狂った道化師を拾った話。   作:親友気取り。

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10日後。

 リゴレーヌが弟子になってから早くも10日が過ぎた。

 相変わらず言動も行動も読めないが、戦闘能力だけを見ればやはり優秀ではある。

 今日に至るまで毎日魔物と対峙し、与えたサーベルで斬りかかる事もそれなりにあるがこいつはまだ一度も攻撃を食らった事がない。

 全て避けるか、あるいは小手で弾くというより逸らして無傷に抑えている。

 拾った直後は攻撃だけとは言い防御に不安が残るとは判断したが、こうして見ればランクAくらいの実力は余裕である。

 

 ……まあ、結構な確率で道化師の癖というかリゴレーヌの癖というか、意味不明な行動で台無しではあるけど。

 

「にきにき人気の大人気、今日も見せます道化の奇術、演者その名もリゴレーヌ! 見事討伐成功なるや、拍手喝采調子を揃えて!」

 

 岩の上に立ち眼下のオーク達に宣言してから足を滑らせ落ちて視界から消えた。

 あいつがわざと転ぶのももう見慣れて慌てる事が無くなっただけ、俺も師匠としての貫禄が出て来たんじゃなかろうか。

 命令も出してないし、なんなら出しても弟子の行動をあまり制御できないが。

 

「いえいえいえいえ大成功! ばばんと登場ばんばばばーん!」

 

 当たり前のように反対にある木の裏から現れ、ナイフを放ってオークを処理。

 今回はちゃんと命中させるらしい。

 しかし観客も俺しかいないというのに誰に向けて芸を披露しているのやら。

 

「んむ? それはもちろん御師様ですよ? 見せる人がいてこそ奇術、技を磨かなければ」

「俺に道化師の芸はわからんとなんと言えばわかるんだ」

「でもでも御師様楽しそう。なぜかなんでか問われてみれば、答えられぬと首傾げ? なんでしょう」

 

 ……俺が楽しそうだと? 

 

「うーむ何故かなんでか分からじともとも、心の底ではどっかんどっかん大爆発。なんやかんやと御師様満足? いえいえまだまだ笑顔はこれから!」

「まぁ、お前を見て退屈はしないよ」

「退屈させまじなりての道化道! それ!」

 

 調子よく喋ってからいつものようにナイフでジャグリングを始めた。

 ため息と共に剣を抜き、近くの草むらから飛び出したスケルトンを斬り伏せる。

 

「帰るぞ」

 

 今日の依頼はもう達成しているのでそろそろ切り上げよう。

 リゴレーヌの修行だと言えば大丈夫だがあまり場を荒らさない方がいい。

 弟子を取ったのは俺だけではないのだし、他の弟子達はリゴレーヌと違いまだ戦いの練習が必要だろうから。

 

「今日は早めの切り上げなりて。いつも夕暮れのんびり討伐にはなるも気分が乗らず? そう! いう日もありますですよねです」

「ああ。少し考えたいことがある」

 

 リゴレーヌの戦闘能力は、傍からして俺の弟子として説得力のあるものだ。

 しかし問題は視察が訪れた場合。その時、この道化師様は確実に客と判断して芸を披露する。

 なのでこれからはなるべく教育の方へ力を入れようと思うのだ。

 教育に力を入れる事で早く精神状態が正常に戻るとも僅かに期待しているが、まあそこはおいおいでいい。

 

 せめて早い所、平時と舞台を分けてくれるようにならないと俺が辛い。

 あまりにリゴレーヌが騒ぐからいつもの食堂を出禁になったんだぞ。あの店は結構気にいってたのに。

 

「お前がもう少し、小柄であればな……」

「ほほうお好きは小動物? しかし道化に変化はできぬ。いえいえ見せる事はできますが。どうです猫耳にゃんにゃかにゃーん!」

 

 髪の毛を掴み猫を真似ているのは放っておき、いつもの食堂から追い出された後に入った店は酷かった。

 店が、というより環境が。つまり客が。

 

 俺の所に来てから身なりも整えてやっているので、スタイルも顔も良いリゴレーヌは注目の的となってしまったのだ。

 美人も三日で飽きるという言葉ではないが、見慣れてしまっていたために油断していた。

 ただの子供であればその騒がしさも微笑ましいで済むだろう。しかし、こいつは()()()()体つきをしている。

 そしてその注目も道化師魂へ焚きつける事になったのかこれまたリゴレーヌも落ち着かず……。

 悪循環が過ぎ、パンとリゴレーヌをひっつかんですぐに店を後にした俺の判断は間違っていなかったと思う。

 

 森を抜けて門を超えて、依頼の報告の為にギルドへ向かっている途中に俺の横を歩いていたリゴレーヌが突然声を上げた。

 

「ニコルです! 凱旋ですとも我々帰還、さぁさ両手を広げなりて!」

「この声……あ! おかえりなさい。依頼の帰りですか?」

 

 一つ幸運だったのは、騒がしい道化馬鹿に色々教えに来ていたニコルが料理をできた事だ。孤児院でよく大人を手伝い料理をしていたらしい。

 本当は取りたくない手段ではあったが、リゴレーヌを素性も知れない男連中の視線にさらし続けるよりかは俺の家で料理をさせた方がいいと思い、現在は依頼という形でニコルを料理番としても雇っている。

 

 弟子にはしたくない、しないと言い張っていたのにも関わらずこれだ。

 昨日久しぶりに路地裏のマスターと話したら諦めろと言われた。味方はいないのか。

 

「ニコルも見習いなりとも冒険者。近頃戦い赴く事無く退屈ならずや?」

「確かに最近全然剣を握ってはないですけど、それでも満足はしてるから大丈夫だよ」

 

 “剣を”の所でこっちを見るな。お前絶対弟子入りを諦めてないだろ。あと今の環境で満足しているのは上手く俺の下に転がり込めたからだろ。

 最初に会った時はもう少し気迫があったというか人が違っていたというのに、今は柔軟な言葉使いで隙あらば弟子になろうとしているのが冗談であろうが俺的に気に入らない。

 確かに家事の依頼をしたのは俺だが、それは媚を売らせる為じゃないぞ。

 

「むむう。未だ師弟に溝有りて、道化は踊り歌いに解決ならずや……」

「だから弟子じゃねっての」

 

 今は家庭教師兼料理担当ということで金で契約し家に置いてるだけだ。

 弟子にするつもりも、まさかパーティーメンバーにするつもりもない。

 

「分かってます。ただ、ボクはマックスさんのお役に立てるならって」

「だったら弟子になろうとする必要もなかっただろうが」

「まままお2人喧嘩せず、そう喧嘩せず! ではどうしよう? ならばお菓子を食べましょう!」

 

 そう言って、割って入ったリゴレーヌが細長いパンのような物を差し出した。

 

「ぽっぽるぽっぽーポッポ焼き! パンです菓子です量もあります、分け合う仲間は喧嘩せず!」

「待て、これが何かはさておきどっから取り出したお前」

 

 怪しむ俺とは真逆に、ニコルは当たり前のように受け取って口へ運ぼうとする。

 待て待て待て。

 

「ありがとうございます。頂き──」

「食うなニコル、腹壊しても知らんぞ」

「でも、出来立てみたいですよ?」

 

 いやどこで作るか買うかしたんだっての。

 ずっとリゴレーヌは俺と一緒だったぞ。

 

「これ、向こうの出店で売ってる異国のお菓子なんですよ。たぶんですけど、さっき目を離した一瞬で買ってきたんだと思います」

 

 目を離した隙に、と言われて瞬間移動もできるこいつならできそうだと考えてしまった。

 普通はあり得ないと首を振りたいがだいぶ毒されてる。

 受け取ってみると確かに出来立てとしか思えないし、本当に買ってきたのか? 

 

「いやまぁお金を払ったと問われれば、うーむむむむの悩ましき。いえいえ盗みは働きません。それは何故かと問われれば、道化師としての奇術を披露! 気に入り笑って頂けました」

「はぁ……」

「あれま溜息いきめためため? でもでも喧嘩は静まり静かな笑顔! 奇術で何ともできぬ事、なればならなれ飯を食う!」

 

 常識は確かに抜けているが、仲を取り持つ気も方法も知ってはいるらしい。

 本当はそんな気遣いできる訳ないと言いたいが、現にこのよくわからんパン一つで険悪になりかけたニコルとの空気も改善されている。

 

 というか、まさかとは思うが弟子入りを拒まれたニコルを俺の近くにいられるようにしたのはこいつの仲介能力だったんじゃないか? 

 

 

 

 ニコルとはまだ孤児院の手伝いがあるとのことで別れる。

 冒険者が帰ってくるにはまだ早い時間なので空いており報告の窓口も待つことなく通れてた。

 

 何かの回収等なら物品の提示と鑑定で時間はかかるが、今回も受けていたのは一定数の討伐のみなのでギルドカードを提示するだけでいい。

 肩書やランクのみだけでなくそういった記録も施される機能は魔法による物なので間違いもなくすぐに報酬も用意される。倒すだけで記録されるカードの原理はよくわからないが便利なものだ。

 

 俺とリゴレーヌの討伐数を合わせた報酬を受け取り、近くのテーブルに移ってその金の二割をリゴレーヌに分け与える。

 働きに対する見返りだとは流石に理解しているのか道化師様も断る事なく恭しく受け取ってくれた。

 しかし大した依頼でもなく報酬金も多くないと思っていたが、基準が分からないからなぁ。こうして数えてみると弟子という存在に与えるには多かっただろうか。

 同じ戦場に身を置いた同士なのだから半々で良いとは思っているのでこれでも少ないと思っているが……。

 

「むしろ一割でもいいと思うぞ? お前はご教授する立場でその分もあるからな」

「なんだギルマス。それだけを言いに来たんじゃないだろう」

「せめて振り返ってくれよマックス。別に面倒事押し付けたい訳じゃない」

「心当たりがあるなら普段から気を付けるんだな」

「手厳しい」

 

 当たり前のように席に着いたのはギルマスだ。何か話があるらしい。

 

「お久しぶりです? いえ久しぶり! 冒険者の大頭! うやみうやまいうやややや!」

「全く敬ってないだろお前さん」

「諦めてくれ。この道化馬鹿はこういう奴だ」

「知ってる」

 

 どうしたと聞く前にどさりと用意されたのは、昨日の盗賊騒ぎの資料だ。

 用意されたからには意味があるので目を通して、なるほどと言える。

 

 捕縛された連中の吐いた事曰く、元々縄張りにしていたところに魔族が現れたせいで解散。生き延びたのがあの遺跡に残っていた面々らしい。

 その魔族が現れた場所というか元の縄張りというか、そこは以前にこの街へ来ようとして事故に遭い行方不明になった旅の一座も通る予定だったという。

 何を言いたいかと問うまでもない。

 

「因縁があるだろう? マックスさえ良ければここの調査を紹介できるんだが」

 

 お礼参りもするという気では無いが興味はある。

 この10日を通して目についた、リゴレーヌの異常な戦闘能力を保有していた一座を壊滅させた存在。

 魔王が復活したとの話も合わせれば、まさかと思うが幹部クラスとまではいかずとも上級魔族が出てきてもおかしくはない。

 

「まずは様子を見させてくれ。そこから本格的な調査をしていくか決める」

「そう答えると思ってたよ。魔族がいるかも知れないからランクAに調査を依頼しているともう報告を送っているから、向こうからの返事が来るまでは適宜報告でいい」

「拒否権がないなら聞くなよ」

 

 資料は家で確認しよう。束を受け取り席を立つと、静かだったリゴレーヌも付いてくる。

 こういう真面目な話をしている時は何故か空気を読んで静かにしてくれているのは助かるが、同時に普段は騒がしいこいつが黙ると何を考えているのか分からず不気味にもなるな。

 ギルドを出て少し歩き、ふらふら横を歩く道化師に聞く。

 

 話が理解できなかった訳ではあるまい。

 リゴレーヌにとって相手は怨敵であり、思うところがないとは言えないはずだ。

 

「我ら一座は十六夜の晩、我を残して先立ちなりて。悲しみ焦がるる残されひとりのリゴレーヌ、まだ何すべきか分からじなりぞや!」

「……気持ちの整理なら時間がかかっても仕方ないか」

 

 元気に振舞うそれも、道化の仮面に隠しているのは分かった。

 聞くまでもなかったか。思うところがなければ、このように精神がおかしくなることもなかったのだから。


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