「では試してみましょう」
隣のアイーダがぽんと手を叩きながらそう提案した。
試す、というのは話の流れからしてリゴレーヌの能力の事だろう。
現実の改変だのアドリブだの、あの道化師が割とやりたい放題な能力を持っているのは知れたしどういう風に変わるのかは興味がある。
興味はあるが、同時に身構える。
瞬間移動時の謎空間ですらニコルが発狂し俺も記憶がほぼ消えたというのに、それ以上を食らったら廃人になるんじゃなかろうか。
「向こうも終わりにするようですし」
じゃん、と効果音を鳴らして両手を広げたリゴレーヌが拍手喝采を身に受けてとても良い表情をしている。
その顔に陰りはなく、やり遂げたという誇らしげで一杯だった。
「リゴレーヌ。少しあなたの能力を見せてくれませんか?」
この距離では流石に届かないだろうと思われた言葉はしっかりと聞こえていたらしく、一瞬だけ目線だけをこちらへ向けると恭しくお辞儀をする。
それからいつもの通り被っていた帽子を投げて、その中へ吸い込まれるように飛び込んで消えた。
帽子も風に流されて視界から消え、もう舞台上には誰もいなくなり終了だ。
さて、どこからリゴレーヌは現れる?
俺の視界の端か、あるいは近くに置いてある木箱の中からか?
それだといつもの瞬間移動と変わらないし別の手で来るか?
「その程度ではありませんよ」
アイーダが意味深に呟くが未だに道化師は現れない呟き、突如頭上から降って登場した。
すたっと綺麗な着地を決めて……待て、何か今おかしくなかったか?
「万有引力世界の定め、内的宇宙に道筋ありて。ふらふら漂ふリゴレーヌ! の持つ裏設定。アイーダ姉ねえ知り申し? 仕方なし!」
「申し訳ありません。リゴレーヌの能力を知りたく、いつの日にか色々と試しておりました」
「ではでは御師様話したりは……あ! ふむぅ? む。一人称!」
相変わらず何を言ってるのか分からないが、今何をしたのか。
「それがリゴレーヌの能力ですよ」
「与えられし台本脚本無視するは道化演者キャラクターに反す故に、アドリブ最小無しに越したことなし。ででもでもでも姉ねのお願いならば!」
「ありがとうございます。リゴレーヌが持つ力を悪用しないのは分かっていますよ」
「んふっふー。お褒めに頂き光栄」
いつものにへらとした顔でぽすんとアイーダの膝に乗った道化師は、足を投げ出して体重を預けじゃれ付いている。
猫のように撫でられご機嫌なリゴレーヌはしばらくそのままになっていたが、ふと体を起こすと真顔でこちらを見つめてきた。
「なんだ?」
「御師様は、恐ろしき?」
なんの話だ?
「自覚とは啓蒙にあらず、全知とは良きものだけにあらず。知りうることが笑顔に繋がるにはなく、暗き闇より目を背け、理想の所を見て終わる。舞台の美しさその後ろ張りぼて資材と廃材広場、舞台に上がれぬ落ちこぼれもおらるるば壇上上がれてすぐ消える者ありける」
意味が分からなくアイーダを見るが向こうも何も言ってくれない。
それどころか、時が止まったかのように風も空気も変わらず、この世界でリゴレーヌと二人取り残されたかのような感覚にすら陥った。
まさか、本当に時間が止まっているのか?なんてありえないだろう。
……また何かがおかしい。何か、俺が自覚できたものが自覚できなくなっているというか、思考が変えられたというか。
リゴレーヌは相変わらず俺を見つめたまま動かない。
「全部、変わりますよ? 思えば書けば変えられます。変えます。それせぬは、リゴレーヌの拘りなりて」
「……まさか、俺の認識を変えたのか?」
「ふ、ふふふ。訂正です修正です。誤字に脱字はお茶目にありて。けど、投稿前なら変えられます。よ? から、いつ何が起きたか分かりません? それは、恐ろしい」
この喋りには覚えがある。
初めにリゴレーヌと会った頃や、俺が一座の滅んだ現場へ向かった後の心配になった時の、あのぎこちない喋り方だ。
精神が不安定な時はこのような喋り方となってしまうのだろう。
「御師様は、遠ざける? これを知りて。力恐れるは人の常。羨ましく思いてヤキモキそれも」
おどけるように首を傾げたリゴレーヌがそのままアイーダの膝から落ちて、糸の切れた人形のように地面へ転がった。
こいつの能力は恐ろしい。全てが茶番となるような、世界を馬鹿にしたようなもの。
「リゴレーヌになる前のお前の父親のようにってか?」
「この力を恐るるは同じです。よ? 人は、未知と疑い怖くなる。しかしタネ明かし、未知への恐怖は既知への嫉妬へ」
「ありえんな」
能力の説明を兼ねて、能力を知る事の怖さを伝えたいんだろう。
俺が嫉妬に狂って追い出すなんて事はあり得ない。
いつの間にか現実が捻じ曲げられてるなんて知ったからといって、何か起きれば“お前がやったんだ”なんてことも言う気もない。
リゴレーヌは自分勝手に振舞うが、自分勝手で他人に害はなさない。振り回しはするが。
こいつが悪人ならその能力で幾らでも好きなようにできるし、そうしないのはどう動作しているのか分からない能力の制限以外にも理性による物。
凄いと思う心はあるにしろそこまでだ。
「ふむふむ。御師様
「てめ、人が考えてやってるってのに」
地面を転がっていた道化師が赤黒い光に包まれると、遠くにある孤児院の舞台へ戻っていた。
「ままま、これより行われるは次回、ニコルの公演! 時間もシリアスも長くてくどければ観客飽きるが話の流れ的に仕方なし!」
「お前が原因だろ」
「吾の道化師舞い舞い好評お声を一身に受け、みな笑顔? 吾は笑顔! とぅあ!」
またさっきと同じ赤黒い光で帰ってきた。それの方が瞬間移動らしいしどこに出るか分かりやすいから今度からそれで移動してくれないだろうか。
「おや、リゴレーヌが消えました」
固まっていたアイーダが動いた。風も人々のざわめきも帰ってくる。
膝の上に乗っていた筈のリゴレーヌがいつの間にか頭の上に移動していれば不思議にも思うだろう。
俺も不思議に思う。なんで気が付かないんだ。重くないのか。
「ここですよ? こちらです!」
道化師が力を抜いてとろけるようにアイーダの頭からずるりと垂れていく。
メイド服はあまり驚いていないようなのがシュールだ。
「アイーダ姉ねえ吾の力、分かりて?」
「ふぁい」
無表情なアイーダの口に髪の毛が突っ込まれてえらい事になってる。
「一つ聞きたいのは、観客は何か申しておりましたか?」
「ふむぅ? お褒めの言葉大沢山! 凄い意外と伏線ありきと言ってくださり! 悔やまれるは姉ねの勝手なネタバレ……」
「それは申し訳ありません。つい」
つい、で最重要なリゴレーヌの秘密を話してしまうメイド服もメイド服だと思う。
こちらとしても未知の能力を知れたので満足だが。
「でもでもこちらへお声かけ、可愛いと? 愛のある! ……残念なるかな壁超えならず」
「なんだリゴレーヌ、お前告白でもされたのか?」
「気のせいです」
出たな素のレーヌ。その断り方は酷いぞ。