「大丈夫?」
心配げな声に目を覚まして、顔を上げる。焦点が上手く定まらないが、雫とほのかの心配げな表情を浮かべているのは分かった。
端末の時刻を見る。現在、7時。
おおよそ一時間ほど机に突っ伏して寝ていたらしい。
凝り固まった体を伸ばして一息吐くが、気を抜けばすぐに瞼が降りてきてしまう。
「おはよう」
欠伸をかみ殺して、何とか二人に挨拶をした。
「なんでこんな時間からいるの?」
雫の疑問は当然だ。始業時間は8時30分。その一時間前に何をするでもなく、教室で寝ているなんて普通はしない。
「……ちょっと作業に熱中して寝れなくなっちゃってさ」
エイミィに渡す式神作り。その作業自体は速やかに進んだ。しかし、式神の姿のデザインを凝り始めて、あーでもないこーでもないと作業しているうちに気が付けば時刻は午前の4時を指していた。それは師匠との修行の時間だ。それを休むわけにはいかず、自業自得とは言え、徹夜してしまったのだ。
葛葉にはあれだけ寝るように言ったでしょうと呆れられてしまった。
それゆえ、せめて授業まで少しでも仮眠を取ろうと、早くから教室で寝ていたのだ。
「二人は?」
「私たちは朝練の見学です。雫がどうしても見たいって聞かなくって」
「デモストレーションより実際の練習風景を見る方がよっぽど良い!」
雫は少しばかり上気した顔で言った。どうやらバイアスロン部の練習風景は雫の御眼鏡に適ったらしい。
感情表現の乏しい雫は外見に沿わず大人びて見えるのだが、今は少しばかり子供っぽかった。その姿に笑みが零れる。
しかし、気が抜けたのか不意に欠伸が零れた。
それを見て、二人は苦笑を漏らした。
「本当に眠そうだね」
「まだ時間があるし、寝た方がいいよ」
二人にそう言われれば、言葉に甘えてもうひと眠りさせてもらおう。
「始業前になったら起こすね」
「うん。お願い」
目を閉じると、微かな笑い声が耳に届いた。
〇●〇
「終わったー」
春明は授業が終わると同時に机に突っ伏した。
「終わったのは午前の授業だけ」
雫が無情にも現実を突きつける。恨めしく彼女を見上げると、隣ではほのかと司波さんが苦笑いを浮かべていた。
「それじゃあ、私は生徒会室に行きますね」
少しばかり申し訳なさそうに言う彼女を、手を振って見送る。
「それじゃあ私達も食堂に行きましょうか」
ほのかが提案する。入学してからほぼ常に一緒に行動しているので、昼食も一緒に取ることが当然になっている。しかし、今日は断りを入れなければならない。
「ごめん。今日はちょっと野暮用があって」
「……何するの?」
「うーん。ちょっと陰陽術の実験かな?」
既に担当の教諭を通じて、演習室の使用許可をもらっている。思いのほかすんなりと許可されたのは、陰陽術の実験と言うワードが魅力的だったのかもしれない。
しかし、ここでそれを口にすべきではなかったと遅まきながらに気付いた。
雫の目が“私興味津々です”と言っている。
こうなった雫は中々頑固そうだ。
「えっと、それは私達も見ていいもの?」
ほのかが雫を横目におずおずと尋ねる。経験則から雫が折れない事を理解しているのだろう。
「そうだなー。二人ならいいよ。……でも、お昼ご飯はどうする?」
「雫、確か演習室は飲食大丈夫だよね?」
「うん。購買で買って、演習室で食べれば大丈夫だよ」
「じゃあ、時間も惜しいし、先に行ってきてくれる? 俺は協力者を拾ってから向かうから」
二人は首を傾げながら、頷いて購買へ向かった。
春明はA組を出て、B組の教室を覗き込む。そして、出入り口付近の適当な生徒に声を掛けた。
「明智さんいる?」
「え? いるけど……」
「俺は1-Aの土御門春明。彼女に用があるんだ。申し訳ないんだけど、呼んできてくれる?」
〇●〇
「あ、昨日の……」
演習室に入ると、雫とほのかは食事を取らずに律儀に待ってくれていた。
「英美=アメリア=ゴールディ=明智。エイミィって呼んで。二人も式神を使いたいの?」
「「式神?」」
「え?」
三人の困惑の眼差しが集まった。
こちらとしてみれば順序よく説明をしたかったのだが、しょうがない。
「時間も限られているし、まずは食事にしよう。食べながら説明するから」
サンドイッチをつまみながら、昨日からの経緯と新しい式神の特化式の説明を行った。式神の説明を行っている時の三人は理解が難しそうではあったが、そこは仕方がないだろう。
「つまり、新しい式神は起動時に必要分の呪力を与えるだけでいいって思ってくれたら大丈夫」
「うーん。なんとなくは分かったのかな?」
「……でも、昨日の今日で作ってきてくれるなんて思ってなかった!」
エイミィの言葉に対して、雫とほのかは苦笑いを浮かべていた。
余計なことを言われる前に、先に進める。
「呪力を練るのは練習が必要だけど、一応式神の実体化した姿を見せておくね」
春明は式符に呪力を流すと、地面に投じた。
式符が清浄な光を放ち、形を変える。その姿は赤い毛並み、金色の瞳を持つ猫。これはエイミィをイメージした結果だ。
式神は実体化をすると、術者である春明を守るように、結界を張った。
「この猫の式神の力は、結界術。害をもたらす者を調仏するという軍荼利明王の加護をもたらしてくれるんだ。銃弾ぐらいの物理現象なら防ぐことが出来るはずだ」
おおよそ一分ほど結界を張っていると、式神は式符に戻った。
結界術にしたのは、もしも魔法が使えないという事態に身を護る手段になればと思ってのものだ。実際、そのような事態があるのか疑問ではあるのだが。
「……なんか予想していた以上に本格的だね」
「うん」
ほのかと雫は唖然とした表情で式符を眺めている
「本当に私が使えるの?」
エイミィは不安そうにつぶやいた。
「大丈夫だよ。呪力さえ練れるようになれれば、誰でも使えるように作ったから」
まさにそれがコンセプトであるのだから、使えなくては困る。
「術自体は式神が自動で発動してくれるから、エイミィはただ念じればいい」
「念じる?」
「そう。昨日も言ったけど、呪力は幽体から取り出した霊的エネルギー、すなわちプシオンだ。ただそんなことを言われても、プシオンを取り出すなんて出来ないはずだ」
エイミィは控えめながらに頷いた。
「プシオンのことを、現代魔法では感情を形作っている粒子と考えられている」
エイミィとほのかはうーんと頭を捻っている。そんな中、雫が口を開いた。
「……感情?」
「悲しい感情を持てば、霊気もあせた色になるし、逆に明るい感情を持てば、霊気も色鮮やかになる。簡単に言うと式符に向かって、助けてほしいって気持ちを込めれば、実体化するってこと」
エイミィに式符を手渡す。
「そう言われれば簡単そうに思えるけど、……やってみるしかないよね!」
その後、うーんうーんと言いながら式神を呼ぼうとしたが、お昼休み中に実体化することは出来なかった。
〇●〇
新入部員勧誘週間4日目。
春明は今日も今日とて風紀委員活動に奔走した。
正直「まだ」4日目かという気分である。
勧誘活動の時間が終わり、大半の生徒が帰路に着いている時間になった。しかし、風紀委員の仕事はまだ終わらない。
風紀委員は各自取り締まった者の報告書を作成し、提出するまでが業務である。真面目に活動をすればするほど溜まっていく業務。春明はため息を零しながら、風紀委員室の扉に手を掛けた。
「ただいま戻りました」
風紀委員室に入ると、書類と格闘している達也が振り返った。
「お疲れ様。達也も報告書?」
「ああ。お互い大変だな」
達也の目の前には 既に書類の山が出来上がっていた。
「今日も随分と活躍したみたいだね」
「そういう春明こそ今話題になっているぞ。黒い馬に乗って颯爽と走り回っているらしいじゃないか」
「……目立ってしょうがないし、あんまりしたくないんだけどね」
バイアスロン部、狩猟部の騒動の報告をした際、春明は摩利から黒楓に乗って巡回するように厳命された。非常に目立つため、風紀委員がここにいると意識表示が出来、魔法の不正利用の抑止になるとのこと。
その効果があるのか、春明の周囲ではあまり魔法の不正使用は発生しなかった。しかし、手が空いていることが多く機動力もあるため、現場に急行させられることが多くなってしまった。結局のところ忙しさが増しただけだ。
しかし、それも達也に比べれば幾分かマシだった。
現在、達也は魔法を使った嫌がらせを受けているらしい。下手人の正体は分からず、目的も不明。勧誘週間初日から、十数人を相手取って大立ち回りするなど少々目立ち過ぎたせいだろうと達也は他人事のように話していた。
「……今日も襲われたの?」
「ああ。だが、こそこそ狙ってくるような輩に遅れをとるつもりはない。心配は要らないさ」
達也がそう言うのなら、きっと大丈夫なのだろう。しかし、魔法を使った嫌がらせはどんどんエスカレートしていると聞く。
「何か手伝えることがあったら、言ってきてよ」
「ああ、そのときは頼む」
達也は最後の報告書を書き終えると、深雪を迎えに生徒会室へと向かっていった。
『葛葉』
『なんです? 』
即座に返事があった。
『達也にちょっかいをかけている人達のこと調べたいんだけど』
『……はぁ…。またお人よしの類ですか』
『またってなんだよ』
『あら、自覚がなかったのですか? 以前も――』
このままではネチネチと攻め続けられるに違いない。話を進めるために、葛葉の言葉を遮り指示を出す。
『ちょっと“刑部”に指示出しておいてくれる?』
〇●〇
「それじゃあ、行ってくる」
春明は断りを入れて、教室を出て行った。
「エイミィによろしく」
ほのかは手を振って見送った。ここのところ、昼休みを使って式神を使う練習を春明とエイミィは欠かさず行っているようだ。
深雪も生徒会室に通っているし、少しばかり寂しさを覚える。
「雫、食堂に行く?」
雫に声を掛けるが、返事がない。春明が出て行った方をボーっと見ていた。最近雫の様子が少しおかしい。
普段から表情の乏しい彼女ではあるが、それはそれなりに長い付き合いだ。多少は何を考えているのか分かると思っている。しかし、今の彼女のような状態はこれまでの付き合いで見たことがない。
「雫?」
「な、何?」
ちょいっと袖を軽く引っ張ってみると、親友は驚いて上擦った声を上げた。
……やはり、珍しい。それゆえに、気になった。雫が何故このような状態になったのか。
下世話な想像をしてしまうのは女の子特有かもしれないと自分のことながら内心苦笑を漏らす。
「雫、何かあった?」
「……何でもない」
雫は目を逸らして、誤魔化した。
親友はまだ言いたくないのだろう。それならば言いたくなるまで、待つのが正解だろう。
話してくれないことに幾ばくかの寂しさを感じつつ、ほのかは言葉を飲み込んだ。
「……そっか」
「……うん」
「それじゃあ、ご飯食べに行こ」
〇●〇
「ん?」
放課後。
春明は例の如く、勧誘週間の警戒に当たっていると巡回に放っている式神の視界に見知った顔を見かけた。どうにもその様子がおかしい。それゆえ、持ち場を離れてその場へと向かった。
昇降口の中から外をこっそり見やる二人の影。
その後ろ姿に春明は声を掛けた。
「二人とも何しているんだ?」
「ふぇ!」
ほのかが奇妙な悲鳴を上げてへたり込んだ。雫も驚いたように目を瞬かせている。
「春明君、急に驚かさないで!」
「ご、ごめん。二人が隠れていたみたいだから、僕も隠れた方がいいのかと思って……」
「……今の、隠形?」
雫が興味深そうにマジマジと見てくる。その視線をこそばゆく感じながら、首を横に振る。
「いや、今のはただこっそり近づいただけ」
「そうなんだ」
春明は雫の態度に首を傾げながら、彼女たちが見ていた先を見る。
視線の先、昇降口の出口で、上級生たちがスタンバイ済みで出待ちしているのであった。
「どこから帰ろうかなって……」
ほのかが困ったように呟いた。
「あー大変だな」
部活に所属している多くの上級生は、勧誘に勤しむのは当然である。しかし、新入生はその輪に飛び込みたいとは決して思わないだろう。所属する部活を決めかねている生徒ならば、巻き込まれても文句を言えないが、すでに決めた部活がある人間にとっては迷惑以外の何者でもない。ほのかと雫はすでにバイアスロン部に入部を決めている。それゆえ、追いかけ回される云われは無いはずだが……。
「昨日も入部を決めているって言ったんだけど、聞く耳持ってくれなくて……」
「結局、デモストレーションを五つも見せられた」
げっそりした様子のほのかと雫。彼女たちの証言を聞いて、春明は眉をしかめた。
それは彼女達の入試結果が出回ってしまっているため、是が非でも入部させたいが故の行動なのだろう。しかし、それはいくら何でも横暴が過ぎる。
ある提案をしようと思った瞬間、春明の肩がちょいちょいと叩かれた。
後ろを振り向くと、赤い印象的な髪が目に映る。エイミィがきょとんとした様子で立っていた。
「三人ともどうしたの?」
「あ、エイミィ」
「どうやって帰ろうかなって」
雫の言葉にエイミィも昇降口を見やって、うわーっと低い声で唸り声を上げた。
その時、春明が口を開いた。
「僕が校門まで送ろうか?」
「いいの?」
「流石に勧誘にしては少し行き過ぎだと思うしね」
「でもどうやって? 正直春明君が注意しても先輩たちが止まりそうには思えないんだけど」
エイミィの指摘はその通りだろうと春明も思う。勧誘するために魔法まで使う人もいるぐらいだ。ちょっとやそっとのことで止まらないだろう。
「雫、隠形はこんな時に使うんだ」
春明は三人に指示を出す。
三人は春明の制服を左右と後ろからチョンとつまんでいる。隠形術は効果対象を指定して発動する。今回は春明と三人を一つとして効果対象としている。しかし、あまり効果範囲を広げすぎると効果が薄れてしまう恐れがある。そのため、距離を保つために制服をつまんでもらっているのだ。
「それじゃあ行くよ」
隠形印を結び、真言を唱える。
「――オン・マリシエイ・ソワカ――」
隠形術が発動する。
一塊になって歩き出す。昇降口前に陣取って待ち構えている上級生たちの前を悠々と歩く。
「本当に気が付かないんだ」
エイミィが周囲をキョロキョロ見ながら言った。ほのかはオドオドして、些か服を掴む力が強い。
雫は興味深そうに隠形印を結んだ手元を見たり、春明を観察していた。
三者三様の反応に笑みを零しつつ、昇降口を離れ、人の少ない場所を選びながら校門を目指す。
「達也さんだ」
ほのかの声が控えめに声を上げた。
ほのかの視線を辿る。達也が走って向かう先。互いの腕を掴み喧嘩をする二人の男子生徒。
達也は両者の腕を下から跳ね上げ、喧嘩の仲裁に入った。
しかし、突如魔法の発動によるサイオンの活性化。
達也に向けて圧縮空気弾が撃ち込まれた。
オーソドックスな攻撃魔法──”空気弾エアブリッド”──。
それを達也は後ろを見ることなく、上体を僅かにずらすだけで躱す。
その攻撃魔法は明らかに──
「悪戯の度を越えているな」
攻撃される瞬間を見ていた春明が確信する。
「あの風紀委員の男の子がわざと狙われた?」
「……そう見えた」
心配そうな眼差しを達也に向けるエイミィの言葉を雫が肯定した。
達也は魔法使用者の摘発に向かおうとするも、喧嘩をしていた二人に阻まれて追いかけようにもそれが出来ないでいた。まるで──
「グルなんだろうな」
「……達也さん」
「大丈夫さ、達也は強いしね」
春明の力強い断言に後押しされて、三人は校門へと辿り着いた。
「春明君、ありがとね」
「ありがとう」
「ううん、いいよ。これぐらい」
それじゃあと手を上げて三人を見送り、風紀委員の仕事に戻る。先ほどの達也を見てしまった故に、少しでも負担を減らせればいいのだが。
黒楓を呼び出して、監視用の式神を放った。
〇●〇
春明は自室で報告を受けていた。
目の前にいるのは羽織袴を身に纏った四十代ぐらいの男性。眼鏡を掛け、温厚そうな笑みを浮かべて春明の前に正座している。
彼も春明の護法であるため、例の如く人間ではない。
その証拠に、彼の背後には大きな茶色の尾が見える。そして、尾と同色の毛並みを持った丸い耳も頭に生えている。
彼は刑部狸。名は玉櫛。
土御門家の情報収集や隠密活動が主な仕事である。
玉櫛の報告は簡潔に行われた。
達也を襲撃している生徒達が身につけているリストバンドから、反魔法国際政治団体「ブランシュ」ひいてはその下部組織「エガリテ」が導き出されたそうだ。
リストバンドの配色、青と赤のラインで縁取られた白い帯は「エガリテ」のシンボルマークらしい。
何でも、魔法師が政治的に優遇されている現代の行政史システムに反対し、魔法能力による社会差別を根絶することを目的に活動しているらしい。
「玉櫛、そもそも日本って魔法師は優遇されているの?」
「いえ、そういうことはないみたいですね。むしろ、魔法師は道具として見られることの方が多く、非人道的な扱いの方が目につくようです。特に、日本の場合は常に魔法師の人数が不足しがちですからね。……まぁその分給料などといった点では魔法師の方が平均的に上にはなるのでその点で反発もあるのでしょうね」
「なるほどねぇ。魔法師も大変なんだね」
「あ、そうそう……」
玉櫛は思いついたように唐突に提案する。
「明日から私も学校へとご一緒しようと思います」
「え? 別にいいけど、どうして?」
「エガリテとやらは一人一人は大したことは無いはずですが、人数だけはいるみたいですから。彼らの対処は私の領分でしょう?」
「……確かに。わかった。明日からよろしく」
玉櫛は深々と頭を下げて、部屋から出て行った。
〇●〇
「いやー、やっぱり玉櫛がいるだけで全然違うな」
「そうですか? それはよかったです」
春明の声に対して頭上から返事があった。春明の頭に乗っているのは玉櫛の変化した狸である。
相も変わらず勧誘週間は続いている。それも残りわずかであるがゆえにさらに活気が溢れていた。
しかし、今日春明がいるのは風紀委員の待機場となっているテントの中である。このテントは風紀委員が休憩を取ったり、取り調べに使ったりするものであるのだが、今のところ春明以外はいない。そもそも人手が足りていないので風紀委員自体があまりここを活用しない。取り調べなどは出来るだけ現場で行うようになっている。
それゆえに春明は護法と多少話すことも可能になっている。
「ハルアキー、おいらだってやろうと思えば役に立てるってー」
九郎丸が不満そうに声を上げる。
玉櫛は九郎丸をとりなすように言葉をかけた。
「九郎丸、それは春明もよくわかっていますよ。ただ今回は私の得意分野というだけのこと。荒事や春明を守ることに関しては九郎丸、あなたが頑張ってください」
「玉櫛……わかった」
九郎丸は納得したかのように頷いたように、春明には感じた。
しかし、春明は玉櫛の物言いに指摘せざるを得なかった。
「玉櫛も十分に強いじゃないか」
「まぁそれだけ無駄に長く生きていますので」
「じゃあなんで九郎丸に任せるんだ?」
「荒事はあまり好きじゃないんですよ」
「おいらだって好きじゃない!」
九郎丸は乗せられていたことに気が付いたのか玉櫛に食って掛かる。
しかし、玉櫛は九郎丸の噛みつきに大して、ひどく冷静に切り返す。春明にはその声に幾分かの笑い声が混じっているように聞こえた。
「おや、九郎丸は好き嫌いで仕事を選ぶのですか? 春明の身辺警護は不満であると?」
「そ、そんなこと言ってないだろう!」
「……九郎丸、口では勝てないと思うぞ」
「ハルアキー!」
再度、不満を漏らす九郎丸を余所に春明は目を閉じ玉櫛から送られてくる視覚情報を頼りに、学校中を監視する。
玉櫛の能力は神通力などもあるのだが、最たるものとしては分霊化である。玉櫛は最大808匹の化け狸を召喚、使役することが出来る。
化け狸一匹一匹も十分な神通力を持っており、隠形なども使えることから常日頃から情報収集などに活躍している。
玉櫛は主である春明に分霊が見ている光景などを情報として伝えることが出来る。
また、違反者を発見した場合も分霊で対応している。それこそ、化け狸の本領発揮である。分霊は春明の姿に化けることも可能なのだ。それによって、もし違反者を発見したら近くの分霊が急行、変化で春明に化け、事態を収拾するのだ。
化け狸の分霊の視界が三人の人影を捕えて、春明もその視界に注目する。
場所は屋上。あそこは学校を見渡すには絶好の場所である。
全員が双眼鏡を手にし、二人はバイアスロン部、一人は狩猟部のユニフォームを着用していた。雫、ほのかそしてエイミィである。ユニフォームを着ているのは勧誘されないようにするためだろうか。
「おや、春明。娘さんたちに興味を持つだなんて君もやはり男の子なんですね」
「……玉櫛、彼女たちは友達だ」
「いやいや、葛葉が春明の嫁候補が三人もいると嬉しそうに話していましたよ」
「葛葉!」
春明はカッとなって、葛葉の名を叫んだ。
しかし、葛葉はこういうときは絶対に姿を現さない。経験的にわかっていても呼びかけずにはいられない。
「私達、護法は土御門家の先行きを案じているのです。早く春明に子をなしてもらわなければ」
「……そういうのは自分のペースがあるというか、相手のこともあるだろうし」
「さぁさぁどちらの娘さんが良いのですか?」
「知らないよ!」
春明は玉櫛の要らぬお節介を無視することを決め込み、分霊の視界に意識を集中する。
彼女たちは全員同じ方向へと双眼鏡を向けていた。春明は分霊の視界を切り替えつつ、彼女たちの視線の先を辿っていく。
そこにいたのは達也だった。
「……おや、あの三人娘は春明がいるというのに、あの男を見ているのですか?」
いつもの優しい声音がひどく冷たいものへと変貌する。
玉櫛は春明に対して護法の中でも過保護な方だ。土御門家に恩義があるとかなんとか。春明は特に何もしていないので、そんなに過保護にされても困りものである。
玉櫛は変化を解いて姿を現した。
「ちょっと私、あの小僧を懲らしめてきますので」
「九郎丸」
「よし来た!」
玉櫛の姿を確認もせずに、春明は九郎丸に指示を出す。
意気揚々と九郎丸も姿を現して、玉櫛を羽交い絞めにした。生きた年数も霊格も玉櫛の方が圧倒的に上であるのだが、分霊を大量に使役している今となっては、武闘派の九郎丸の方が身体の力が上だ。九郎丸に勝てるはずもなかった。
そんなことをしていると、分霊の視界内で動きがあった。
達也のすぐ近くで、魔法の発動に兆候であるサイオン波が現れたのだ。
しかし、達也の発した何かがそれを打ち消した。
『今のキャスト・ジャミング……?』
『間違いないの?』
『うん、雫の家で見たのと同じ……』
『でも、あれはアンティナイトがないと使えない。達也さんは持っているようには見えない』
雫とほのかは共有している記憶を頼りに、今見たであろう事象についての知識を引き出していた。
エイミィはと言うと、何か確認するように首から下げたカメラのディスプレイを覗き込んいた。
『……やった! 犯人写っている!』
『本当!?』
エイミィの声に二人もカメラを覗く。
『この人って剣道部の部長さん?』
春明はようやく理解した。
三人は達也を襲っている犯人を暴くつもりなのだ。
本来ならば、協力もしてあげたいところではあるのだが、相手も相手である。エガリテという組織が彼女たちに手を出さないとは思えない。これ以上、足を突っ込む前に、釘を刺しておいた方がいいだろう。