入学式の翌日。
実家には及ばないにせよ、立派な庭を望む縁側で、俺は法界定印を結び胡坐をかいていた。
法界定印とは右手を左手の手のひらに乗せて、両手の親指の先を合わせて輪を作る印である。
印を結んだまま上体を伸ばし、左右に体を軽く揺する。そして、徐々に動作を小さくし体を静止させ、頭、首、肩、腹の順に力を抜いていく。
姿勢を作り終えると、脳裏に『阿』の梵字を浮かべた。精神を統一させながら、体内の霊気を循環させる。
阿字観を元にしたもので、瞑想法の一つ。修行中に浴びた呪を発散させ、身体の調子を整えていく。
どのくらい時間が経ったのか、不意に澄んだ声が耳に届いた。
「よし。もうそろそろ良いかのう」
「……はい。ありがとうございました」
ふぅと一息吐きつつ、春明は自身の身体に呪が残っていないことを確かめた。
二時間ほどの修行だったが、身体は重くなるほど疲労が蓄積している。
手加減されているとは言え、幾度と師匠の術を実際に浴びせられたのだ。術比べを行う日は特に疲れる。
春明からも術を浴びせ、呪を返しているのだが、師匠の方はと言えば特に疲れた様子もない。今も式神に持って来させた珈琲を悠々と啜っていた。
「春明や、高校は楽しいか」
師匠が些か気の早いことを聞いてきた。
「さぁ、まだ入学しただけで授業も何も受けてないですから」
「そうかそうか。しかと学べよ? せっかくの機会だからのぅ。陰陽術に取り入れられる何かがあるやもしれん」
師匠は嬉しそうに笑みを浮かべた。
古くは、自然界の万物は陰と陽の二気から生ずるとする陰陽思想と、万物は木・火・土・金・水の五行からなるとする五行思想を組み合わさり、陰陽五行説が日本に伝来した。
それを自然界の陰陽と五行の変化を観察して瑞祥・災厄を判断し、人間界の吉凶を占う技術として使ったのが陰陽師である。
陰陽師は中国の占術・天文学の知識や技術を獲得し、時代に合わせて独自に発展してきた。
そのような背景があるからこそ、師匠は陰陽術をさらに変化しうる魔法に興味を持っているのだ。
ちなみに、この時代に陰陽師はいない。いるのは便宜上古式魔法師と呼ばれ、陰陽術を扱う陰陽術師だ。
「春明なら期待が出来る。あの式神も実に面白い。協力は惜しまぬ故、なんでも言ってくるが良いぞ」
古臭い演技のような喋り方をする青年。
彼は満足げにカッカッカっと笑い声をあげた。
師匠は青年の姿こそしているが、見た目通りの存在ではない。師匠は彼の高名な陰陽師である蘆屋道満その人である。
土御門の先祖であるという安倍晴明に術比べで負け、亡くなったそうだが、その後荒魂といういわば神になってこの世に居座り続けているのだ。
自身を殺した者の子孫であるにも関わらず、娯楽的に修行を付けてくれているのだ。
この蘆屋道満、何かと新しいもの好きで身なりはジャケットこそ羽織っていないものの、上質な白いシャツの上にベストを着、下はグレーのパンツを履いていた。手には白い手袋。首元にはアスコットタイを締めていて、どこか気取った格好だがやけに似合ってしまっているので指摘し辛い。
ふと師匠の腕に見慣れぬ物が嵌められていることに気が付いた。一瞬腕時計かとも思ったが違った。それはブレスレット型のCADだ。
「師匠? その腕に付けているCADはどうしたんですか?」
師匠はニヤリと笑みを浮かべ、よく聞いてくれたと言わんが如く、大きく頷いて見せた。
「主が学校で得た知識を元にして、儂にも現代魔法の術が使えるか試したくなっての。さぁ春明よ、儂のためにも勉学に励むがよい!」
「……使えるかどうかは保証しないですからね」
何とも神らしからぬ神様である。
○●○
春明は前日の失敗を踏まえて家を出た。道中にトラブルなく、始業の30分前に登校。
校門をくぐると、生徒は二つの方向へと向かって行く。一科生と二科生では昇降口から違うのだ。別にこんなところを分ける必要もないだろうが、何かしらの意味があるのだろう。
ただ、朝一から差別的言動を目にしなくて済むのはありがたいことでもある。ある意味二科生にとってはうれしい構造なのかもしれない。
春明が教室に入ると、やはりと言うべきか、少しばかり視線を感じた。おそらくすでに春明が土御門家の者だということが知られているのだろう。ほのかやエリカがあれだけ過剰に反応したのだから、致し方がない。
些か棘のある視線、奇異の者を見る視線、意味合いは様々であろうが、居心地は悪い。
しかし、何ともしようが無い。春明はとりあえず視線を無視して座席へと向かった。座席はID交付の際に、番号を受け取っているので間違えることはない。
席に着いて一息ついていると、後ろから肩を突かれた。
「おはよう」
「おはようございます!」
振り返った先にいたのは雫とほのかだった。
やはり知り合いがいるだけで安心感が違う。春明は二人と同じクラスになれたことに感謝した。
「おはよう」
「有名人は大変だね」
雫は身を寄せて、手を口元に当てながら囁いた。ほのかは少しばかり周囲を気にして居心地を悪そうにしていた。
「この程度は想定していたから問題無いさ。時間が経てば皆飽きるだろ」
苦笑を交えながら、心配させないように明るく答えた。
ほのかはどこか安心したかのように、一息つくとパンと手を打ち鳴らした。
「春明君、履修する科目は決めていますか?」
現在の日本は多数の方面で人材が不足しており、早期から専門家の育成が必要になっている。そのため、文科高校、理科高校、教養科高校、芸術科高校、体育科高校など、高校から専門性の高い学校が一般的になっている。魔法科高校もその一つである。
また、専門性を高める観点から、単位制が一般的となっている。
「いや、実際のところ全然決まってない」
「ぜ、全然?」
「だから、色々教えてくれるとありがたいです」
表情の乏しい雫から呆れた様な目を向けられているのは勘違いだろうか。
二人から履修科目のアドバイスをもらい、何とか履修登録を終えた頃、唐突に教室内の雑音が水を打ったかのようにぴしゃりと静まり返った。
何事かと周囲を見渡すと皆、教室の入口の方へと視線を向けていた。皆の視線の先を辿ると、司波さんが丁寧な所作で教室に入ってきたところだった。
「皆さん、おはようございます」
その動作、言葉の纏う雰囲気が様になっていた。その雰囲気に当てられて、お近づきになりたいクラスメイト達はタイミングを逃してしまっていた。
彼女は昨日と打って変わって、触れがたい高嶺の花となってしまったかのようだ。
しかし、春明が司波さんと目線があった瞬間、彼女のフランクな一面が顔を見せた。春明の席に近づき、微笑みながら口を開いた。
「春明さん、おはようございます」
「ああ、おはよう」
ほのかは目に見えるようにアタフタしている。雫はどういうこととじっとこちらを見ていた。二人の反応に苦笑を浮かべながら、司波さんを紹介する。
「知っているのは分かっているけど、こちら司波深雪さん。実は昨日二人と別れた後に知り合ったんだ」
「春明さんからお二人のことは伺っています。司波深雪です。よろしくお願いします」
三人が無事知り合えたのはよかった。しかし、先ほどとは比べ物にならないほどの敵意の増した視線に晒されることとなった。
○●○
4人で談笑しているうちに時間となり、学校概要説明、カウンセラーの紹介が行われた。
残りの時間は、学校の施設見学の時間に当てられている。実習棟や実験の見学がメインだ。各自好きに回ることもできるが、先生が引率してくれるコースもあるらしい。
「どうやって回りましょうか? 私は先生に付いて見て回るのがいいかと思うんですが」
司波さんが窺うような視線で聞いてきた。
「そうだね。俺はそれで構わないよ。正直魔法科高校の施設に何があるのか、あまり知らないからね。先生の説明があった方が助かるかな」
「私達もそれで大丈夫。ね、ほのか?」
「うん!」
4人で教室を出ようとした時に、男子の集団も一緒についてきた。目線をそちらに投げかけると、我先にと一人の男子が代表して、司波さんに話しかけた。
「司波さん、僕たちもいいかな」
「ええ。目的は同じでしょう。そろそろ行きましょうか」
「はい」
『……あの娘も大変ですね』
葛葉が同情をするような声色で念を送ってきた。
いかにも下心を持っていますと言わんばかりに近づかれて忌避感を持つなと言う方が酷だ。実際、ほのかは顔を顰め、春明を盾にしようとしていた。
それゆえに司波さんの嫌悪感を見せない丁寧な対応は慣れを感じた。
結局、クラスの大半が彼女についてきた。雫やほのかと話す司波さんのフランクな一面を見ているからこそ、彼女は同じようにお近づきになりたいクラスメイトからひっきりなしに声を掛けられている。
本当に先生の話を聞いているのか怪しいものだ。
『……はぁ』
何度目かの葛葉からの溜息。案内が始まってから葛葉はこの調子だった。
わざわざ念話で送ってくる辺り、状況をどうにかしろということなのだろう。
別に放っておいても、何かしでかすような彼女ではないと分かっているが、このままにしておくのも不味い。家に帰ってからが不味い。きっと陰陽術の修行が日ごろの数倍はキツイものになるに違いない。
春明はため息を吐くと、こっそりと白紙の符を取り出す。
「オン・マリシエイ・ソワカ」
真言を唱えながら、呪力を込めた指で符にम(マ)の梵字を描く。
隣で見ていた雫は不思議そうな表情をしている。
「司波さん」
「春明さん、どうしました?」
「これ、あげる」
即席の符を見た司波さんは少し怪訝な顔で見返してきた。
符には見たこともないであろう文字が一文字だけ描かれているのだから、そのような反応を返されても仕方がない。
しかし、符の効果はすでに表れ始めていた。ゾロゾロと着いてきていたクラスメイト達が散開し始めていた。
「これは?」
「護符だよ」
「「「護符?」」」
三人の疑問が重なった。その反応に苦笑しながら説明する。
「簡単に説明させてもらうと、陰陽術には隠形という、いわば意識を逸らさせる術があるんだ。その符はその効果を持たせたお守りだよ」
梵字は仏、菩薩を表した種子である。梵字は単なる文字ではなく、それ自体に力がある霊的な神聖文字だ。
म(マ)の梵字は摩利支天を表す。摩利支天は陽炎を神格化したもので、仏教の守護神である天部の一柱だ。強烈な光を背にして立ち、姿を隠して阿修羅と戦ったという神話から、誰にも見えず、いっさい害されることのない隠形の神・不敗の軍神とされる。
春明の作成した護符は、梵字に込められた呪力を消費して、摩利支天の加護を発揮する。
「じゃあ、この人が離れて行っているのは陰陽術なんですか?」
ほのかが少し周囲を気にしながら訊ねてきた。魔法の使用には細かいルールが設けられている。陰陽術も古式魔法に一応分類されているのだから、と心配しているのだろう。
「陰陽術って程の物でもないよ。呪力は使っているけど、ちょっと本当に効果のあるお守りを作っただけだから」
呪力は生命力の塊である幽体から取り出したプシオンのことだ。
陰陽術は自身の幽体からプシオンを取り出すことが出来なければ使うことが出来ない。しかし、逆にそれさえ出来れば、誰にでも使うことが出来るものでもある。
他の古式魔法師の中には呪力を練ること自体を魔法として認識している者もいるらしい。しかし、春明にとってみれば呼吸をするように呪力を練ることが出来る。
魔法の無許可使用を見つけ出す想子波センサーでは呪力を検知することは出来ない。
街中で使っても捕まることはない。
春明の説明にへぇーと興味深げに話を聞いていた三人だったが、司波さんは不意にハッと我に返った。
「本当に頂いてしまってもよろしいのですか?」
雫もほのかもうんうんと頷いている。
春明はベルトに付けている呪符ホルスターから白紙の符を何枚か抜き出して、彼女たちに見せる。
「紙に文字を書いただけだし、気にしなくてもいいよ。どうせ呪力が切れればただの紙だしね。司波さんの役に立つのなら、是非もらってほしいな」
「……わかりました。春明さん、ありがとうございます」
丁寧にお辞儀され、照れくさくなる。
「それじゃあ、時間も無くなっちゃうし見学に行こうか」
○●○
「いい加減にしてください!」
我慢の限界を超えたのか、美月が大きな声をあげた。大人しそうな見た目の彼女が声を張り上げたことは驚きだが、致し方がない気もする。
春明は目の前の光景に嘆息した。
そこではにらみ合っている一科生と二科生の一年生たち。お互いに嫌悪感が溢れていた。
本来、お互いが冷静な状態であれば、まだ解決の余地はあったのかもしれない。しかし、これはお互いが溜まりに溜まった感情をぶつけ合いだ。それこそ教師陣のような強制的に介入できるほどの力が無ければ解決できないだろう。
第一幕は校内見学の最中であった。
原則、隠形の最中は自分を消さなければならない。つまり、情動を押さえなくてはならないのだ。さもなければ、術に綻びが生じてしまう。しかし、春明がその説明を怠ったために、司波さんの隠形は解けてしまったのだ。
春明としてみれば、校内の見学だけでそんなに感情を発露することなんてないと高を括ってしまっていた。
まさか、兄に会っただけで術に綻びが生まれるほど喜ぶなんて誰が思うものか。
隠形が解けてしまうと、どこから湧いたのかあれよれよとA組のクラスメイト達が集結し始めてしまった。しかし、春明達が来た時には、それなりに席が埋まっていたため、立ち見する者も出始めた。すると、達也を含む二科生に向かって、一科生だから優先的に前に行かせろと子供のような文句を言い始めたのだ。
なんとかその場は教師による注意で収まった。
第二幕は昼休み。
司波さんは達也とご飯を食べる約束をしているそうで、彼女が是非一緒にとお誘いを受けて、春明、雫、ほのかは深雪と一緒に食堂へ移動をしていた。
自分たちも一緒に昼食を取れると、クラスメイト達もついてきた。
食堂で達也を見つけ、断りを入れてクラスメイト達と別れようとしたのだが、クラスメイト達は引き下がらなかった。果ては、二科生だから席を譲れと一科生が難癖をつけ始めていた。雰囲気が悪くなったところで、見かねて達也が席を立ったことで場は流れた。
そして、今が第三幕。
司波さんが達也と帰宅しようとするのは当然なのだが、一科生は自分たちがないがしろにされていると思ったのだろう。彼女を引き留めた。
ある一科生曰く、
「僕たちは司波さんに相談したいことがある」
また違う一科生曰く、
「司波さんには申し訳ないけど、少し時間を貸してほしい」
そして、意外にも美月が耐え切れず爆発してしまった。
これがここまでの顛末だ。
一歩引いたところで身を寄せ合う司波兄妹。やはり、美男美女と言って差し支えなく絵になる二人ではある。しかし、一科の生徒からはどのように見えるのだろうか。
司波さんがふとこちらに申し訳なさそうに視線を寄越した。
「深雪さんはお兄さんと帰ると言っているんです。それをどうして二人の仲を引き裂くような真似をするんですか」
再び、美月が抗議する。
「うるさい! ウィードごときが僕達ブルームに口出しするな!」
『ウィード』、『ブルーム』これらは制服の違いから一科生と二科生を表現した差別的呼び名である。学校は当然、校則で使用を禁止している。
一科生の中でも一際、啖呵を切っている少年、確か名を森崎と言っただろうか。
校門付近でこれだけ騒いでいるのだ。当然、耳目を集めている。そんな状況であるにも関わらずに、公然と差別用語を使うとはよっぽど頭に血がのぼっているようだ。
美月は少し悲しげな表情であるが、目には欄然と輝く光を湛えている。
「同じ新入生じゃないですか。あなたたちブルームが、今の時点で一体どれだけ優れているというのですか」
一瞬、空気が止まった。
それこそ嵐の前の静けさというべきものだろう。
「……どれだけ優れているのか知りたいのなら、教えてやるぞ」
「ハッ、おもしれぇ!是非とも教えてもらおうじゃねぇか」
これまで黙っていた体格の良い男子生徒が一科生の挑発に対して、前に出る。
まさに売り言葉に買い言葉である。
「だったら教えてやるっ!」
森崎は驚くべき速さで、CADを構え、魔法を放つ準備を終えていた。
しかし、春明はそれより先に森崎の前に移動し終えていた。
陰陽術の『兎歩』だ。霊脈を利用して空間移動を行う術である。森崎には突然春明が目の前に現れたように見えただろう。
森崎が驚愕したかのように目を見開いているうちに、彼の腕を掴んで、CADを下ろさせる。
そして、同時に春明は対抗魔法の領域干渉を全開で発動させた。
「そこまでにしておきなよ。それ以上は犯罪だ」
「うるさいっ! 土御門は黙っていろ!」
森崎が腕を払いのけて、再度構え直す。その矛先は春明に向いていた。しかし、春明の干渉力内で魔法を発動させるには、森崎の干渉力では荷が重かった。
春明は内心安堵したのだが、次の瞬間、森崎のCADが宙を舞った。
春明の隣に姿を表した九郎丸が錫杖で打ち据えたのだ。
「我慢をしておれば、ハルアキに武器を向けるなど、言語道断!……覚悟はよいな?」
(九郎丸の阿保! 何やってんだよ!)
普段の頼りない雰囲気からは想像が出来ないほど、底冷えするほどの硬質な声で一科生達を威嚇する。近くで九郎丸の放つ圧を受けて、森崎は尻餅をついた。
幾人かの一科生が魔法を咄嗟に発動させようとCADに指を這わせる。
その構築途中の魔法式と九郎丸にサイオンの弾丸が飛んできた。
甲高い音。九郎丸は弾丸を叩き落とし、下手人をねめつけた。
「やめなさい! 自衛目的以外の魔法による対人攻撃は、校則違反である以前に、犯罪行為ですよ!」
「風紀委員長の渡辺摩利だ。全員、事情を聴く。着いて来い」
生徒会長と風紀委員長の登場に、その場は一気に静まり返った。あちらはいつでも魔法を使えるように起動式を展開している。抵抗は無意味だろう。
「すみません。悪ふざけが過ぎたようです」
どう弁明するかと思案していると、これまで傍観を決め込んでいた達也が、口を開いた。
「悪ふざけだと?」
「森崎はクイックドロウで有名ですので後学のために見せてもらおうと思ったんですが、真に迫っていたので、彼、春明が助けに入ってくれたようです。……春明も申し訳ない」
(……なるほど)
春明はその意図を推察し、乗ることにした。
「こちらこそ、騒動を大きくしてしまったみたいだね。九郎丸も、もう大丈夫だ。ありがとう」
「ほ、本当か? またなんかあったらすぐに出てくるからな。て言うかすぐに呼ぶんだぞ!」
「わかってたって!」
フッと九郎丸が再び姿を消すと、身を固くしていた一科生たちの力が幾ばくか抜けた。
「今のは……化成体か?」
「いいえ、違います。陰陽術の式神です」
「それはどう違うんだ?」
渡辺先輩の質問に、ありのままに答えた。
化成体は、サイオンの塊を土台に幻影魔法で姿を作り、物質に干渉する加重、加速、移動魔法などで肉体を持っているかのように見せているもの。
それに対して式神、特に護法式は非常に強力な霊気が何らかの核、すなわち形代に宿って存在している。式神は術者を必要としておらず、自らの意志に則って行動する。この点が式神と化成体との大きな違いだ。
「……フフッ。可愛らしいカラスさんですね。」
「……おい、真由美」
渡辺先輩の咳払いが緩まっていた空気を再び引き締めた。
魔法を発動させようとした、女子生徒を見ながら、
「なるほど、式神は判断に困るものではあるが、助けに入った際の自衛目的ともとれる。しかし、そちらの一科生たちは魔法式を構築させていた。その点はどう説明するんだ?」
一科生が渡辺先輩の指摘に肩を震わせ、顔を青白くさせていた。彼らは確かに魔法を使おうとしていたのだ。春明の領域干渉下で発動させられたかどうかは問題ではない。それは発動させられなかっただけで、魔法を行使していることには違いはないからだ。
未遂とは言え、それは間違いない。
しかし、達也は再度弁解する。
「あれは障壁魔法です。条件反射で魔法を使えるのはさすが一科生だと思います。春明の式神から自分たちを守るために発動しようとしたのでしょう。決して対人魔法に分類されるものではありませんので、処分の必要もないと考えます」
「ほう………。君は展開中の起動式を読み取れることができるらしい」
「実技は苦手ですが、分析は得意です」
「誤魔化すのも得意なようだ」
渡辺先輩は未だ疑うような視線で達也を注視していた。
「誤魔化すだなんて。自分はただの二科生ですよ」
彼は自身のエンブレムのない肩を指差した。
「摩利、もういいじゃない。達也君、本当にただの見学だったのよね?」
ありがたいことに七草先輩が助け舟を出してくれた。
達也は真面目腐った表情で頷いて見せる。
七草先輩は満足げに笑みを浮かべて、口を開いた。
「生徒同士で教え合うことは非常に良いことではあります。しかし、知っての通り、魔法の使用には発動するだけでも細かな制限があります。そちらについては、一年生の一学期内には詳しく勉強することとなるでしょう。
それまでは魔法の発動を伴う自習活動は控えた方がいいでしょうね」
渡辺先輩はため息を吐いて、今一度一同を見回す。
「会長もこう仰っていることでもあるし、今回は不問とします。今後このようなことが無いように」
一年生は皆、文句を言わずに一様に頭を下げた。
渡辺先輩は立ち去ろうとする間際、振り返って達也に改めて自己紹介をさせてから校舎へと戻っていった。
○●○
校門前での騒動後、始めましての者同士は自己紹介を行い、現在春明達一科生、達也率いる二科生入り混じって下校中。
「それにしても式神って初めてみたなー。今も近くにいるの?」
好奇心に溢れた表所で聞いてくるのは、エリカだ。
彼女の言葉を聞いて皆、春明の周囲に視線を彷徨わせる。春明は皆の仕草に苦笑を漏らしつつ答えた。
「多分ね。どこかにいると思うよ」
皆は少し意外そうな顔でこちらを見てくる。
レオから質問が投げかけられた。
「式神がどこにいるのか、春明でもわからないのか?」
「そりゃそうさ。護法である式神は何百年に渡って存在しているんだ。修行中の身である俺に存在を悟らせないなんて出来て当然さ」
達也は春明の言葉に少し疑問を感じたのか、眉をひそめながら訊ねる。
「春明の説明から考えるに、他の者には姿を見せず、春明にだけ存在を悟らせることも可能ってことか?」
「俺だけっていうのは無理かな。姿を隠す隠形の強さを変えることで、俺に存在を知らせることが出来るけど、見鬼の才がある人には見えると思うよ」
そう言うと春明は美月を見た。
「わ、私ですか?」
「美月は霊子が見えるんだよね?」
「……ええ。実際には霊子の放つ光だそうですけど」
美月の表情に影が差した。彼女は霊子放射光過敏症に悩まされているため、オーラ・カット・コーティング・レンズという、度の入っていない特殊な眼鏡を掛けている。
「それじゃあ、多分護法達のこと見えたりしたんじゃない?」
「そうですね。優しい光のようなものが春明さんの周囲を囲んでいたのを何度か見ました」
春明は美月の言葉に感嘆を覚えた。おそらく、美月は春明よりも見ることに関して長けている。美月は陰陽術で大成するかもしれない。