「……んにゅー。遅れ止まらずなぜ3分」
「ほらリゴレーヌ。始まるから静かにしろ」
隣でよくわからない事を言いながら揺れているリゴレーヌを宥めていると開始の挨拶も終わり、舞台脇で司会の子供が手元の台本を読み上げ始める。
──800年前に魔王を封印した勇者はその知恵と力をもって全土地域の復興に努め、その功績から各都市から推薦され大陸を統べる王の座に就きエチゴという大国を築きました。
しかし勇者の栄光の時代から数百年が経ち、勇者亡き後の世界は段々と混沌に包まれていきます。
平和の時代は平和を築いた者でなくてはなかなか長続きしません。
やがて都市間での小規模なぶつかり合いが起き、段々と激しさを増し、内戦へと発展。
エチゴ国は分裂し、都市は独立して国家となり、そして今私達のいるアガの国が生まれました。
ここササカミの町は広い魔の森に隣接しており、かつては今より冒険者も多く所属しその中にSランクに匹敵すると謡われる4人の冒険者がいました。
進行に合わせ典型的な冒険者の恰好をした青年が袖から現れて舞台へ上がる。
──ひとりは、今はギルドでマスターをしている人物。
剣と鎧を身に纏ったオーソドックスないかにも剣士と言う風な恰好だ。
──ひとりは、今は鍛冶師をしている人物。
ハリボテのハンマーを持った、背の低いいかにもドワーフと聞いてイメージするタイプの容姿をした子供が出る。
──ひとりは、今も冒険者を続けている人物。
最初同じく剣士という風だが、盾を装備しておりどちらかというと守備に重みを置いたタイプだ。
というよりも俺だろう。
過去のササカミ、ニコルが題材にする4人の冒険者といえば俺のいたパーティーしかない。
最後に魔法使いの女が出れば確定だ。
──そして最後は、冒険者を続けている人物の妻であり魔法使い。
やはり魔法使いだ。そして、唯一“現在”に触れていない。
「あいつ……!」
袖から現れた姿を見て、思わず声に出し立ち上がってしまった。
横に座るリゴレーヌがちょいちょいと俺の服を引っ張りぐいぐいと座れと静かに諭しているが、そんな場合じゃない。
見覚えのあるローブ。
見覚えのある帽子。
見覚えのある杖。
そして、面影のある顔。
「ニコル……!」
舞台に上がった魔法使いの恰好をしたニコルは、俺の妻の、ニコルの恰好をしたニコルが身に纏っているのは、見間違いなくかつてニコルが身に着けていた物だ。
ぐらりと視界が揺れる感触に襲われ、ふらついた拍子にリゴレーヌに座らされる。
あの姿を忘れる訳がない。
あの日、あの時、俺が殺したも同然のニコルが、そこにいる。
似ていなければいいのに、帽子の影から覗く横顔はかつて連れ添ったニコルそのものだ。
偶然似ているにしては嫌な偶然だ。名前と言いもはや必然ではなかろうか。
確かにベリテットを孤児院へ預けた際、母の形見くらいは残してやろうと装備一式を渡した覚えはある。
消息不明な訳ではない品だし目にする事はできるが、それをなぜニコルが身に纏っている?
そう易々と他人へ貸すなどしないだろう。何なら自身でも着る事ができるか怪しい。
まさかと思うが、俺だけでなく妻の事も見限ったのか?
ベリテットがそんなと肩が落ちる。……劇の続きを見よう。
何か意味があるのかもしれない。ベリテットが別の役割……それこそニコルの娘役として出てくるのかも知れない。
……それはそれで脚本ニコルがベリテットからどう衣装を受け取ったというのも疑問に……。
隣のリゴレーヌが大きく頷いた。頭の帽子も大きく揺れる。
──冒険者四人は町を中心にあちらこちらへ駆け巡り、発展途中の田舎町だったササカミの発展に大きく貢献しました。
それから舞台は事故も失敗もなく順調に進み、冒険者の恰好をした子供達とニコルは盗賊役や着ぐるみの魔物と戦い蹴散らしていく。
意外なのが手作りのハリボテハンマーを持ったドワーフ役は仕方ないとして、ニコルを含む他三人の動きがそこそこ良い。
見た顔ではないが誰かの弟子に取られているのだろうか?
「やーっ!」
ニコルが杖を掲げながらわざとらしく掛け声を上げ魔法を発動させる。
舞台袖で待機していた年少の子供達が籠一杯の花弁を掴んで投げ、それらが観客席の頭上で発動した風魔法に巻き込まれてひらひらと舞った。
観客席では感心する声が聞こえ、年少組は見慣れない光景に喜んでいる。
魔法の素質があるとは聞いていたがこんなことができたのか。よほど練習したのだろう。
ニコルの杖を使っている事はあまり無視できることではないがひとまず置いておき、素直に拍手すると俺に続いたのかリゴレーヌも大げさに手を叩き、それが他の観客へ伝播していき大盛り上がりとなった。
劇は順調に進み、ようやくあの事件──この町で起きた惨劇、今日の鎮魂祭の元となったあのスタンピードの話に移る。
魔の森の奥深くで大繁殖した魔物の一団が何かの拍子に暴れ、そのままの勢いでこの町へ侵攻した事件だ。
魔物にとって町も森も地形の一つにしか過ぎず、たまたま偶然駆け出した先にこの町があっただけの事。
しかし例えいかに弱い魔物が相手だろうと、数の暴力となれば人間にとっては充分脅威となる。
年長組が身長を生かして魔物役をやり、泣きながら逃げる年少組を追いかけまわす。
だいぶ迫力は劣るがあの時の雰囲気は思い出される状況だ。
孤児院の年長となれば当時に親を失いここへ来た者も、それでなくとも覚えている者もいるだろう。誰も不真面目にやらず、進行者も忘れてはいけないと念入りに唱えている。
4人の冒険者の動向は俺もはっきり覚えている通りだ。
きっとクラリス経由やギルマスに直接取材する等してなるべく当時の再現をとしたのだろう。
堅牢な石造りの教会を避難所としてニコルを防衛に配置。俺達前衛組で逃げ遅れた人の救助を行っていた。
切った張ったの前線組とは違い、どこから攻撃が来るかわからない混戦で魔法使いは危険が大きい。そう思って、指示を出したのは間違いなく俺。
それ故に、ニコルは死んだ。
何往復かをしてその時に、その時にニコルが疲れている事に気が付いていれば。
母を呼ぶベリテットの叫び声でようやく事態に気が付き、駆け付けた時にはもう遅かった。
……あの時に気が付いていれば、あるいは最初から誰かを配置していれば。
人命救助で人を死なせておいて、何が安定のマックスだ。そも避難所を落とされれば終わりだというのに、何故手薄にしたのか。
司会の読み上げがニコルの死を告げた。
倒れ伏すニコルとベリテット役の子供。本物のベリテットは……どこにもいない。
「さぁよく見て。あの時、あの場所には誰がいて、何を言い残したのか。
本当は何を想われ、何が伝わらなかったのか。
“──では真実を見るのだ”」
無意識に作っていた握りこぶしにそっとリゴレーヌが手を乗せ、いつものおどけ口調の一切ない淡々とした声で呟いた。
まるでその台詞すらも劇の一幕と思えるほどはっきりと耳に届く。
気が付けば周囲の騒めきは収まり、舞台上での物音だけが場を支配していた。
それが劇に見入った客を圧倒させて作られたものなのか、あるいはリゴレーヌが雰囲気作りを手伝ったのかは分からない。ただ、そこで起こっている事には違いはない。
倒れ、帽子の脱げたニコルがベリテット役の子供を撫で呟く。
「“今回は、たまたま運がなかっただけ”」
違う。俺の考えが甘かっただけだ。
「“マックスの剣はちゃんと人を守れるよって、伝えてくれるかな。あの人ってバカだからさ、こんな助けても思い詰めて剣を置くと思うし”」
子供達と教会を背景にして、幾年越しに伝わったその遺言が胸を締め付ける。
ベリテットしか聞いていないはずの、俺に伝わることのなかった遺言。言葉のニュアンスも何もかも全てニコルがそのまま話したように感じられた。
そこに嘘は微塵も感じられず、リゴレーヌの言う通りこれが真実なのだろう。
暗幕が降りて舞台が覆い隠された。
俺の剣が、人を守るに値する? 妻すら守れなかったのに?
幕が上がり、そこに立っていたのはニコル一人のみだ。
妻のニコルじゃない。ニコルと似た顔をした、ニコルの恰好をしたニコルだ。
「冒険者マックスは、それからというものの人を救えなかったと悔やみ、石を投げられるだろうと思い人目を恐れ、娘のベリテットすら遠ざけこの孤児院へ預けました。娘は妻を救えなかった自身を恨んでいるだろうと」
視線は真っ直ぐに観客席にいる俺へ伸びている。
言いたいことははっきり聞こう。言い訳はない。
ここまで来たら逃げず最後まで聞こう。
「誰も、あなたを恨んでなんかいません!」
そうか。
じゃあベリテットはどうしたと憮然とした態度でニコルに顔を向けると、向こうはうつむき帽子の鍔で顔が隠れた。
意を決したようにローブを掴み、脱ぎ捨てる。
「ボクは……いや、わたしは!」
その中から現れたのは、時折見る剣士ニコルの恰好だ。
最初に会って弟子にしてくれと言った時に身に着けていたあの姿。
唯一違うのは首から下げたアクセサリーだ。
それは、そのアクセサリーは、妻が最期に娘へ渡していたもの。
もう言わずとも分かる。
ニコル。お前は、お前の本当の名前は──
「わたしはベリテット!」
冒険者マックスに憧れるただの子供、ニコルはもういない。
そこにいるのは、俺の娘のベリテットだ。
「これが全てです、父さん!」
フランス語で真実を意味する