがちゃと。技の練習か何かだろう。
最近は本人か無機物にしか適応できていない瞬間移動を猫にもやらせようとしているらしい。
ただ、猫相手だと狙った所に出てくれなかったりで上手く行かずで苦戦しているらしい。
寝ている時に突然腹の上に着地された時は襲撃かと思ってびっくりしたぞ。ある意味襲撃だが。
あとは朝起きたら部屋中の至る所で猫が寝ていたり。
技の練習をするのは良いがせめて回収して欲しい。
……もふもふなので偶には良いが。
そんな寝るのが俺より後のリゴレーヌだが、朝は逆に俺より早い。
正直な話をすると帽子を徹夜で作り力尽きた以外でこいつが寝ている場面を見たことがなかった。
いつもの現実離れした奇術や技量と合わせてそもそも純粋な人間である事すら疑いにかけていたものの、お陰でただ体力がすぐ回復するだけである事が確定して内心ほっとしている。
俺くらいの歳になるとな、一晩寝てもまだ疲れてる事があるんだよ。
というか戦闘技術を持っていなかったにも関わらず初陣からランクB以上の攻撃力を見せていたので、同じ人間だとは思いたくなかった。
勉強をしているニコルですらリゴレーヌが純粋な人間だと判断した時にはも認めたくなかった。
何かどっかで凄い種族的なのが混じっていれば、それなら凄いのは仕方ないで済んだというのに。
「ふぬぅ? 何かリゴレーヌめの顔に何かございまして何か? 化粧が必要? なられば道化のスイート絵をば!」
「違う違う。ちょっと考え事をしてただけだ」
「御師様思考にふけりのならば邪魔せず。ふふふふふふふふふふ」
帽子を外して手を突っ込むと、中から小皿とそれに乗った青い粉末を取り出した。
続いて今度は帽子の先から水を出して指で溶かし、鏡も見ずに頬に模様を描く。
さりげなく水を出したがそれは普通に魔法じゃなかろうか。
一応本人が言うにはそれでも魔法ではなく技術だが。
いい加減に魔法も使ってると認めて欲しいもんである。
唯一というか、身体能力だけは自分持ちだと認めてやるが。
左頬に青色でスペードを描いたリゴレーヌがドヤ顔で見せつけてきた。
「じゃじゃんじゃ、じゃー。んっんー。ですどうです? 道化化粧!」
「器用だな」
「必要となれば練習技術。あるのみ!」
いつの間に化粧を練習したんだか。
「御師様もどうです?」
「何がだ」
「道化師模様! うもよどどうけししし!」
「よせよせ」
俺の顔に描こうとするな。指をこっちへ向けるな。お前は指先からも何か出そうで怖い。
「光線カニカニビームカニ。指先からには出ずには出ません。では? 帽子!」
両手で帽子の三角を掴みその先を暖炉横に向けると、二本の光の束が一直線に伸びて置いてあった薪を真っ二つにした。
……うん、何だそれ。
「
カニって、蟹の事か? 海の方で獲れる。
二つの帽子の先から二つの光線を出すのは確かに蟹の鋏に例えられるが。
「学んだって、蟹にか」
「いえいえお客さん。いつもお声掛けなりての感謝期待に応えて練習ビーム! カニカニ」
「カニは分かったから。うん。まあ、実戦で使えるならいいや」
「ねこビームはまだ使えず。残念」
「そっちも気になるが」
蟹で交差する二つの光線なら猫はどうするというのか。
まさかとは思うが、リゴレーヌが(勝手に)飼ってる猫から光線が出るのか。
決して柔らかくない薪を容易に切断できる威力の物を、あちこちから出現する猫が発射しまくる……。
「たぺたぺたーむ、たぺーたむ!」
足元で寛いでいた猫が拾いあげられ、リゴレーヌの胸前で抱えられた。きょとんとしている猫と目が合う。
お前も道化師様の意味不明な行動に付き合わされる被害者か。
「暗闇光し猫の目ぴかり、その理由は輝板タペタム! ぺたぺたむ!」
夜行性の動物の目が暗闇で光るのは知っているが、それの事か?
良かった、縦横無尽に駆け巡りながら謎光線で辺り一帯を焼き尽くす猫は存在しなかった。
ちょっとくらい見てみたい気もするがと口にしたら、リゴレーヌがにへらと笑いながら首を傾げる。
藪蛇だったかも知れない。
こいつならやりかねん。
「見てみたいと申したりぞや?」
「いやいい」
「良きか!」
「違う、そうじゃない」
「恐るる覗き見て驚きなりぞや未知は恐怖!」
なんでこういう時だけ話通じないの? いつも通じてないけど。
いらないから。猫光線はいらないから。帽子の謎光線だけで充分だから。
「御師様お望みなられば最優先にて身に着けご覧に入れると申します」
「猫光線はいらない」
「はい! たぺー」
抱き寄せて猫に頬ずりしたが、猫の方はとても嫌そうにしている。虚空を見て脱出の機会を伺っている。
「奇跡は感動頭に残し、生涯忘るる事なき永遠輝くものとなり。故に手を抜く事はせぬ」
「……まあ、お前が舞台で客を全力で喜ばせようとしてるのは確かだ」
「おお! 御師様には分かり申すか!」
金の為や自分の為ではなく、それらも確かにどこかで存在はしているのだろうが最優先での目標は客を感動させられるか否か。
直接言えば調子に乗るからあまり言わないが、リゴレーヌの技量は飛びぬけて高く、投資してもっといい舞台を用意してやればあっという間に元を取れるだろう。それどころかその二つとない奇術は瞬く間に更なる客を呼んで王都へ行ける。
こいつがそうもせずいつまでも裏路地に手作りの舞台を設け、そしてロクにひねりも投げられない固定客の貧民や猫をいつまでも相手にしているのはもっと感動させたいという意思からだろう。
新規の客はおいおいとしてまずは自身のファンを大事にする。それが儲けに繋がらなくても。
「永遠、奇跡、輝くもの! それは何? 永遠は記録記憶の目に見えぬもの!」
ただ思うのは、どうしてこいつはそこまでして徹底的な道化馬鹿になれるんだ?
人形劇では最も信頼していたであろう父親に騙されたと話していた。
それがそこから実は……と続くのであればいいが、どうもそうなるとも思えない。
人間不信に陥っても良いだろうに、なのに人を喜ばせる、人の為になれる。その原動力というか、それは何なのか。
「んむ? お忘れ忘れ? 道化師は人を喜ばせる。笑顔にさせる。とは? 永遠、奇跡、輝くもの!」
「だから、そう思うに至るきっかけをだな」
「なるほど! となれば答えは車輪の下! お城!」
「はぁ?」
投げた帽子が天井にくっつき、三角が垂れ下がり並び立つ逆さの尖塔のようになる。
「逆さ城は見たことない? 空に浮かぶ城は? リゴレーヌも見たことがない!」
「……で」
「空にぷかぷか幻想お城は輝かしき架空のもの。でもでも誰もがお城に憧れる、美しきものは見たいと申す」
天井から落ちた帽子がすぽっとリゴレーヌの頭に収まった。
「幻想お城は蜃気楼、近づけば消える幻。そして解明されし現実なるもの。夢も理想も近づけば現実が待ち構えるなり。けどけど浮かんだ逆さのお城は見たこと変わりなく!」
両手を広げると、リゴレーヌは椅子ごと浮かび上がって天井に座った。なんだそれ。
真面目に話すのであればもう少し落ち着け。
「近づき醜い現実見せることなく、いつまでも記憶に輝く理想の幻想! そういふものにわたしはなりたい」
「そうか」
天井から落ちた道化師は頭から床に向かったが、テーブルに隠れて消えた。
かと思えば、俺の後ろから足音がして椅子を持ちながら現れる。
「道化師は皆の為! 皆の為は自身の為! 故に、何か心配事? は無き!」
言い回しは分かりにくいが、ようやくリゴレーヌの心情を聞けた。
出会った最初の頃は俺も投げ出そうかと思った位には常識もなく狂った様子だったものの、だいぶ成長したものだ。
成長というよりかまともになってきたというか、舞台と日常の区別がつくようになってきたというか。