「案内は鳥のニワトリとりとり、なしてどこまでてくてく散歩!」
「一応人んちだぞここ……」
現在地、どこかの屋敷内部。
リゴレーヌによって飛ばされてきた訳だが、そんなことを知らない人に説明したところで意味不明な供述をする不審者に他ならない。
俺やニコルなら「いつもの瞬間移動ねはいはい」で済む話だが、普通ありえないからな。
短距離であれば魔法の実験とかで多少ゴリ押しで納得させられそうだが射程距離無限だぞ。というかここどこなんだ。
つか、バレる前に瞬間移動で帰るんじゃ駄目なのか?
「御師様師様に奇術は早いと思われれまわれ。ここへ来るのも一苦労。それにそれれに!」
そうか。
……うん、思い返してみればそもそもここへ来た理由もなんか事故的な感じだった気がする。
「この者の名はリゴレーヌと似通い通い、なればなられば話も通ず!」
「名前?」
「わいははわわい! なんてことこさネーミングは? 主人のその名はアイーダ姉ねえ! 会える!」
何言ってんだこいつ。なぜに突然アイーダが出てくるし。
「ふっふふー。この者ニワトリもななんとアイーダ姉ねえに命救われ拾われて、今はこうして従じる者よ!」
まるで鶏と会話しているみたいなもの言いをする。
機嫌が良いのか歌いながらリゴレーヌは鶏を追いかけ、辿り着いたのはよく手入れのされた庭だった。
「う、ううぅ……。アイーダ姉ねえどこにおられる! リゴレーヌはこちらぞこちら、りんごんごーん!」
「おい、待てっ」
「アイーダ姉ねえーっ!」
我慢しきれなくなったリゴレーヌが走り出した!
「──うわー!」
角を曲がって姿が途切れた瞬間、歓喜とも悲鳴とも取れない声が響く。
初手でロクに話も聞かず斬りかかってきたアイーダの事だ。まさかと思うが、リゴレーヌの回避が間に合わない程の斬撃で出迎えたか?
多少焦りながらいつでも迎え撃てるようにしつつ追いかけると、そこには……。
「……何やってるんだお前……」
「わはははは! ははは! アイーダ姉ねえだ! はははは! わふー!」
見覚えのあるメイド服に投げ飛ばされたのか地面を転がるリゴレーヌの姿が。
しっかりと押さえつけられているものの道化師様は今まで見たこと無い程の笑顔を見せている。
「全く。聞き覚えのある物音がしたのでまさかと思いましたが、こうもすぐ見つかってしまうとは」
「久しぶりだなアイーダ」
「貴方は……確か、マックスでしたか? 本当にこの子を拾ってくださっていたのですね」
「色々あってな。まあ、恥ずかしながら見ての通り全然行動を制御できてないが」
「そうでしょうね。この子は猫のようですから」
「アイーダねえーっ!」
視線から外れた瞬間にいつの間にか消えていたリゴレーヌが近くの窓から飛び出し、飛び掛かり、アイーダに抱き着く。
俺の目の前で二つの影がもみくちゃになり地面へ転がった。
そういえば盲目の身だった。リゴレーヌのようなあっちこっちへ瞬時に音もなく移動されるのは反応しきれないらしい。
慣れているのかアイーダは表情を崩さず、確かめるように手を伸ばしてリゴレーヌの顔や頭を撫でていく。それが本当に実在している本人である事を確かめるように。
リゴレーヌはそんな撫でる手つきを甘んじて受け入れ、先ほど例えられた猫であれば喉を鳴らしてるかのようにされるがままになっている。
「相変わらず賑やかですね。道化師としての腕は上がりましたか?」
「様々奇術の大行進! けれども今は道化で冒険者!」
「はて?」
説明が必要か。
ふたりを起こして庭に置いてあるテーブルへ移り、アイーダへ簡単に経緯を説明する。
俺がリゴレーヌを路地裏で拾った事、弟子とする事で引き取り家に置いた事、そして今日ここへたどり着いた事。
その間にも少しでも触れ合っていたいのか、当事者のリゴレーヌはあまり自分から話をする訳でなくアイーダの手を握ってニコニコしていた。
「──なるほど、事情は分かりました。貴方を最初に斬り伏せる事にならずに済んで良かった」
確かにそうだ。自分で言うのもなんだがあの時防ぎきれて良かった。
たぶん俺が死んだとなればニコルが何とか口を利かせて悪いようにはしないだろうが、確実に悲しませるで済まない事になっていただろうから。
「ふむわぁ! まさかアイーダ姉ねえのお悔やみ申しをお見舞い申す!」
「ええ。勘違いとはいえ大変な無礼を働きました」
「人の身避けるは至難の神速、御師様ゆえゆえ防げたものを! けれどもけれど、その縁ゆかりの故に故!」
「痛いですよ」
ぽかぽかと道化帽子の先にあるボンボンを振り回してじゃれつく。アイーダも痛いとはいうが微笑み混じりの冗談だ。
「……リゴレーヌ」
「なんでしょ御師様おしさま師様。この仲割っての入りは許せぬ?」
「アイーダと再会できたのは嬉しいか?」
「当然なり!」
そう言って自身の帽子をアイーダに被せ、代わりに地面から先ほどの鶏を拾い上げると頭に乗せる。
意味は分からないが、鶏ももう少し抵抗したらどうだ。
「他意なく純粋に恨みもなく。リゴレーヌは昔からそうでしたね」
「ふむむん。
「アイーダに聞きたいんだが、こいつの喋りは昔からこうなのか?」
聞くと顎に手を当てふむと首をひねる。
「アイーダ姉ねえお悩み悩み? 見よこのニワトリわとり! 翼広げてブレーメン!」
「出会った頃から博学広才で複雑な言い回しを好んでおりましたが、ここまで落ち着きない幼げではありませんでした」
今日は再会できた為にテンションが上がってるが、それを差し引いてもか。
サーカスの一座壊滅の事件を機に多少おかしくなってしまったのは確からしい。
良かった。最初からこんな調子じゃなくて。
まともな時期が合ったとすれば、時間と共に落ち着き戻ってきてくれるはずだ。
「──おや、アイーダ。お、客さんかい?」
その時、少し詰まったように話す男の声が届いた。
振り向くとそこには整った服を着た裕福な人物……この屋敷の主だ。というか以前に依頼を受けて顔を会わせたことがある。
「はい。そちらの男性は冒険者ランクAのマックス、隣はその弟子のリゴレーヌです」
「お久しぶりです。挨拶もなく急な訪問で申し訳ない」
「お、覚えていてくれたかい? ああ、いや、ゆっくりしていってくれ。……そ、それにしても、リゴレーヌか……」
何か気になることがあるらしい。
視線を向けるとリゴレーヌは立ち上がり頭が地面に着きそうなほど深々とお辞儀をする。
「あの、アイーダ。以前に言っていた──」
「──はい。私の妹分であった道化師です」
「そ、その、そうじゃなくて。リゴ──」
「何か?」
「なんでもないです……」
ただ言葉を被せ気味に発しただけなのに、男はたじろぐ。
たじろいだ挙句、ゆっくりしていってくれと一言残してどこかへ行ってしまった。
「何を言いかけたんだ?」
「さあ。何でしょう?」
相変わらず表情を一切崩さないアイーダからは何も読み取れない。
だがここに一人、無表情とは縁遠い道化師様がいて、そしてとぼけるメイド服とは真反対に声を上げた。
「もしやここにおられるニワトリ? その名をリゴレッタ!」
「あっ」
珍しくアイーダの表情が動いて眉が上がり、神速の斬撃を放った腕と同じとは思えない程の無駄が多いどたばたとしたアクションで急いで鶏を取り上げた。
そして手探りでついていた首輪を見つけ、そこについていたプレートを触り、睨みつけるようにニワトリから顔を逸らさない。瞳を覗かせず瞼だけを向けているというのに鶏は縮こまり動けなくなっている。
心なしか鶏の視線がアイーダの傍らに置いてある仕込み杖に向いているように思えるのは、あの恐ろしさを知っているからか。
分かるぞ。どこから飛んでくるのか分からない神速と言われるのも頷ける居合の一撃、あれを敵に回したくない。俺も次はない。
にしても、リゴレッタか。
話の流れ的にあの鶏の名前だと思うが、もしかしてリゴレーヌの名前を元にして付けたのか?
「まさか吾の名と同じ由来を持ちし? アイーダ姉ねえ名付けのセンスは変わらじ変わらずずかわ変わらず!」
無邪気に笑顔を向けるリゴレーヌとはやはり対照に段々と表情が曇っていくようにも見える。
「……あれま? ままれままれま? もしや違いし名付け元?」
「意地悪しないでください。分かりました、白状します」
肩を落として降参した。
そうして語ってくれたのは、この鶏へリゴレッタという名前を与えたのみならずリゴレーヌと言う名前を与えたのもアイーダだという事だ。
リゴレーヌを拾った時に新たな人生の節目という事と、身を隠す意味もかねて与えたらしい。
その後事件の際に妹分であるリゴレーヌが亡くなったと思い込み、この屋敷で寂しさのあまり鶏を飼い由来を同じとする名前を付けたという。
それらを言いたくなかったのは、鶏を代わりにしていた事を打ち明けるのが恥ずかしかったらしい。人形に想い人の名を付けるようなものだろうか?
「せめてもう少し早く、生きていると知っていれば……」
「ふむむむむぅ? 吾も家におりし猛獣にアイーダ姉ねえの名を付けておられるぞ? なりて」
「猛獣?」
「勝手に飼ってる猫の事だ」
「はぁ」
今更ながら猫の猛獣呼びはなんとかならないのか。いちいち説明しなきゃいけないのか。
「にしても、リゴレッタとリゴレーヌねぇ」
「何か?」
いや文句じゃない。頼むからその杖に手を伸ばさないでくれ。
両方とも由来を同じにするというのは、その元はなんなんだ?
聞けばリゴレーヌも知りたいのか、にへらと顔を向ける。
「……私が昔見たオペラの題名です。元は男性名であったのを直してリゴレーヌ、及びリゴレッタ」
「ほむおぅ! それにて吾の名はじゃじゅじょのリゴレーヌ! さしてこの名はリゴレッタ! やー!」
頭に乗せた鶏の上から道化師の帽子を被り、テーブルの下から鶏を取り出す。
短距離の瞬間移動だ。鶏の方は……無事らしい。怯えた様子はない。良かった。
「さて、そろそろ帰るか」
「む!」
元々ここへ来たのは事故のような物だ。あまり長居するのも悪いし帰ろうと席を立つと、服の裾を座ったままのリゴレーヌが掴んだ。
「なんだ?」
「折角再会アイーダ姉ねえ、一晩一緒に語りて眠りて」
「……泊っていきたいって事か?」
聞けばぶんぶんと頭を縦に振った。
久しぶりなのだしもう少し一緒に居たいという気持ちは分かるが、俺も屋敷の主の知り合いとはいえ流石にそれは……。
「──お二人は、今どちらにお住まいですか?」
押し問答を続けているとアイーダが口を挟んだ。
何か考えがあるのだろうか?
「アガ国はササカミの町だが」
「ああ、やはりササカミ。近々鎮魂祭があるという」
何か考えがあるらしい。
「私達の一座が打ち倒されたのもその近く。故に慰霊もかねて行きたいと思っていたところです。どうでしょう? そちらへお邪魔させて頂けませんか?」
そういう事か。何もこの屋敷に止まらなくても良いと。
だが俺の家に泊まるとなればどうしたものか。
リゴレーヌの事だから同じベッドで寝ると言うだろうが、あの混沌の産物のような足の踏み場もない汚部屋に泊まらせるのか。
盲目のアイーダにはその惨状が見えない。すぐに何かを踏み足を引っかけ転びと危険が多過ぎる。
「それが良し! 良い! りょう! ならればなればすぐに帰還しせりましょう!」
「お待ちください。ここを離れるのですから少し話を通してきます」
「はい!」
リゴレーヌの手元から鶏のリゴレッタを受け取ると肩に乗せ、屋敷へ入り姿が消えた。
ため息が漏れる。
今更だが、まさかアイーダと再会できるとは。
「御師様師様、帰りも奇術の瞬間移動はよいよい平気?」
「ん? あー。目でも瞑ってるよ」
本能的に瞬間移動中は何にも見てはいけないと感じる。
「さてさてさてて、帰って猛獣達にもアイーダ姉ねえ紹介せねば!」
「アイーダにアイーダを会わせるのか。面白いな」
言うと何故かきょとんとした顔をされた。
そして少ししてぽんっと手を合わせて納得した表情になる。
「あれ嘘です」
さらっと嘘ついてんじゃねぇ!
リゴレーヌの名前はオペラのリゴレットをフランス女性風にしたものとなります。
(“名前+ine”、例は
英語-5億の考えたものなのでたぶん間違ってる。かっこつけて知らない惑星の文字を使おうとするもんだから……。