狂った道化師を拾った話。   作:親友気取り。

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“アドリブ”

「御師様!」

「う゛っ゛!」

 

 ね、寝てたら急にリゴレーヌが腹に乗ってきた……。

 朝からなんだよ……。

 

「おはようでして? こけこっこー! 御師様御寝坊許さん道化、故にて起床のお手伝い。お目覚めざめめ?」

「起きた、起きたから降りろお前、重い」

「む? 軽やかさが足りぬと」

 

 降りてはないがどういうわけか軽くなった。

 とりあえずこのまま猫のように乗せとく訳にもいかないので布団ごとリゴレーヌをどけると、羽根のように軽くなっている道化師はそのまま壁に落ちていってけらけら笑う。

 まあなんだ、あいつにかかる重力だけおかしくなってるとかそんな感じだろうな。いつもの理不尽だ。

 

 いつの間にか重力操作の能力も身に着けてるリゴレーヌは置いておき、窓を開けて薄暗い部屋に光を──まだ外も暗かったわ。

 もうすぐ日の出ではあるけれど、今は料理の仕込みレベルの時間ではなかろうか。

 

「のんのののん。れーぬドーケサーカスに準備は多く。それは料理と同じく同じ? そう! 何ごとごとごと準備は大事、丸腰にて魔物へ挑むは愚者の事!」

「確かに準備もなしに出かける奴はいないな。だがな」

 

 いくら何でも早過ぎではないか? 

 このまま二度寝もさせてくれなさそうで立ち上がり部屋を出ると、通常の重力へ戻ったリゴレーヌが後ろを独特なリズムの足取りでふらふらとついてくる。

 

「ニコルもこの時寝ておられ! 緊張足りなし舞台は直前なりて!」

「……昨日も叩き起こしたのか?」

「緊張感無く腑抜けのニコル!」

 

 リゴレーヌのようなプロの道化師ではなくあいつは出し物として演劇をするだけの一般人だぞ。

 

「アマとプロを阻む壁無き、舞台に立つれば上下なく! ゆえなぜ? それは演技に立場は関係なし!」

 

 だから朝早く起きて支度をしろと。

 お前なりのこだわりとして受け取っておくが、それを他人に強制するのはよせ。

 あるいはニコルは犠牲にしていいから俺は寝かせてくれ。お前と違って若くないから疲れが残るんだぞ。

 あと最近地味に腰痛も出てきたし休ませてくれ。

 

「さささ御師様席に着き、今日は門出の第一歩! 過去と決別未来へ歩み、それはそれこそ東雲(しののめ)(あかつき)黎明期(れいめいき)!」

「なんの話だ?」

「カンブリア大爆発! ……ではありませんでした? オルドビス? シルル?」

 

 話を聞いてくれないのは知ってた。

 促されるまま席に着くと、甲斐甲斐しくどこからか取り出したエプロンを装着させられる。

 見間違いでなければこれはアイーダの付けていた奴じゃないのか? 

 反対の席に着いたリゴレーヌも同じエプロンを身に着ける。ああ、増やしたんだろうな。

 

「観客皆様御師様含め、ちょっとやそっとじゃ驚かず。ネンマリマンネリ少し飽き?」

「まあ見慣れたというか。お前なら何したって納得するというか」

 

 初期のような不安定さもなく安定してるし、芸も何したって「それもできたのか」で済むし。

 リゴレーヌは自身の帽子を何もないテーブルに乗せ、クローシュを取るようにどければ当たり前のように出てくるのは朝食だ。

 さりげなく帽子が巨大化していた事に驚かないのもそういうのに慣れた証拠だ。

 

「むむむぅ、ごはんを食べたら()は孤児院へ。御師様はどうす?」

「いや寝かせてくれよ……」

 

 そして昼の鐘が鳴ったら起こしてくれ。

 ここと孤児院は町のちょうど反対側みたいな立ち位置でそこそこ離れてるとはいえ、その気になれば歩きでも一時間とかからず向かえる。

 

「楽しみあられや前日眠れずと言いませぬ?」

「子供じゃない」

「吾は準備ありてさらば! こねば脱出奇術にて!」

 

 あの空間を通るのは嫌なので全力で起きよう。

 

 

 

 

 

 約束なので遅刻はしない。

 リゴレーヌの脱出奇術をただの移動魔法と認識して扱えば痛い目を見るし。

 

 寄った孤児院に寄付をして、それからでも充分に時間は余っていた。

 近くにある舞台の見える段差に腰かけて、途中の出店で買った軽食を食べているとどこからか見覚えのあるメイド服が歩いてくる。

 声をかけると「おや」と小さく呟き、いつもは何かを斬るしか仕事をしてない杖でぺちぺちと地面を叩きながらこちらへやってきた。

 

「ありがとうございます。彼女が吹っ切れたと言えるのは貴方のお陰でしょう?」

「俺はただリゴレーヌと名前を呼んだだけだ」

「……そうなのですか?」

 

 アイーダに詳しく説明するのも照れ臭いし適当に流す。向こうも興味本位でだけで詮索する性格ではないのか、それ以上はしつこく言うわけでもなく席に着いた。

 声をかけなければ観客席まで歩いていただろうが、席についている客は思ったよりも多く、孤児院の演劇もそうだが登場する道化師を楽しみにしているとの声も聞こえた。

 道化師リゴレーヌに人気が出るのはまあまあ分かるが、演劇もとは。

 脚本を担当したニコルは当然素人だし用意できる小道具も限りがある。それなりにできれば上出来とは思っていただけに予想外だ。

 

「どんな内容だったんだ?」

「この町の昔話のようです。これ以上は言わない方が良いでしょう」

「ま、そうか」

 

 実話ならニコルの昔話でもある。

 ネタバレという訳ではないがあまり聞きすぎるのも良くないな。

 開演まではまだもう少し時間があるものの、特に話題もないので沈黙が流れる。

 

 しかし昨日はリゴレーヌの過去、今日は恐らくニコルの過去。

 色々と続くのは今まで逃げてきたツケか? 

 ダメだな、思考にふける時間ができると気分が沈んできた。

 

「……話題が欲しいですか?」

「ああ、欲しいな」

 

 ふとアイーダが呟いたその言葉に飛びつく。

 酒も飲めないし誤魔化しが欲しかった。

 

「では丁度良い機会だと思いますので、リゴレーヌの能力についてお話ししましょう」

「それは……確かに気になるな」

 

 ニコルや妻の使っていた魔法とは、シンプルに言うと火や水と言った現象を魔力を使い発生させる物だ。

 強弱扱いや火水雷の属性や幻覚等々、魔力を操るものは大抵魔法で括られる。

 魔法を扱えるのかは生まれの血筋による物が多く、そしてあくまで魔法を使える才能なだけで学んでいく必要があったり他の人と全く同じ魔法だったり。

 

 特殊能力と呼ばれるものも魔法と同じく生まれの才能だが、こちらは血筋に関係なく本当に生まれた時の運で全てが決まる。

 そしてその能力の内容も一定ではなく、魔法を大幅に上回る能力になる事もあれば雑魚過ぎて話にならないこともある。

 

 

 そこでリゴレーヌの能力の話。

 見るからに特殊能力に分類されるにも関わらず、後天的な習得の難しいというか不可能なそれの一部を教えられるらしい(まだニコルは習得していないが)のだからよくわからない。

 本当にタネのある技術だから教えられるのか、魔法を補助にしたもので行っているのか、それとも全部特殊能力に頼りつつ人に伝授できるようなものなのか。

 それが聞けるのなら聞いてみたい。全く予想が付かないので。

 

 仮に瞬間移動や複製をそれぞれどちらかを一つだけ扱っていれば、そういう特殊能力なのかと納得はする。

 だが実際はその二つだけでなく他にも時間は戻すし重力も操るし能力に統一性がない。

 明らかにおかしい。

 

「その通りです。リゴレーヌは、おかしいのです」

「え、なんだその答えは」

「我々を見る誰かどこかの観客席へ向かって演じ続け、この世界全てを一つの舞台演技だと思い続けているのです」

「いつも通りじゃね?」

 

 そうではありません。と一蹴された。

 というか能力の説明にもなってないし続きを頼む。

 

「私達のいるこの世界は一つの舞台壇上。我々は誰かの書き進める脚本をなぞる演者。リゴレーヌはその一人でありながら唯一その事を理解しているため、アドリブという形にて自ら台本を逸れる事ができるのです」

 

 なんだそれは。

 

「申し訳ございません。貴方の過去を茶番だと言う気はありませんよ」

「いや意味が分からんし続けてくれ」

「では。と言っても、リゴレーヌがアドリブをしているとしか言いようのない事なのですが」

 

 それが答えなのか? 

 

「この世界(ぶたい)を見ている観客が見て読んで確認し、ここで起こる出来事が確定となってしまう前であれば彼女はアドリブにて意図的に少し道筋を書き換える事ができます。例えば魔物に襲われて大怪我をしてしまうという出来事が気に入らなければ、観客に見られる前に“怪我をしなかった”とすることも」

「あー、えーっと、つまりなんだ?」

「シンプルにまとめますと現実の改変が近いですね」

 

 は? 

 じゃあおかしくないか、じゃあ何であいつは一座が崩壊したのをそのままにしている? 

 

「彼女は神様ではありません。すでに現実となり、前提となり、観客が周知し確定してしまっている出来事に関しての干渉はできません」

「制限があるって事か」

「はい。しかしまだ確定となっていないものであれば理論的には殆ど何でもできます」

 

 丁度俺たちの横を黒猫を連れた獣人の子供が通った。

 獣人の中には発声のできない者も多いと聞くが、あの子供は喋れるだろうか、それとも? 

 話しかけるまで確定していないその二つの選択肢どちらかをリゴレーヌは選ぶことができる。ということだろうか。

 

「そういう事になります」

「恐ろしいな」

「ええ、とても」

「なるほどなぁ……」

「それと彼女は第四の壁と言えるそれを理解している為、その向こうにいる声を聞くこともできます。──こちらは、あまり私達に関係することではなさそうですが」

 

 リゴレーヌがたまに誰とも分からぬ“お客さん”を相手に期待に応えようとしていた事やどこからかおひねりを貰っていたのは、その俺達を見ている観客から声をかけられたからってか? 帽子を一晩で仕上げようとして力尽きていたが。 

 監視されてると思えばなんだか気持ち悪い。

 

 気にしたところでその観客については正体が分からない……というか本当に実在するのかすら分からないので放っておくが、しかしこれならニコルとの模擬戦や今までの戦闘で一撃も攻撃を食らわないのも、道化師としての本番で失敗しないのも納得がいくな。

 誰も認知していない所で失敗を隠してしまえば最高の道化師の出来上がりだ。

 

「また、観客が周知している事を覆せないという事は逆に観客の認知を利用する事も出来ます。“リゴレーヌならこれができる”となればリゴレーヌはそれを自身の技として扱えるのです」

「卑怯だな……」

 

 丁度道化師による前座が始まった。

 元気よく壇上へ飛び出したリゴレーヌがいつものにへらとした笑顔で手を振り、軽やかに飛び回る。

 特殊能力と、それを利用したタネを知ってしまえばあの演技もできて当たり前と納得してしまう。

 

「一つ言っておきますが、リゴレーヌは貴方の思っている程この能力を多用してはおりませんよ」

「そうなのか?」

「攻撃を見切る動体視力、思い通りに体を動かす身体能力。ジャグリングに宙返りナイフ投げ等々。あれらは全て練習によるものです」

「あれは自前なのか……」

 

 確かに道化師に誇りをもっているリゴレーヌなら誤魔化し騙しの卑怯な手を嫌いそうである。

 最初は例のアドリブで能力を使い、それ以降は例の観客に“リゴレーヌはこの能力が扱える”と知られているので使い放題。ただし扱い方はしっかり練習しておく。といった所か。

 

「アイーダはどうして能力を使っていないかとかが分かるんだ? 見分け方でもあるのか?」

「いいえ。何となく、使った場合は何か違和感を覚えるのです」

「感覚か……。俺が見分ける方法はないのか」

「もう分かると思いますよ。今この場で冒険者マックスはリゴレーヌの能力を知り、そして知ったという事実が確定したのですから」




アイーダさんは元々別の小説からの参加なので、リゴレーヌの能力を自力で解明できました。
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