狂った道化師を拾った話。   作:親友気取り。

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誰ですかー前回アイーダさんを見つけていいねした人ー。

今回はベリテット視点からスタートです。
喋るときは「ボク」、地の文では「わたし」と一人称がややこしくなった娘です。


月明りの下

 のんびりとしている時間はありません。

 予定合わせに預かった砂時計はその大きさに反してゆっくりと、しかし確実に落ちていきます。

 

「エンリカ!」

 

 夢のような、あるいは悪夢のような。そんないつもの移動空間を通り抜けて孤児院に飛ばされたわたしは、ふらつく足元を慣らしながら薄暗い部屋を魔法で軽く照らし、ベッドの梯子を一気に駆け上がる。

 そして、二段目で心地よく眠っているエンリカを文字通り叩き起こします。

 

 成長の遅い長寿種のエルフであるため幼い見た目に反して実はわたしよりも幾らか年上ではあるけれど、二人で部屋を共有して喧嘩が一度もない位には仲良しだ。

 最初に起こしたのはただ、一番仲のいい親友だからってだけじゃない。

 リゴレーヌさんの脱出奇術で全員逃げた後、たぶんというか絶対混乱が起きる。わたしひとりで全員を説明してまとめられるとも思えないので、賢いエンリカなら助けになってくれると踏んだからです。

 

「……べりー……? どったの……?」

「えっと、説明は後! とにかく起きてください!」

「んぃーっす……」

 

 もそもそ動いて、揺らしていたわたしの手を左手で掴むと力を込めて上半身だけ起き上がる。

 しばらくぼーっとして、

 

「べりーって、おいしそうななまえだよね……」

 

 変な事を言った。

 

「もう、寝ぼけてる暇ないんですってば!」

「わかってるよ……」

 

 あとベリーは愛称なだけでベリテットです!

 

「えーい! 起きろーっ!」

「うわっ」

 

 目の前でいきなり思いっきり光らせてやった。

 流石に目が覚めて緊急事態と分かってくれたのか、毛布を蹴飛ばすと軽々と柵を飛び越えて床に降りてくれる。

 追いかけてわたしも下へ降り、軽く今回の説明をします。

 といっても、わたしだって実のところ色々詳しいことは分かっていないんですけれど、ともかく分かってる範囲の情報を与えて、とにかくここが危ないから避難するって事を伝える。

 今はわたしがやるべき事をする。今は、それでいいんです。

 

「ふぅむ。魔物を操る人が、ここを人質に」

「そう! で、これからリゴレーヌさんの奇術でみんな逃げます!」

「ほんほん」

 

 昔から掴み所のない喋りをしてるし、普段から何を考えているのか分かりにくいけど、なんとか噛み砕いて自分のすることを分かってくれたみたいです。

 でも、何だか変な顔をしている。

 まるでこれはまずいぞと言いたげな。

 

「リッちゃんの脱出奇術? ってさ、誰も見てない事が条件なんでしょ?」

「え? うん」

「そりゃあ、やっぱちとまずいよ」

 

 リゴレーヌさんはたまにここへ遊びに来るので、すっかり馴染みになって脱出奇術と言われてすぐ何をするのか分かったらしい。

 分かった上で言っている。

 

「みんなが寝静まってるからオーケー。ベリーは別口で逃げたりする予定だったんでしょ?」

 

 リゴレーヌさんの奇術は、消える対象が誰の視線からも途切れた瞬間に、消える瞬間を確認させず消す。そういうもの。

 今回はエンリカの言う通り、みんなが寝ていて何にも見ていないことをいいことに移動させようって作戦です。そのために人数と部屋の確認をした。

 わたし自身も、全部の部屋を確認して誰もいなくなってるのを見てから脱出する予定です。もし夜泣きや何かで奇術に失敗した子がいても、そこで一緒に目を瞑って第二陣として逃げる事になっています。

 砂時計で瞬間移動のタイミングを合わせますし、なんら不備はないはずですが……。

 

 

「おとなしく寝ていてくれりゃあねぇ……」

 

 嫌な予感がする。

 

 珍しく真面目な顔をしたエンリカはエルフの長い耳をぴくりと動かして、軽く膝を曲げて高く跳ぶと手早く自分のベッドに放置していた愛用の大きなローブを引っ掴み、着地する頃には既に小さな身体へ身に纏う。

 遅れて重力に引かれたフードが目深に被さり、立ち上がると同時にローブの内側から木の杖を手品のように出すと宙で掴み左手に持ちます。。

 冒険者ではないけれど自衛用生活用にとそれなりに魔法を扱え、わたしにも魔法を教えてくれたエンリカの戦闘スタイルだ。顔と左腕しか見えていないし本人も暑いと話していますが、拘りだそうです。

 

「ベリテットの新たな人生の節目、お祝いってんでみんなでドンチャン騒いだ訳よ。年少組は疲れてすぐ寝ちゃったからいいだろうけど、あたし以外の年長組はまずいぞぉ」

 

 こそこそと窓に近づいたエンリカがつま先立ちになりながら外を見て、手招きするのでそれに習いわたしもこっそり伺うと、外には異形の魔物が蔓延っています。向こうの手が既に回ってきているようです。

 助けに来てくれるはずの冒険者さん達の姿はまだ見えないのに、もういつでも攻められる状態になっている。

 

「やっこさん達ゃまだ威嚇。けど、みんなが騒ぐのも時間の問題かもねー……」

「そんな……!」

「起きてる連中が気が付いて騒がなきゃいいけど、急がないとね」

 

 だからと言ってここで私が焦って駆け回ってもそれで気が付かれてしまう。

 早く、みんなが外を見てしまう前に急がないと……!

 

「ベリー。人を集めるポイントは決めてあるんでしょ? 食堂にまだみんないると思うから、ちゃちゃっと行って声かけてきて。年少組の確認はながらだったりその後に手分けしてやっちゃったり効率よく」

「……エンリカは……?」

 

 第二陣が脱出する場所は確かに固定してあります。

 けど、今の話じゃエンリカは、エンリカはまさか! 

 

「まぁまぁそう慌てなさんなや。あたしは玄関脇とかで待機して、いざとなったら」

 

 ぶんぶんと左手の杖を振った。

 アイーダさんのとは違い、中に刃が仕込まれてる訳でもない本当に魔法を使うためだけの杖。接近されればすぐやられてしまいます。

 

「危ないって!」

 

 これじゃあ、母さんと一緒だ。

 ひとりで残って、死んでしまった──

 

「──あたしが疲れる前に来てくれりゃいーの。ベリーのママさんだって耐えて疲労してたから駄目だったんでしょ? さ、問答してる暇なし!」

 

 ばしんと背を叩かれる。

 確かにここで言い争ってる場合ではないですけど……。

 

 ……いや、今は魔法の扱いに長けたエルフ種の力を信じよう。エンリカだって引き時は心得てる筈です。無理せず逃げてくれるはず。

 あの日の、母さんの死んだあの日のようにはさせない。魔物が攻めてくる前に急いでエンリカを呼ぶんだ。

 

 部屋を出たわたし達は廊下で別れて、食堂に向かうまでにある小部屋はチェックしていく。

 エンリカの方も玄関に向かうまでの間で見てくれているようだ。

 

「……よし、いない」

 

 隣の部屋には誰も寝ていない。ほのかに温かみの残る寝具を触って、脱出がうまくいったのだと安堵する。

 いいや、まだ安心しちゃダメだ。

 はやく食堂までたどり着いて、はやく皆の確認をして、はやくエンリカに伝えなきゃ!

 

 

 

 

 

 

 

「いやー。かっこつけちゃいましたなぁ、あたし」

 

 扉の閉まったままの玄関。

 薄暗闇の中で杖を持って仁王立ちするエンリカは、冷めたようにしみじみと呟く。

 

「大の為に小を切り捨てる覚悟。そして自身も小であるなれば……なんてね」

 

 命を天秤にかけない戦闘などない。大だの小だの切り捨てるだの、自身が守るために戦うというだけの話……。と、格好つけて回想しつつ耐えきれなくなり口元をローブで抑えて笑いを堪える。

 本人としては緊張を誤魔化したい為の格好つけたさは確かにあるが、殆どが緊張と不安の誤魔化しだ。

 

 

 外からの唸り声と、孤児院内部で幾らかの人間が駆ける音が微かに聞こえている。

 ベリテットの首尾はどうだろうか?   

 

 

 幾分と立ち……ついに時間切れと悟った。

 

 

 扉の一枚越し、すぐそこにまで敵が来ている。

 もうふざけている場合ではないと背を預けていた壁から離れて身なりを整え、こつんと杖で地面を叩き目を伏せる。

 次の瞬間には木製の扉は軽々と魔物の突進と爪によって粉砕され、侵入を許した。

 

 しかし襲いかかった魔物はエンリカの張った障壁を砕けず、容易に弾き返される。

 敵はその一体だけではない。続けて二体三体と襲いかかるが、どの爪も牙も大した成果も出せず、カウンターとして放たれた風魔法によって逆に吹き飛ばされてしまった。

 ぱらぱらと一瞬にして荒れ果てた玄関を踏み越えて、暗闇から月明かりの下へ乱れなくローブを纏ったエンリカが姿を表す。

 すっぽりと頭を隠したフードと低い身の丈は幼げを隠しきれていないが、何者も寄せ付けない大魔法使いのような威圧的な雰囲気がある。

 

「この数は流石に骨が折れるねー」

 

 もう既に自身の出てきた背後以外、周囲全てを見たことのない半人半獣のような恐ろしい容姿の魔物に囲まれているというのに、全く怯えた様子を見せず杖を持ち直し自慢げに言い放った──

 

「どうやら……本気を出す必要がありそうかな」

 

 ──足元の瓦礫に躓いて転びかけながら。

 

 

 

 

 

 ・・・・・

 

 

 

 

 

「たららったらったった」

 

 相手がどこで待っているのかも分からないのに、前を歩くリゴレーヌは目的地が分かってると言わんばかりにま真っすぐ道を進んでいた。

 その後ろを歩く俺としてはいつどこから敵が現れるのか心配でたまらない。

 俺が同行している理由としては、単純にこいつを一人にしておけなかったからだ。

 元より交渉をする必要はないし交戦する可能性しかない。リゴレーヌも戦うことは分かってるだろうが、うまいこと動けなかった場合を考えれば心配過ぎる。

 

「リゴレーヌ。どこまで行くんだ?」

「んゅ?」

 

 そんな俺の心配を分かっているのかわかっていないのか、前を歩く道化師はなぜかご機嫌だ。

 

「時間はこちらが少し前、さっきの話は少し後。それゆえ実質未来予知? 確定未来! あの場所その場所防衛成功エンリカその実とても良き働き」

「防衛成功……孤児院が?」

「んふっふっふー。樹付きのエルフよエンリカ強し。さもありなん? りんさもな!」

「エンリカって、さっき言ってた子供か」

 

 確かちらっと聞いた話によると、ベリテットの親友だとか。

 しかし強いといっても子供が防衛に役立ったのか? よくわからないが、リゴレーヌの口ぶりだと不満のない結果ではあったらしい。

 さもありなんの意図するところは分からないが。

 

「それはその作それはそれ、これはこの作これはこれ。今は関係なくなくいずれ」

「そうか。で、どこまで行くんだ?」

「にししし」

 

 怪しく笑うだけでやはり答えてはくれない。

 もう町を抜けて森に入り、舗装された道もなくなり、明かりは空に浮かぶ月しかない。

 今日は満月だっただろうか? やけに大きく、そして青みがかった風に見える月明りは予想以上に頼もしく、前を歩く道化師を神秘的に照らす。

 

 ──普段と変わりない筈なのに、まるでこの世の存在ではないように見えた。

 何故だろう。月明りに目が慣れていないのか? 

 月光の下でリゴレーヌの存在はあやふやに見える。

 

 先が二つに分かれた道化帽子や癖のある紫の短い髪、黄緑色の少し眠たげな瞳とそれを隠すような長いまつげ。いつの間にか巻いている付け襟。

 あとは目につく胸と身長を底上げするシークレットブーツ……。

 それらは何となく理解できるのだが、他はどうだろうか? 

 服装も手足の長さも、何なら一番分かりやすい身長すら今の俺にははっきりと想像がつかない。

 

「それもそのはず描写なし。なしなれ全編通して描写なし。掘り下げよう? 機会なく。

 ()の姿不確定? しかしそれゆえ想像任せの千変万化(せんぺんばんか)

 

 戦闘前の高揚感に、あるいは月の魔力に酔ってしまったか。俺も。

 歌うような道化師の綺麗な声が耳に響く。

 

「思えば長きの付き合いリゴレーヌ。原初は二年も近く前? 今より見て一昨年八月最初の一筆」

 

 何を言っているんだろう? 

 リゴレーヌと会ったのは割と最近だ。少なくても季節は一巡していない。

 

「一筆それより一年近くの(のち)皐月(さつき)。なんとなしなしにや投稿。それからお声もかけられ続き、供養は週間移行しラストへ移ろう」

 

 ダメだ、俺は着いていけない。またこいつの能力の話か。

 

「ここまで続くは全てかかりし声援お陰。評価もつけられ真っ赤っか。いつもいつでも感謝忘れず」

 

 リズムに乗せて、テンポよく歩くリゴレーヌは何となくいつも通りを装ってる風に見えた。

 舞台に立つ者は観客席側を第四の壁と呼び、あたかも本当に壁がように不干渉を貫く。

 今までリゴレーヌがそちら側を理解しつつも話さなかったのはそんな理由だが、それが今や崩れ、まるで舞台挨拶のようにふるまっている。

 

 本人が語るように本当にこれで終幕なのか。

 俺にはさっぱりだが、これでリゴレーヌが普段通りに戻れるならいい。

 相変わらず俺にはリゴレーヌの姿があやふやに映り想像がつかないが、この際どうでもいいとしよう。

 俺がここにいて、リゴレーヌはそこにいる。いつも通り。それでいい。 

 

「……()は幸せにございます」

 

 道化師が振り返り、真っ直ぐに()()()を見ながら言い、ぺこりと柔らかい体を腰から深々と下げた。

 俺の方を向いていたが、俺ではない。俺を通してどこかへ礼を言った。

 

 

「さて。ラストダンス!」

 

 

 顔を上げたリゴレーヌが片足を支点にくるりと反転して、いつの間にかたどり着いた森の切れ目……いつか来た地下遺跡のある草原を見やる。

 そこには、あの例の男が立っていた。

 

 

「おお、待っていたよ!」

「初めまして。宮廷道化師ジャコモ・シーザー」

「愛らしい美しい娘よ! 良く知るお父様を知らぬと呼び捨てにするのか、ヘンリエッタよ!」

 

 

 やわらかな風の吹きつける草原とそこで再開する父と娘。

 和やかな気配は全くもって存在せず、そこには微かな殺意だけがぶつかり合っていた。

 表面上はお互い笑顔で、ていだけは良いのが憎たらしい。

 どうやら仲良くは出来なさそうだ。

 

「ヘンリエッタよ。どうして私の下から逃げ出したんだい? 大人しくしていれば君にとっても皆にとっても幸せだった事だろう?」

「幸せとは自ら決めるリゴレーヌ。()は冒険者にして道化師のリゴレーヌ。ヘンリエッタ・シーザーはもういない」

「リゴレーヌ? ……アハハ、そうか、そうか。アイーダから貰ったのかい?」

 

 妙にねっとりとした声で男──ジャコモはアイーダの名を出した。

 接点はない筈だ。なのに、なぜ? 

 リゴレーヌも疑問に思ったのか、少し首を傾げる。

 

「アッハハハ! これは素晴らしい! 本当に何も知らないとは!」

 

 大仰な奴。何がそんなに楽しいのか。

 

「君が身を寄せた一座。それが一瞬で壊滅するほどの魔物の群れ。どうして抵抗もできない全盲のアイーダが、全く怪我一つなく逃げ切れたと思うかね?」

 

 ……何? 

 

「そしてヘンリエッタ、君もどうして逃げ切れたと思う?」

「……」

「自身の罪を償いたまえよ! 私と同じ、否それ以上の苦をもってして!」

「……」

「あの一座は君のせいで死んだ! そして新たに得た友も死ぬ!」

 

 

 アイーダが、内通者としてジャコモと通じていた?

 手引きによってリゴレーヌが悲しみ苦しむように図った?

 

 わなわなと肩を震わせ沈黙していたリゴレーヌが、ついに声を荒げる。

 

「──黙れ!」

 

 そして容赦なく、いつの間にか手にしていたダガーを投げ放った。




道化師リゴレーヌ2021verにございます。
身に着けている服、帽子の柄は有機EL搭載の為いくらでも変動します。

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