ニコルの演劇はこの後すぐという言葉の通り、舞台上では孤児院の子供があたふたと駆け回り小道具や背景板の設置を進めている。
隣でぱたぱたと足を動かすリゴレーヌの方はというとそれを手伝う訳でもなく、俺が袋から出して身に着けた物を見て大げさにけらけらと笑っていた。
「ふひひひ、御師様なぜゆえ変な仮面? 何と表現すべき? ダサい! あはっ!」
「はしたないですよリゴレーヌ」
「んむふふふふふ……くく……」
リゴレーヌにそう言われるの凄いショックなんだが。普段の口調からして絶対言わなそうな単語だし。
とは言うが、指摘の通り身に着けているのはクソダサマスク。顔を隠せればいいとさっき適当な露店で買ったものだ。
理由は簡単。万が一ここで娘に見つかってしまっては色々詰むかも知れないからな。
ベリテットと同じ孤児院なのが悪い。俺だってこんなマスク着けたくない。
「こっちの仮面がマスカレイ! ど?」
リゴレーヌが新たなマスクを取り出すが、なんだそれ。
「パピヨンマスクはマスカレイ! 舞踏会では見て見ぬふりするマスカレイ!」
クソダサマスクを剥がされぐいぐいとそのパピヨンマスクを顔面に押し付けられるが、目元しか覆わない物だし舞踏会でもないから相手側も困惑するだけだろう。
よく考えろ。久しぶりに偶然顔を合わせた親父が奇妙な事になってたらどう思うか。
元から低いだろう好感度がドン引きを経て他人扱いとすらなるだろう。
ベリテットよ、俺の事は忘れて好きに生きてくれ……。
「手遅れ遅れの御師様遅れ。そは遅れ? 愚鈍なり! 浅薄!」
お前それすげぇ失礼だからな?
「にー?」
小首を傾げて誤魔化すな。
ぱたぱたと足を動かす道化師の口元にアイーダがお菓子を持っていくと雛鳥のようにぱくりと食べた。
座る場所がないのは分かるが、ずっと人の膝に乗ってるのもどうなんだろうなこいつは。
アイーダが気にしてないのならいいんだけれど。
「平和ですねぇ」
自分の口にお菓子を運びもそもそ食べながら平和を満喫していた。全く気にしてなかった。
「リゴレーヌ。ニコルは何の役なんだ? 脚本を書いた云々は聞いたんだが」
「ふがふもふもがももも? もがもが!」
「食べてからでいい……」
「ふもーむー」
仕方ない。アイーダに聞こう。
さっきは内容をぼかされたが配役位なら教えてくれるだろう。
「アイーダ」
「……」
「アイーダ?」
「…………すー……」
「寝てんのか……平和過ぎんだろ……」
暗殺術を身に着けてるんじゃなかったのか? このメイド服は。
軽く小突いてやりたい気持ちにもなるがよしておこう。腕を取られて折られたらたまったもんじゃない。
アイーダは初手で話も聞かずに殺しにかかったり模擬戦でガチ武器を使うようなやべーやつだ。下手に手を出さない方がいい。
膝に乗ってるリゴレーヌはこれよしとぐいぐい頭というか帽子を押し付けているが大丈夫だろうか。次の瞬間には真っ二つになってそう。
……リゴレーヌなら真っ二つになってもそのまま分裂しそうだ。
斬るたびにどんどん分裂して増えていく道化師。そしてそれぞれの個体が自由気ままに振舞うせいで収拾がつかなくなる。
地獄だな。
「ふむむんむふ? ふむふふふ」
「まだ食って……追加で食ってるし」
「んぐ。御師様食べる? これ食べる? ぽっぽー」
答える前に口へいつものお菓子をねじ込まれた。
「お前な」
「ニコルの準備が遅いが悪い! 本日今週予定であろうに劇を!」
「なんか手間取ってんじゃないのか。手伝ってやったらどうだ?」
「他人の劇に踏み入るはリゴレーヌの美に反す。過剰な干渉せずして道化!」
「盛り上げとか客引きとかやってたじゃないか」
「とは話が違いてよ? 道化師は道化を、舞台役者は劇を! 御師様には語り部を!」
語り部? こいつの言う事は意味不明だしいいか。
意味不明というか、例の能力的に俺の知りえない事が必要だろうし。
「
「じゃあ今のお前は道化師じゃなくていち観客としてのリゴレーヌだな」
驚いたように目を見開いたリゴレーヌがこっちを見る。
食べようとして咥えていたお菓子が落ちかけて、手で押さえてもももと高速で咀嚼して飲み込んだ。
「よし」
被っていた帽子を寝たままのアイーダに被せた。
「うへーまぢなげー」
……ん?
「つかぁ、しょーじきあんまし話す事なしに? ゆえ、ニコルんの劇始まるまでの尺稼ぎ悩むやむやむー」
り、リゴレーヌ?
「あや? 何見てんのー? このギャルレーヌになんぞや不備ありてー?」
「おい、どうしたお前、頭大丈夫か?」
「は? 喋っただけで疑われしは酷く思ふ。きれそう」
なんだろう。すげぇうざい喋り方になった。
あれか? 道化師じゃない一般人だって言ったからか?
それにしたって何だこれ。つかギャルレーヌってなんだ。また新しいレーヌか。
新しいレーヌとはって感じもするが。
「ニコルんまじ長くね? 今日話す予定プロットなのなのにー」
「だから準備に手間取ってるんだろって」
「もう尺なしよ。残りの文字数で話すとかまぢありえなくね?」
「って俺に聞かれても知らんぞ」
「あーちゃんー、あーちゃんー」
それはアイーダの事か? やばい、このリゴレーヌ……否、ギャルレーヌと接してると脳が溶けそう。
プロットだの尺だの文字数だの、たぶんまた能力云々だろうが次々に説明もなく言われたって分からん。
「……ん。どうかされましたか?」
「起きたー」
道化帽子をかぶったアイーダが目を伏せたまま目を覚ますと同時に、変に変を掛け合わせたギャルレーヌの喋りに気が付いたらしい。
首を傾げてからふにふにと両手で元道化師現一般人(?)の顔を触り、頬を引き延ばし、傍らの残りのお菓子を食べさせ、
「特に変わりはないですね」
「いやいやいや、待てアイーダ。なんか色々おかしいだろ」
断言するな。俺がおかしいみたいだろ。
ほら、明らかにリゴレーヌの喋りというか態度がさ、おかしいんだって。
「ふむ」
「むふむふ? 吾に謎とかねーんですけどぉ? いつも正直喋られておりますしー。隠し事はもうないない」
「な、おかしいだろ?」
「いつもと変わらないリゴレーヌでしょう」
節穴か?
いやアイーダの場合は難聴か。
「そこまで疑うなら試しましょう。ではリゴレーヌ。貴女の好きな食べ物は?」
「やわらかヨーグルト!」
「だそうです」
いや聞いたことねぇよ。こいつの好みなんぞ。
「飲めるくらいにやわっこいヨーグルトっとを飲んだことなし? むふふん、人生損してる」
「ヨーグルト一つで俺の人生否定されたんだけど」
というかそういうリゴレーヌが本人か偽物かって言うのを聞いてるんじゃなくてだな。
「では第二問」
おーい、聞いてるかー? そういう話じゃないんだよ。
ギャルレーヌの喋り方について言ってるんだよ俺は。
「どんとこいやぱふどーん!」
「リゴレーヌの嫌いな動物は?」
「犬!」
「正解です」
そして犬嫌いなんかお前。