狂った道化師を拾った話。   作:親友気取り。

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ねうねう語らいて

 寒過ぎず、かといって生温くもない心地の良い風。

 火照った顔を涼ませるには丁度良いが生憎と酒は飲んでいない。

 だからと言ってわざわざ夜風に当たる為に飲むわけでもなく窓枠に腕を乗せて夜空を見上げた。

 日が落ちても外は明るい。満点の星空とまんまるの月が照らしてくれている。

 

 例年であれば旧知の仲であるギルマスやクラリスの父が顔を見せに来る程度とはいえ寄るものの、町の近くで魔物の群れが見つかりちょっとした騒ぎとなったりしているらしく今日はこれないらしい。

 元より来なくても良いとは思っているが、今日に限っては来なくてよかったと思える。

 

 窓の向こうの夜の闇。庭越しの塀の上に道化師は腰掛け少し大きめの楽器をゆっくりと鳴らしていた。

 普段の騒がしさ慌ただしさとは反対にゆったりとした子守唄のような旋律。

 あれも確かリゴレーヌの故郷と仮定した国の伝統楽器だ。

 弦を弾いて独特な音が鳴り、やがて道化師が口を開く。

 

「──鳥籠捨しアヒルの子、濁した後見ず飛んで去る」

 

 一言一言に力の込められた、歌というより語りに近い物。

 普段のあやふやとした喋りからは想像もつかない、地に足着いたと言える喋り。

 

「幼き(われ)を遊ばせた、美麗な庭園白山の、瓢箪池に蓮の池。庭師の誇りは雪椿(ゆきつばき)

 

 ブレのない声が風に乗って耳に届く。

 

「……()(われ)にあらずゆえ望郷の念は無し。親を去らぬ雛に父母を思い出させるものはあろうか? そも故郷すら知らぬのだ」

 

 段々と声のトーンが落ちて行き、その言葉に棘と憎しみが滲み出てきた。

 被っている帽子は作り上げた当初の色合いに戻っており、普段は見えていないここアガ国の紋章が浮かんでいる。

 紋章を取り入れるというのはその国に忠誠を誓うと同じ。わざわざ一番目立つ所にそれを置くのだから、故郷に未練はないと言っているようなものだ。

 

「しかし吾も人の子。忘れたフリして生きれど過ぎ去りしを忘れ去られず。一片たりとも欠けることなく」

 

 ぞわりと背中に悪寒が走る。

 怒り、悲しみ、それらを内包した負の感情。そして確かな殺意。

 アイーダの感じたものはこれに他ならないだろう。

 リゴレーヌはあの場で何を見た? 

 

「今更何をしに現れた! 吾が平穏に暮らしておるというに、何故現れる!」

 

 感情の爆発。

 あのリゴレーヌが、いつもにへらと笑いを絶やさないリゴレーヌが、声を荒げて弦を握りしめ不協和音を鳴らした。

 道化舞台の語り口調でも誤魔化せない程の感情が、憎悪となり身を包む。

 

「今日日になってよくおめおめ顔を出せたものだ! 我に何をした! 我が何をした!」

 

 ──まさか、父親か? 

 小さく漏れた言葉に反応してキッと睨みつけたその顔からは道化の仮面が外れていた。

 今のこれが素なのだろうが、とても人間らしいなどと感心している場合ではない。

 

 俺の恐れる事、それはリゴレーヌの暴走だ。

 百発百中すら可能なナイフ投げに始まり火吹きに瞬間移動、時を戻したり分身をしたり。

 ともかく何にせよ未だ底の知れない能力を全て殺意の一点に乗せ全力で使い、勢いのまま父を抹殺しかねない。

 冒険者として日々人間大の生物から命を奪っていれば攻撃へのためらいもなくなってしまうだろう。

 若手の冒険者が酒場の乱闘で相手を殺してしまうなど珍しい事ではない。

 

「リゴレーヌ」

「言葉を恐れよ。吾は気が立っている」

 

 警告通りだ。ここで下手な同情や父をかばう発言はまずい。

 だが俺の言いたいことはそうではない。

 

「お前はリゴレーヌだろ?」

「うむ」

「親なんかいたのか?」

「おらぬ」

「だろ?」

 

 知らない他人を見てどうして毛を荒立てるのか。つまり気にするな、そして忘れる……いいや知らないフリを続けろ。お前はリゴレーヌという個人だ。

 そんな意味を汲み取った道化師は軋みを上げる楽器から手を離し、ふと息を吐いて落ち着いてくれたらしい。

 

「……ごめんなさい」

 

 塀から降りて帽子を取ってから謝り頭を下げた。

 いつもの客へ向ける挨拶ではなく、謝罪のもの。

 今のリゴレーヌならこの言葉も理解できるだろう。

 

「早いところ()()()()()()()。……分かるな」

「? ……はいっ!」

 

 元気よく答えて帽子を空に投げる。

 それから跳ねて、満月を背に自身の影を帽子の中に消すとその帽子も風に吹かれて闇へ消えた。

 窓を閉めてカーテンコールだとカーテンも閉める。いや、カーテンコールは幕が上がって舞台役者の挨拶だったか。

 何にせよ、玄関が慌ただしく開く音がしてから続いてとたたたと廊下を走る音がするのを聞いて安堵した。

()()()()道化師リゴレーヌが帰って来たらしい。

 

 振り向いたらカラフルな残像が眼下をすり抜けて突進をかましてきた。

 

「御師様師様! ただいま帰宅? そう帰りまして!」

「うぐッ」

 

 お、おま、おまえ、急に腹は、やめろ……?

 

「ふふ、ふふふふ、ふふふふふ。やはりは御師様故に、御師様なりて」

 

 何を言ってるのか知らんが腹が、ミゾが……。

 

「御師様! 明日の公演は見てくださりまするなりてぞや!」

「わ、分かったから離れろ……」

「約束!」

 

 んあ? 

 あ。しまった。

 

「にししし。では、明日に備えて御休みなりてー!」

 

 慌ただしいやつだ。顔も見せずに部屋に戻りやがった。

 ──ま、泣いてたっぽいし許してやるか。

 

「一件落着、か?」

 

 祭となれば隣国から見物に人が来ることも珍しくない。

 向こうが気が付いたかは不明だが、恐らくは視察か何かでこの町を訪れていた所をたまたま発見してしまったのだろう。

 魔王が復活してこれから魔物の活動が活発になるなんて話も上がれば、魔物の襲撃を受けた町というのは大事な資料となる。参考にして防衛へ役立てるために。

 

 残りの数日、同じ場所で舞台に立つリゴレーヌが再び会ってしまうのかは不明だ。

 俺は行くと約束してしまったのだし、もし接触してきた場合はうちの弟子が何かと言おう。

 前に「こいつはリゴレーヌ」と言うと決めていたのだし恐れることはない。

 

「そういや本名もあるのか?」

 

 リゴレーヌが今の名前というのは知ってるが、それ以前は知らない。

 仮に知らない名前を言われても素で知らないと返せるのだし好都合か。

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