狂った道化師を拾った話。   作:親友気取り。

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リゴレーヌ空間。

「うゎぁああああああああ!」

 

 リゴレーヌを連れて行くほどでもないちょっとした買い出しを済ませて家へ戻ると、玄関が勢いよく開きいつものように来ていたニコルが矢のように飛び出した。

 なぜか涙目で、男児らしからぬ情けない顔をしながら俺が視界に入るとと真っ先にそのまま抱き付いてくる。

 

「ま、ま、マック、さ、あああああ!」

「なんだなんだどうした。ゴキブリでも出たか? それともネズミか?」

「ちが、違うんです、父さん!」

「誰が父だ」

 

 しかし何があった? 

 強盗かなんかだとしてもニコルならもう少し冷静に立ち回れるだろうし、リゴレーヌなら人質に取られても得意の脱出奇術で何とかなるだろうし。

 

「う、宇宙が……」

 

 は? 

 

「ああ、ぁぁあ、この世界とは、宇宙としか……神秘? 空は、どこに……」

「一回落ち着け。何があった。何をされた」

「食べられたんです!」

「……食われたにしては元気そうだな」

「本当なんですよ! 食べられて、乱雑な空間が、宇宙を見て、扉があちこちに、文字の隙間に吸い込まれて!」

「わかったわかった。怖かったな」

「本当なんですよぅ!」

 

 もう少し男児冒険者たるものしっかりしろ。

 

「ボクは女ですよ父さん!」

 

 だから誰がお前の父だ。娘のベリテットに似てる気はするが。

 混乱というか錯乱というか、ニコルはもう使い物にならないし俺が直接見てくるしかない。

 意味の分からない言動を見るに強力な幻術か何か、精神をどうにかする感じの魔法を食らったんだろう。

 

 となるとリゴレーヌの安否も怪しい。今まで戦闘で被弾した事もないし大丈夫だろうとは思えるが、そういった見てから避けられる攻撃と個人へ直接くる精神干渉は慣れていないと抵抗も難しい。

 万が一あの道化師様が操られて敵に回ったりしたら俺も勝てるかは怪しいぞ。

 攻撃は全て回避、視界から外れれば死角から現れる神出鬼没さ。主な攻撃手段が剣とナイフしかない俺とは相性が悪い。

 

「ニコルはここにいろ。俺が行く」

「ま、待って……」

 

 剣を抜こうとしたら止められた。

 ええい、我が家に入り込んだ賊を討つというのに邪魔をするな。

 

「宇宙へは、リゴレーヌさんが案内して、文字も、別で……」

 

 はい? 

 

「……お前がそうなったのは、あいつが原因か?」

 

 別に賊に押し入られたとかじゃなくて、リゴレーヌ自身が原因? 

 何をしたんだあいつは。

 

「奇術を見せて貰おうとして、瞬間移動を、そしたら食べられて……」

 

 なるほど? あの道化馬鹿がいつも使ってたり猫にも試したりしている瞬間移動を試してみたと。

 それがどうして食べられるだの宇宙だのに繋がるのかは分からないが、リゴレーヌ空間に飲み込まれて発狂したのは確かだ。

 普段冷静なニコルが俺を父を間違えるだの自分が女だと言い始めるだのを言う辺り余程な事らしい。

 

 腰に抱き着いて離れないニコルを引き摺りながら玄関を潜り、リビングへ向かうと不思議な顔をしているリゴレーヌが猫と戯れていた。

 それを見てニコルが小さい悲鳴を上げたが、道化師様は気にしていない様子だ。

 

「ほむふふ、御師様元へと無事到着は奇術の成功なりて! 筋良しに胸張り道化のリゴレーヌ! ……にして、なぜ恐るるニコル?」

「確かにマックスさんの所へは行けましたけど、何なんですかあの空間! 一瞬で移動するとかじゃないんですか!?」

「ふむぅ? 寄り道しせぬば直接距離にて空中ブランコ!」

 

 俺の所へ向かおうとしてか。

 しかし精神攻撃でもないのにそこまで発狂する空間は気になるな。

 どうやってその空間を生み出したりだのしたのかは分からないが。

 もしかして異空間って奴か? 国宝級のアーティファクトが作り出せる、こことは違う空間世界を作ってっていう。

 それが奇術のタネだとしたら道化師の実力云々じゃなくなってくるぞ。

 

「いつもリゴレーヌが経由してるんだし危ない事も怖がる事もないだろ?」

「だったらマックスさんもやって見てくださいよ! あの場所は、本当に、うわぁああああ!」

 

 どうどう落ち着け。

 そこまで言うならやってみようじゃないか。

 

「リゴレーヌ。試してくれ」

「御師様も奇術の神髄を体験したいと申す? タネは明かせずも経験可能! さてさてどうしてどうしよう?」

 

 立ち上がったリゴレーヌがふらふらと踊りのような動きをしながら自分のダガーでジャグリングを始めた。

 やってくれるらしいが、なぜダガーを出した? 

 ニコルは巻き込まれるのが怖いのか遠くへ行ってしまう。

 

「んん、テステス、イーハトーヴェ、イーハトーヴェ

 

 呪文か? 

 身構えていると頭に被っていた帽子を投げた。

 

「始まりまするは道化の奇術、舞踏の始まり? しかしとて! そこは異の場所夏の空!」

 

 俺の視線が帽子を追いかけ向いた瞬間、嫌な予感がして思わず下を見た。

 そこには、赤黒いまるで闇そのもののような渦がある。

 

「これが、宇宙だとで──」

 

 成す術もなく、一瞬の浮遊感の後に飲み込まれて、そして俺はニコルの言葉の通り、この空間に食われた。

 

 

 

 

 

Insane Incident,

Impress “IDOLA”! 

 

 

 

 

 

 

「ふ、ふふふ、奇術は感動心に残し、()らはその体験を共有すならむ」

 

 

 壊れた建物、火のついた矢、背景には襲い掛かる恐ろしい形相の人間。

 あるいは、のびのびと過ごす猫が映り、次には蹂躙される村が映る。

 空間を漂う俺の周囲を様々な景色が巡り、それはこの世の物ではない、もしかしたら別の世界、異世界と呼ばれる場所の出来事なのか? 

 

 ふと視線を別に向ければ、赤黒い背景に浮かぶ扉の中では全く見た事のない様式の四角い建物が建ち並ぶ夜の街が見え、その遠景にある海上では白いドラゴンのような魔物と空を飛ぶ幾つかの人影が魔法のような光を撃ち合い戦っていた。

 その隣にある別の扉の向こうはまた別で、石とも鉄とも取れない、密度の高い建築物の建ち並ぶ広場の真ん中で黒く胴体の丸いゴーレムが鋭角な腕を振るってその建築物を壊している。

 

「広き世界を覗き見、望み、一身芸を覚えるるから故、夢か(うつつ)か幻か。現世を忘れ感動のみ覚えなりぞや」

 

 台本であろうリゴレーヌの言葉が耳に届くが、内容を気にしている場合ではない。

 この異界を見せられている中、深層心理すらも具現化するのではないかと恐怖に怯えている俺がいる。

 正しく夢なのか現なのか。

 

 宇宙、と言われても納得がいく。

 ニコルの表現した事は正しい。

 この空間から見える別世界は、別の宇宙での出来事だろう。

 そしてそれは平行する物であり、俺達が一秒を過ごす内に向こうでも時間は過ぎている。

 

「おお、御師様よ! どこへ空へと落ちられたまふぞや!」

 

 そういえば、これって瞬間移動だったか? 

 宇宙は空にある。

 どこかへ移動する為の魔法……いや、奇術? 目的地がないな。

 

「奇術の神髄始めはこんなもの! 仕方なしに同行しよう!」

 

 もはや道化師の言葉も意味が分からない。それは何を指している? 何の事だ? 

 無数に並びかけている文字の繋がりが新たな世界を紡ごうとしている。あれはどこで、何が起ころうとしているのだろうか。

 微かに重なったものが風景と人を作り、過多の情報が頭に入って響き、そして抜け、

 

「御師様こちらにございますよ? よすままいざごに!」

 

 リゴレーヌ? 

 どこからか現れたリゴレーヌに手を引かれて、たゆたっていた俺がどこかへ導かれる。

 

「一度近場に出ましょうか? 少し刺激が強すぎた!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?」

 

 ここは、どこだ。

 どこかの屋敷のようだが。

 

「御師様すまなく奇術は失敗。脱出成功? 説明足りぬ。始めに行き先をと言ふのを忘れた」

 

 さっきまで家にいたと思ったが、何が起きた? 

 確かリゴレーヌの瞬間移動を体験しようとして、何かに飲み込まれて……。

 ……駄目だ、思い出せない。

 ニコルの怯えた顔はよく覚えてるんだが、俺の場合は記憶の混乱か? 

 

「出現ポイント考えておらぬなられば漂うのみにて迷うたりは禁物。して、ここどこぞ?」

 

 ここがどこって、俺が聞きたいんだが。

 

「そこなニワトリよ、ここがどこか知らぬぞや?」

 

 鶏に聞いたところでわからんだろう。

 

「ふむふむ。迷い人の案内とな。御師様よ、こちらに案内たられ申す」

「鶏に聞くなよ……」

 

 確かにその鶏はリゴレーヌを導くようにどこかへ歩いているが、それは良いのか? 

 ここがどこの屋敷か知らんが俺達が怪しいことに変わりはないぞ。

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