「やっぱり出かけないんですか?」
「……祭りが終わるまではな」
「締め切ってたら体に悪いですよ、っと」
ニコルが開けた窓からは町のざわめきが聞こえる。
早いもので今日は鎮魂祭前日、町中は飾りつけや帰省してきた人々、あるいは観光で普段の倍は賑やかになってきた。
俺の方はというと気持ちは変わらず家で引きこもりの予定だ。やはり表に出る気にはなれない。
リゴレーヌはそんな俺とは反対に、テンションが上がり過ぎて朝からアイーダを連れて出かけている。お祭りを前にして道化師を留めておけというのも無理だろう。
「お前はここにいていいのか? こう言っちゃなんだが、孤児院にとって祭りは大事な収入源だろ」
とんとんと料理を始めた背中に話すと昔を思い出す。
相手は違えど妻と同じ名前であるニコル。時期も相まってどうしても考えてしまう。
「ボクは劇をする事になったんです。準備も終わってますし、あとは待つだけです」
「お前がねぇ。演じるのは得意そうだ」
「女だって見破られませんでしたしね」
「悪かったって。──そういやその事ってリゴレーヌは知ってたのか?」
「割りと最初の方から」
あんの道化師、分かってて黙ってたな……!
やけに意味深な言葉を残したりしてたけど……!
「ま、マックスさん」
「どうした?」
「あの、劇だけでも見に来ませんか?」
「お前の? どうして」
聞いてみて、言葉を間違えたと思った。
ただ劇を観て欲しくて誘ったにしては動揺が酷い。
「そ、その、脚本はボクが担当したんです。それで、とう……マックスさんに、観て欲しくて」
「お前が脚本をか」
「はい!」
どうしても来て欲しそうに見える。
自身が脚本を勤め、観て欲しいと言うからには何かのメッセージが含まれていそうだ。
それは恐らくだが、男装していた事から始まり全ての答え……と言うには期待し過ぎかも知れないが、何か重要な意味が込められている。
外に出る気はしないが、そこにしか答えに近づけるチャンスがなければ。
「時間は?」
「えと、祭り中は毎日、昼の鐘が鳴ってから一時間後です」
「気が変わったらな」
「ありがとうございます!」
まだ行くとは言っていないが、絶対に来ると言わんばかりの返事だ。
テーブルに料理が並べられていく。
「だってマックスさん、絶対に来ますもん」
「何でそう言える?」
「リゴレーヌさんを投げ出すような人じゃありませんでした」
言葉に詰まる。
弟子を取らなければいけない決まりがあったとはいえ、リゴレーヌを放置せず手元に置いていたのは事実だ。
というよりも、どこかのタイミングで劇を観に行くのは決めていたしもう返す言葉はない。
「ベリー! 先生が探してるよー!」
表から声がすると同時にニコルが慌てた。
「ああ、もう! ま、マックスさん、今日は帰ります!」
「お前を探してたのか? ベリーって?」
「また今度!」
慌てて外の声を止めに出ていってしまった。
そういえばニコルという名前しか聞いてなかったが、下はベリなんとかなのか。クラリスもニコルを指してベリと言いかけてたし。
……
…………
………………ん?
ニコルは女で、俺の娘と同い年位で、ベリから繋がる名前を持ってて、俺の弟子入りに拘ってて、剣士を目指している……。
「まさか!」
娘のベリテットが、妻を守りきれず死なせた俺の前に戻って来るわけがない。
嫌な妄想をかき消そうと戸棚を開けて酒瓶を取り出そうとしたら、気配もなく突然中から飛び出したリゴレーヌの猫に落とされて瓶を割られるともいかずとも綺麗にコルクが飛んで中身がなくなってしまった。
飲んでごまかすな、という風に悪びれもしない猫が開いた窓から出ていく。
「リゴレーヌか?」
名前を問い掛けても、いつも出てくる道化師は現れない。
しかしまさかそんなことが、何てことが起こる最近だ。俺も少し現実を受け入れなければ。
俺ももう少し、現実に目を向けなければな……。
・・・
「ぽっぽるぽっぽー祖国のおやつ、ぽっぽるぽっぽー過去のもの? アイーダ姉ねえ過去は好き?」
「そうですね。様々な過去を思わない訳でもないですが、それも今の私を形成するのに必要なものです。好きか嫌いかではっきり別けるとすれば嫌いに入りますが、捨てられるものではありません。どうかされましたか?」
「いえいえいえ、御師様は過去によって未来見ず? 液体流動ガラスも可変。故に停滞は不可なりて進むしかあるましに、眼前未来すら瞼にて閉ざし背けて受け入れならぬや師様の情景状況!」
噴水の縁に腰掛けながらリゴレーヌの祖国のおやつをアイーダと共に食べながら、膝に乗って来た猫を撫でる。
お祭りを楽しむ気分もあるがリゴレーヌなりにマックスを心配しているらしい。
「リゴレーヌは過去を好きになれますか?」
「くなはこか、過去はなく? “リゴレーヌ”に以前なし! じぇ、の、とす、とはなんぞや? さあ!」
「申し訳ありません。今はリゴレーヌ、ですね」
「道化師は他にあらず新たな新た名リゴレーヌ!」
おかしの入った紙袋と猫をアイーダに預け、跳んで身軽に宙返り。
重力を感じさせない軽やかな動きでぴょんぴょん飛び回る。
たたん、たたん、と鳴る足音と風を切る音に盲目メイドは耳を傾け楽しむ。
見た目の派手さを感じられずとも、その存在感を感じられれば良かった。
「お祭り騒ぎは道化の舞台!
「不思議ですねぇ。いつも立ち回っているのでしょう?」
「そう! 飲食路地裏噴水広間、隙あれ舞いなれ道化舞台! にも関わらずや!」
「それほど頑張っているのに世間とは厳しいものです」
「ふんす! ふんぬ!」
飲食店での立ち回りは出禁に繋がり、路地裏は確かに人望を得るに至ったがそも貧困民なので呼ばれる事もなく、唯一まともな噴水広間はそもそも回数が少ないし目の前に出禁になった店があるので名を馳せるに相応しくない場所だった。
世間が厳しいというか、致命的な部分を無視している。
「リゴレーヌ程の道化師ならばすぐにお呼ばれしても良いでしょうに」
「分かっておらるは身内のみなればいと悲しきも拭えよう」
「皆見る目がないのです」
確かに腕はいい。リゴレーヌ程の人物はいない。
ただしそれ以外が致命的。
「あー! リゴちゃんいた!」
「ふもっふ?」
紙袋に顔を突っ込みおかしをくわえた道化師が声をかけられた。
アイーダは静かに杖を確かめ、リゴレーヌは喜びの声を上げる。
「クラリスなりて! アイーダ姉ねえ、この者はリゴレーヌの良き良さ知りゆるご友人!」
「お知り合いでしたか。斬っておきますか?」
「リゴちゃ──なんで!?」
「冗談です」
「こ、こわー……」
ドワーフの娘クラリスは手に何かブーツのようなものを持っており、ドヤ顔でリゴレーヌに渡そうとして後ずさる。
「っていうかこの人は? 明らかにいつでもこっちを斬れる構えなんですケド」
「そはアイーダ姉ねえ! 道化師リゴレーヌの同僚にして一座の生き残り!」
「申し訳ございません。何か重いものを持って駆け寄ってきたのでつい敵かと思い」
「あはは、それはごめん。んでリゴちゃん、これ!」
見た目はただのブーツ。
わざわざ渡す必要もなさそうだが、とりあえず道化師は素直に装着した。
「お、おお? おおー」
「どうよこのシークレットブーツ。リゴちゃんでっかいねぇ」
「これで派手なり立ち回り! 舞台目立ちて不足なし!」
立ち上がったリゴレーヌの身長が、伸びていた。
元々クラリスは種族的にも小柄でリゴレーヌと身長差があったとはいえ、この状態で並ぶとクラリスの視点がリゴレーヌの胸元辺りにまで来る。
「リゴちゃんでっかいねぇ……」
死んだ目でクラリスが呟いた。
「そして突然プレゼント? 何か目的ありての何か?」
「押し売りですか」
「待って待って、刃をちらつかせないで。ああ、でもその仕込み杖もうちょっと見たいかも……」
「体験しますか? 断面をお楽しみください」
「それ斬られちゃう奴じゃん! って、じゃなくて!」
仕切り直し。
山脈から目を逸らしながら話す。
「孤児院の方で劇やるでしょ? そこで合間に出番があるからって……あれ、聞いてない?」
「舞台! 劇! 間埋めのクラウン!」
厚底の靴で石畳をたらたたんとリズムよく叩くのを見て、クラリスはしまったと表情に出す。
当日に伝えないとリゴレーヌの上がりきったテンションで被害者が出る。だから誰も伝えていなかったのだと。
どうせこの道化師なら時間だけ伝えても何とかなるのだし伝えるのは当日でも良いから。
「良い音ですね」
「ふ、ふふふふ、ふふふふふふ……」
初めて履いた厚底靴にも関わらず褒めらえて感覚を掴み、軽やかなタップダンスを披露する。
「道化靴? 色は派手! 音も良く? 背丈増し!」
「見に行きますよ。楽しみにしてます」
「ごめんよマックス……安らかに眠ることなかれ……」
静かにクラリスは祈った。
助ける気はないらしい。