どんぱふどんどん! たらたった!
そんな気の抜けた手作り楽器の音とどこからか出た花火の身を叩く感触、そして聞いて心地の良いリズムの足音で道化師が袖から現れる。
先が二つに分かれた大きな帽子を頭に乗せ、町娘の恰好をした少しちんちくりんな容姿。
帽子はともかく服は継ぎはぎだらけでとても身なりが良いとは言えないが、この場は孤児院前の簡易的な舞台。
あまり贅沢を言えない立場だと見に来ている人々は理解している為にそこは気にせず拍手を送った。
「孤児院孤児達台本努め、芸も演武も練習重ね! 本日この舞台はもう間もなく! 今しばらくお待ちくださいましなりてや!」
両手を広げて堂々と立ち回り右へ左へ慌ただしく存在をアピールしていく。
来ている人は疎らで多いとは言えないが、舞台が始まるまでに観客席を盛り上げて集客に努めるのが役目。
いつも通りのにへらとした表情は変わらないものの、観客を笑顔にする以外の与えられた道化師としての使命に燃えていた。
「ではでは始まりその時までに、ではでは道化の奇術をお楽しみくださいましてや!」
いつもの得意なジャグリング。流石に瓶は見栄えが悪いと踏んだのか投げているのは借りてきた木剣だ。
手慣れた様子でまず二本を投げて、三本四本と増やしていく。
増やすと言っても取り出して投げる本数を足しくいくわけではない。投げてるうちに文字通り増えている。
マックスにとっては見慣れた物であっても、それを始めてみる観客は目の錯覚かと思う前例のないそれに驚きを隠せず盛り上がった。
それを見てリゴレーヌはご機嫌になり、あちらこちらと走り回り存在を再びアピール。掴みは成功したようだ。
「おとっとーっ!」
最後に舞台中央へ戻ろうとして、派手に転んだ。
投げていた剣も次々にぽこぽこと頭にぶつかって跳ねていく。当然見るからにわざと滑稽な姿を見せた道化師を客は笑う。
普段はマックスもニコルも呆れるか驚くかはするが滑稽を笑われるという道化師の基本をされていなかったリゴレーヌはますます調子が良くなるが、一度服に付いた汚れを払うように叩きながら立ち上がりごほんとひとつ咳。
それから数分に渡り見慣れた者からすればいつものかと流せ、しかし知らぬ者からは驚きのあまり声も出ないような芸を披露していく。
疎らだった席も埋まり、それどころか立ち見まで出たのを確認した道化師は満足げに大きく頷き、そして堂々と名乗りを上げた。
「紹介遅れましては
リズムよく靴を踏み鳴らす。
「その実現在は冒険者として師に仕える身……。しかし! 故に弟子仲間伝手にてここへ呼ばれて一芸披露!」
たんったんっ。
姿勢を整えたその背格好は舞台に立つ者にふさわしい整ったもので、手作りの道化衣装も気にならないほどしっかりとしている。
都会の大きな劇場に行かなければ見られないようなその堂々とした姿に圧倒され、元居た観客のみならずざわめきを聞いた通りすがりの民衆も心奪われた。
「さててさて良き盛り上がりにて一時失礼。彼ら彼女らメインの舞台はもう一瞬後! ではまた場面切り替え幕間にてお会いいたしましょう。メインステージをお楽しみくださいまし! ……ではではー!」
一瞬、それこそ本当に一瞬で誰にも気が付かれなかったものの、席を見渡した道化師から笑顔が消えていた。
それを誤魔化すようにぴょんと飛び跳ねるとリゴレーヌは二人に分裂してそれぞれ左右の袖へ姿を消す。
「……」
あのリゴレーヌから笑顔が消えたのに気が付いているのは、席に座っていたアイーダのみ。
ぎりりと軋む音がする程に杖を強く握りしめ震えていた。
・・・・・
なんて気の利く、という冗談は通じないだろう。
手元のワインボトルのコルクが一瞬にして綺麗に吹き飛ばされるだけならそう言えた。
俺が中腰のまま動作を止めたのはそんな神速の剣技を披露してくれたメイド服を着た人物が、いつもの仏頂面なのを変えないまま仕込み杖の刃を振りぬいたまま止まっていたからだ。
昼を過ぎ結局今日は出かけず外のざわめきを聞きながらだらけ、日が傾き始めた頃に我が家を訪れたアイーダは一言も発する事無く刃をむき出しにして佇んでいる。
俺が一体何をしたという。
呼ばれていた劇に行っていないとはあるけれど今日行くとは言ってない。ニコルもそれは承知している。
「アイーダ?」
「……」
高い金属のりんとした音が鳴り響き、刃は杖に戻る。
「心当たりはありませんか?」
「な──」
無い、と言い切る前に手の中でワインボトルが細切れになった。
昨日の猫といい、俺に禁酒をしろと天は言うのか? ……という冗談もやはり通じないだろう。
アイーダが何か激昂する理由とすればリゴレーヌ関連。
リゴレーヌは昨日の段階で分裂する位しか別に変な所はなかったし、今日か。
今日あいつは確か劇の幕間で道化師として働いてたはず。何かやらかしたのか?
「あのような……」
ぷるぷると杖を持つ手が震えている。
「リゴレーヌから、あのような悲しみと怒りの入り交じった感情が出るとは……貴方のせいで……!」
「ちょちょちょ待て待て」
降伏。
まさか本気で斬りかかってくるとは思わないがロクに話も聞かず殺しに来た前科がある。
というか、悲しみと怒り? あの道化馬鹿が舞台に立てたのに?
ふと視界に紫の花が入る。アネモネという名前だが、これの持つメッセージがその答えだろうか。
誤魔化すように出た疑問を汲み取ったのか、アイーダはその中から一輪だけ手に取りゆっくりと匂いを嗅ぐ。
「あいつが朝置いてった花だ、分かるか?」
「この香りの花はアネモネ。色により意味は異なります」
「紫だ」
「私に色は分かりませんよ」
「すまん」
「冗談です」
花の匂いで少し気分が和らぎ余裕が出たのか冗談をくれたがあまり笑えないぞ。
まずその危ない杖から手を離してほしい。
「以前リゴレーヌに教えてもらった色それぞれの意味。紫は“貴方を信じて待つ”となります」
ああ、と納得してしまう。
なんともぴったりな意味の花を置いて行ったんだあの道化師は。
「ご理解して頂けましたか?」
「存分に。あいつ、待ってたのか……」
「はい。ではお悔やみ申し──」
「待て待て待て」
「冗談です」
お前の居合いは冗談じゃ済まない。普通に死ぬぞ。やめてくれ。
「あいつが本気でそんな感情を出すのは意外だったが、分かったよ。明日もやるみたいだからそこで──」
「いえ、ですから冗談だと」
「は?」
リゴレーヌは普通だったのか? とうかそんな冗談で俺は死を覚悟したのか?
「いえそこではなく。貴方が原因だと言った事がです」
「んだよ……。って待て、じゃあなんでリゴレーヌは……」
「分かりません。ただ、あれほど機嫌の良かった彼女が一瞬にして憎悪をむき出しにしたのです。幸いにもすぐ抑えて誰にも気が付かれてはいませんでしたが……」
手の震えは続く。
「あれは、あれほどとは、よほどの事でしょう。私には、耐えきれませんでした」
アイーダは、道化師の発したそれに恐怖していた。
先ほどのやり取りもアイーダなりに普段通りのふるまいをしようとしたり何とかして身に染みた恐怖を払拭したかったのだろう。小さく「申し訳ありません」と謝られれば責める気にもなれない。
しかし何が起こったか、この様子じゃ本人に聞くわけにもいかないな。
リゴレーヌが見ただけで負の感情を動かされるモノ?
全く想像が付かない。
「私は、リゴレーヌには笑顔でいて欲しいのです」