ずんたったー。ずんたったー。
でんでれれれでんでん。
白いスクリーンに蝋燭の火であろう明かりが揺らめて映る。
影絵と呼ばれる舞台芝居の手法だが、まだ影はなくリゴレーヌの声だけが通る。
前回あらすじ覚えてあらむ。されど確認にんにんなられば話そうあららじじ!
なんぞの話かてとて? それはかの少女!
とある町のとある場所、石壁囲まれ少女は生まれ、なんとななんと類い稀なる才ありける。
飛んで火を吹け大喝采! 誰もが認める圧倒的な、唇噛むほどその才能!
しかとてしかしか、それには嫉妬も付きまとい。
ひそひそ話は抑えも利かずて戸も立ちならん。
いつしか届いた少女の元へ、悪意の言葉はひそひそひそひそ。
幼き少女に悪意は分からぬ。けれども嫌われるは悲し事。泣く泣く父へと相談持ちかけ返った言葉は見返したもうぞや! 彼の者ものかな!
スクリーンにはまだ何も映らない。
分からぬか? 父の計略!
我が子の才に人気を奪われ嫉妬に狂った父による! 娘を葬る? いえそれ以上の先考え!
なんとばさ、ひそひそ話は父の回し手!
見返したりぞや森に行け。森を越えたその先なにがある。疑問を持たぬが運の尽き。
3日4日の幾ばくほーほー。
派手な効果音と共に一瞬で現れた巨大な男の顔が引いてボヤけて行き、山の背景になった。
そんな事も知らない少女の影絵が、最初はスキップを踏んでいたものの段々と力が抜け、やがて倒れてしまう。
そして恐ろしい獣達の唸り声と共に明かりが消えて行き、無事かどうかも分からず文字通り闇の中へ。
ここまでは前回にも聞いた話だ。
なぜいきなり趣向を変えて影絵になっているのかは不明だが。
ぱっと光が点り影絵の少女が立ち上がる。
“フィクションだったのか、騙された! ”
力を振り絞って立ち、命からがら脱兎の如しとたったかとっと!
ついに疑い持ってと逃げ出して、痩せこけ泥んこ濡れてようやくたどり着いたは石壁故郷。
あの父許さぬ味方を探そう。
されど、時遅し。
出迎えるそれは
森を抜けたその先には何があったか?
それはなんと、喧嘩相手の敵国家!
父の計略その内容、少女を密偵スパイとチクリちく! 売ったのだ!
嫉妬に狂った父それは、娘をスパイと売ったのだ!
自身の為に、策を見破り有能たる証拠のために!
「魔女め!」
少女は当然スパイにあらず。
しかし父の声は大きく嘘は誠に誠は嘘に。
ひとりの人間へ向ける量ではない騎馬兵と、石壁の上に等しく並んだ弓兵。
多少の誇張はあるだろうが、明らかに地方領主や貴族程度ではない。ひとりに対しての動員や密偵だからと告発してここまで動かせる立場。そして、その少女が道化師に拘る理由。
まさかと脳裏にひとつの予感が走る。
以前にリゴレーヌは自身の父が国のために尽くしていたと言っていた。
石壁とは城壁の事ではない。その内側、城の事ではないのか?
そして、告発程度で大事にできる父とは宮廷道化師ではないのか?
国お抱えの重鎮であるそれなら、血を引く少女が様々な奇術を覚えているのも、そして謎だった広い知識にも納得がいく。
影絵の少女が走る。
急いで動かすあまり、型紙が耐えきれずにあちこちが裂けてボロボロになっていく。
これも誇張であると信じたい。見ていられない。
最後に影絵の少女がたどり着いたのは、サーカスのテントだった。
──旅の一座はなんという? 偶然そこに。
紙くずボロボロ少女は賑やかその場を見上げてははと、軽く笑いて死を受けならむ。
道化師それは、誰のため?
答えは簡単笑顔のために。笑える嘘あらずんば道化にあらず。
最期に知れたらもう良かろうと、瞳を閉じてのおやすみすやすや。
落ち着いた声と共に明かりが消え、静寂が訪れる。
サーカスへたどり着いたその少女が死んでいない事は知っている。
なぜならそれを救ったであろうメイド服を来た盲目の者がいて、そしてそもそも今こうして舞台を開いているのだから。
じー、と小さな音と共にスクリーンが幕のように上がり、その向こうからリゴレーヌが姿を表す。
カーテンコールの挨拶だろうが、今はそれが影絵の少女の正体だと言っているように思えた──
「御師様? しさま?」
「……ん、リゴレーヌ?」
「ふむむむ。やはり御師様に脱出奇術は早いか。なられば難易度下げての」
「町についたのか」
「はいな!」
屋敷からここへ来るだけなのに、なぜかリゴレーヌの舞台を見た気がするんだが。
目を開けたらやばいのに目を閉じててもやばいのか。まじやばいな。
まじやばいって事はまじやばいぞ。
「ああ、闘争の香り。よくありませんね。こうも血が近いと」
馴れているのかなんなのか、アイーダは特にリアクションもなくただ町の香りを嗅いでいた。
町中なら特に闘争の気配は無いと思うがやはり分かるものなのだろうか。
「やはり思い出してしまうか? 逃げた日の事を」
「そうですね。……混戦の中で私は無力となりますので」
「弱点か」
「はい」
小さく呟く。
目に頼らず聴力と嗅覚に頼るアイーダにとって、雑多な環境は毒でしかないのだろう。
それだから例の件では迂闊に手も出せず、逃げ出すしかできなかった。
傍から見れば高い剣術を持っておきながら抵抗もせず、おめおめ自分だけ逃げ出した事に違いはない。
それによる恨み妬みを恐れていたと。
「姉ねえ生きてて嬉しのうれし。れししうのしれ! ツバキヒメ、ナブコド? いずこ?」
「……申し訳ございません」
リゴレーヌはただ生存を喜んでいる。
だからこそ、無邪気に他メンバーも生きているのかも知れないと希望を出してしまう。
「その辺にしとけ」
「んむぅ?」
中途半端な勝手な希望が、絶大な絶望を生む事は当然だ。裏切られたと勝手に言って。
町中の路地、最初にリゴレーヌを拾った場所に出た俺達はとりあえず宿場を目指した。
「でもでもででももで、なぜゆえ向かうは裏路地宿場? リゴレーヌの部屋はいずこ?」
「お前、自分の部屋がどうなってるのか分かってんのか」
「にゅみゅ意味?」
本気で分かってないのか。あのゴミ貯めみたいな部屋。
「なるほど。状況は分かりました」
ふむ、とアイーダが頷いてまとわりついているリゴレーヌの頭を帽子越しに撫でる。
分かってる辺り前科持ちらしい。
「小道具の片付けが苦手なのはお変わりないのですね」
「道化に苦手もありなりなりぞて! ててぞりなりなり!」
「私も手伝えれば良かったのですが、申し訳ございません」
「アイーダ姉ねえ見えなじ仕方あるまじ!」
にへらと笑いぐりぐりと頭をアイーダに押し付ける。
なんだか幼児退行も引き起こしているように見えるが大丈夫だろうか。
到着した宿は冒険者ランクA以上からの紹介でのみ利用できる隠れ家的な所だ。
低ランクの中には粗暴な者も多くおり、それらと棲み分けを行う為にこういうところもある。
当然の如く値段も相応になってしまうがそこは問題ない。元より贅沢はしない身だ。金に問題はない。
「金だ。落とすなよリゴレーヌ」
「に? 御師様しさまは入らずなりぞ?」
俺がメイド服と変な帽子を被ったやつ引き連れて宿に入って見ろ。何て噂が立てられるか分かったもんじゃない。
どういう訳か二人とも顔は良いし、リゴレーヌに至っては胸もでかい。
「その気配。貴方がリゴレーヌを拾った理由は……」
殺意。
見れば杖が光ってる。刃が覗いてる。
「違うぞ。成り行きだ」
「お悔やみ──」
「待て待て待て待て」
危ない。今度こそ死ぬ。
「ほら、下らん話してないで2人で行ってこい」
「はいな!」「では参りましょう」
宿へ消えた(主に片方が)騒がしい2人を見送り家に帰る。
打算的だが、祭の間はリゴレーヌの様子を見ていてくれるというのは助かるものだ。
……自分で散々裏のある人間が嫌いと言っておきながら、俺も人の事は言えないな。