異伝・時のオカリナ 時の勇者ボクっ娘説   作:ほいれんで・くー

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子ども時代 コキリの森
コキリの少女、リンク


 時は平穏のうちに過ぎている、今のところは。

 

 神々が創りたまいし光り輝くハイラルの大地を、燃やし尽くさんばかりに覆った紅蓮の戦火が()んで、およそ十年になる。兵乱によって打ち(こぼ)たれた城塞は既に再建され、劫略(ごうりゃく)に遭った町と村は日々の生産を再開した。傷ついた人々は忘れることのできない暗い過去に何とか折り合いをつけて、かつて荒れ野で我が身を焼いた日の光を、今は素直な心で浴びていた。

 

 各地の反乱勢力を討滅し、あるいは屈服させ、帰順させたハイラル王とその軍勢は、今やハイラル全土に絶対的な支配を確立するに至った。ハイリア人以外の異種族である山のゴロン族、川のゾーラ族は言うに及ばず、砂漠のゲルドの民すらも、ハイラル王国の強大さにあえて逆らおうとするものではなかった。街道を脅かす野盗は消え去り、魔物たちも姿を見せなくなった。

 

 圧倒的な支配は、圧倒的な繁栄を実現した。ハイラル王国は、空前の発展期を迎えていた。重い荷物で車軸と車輪を軋ませた荷馬車が道を行き交う。城下町の市場には柔らかな日差しが降り注ぎ、高価で珍奇な品物が溢れている。田畑はよく耕され、牛馬家禽は肥え太り、工場(こうば)から響く槌の音が止むことはない。

 

 世間に満ち満ちた物質的な充足感は、人々をしてこう語らせた。「あの統一戦争も必要なことだったのだ、この繁栄のためならば。山火事の後に却って草木が生い茂るが如く、戦火とそれによる荒廃もまた、繁栄の礎となったのだ」 過去に起きた巨大な不幸の正当化は、さしたる困難もなく行われた。「終わってみれば、戦争も悪くなかった」と、人々は臆面もなく言い合った。

 

 さらに、人々の中でもとりわけ豊かで、さらに富を望む者たちは、こう言うのだった。「悪くないどころではない。戦争とは、善いものなのだ。繁栄をもたらすもののみ、善きものと呼ぶことができるのだから。絶大なる繁栄をもたらした戦争を、なぜ悪と言うことができるのか」

 

 であるからこそ、つい先ごろ、ゲルド族の王が砂漠より()でてハイラル王国に臣従を申し出た時、富める人々は「ああ」と溜息を漏らしたのだった。それは次なる戦争の機会が失われ、更なる繁栄の可能性が消え去ったことを意味したからである。

 

 存外、あのガノンドロフという男も、大したことがない。魁偉(かいい)と言えるその見た目に反して、性格はごく臆病なのだろう。「狂猛にして冷酷なる黒き砂漠の民の王」などと、とんだ誇張だ。不満と恨みの念が込められた噂話(ゴシップ)が、王城と城下町に飛び交った。

 

 だが、まあ良い。すぐに人々は気を取り直した。王国は健在だ。戦火の中にお生まれになられた王女様も、今では大きくなられた。ガノンドロフも、今ではハイラル王の一臣下に過ぎない。王国はこれからも発展し続けるだろう、神々の手によってではなく、他ならぬ人間の手によって……

 

 ハイラル王国は今や、肥満していた。服をはち切れさせんばかりに膨張し、大量の食物を喰らい、消費しきれないほど栄養を溜め込んでいる。それは、不遜なる肥満体だった。暖衣飽食を貪り、大地の富を収奪して、それを輝かしき人間の功業であると(うそぶ)いている。

 

 決して失くしてはならぬはずの、神々への崇敬の念を忘れ果てて。

 

 そのぶ厚い脂肪の下で、病魔の芽が徐々に根を張りつつあることに、人々はいつ気づくのだろうか? 細胞を侵し内臓を腐らせ、ついには全身を崩壊させる病毒が、黒い殺意を密かに(たかぶ)らせていることに、人々はまったく気がついていない。夢中になって佳肴(かこう)と美酒を貪っていた人間が、その翌日に突如として病気となり、瞬く間に命を落とすことなどざらにあるというのに、愚かにも王国の人間は、そのことにまったく思いを馳せない。

 

 それでも、肉体というものは病魔に抗う力を本来的に有している。肉体は抵抗をする。肉体は荒く呼吸し、筋肉を緊張させ熱を生み、病を追い払おうとする。神々は、為す術もなく病気にやられるほど脆弱に人間の肉体を作ったわけではない。このハイラルの大地もまた、免疫力とでも言うべきものをしっかりと有している。

 

 体を癒す知恵と、苦痛に立ち向かう勇気があれば、病魔の力にも対抗できるのだ。

 

 その免疫力の一つは、王城の中庭にあった。中庭に、幼気(いたいけ)な蒼い瞳を知性によって鋭く輝かせ、不安と使命感がないまぜになった心地を抑えつつ、黒い病魔を見つめる一人の少女がいた。

 

 王国一の人形細工師でも、これほどまでに可憐な少女を造形することは不可能であろう。少女は、聖浄なる光の束を思わせる金色の髪に、生まれながらにして持つ深い知性を窺わせる、幼いながらも落ち着いた顔立ちを有していた。その身を包む衣装は気品のある紫色を基調としていて、装身具はすべて黄金で造られている。

 

 このハイラルにおいて最も古く高貴なる血を引くその少女の名は、ゼルダといった。

 

 王女ゼルダは、ある存在の来訪を待ち望んでいた。彼女が夜ごとに見る夢の通りであるならば、それは森から来るはずだった。内に豊かな生命を育み、外からの一切の侵入を拒む、昼なお暗い深き森から、ゼルダの助けとなって王国を救ってくれる存在はやってくるはずだった。

 

 しかし、そのように確信をしつつも、ゼルダは最近、焦りを覚えていた。森からの勇者は未だにやってこない。今ではあまり人々から頼りにされることもなくなった神々にも、彼女は懸命に祈っているが、待望している存在はなかなか来ない。

 

 ある日、ゼルダはついに耐えかねて、乳母に対して一つの問いを口にした。

 

「ねえ、インパ。どれほど待ち望んでもそれがなかなかやって来ない時、どういうふうにして過ごせば良いのでしょうか? わたし、あの男が城に来てからというもの、不安ばかりが募って、胸が塞がる思いがします」

 

 いつも真面目な態度を崩さず、真剣な眼差しをしている乳母は、端的に答えた。

 

「私たちに幸運をもたらすものはただ神々のみですが、私たちはその時がいつ来るのか、知ることはできません。そのことを我がシーカー族のことわざでは、こう言います。『果報は寝て待て』と。決して焦ってはなりません」

 

 ゼルダは、困った顔をした。

 

「でも、いつも寝ているわけにもいかないでしょう?」

 

 乳母は、ほんのわずかに表情を緩めた。

 

「では、遠乗りをなさってはいかがでしょう。平原の澄んだ空気を吸い込まれれば、乱れた心も多少は落ち着くでしょう。あるいは、あの()()()()などをなさっては」

 

 聡い王女は、意味ありげな抑揚で発音された()()()()という言葉に、少々バツの悪そうな顔をした。

 

「まあインパ、あなたには隠し事はできないのね。それならば、わたしの焦りがどれほどのものか、あなたにもよく分かるでしょう。それに、寝ることなんて、今のわたしにはとてもできないわ。最近は、寝ても()()()ばかり見てしまうし……」

 

 それはハイラルが黒雲に覆われ、漆黒の闇に没するという夢だった。ゼルダはその夢を、毎夜のように見ていた。それはいまだ幼い彼女の精神にとって、著しい消耗を強いるものだった。

 

 その黒雲が森からの一筋の光によって切り裂かれ、そしてその光が妖精を連れた人の姿へと変わるという、ある種の明るさを感じさせる夢の続きがなかったならば、ゼルダは何かの病気になっていたかもしれない。

 

 乳母は、安心させるように微笑んだ。

 

「それならば子守唄を奏でましょう。私はゼルダ様の乳母ですから、ゼルダ様を容易に眠りへ導くことができます。夢すらも見ないほどの、深い眠りへ(いざな)いましょう。さあ、御寝所へ……」

 

 ゼルダは素直にその言葉に従った。この上もなく滑らかで清潔な絹の寝台に横になり、乳母が奏でる、耳に慣れ魂すらも安らかにさせる音曲を耳にしながら、彼女はすでに半ば眠りに落ちつつある自分を意識しつつ、とりとめのない思考を巡らせていた。

 

 今頃、森からの使者は何をしているのかしら? もしかして、いまのわたしと同じように、ベッドで寝ているのかしら? もし、わたしと同じように黒い夢を見て、暗い予感に慄いているのに、それでも眠ることができるのなら、その人はきっと、とてつもない勇気を持っているのでしょう。そう、昔話によれば、()()()()()()()()()()()()()()()()とされているし……

 

 その日も、その次の日も、またその次の日も、ゼルダは乳母に助けられて、辛抱強く使者の訪れを待った。

 

 王女の焦燥に満ちた内面とは対照的に、時は、時の望むままに、平穏のうちに過ぎていくのだった。

 

 

☆☆☆

 

 

 深い森が、ハイラルの東部一帯に広がっている。天与の恵みである日の光すら飲み込むその森を、ハイリア人たちは大いに恐れていた。そこにひとたび足を踏み入れれば、二度と外に出ることはできない。領地を追われた者、戦に敗れた者、戦を逃れようとした者、あるいは単なる密猟者……目的の如何を問わず、森に侵入した者たちは皆、例外なく帰ってこなかった。

 

 ハイリア人たちは、その森を魑魅魍魎(ちみもうりょう)が蠢く魔性の地であると見なしている。だが、実のところはそうではない。

 

 森はあらゆる侵入者を拒むが、それは生命を育むという重大な使命を帯びているがためだった。森が損なわれれば、ハイラルの生命も傷つく。何であれ汚さずにはいられない人間を森に入れるわけにはいかない。そうすることによってのみ、森を守り、外の世界をも守ることができるのだった。

 

 森を守護する聖木であるデクの樹は、ただ一つの例外を除いて、これまでずっとそのようにしてきた。巨大な樹木を容れ物とする人格は、老人のような賢明さと、深い愛情を有していた。彼は森を守る者であり、かつ森そのものであるとも言えた。

 

 その神聖な森にはデクの樹の他に、コキリ族という、小さな者たちの種族が暮らしていた。コキリ族たちはみな、十歳ほどの少年少女の姿形をしていた。デクの樹に守護されて、彼らは苦しみを知らず、恐怖を知らず、日々ただ楽しみだけを味わって生きていた。

 

 彼らはまた、自分だけの妖精を持っていた。小さなコキリ族の、小さな手のひらにも収まるほどの大きさの妖精は、球形の光を放ち、淡い燐光を振りまいて飛び回る。妖精は自らのパートナーと決して離れることはない。この世が終わりを迎えるその瞬間まで、コキリ族は妖精と共にあるだろう。

 

 だが、たった一人だけ、妖精を持たないコキリ族の少女がいた。

 

 コキリ族が住む家が立ち並ぶ、コキリの森、その中央にある広場は今、喚声に満たされていた。少年と少女が性別によって分かれてそれぞれ二つのグループを作り、四十歩ほどの空間を挟んで対立していた。どうやら、男の子と女の子とが喧嘩をしているようだった。

 

 男の子は全員、先が尖った緑の長い帽子を(かぶ)り、これまた緑色のシャツと短ズボンを身に纏っていた。女の子は、男の子よりも薄い緑色のシャツとスカートを着ていて、頭には同じ色のヘッドスカーフを巻いていた。緑で統一された集団は、ちょっと離れたところから見ると森に見事に溶け込んでいて、容易に個々を判別することはできなかった。

 

 喧嘩とは言っても、ハイリア人のそれのような、険悪な雰囲気ではなかった。彼らは一様に興奮し、顔を紅潮させているが、敵意はなかった。確かに、この騒ぎが起こった当初は敵意に近いものがあったかもしれないが、純粋な精神を持つコキリ族たちは、それを大きくすることがなかった。

 

 むしろ、彼らは期待と楽しみとで胸を一杯にしていた。それが、彼らの声をことさらに大きくさせていたのだった。

 

 しばらく声の応酬が続いた。声に合わせるように、妖精たちが青い燐光を発しながら乱舞していた。数分が経って、女の子のグループから少女が一人、小柄な体に見合わぬ堂々とした足取りで、前へ進み出た。

 

 少女は、元気に溢れていた。その元気が、少女をより美しい存在としていた。

 

 それと同時に男の子のグループからも、他より一回り背が大きい少年が、地面を踏み鳴らして前へ出てきた。少年は少しばかり、ひねくれたような顔をしていた。二人は、それぞれのグループの代表者であるようだった。

 

 代表の少女は、他の女の子たちと、少し異なる格好をしていた。少女の服装は、男の子と同じものだった。その顔つきは可愛らしさと凛々しさを兼ね備えていて、澄んだ蒼い目は晴れ渡る青空にも似ていた。なにより、帽子から零れる金髪がひときわ印象的だった。彼女の髪は、刈り入れを待つ穀物畑の豊かな穂の波のようだった。

 

 不思議なことに、少女は妖精を連れていなかった。あるべきものがそこにないという不完全さは、幼い者たちにとって揶揄の対象となる。だが、見たところ少女には、そのことで気後れしているような様子はなかった。

 

 グループの女の子たちから、少女に向かって盛んに喚声が飛んだ。それらはみな、励ましの言葉だった。

 

「リンク、思いっきりやっちゃってー!」

「手加減しないで良いよ! ミドにはここでちょっと思い知らせてやらなきゃ!」

「一撃で倒しちゃってー! 男の子より女の子のほうが強いってこと、見せてやって!」

 

 リンクと呼ばれた少女は声援を背中に向けて、苦笑いをした。みんな、かなり怒ってるな。リンクは腕まくりをしつつ、そう思った。()()がここで負けたら、みんなガッカリするだろうな。男の子と女の子の喧嘩の勝ち負けは、これまでのところ十対十だ。ここで勝ち越したら、きっとみんな、とても喜んでくれるだろう……

 

 発端は、いつものとおり大したことではなかった。花畑で、二人の女の子が花の環を作って遊んでいたところに、男の子たち数人が虫取り遊びのためにやってきて、場所の取り合いになったのだった。売り言葉に買い言葉が連続し、少年と少女たちは仲間を呼び集め、ついにはこのような状況に至ったのだった。

 

 みんないつも、こういう時はボクに戦わせようとするなぁ。なんでなんだろ? 毎度のことにリンクは小さな溜息をつきつつ、それでも戦いを前にして興奮をしてもいた。

 

 まあ、いいか。ボク、戦うのが好きだし。それになにより、相手が相手だ。負けるわけにはいかない。リンクは薄く笑みを浮かべた。

 

 その時、男の子のグループから発せられる声も、リンクの長い耳に響いてきた。女の子たちのそれと比べて、それにはどこかなおざりな調子が混ざっていた。

 

「ミドのアニキ、カッコ悪いところを見せないでくださいよー」

「アニキはこれまで、リンクには四連敗中じゃないですか。今度こそ気合い入れてくださーい」

「アニキの好きな喧嘩です。男、見せてください」

 

 ミドと呼ばれた代表者はそれまでリンクを睨みつけていた。だが声援を聞いて、明らかにグループが自分に期待していないことに気づくと、ミドはそばかすの浮いた顔を振り向かせ、表情を赤らめて怒鳴った。

 

「オマエら! オイラが()()()()なんかに負けるわけがないだろ! もっと大きな声を出せよナ! そりゃ、これまで連敗しているけど……それは何かの間違いだったんだ。今度こそオイラが勝つに決まってる!」

 

 ミドは向き直すと、今度はリンクに向かって声を上げた。

 

「おい、妖精なし! ()()()()いつもいつも女の子に味方しやがって! ヒーロー(勇者)気取りもいい加減にしろ! 今日こそ決着をつけてやる! 勝負だ!」

 

 またか、とリンクは思った。なぜかミドは、リンクのことを男の子だと思い込んでいた。最初の頃、リンクは男だと言われるたびに訂正をしていたが、いつまで経ってもミドはそれを直さなかった。周りの子どもたちもあえてミドに教えようとはしなかった。リンク自身も、いつしか訂正をしなくなっていた。

 

 ミドがボクを男の子だと思いたいのなら、そう思えば良いじゃないか。特に損するわけでもないし。彼女はそう思うようになった。

 

 ミドがまた言った。

 

「おい、何をぼんやりしているんダ! グズグズしていると日が暮れちまうゾ!」

 

 挑発するミドの声に、リンクも応えて声を発した。それは少年のものとも少女のものともとれる、高く澄みわたった、耳に心地良い声だった。

 

「ミド! 正々堂々勝負しろ! それで、負けたら男の子を代表して女の子たちに謝れ!」

 

 ミドも声を張りあげた。

 

「じゃあ、オマエが負けたら逆立ちして広場を三周しろヨ! 途中で泣いてもうやめにしてくれって言っても、絶対に聞いてやらないからナ!」

 

 互いに戦意が高まり、頂点へ向かっていった。両者のそれがぴったりとぶつかった瞬間、二人は同時に同じ言葉を口にした。

 

「勝負だ!」

 

 そう言うや否や、リンクは腰のポーチに向かって手を伸ばすと素早く蓋を開け、中から一つの道具を取り出した。

 

 それは、パチンコだった。硬く乾いたデクの棒をY字に加工し、柔らかな蔓草を紐として結び付けてあった。それはリンクが自ら素材を厳選し、入念に手作りした一品だった。コキリ族のほぼ全員が、護身用も兼ねたアクセサリーとして、このような手作りのパチンコを持っていた。

 

 見ると、ミドもパチンコを手にし、早くも弾を紐に乗せて引き絞ろうとしていた。

 

 弾は合計で二十発、それで早撃ち勝負をする。被弾した数が多い方が負け。それが喧嘩のルールだった。無論、怪我を負わせるリスクを避けるため、弾は硬いデクのタネではなく、潰れると青紫の果汁を撒き散らす、小さなモリブドウの実を使うことになっていた。

 

 ほぼ同時にパチンコを構えた二人だったが、先に弾を発射したのはミドだった。

 

「食らえ!」

「なんの!」

 

 リンクは勢い良く前転すると、その弾を回避した。弾は後方へ飛び去り、一人の女の子に命中して悲鳴を上げさせた。

 

「ああ!? 昨日お洗濯したばかりだったのに!」

 

 たちまち非難の声が巻き起こった。

 

「ミド、サイテー!」

「モリブドウの汁は落ちづらいのよー!」

 

 ミドは抗弁した。

 

「うるさい! ケンカに流れ弾はつきものダロ……って、うわっ!?」

 

 女の子たちの口による攻撃に気を取られていたミドの胸に、バシッという音と共に鮮烈な青い染みが花開いた。前転から起き上がったリンクが素早く照準して、ミドに初弾を送り込んだのだった。

 

 会心の一撃だ。リンクは笑みを浮かべた。彼女の顔は輝いていた。リンクは言った。

 

「よし! まずはボクが先制したよ! 続けて、食らえ!」

 

 ミドも言った。

 

「なんの、まだまだこれからダ!」

 

 その後数分間にわたって、リンクとミドとの間で熾烈な撃ち合いが続いた。ミドのパチンコはリンクのそれよりも大きく、頑丈で、威力のある弾を放つことができたが、残念なことに彼の狙いは正確さを欠いていた。彼の妖精が狙いをアシストしているのにもかかわらず、ミドは興奮しているせいでつい力み過ぎてしまい、なかなか弾を当てることができなかった。

 

 ミドは悔しそうな声をあげた。

 

「くそぉ、ちょこまかと動き回って……オイ、オマエ! 避けるなんて卑怯だゾ!」

 

 リンクは言った。

 

「突っ立ったままじゃないとパチンコが打てないミドの方が悪いんだよー! ほら、まだまだいくよ!」

 

 一方のリンクは、的確にミドへ向かって弾を送り込み、命中弾を増やしていた。パートナーである妖精がいないのに、リンクはミドへの注目を絶やさず、あるいは前転し、あるいは横っ飛びをし、さらには軽やかにバック宙までして飛んでくる弾を回避し、かつ命中の確信が持てる時だけ、適度に弾を発射した。

 

 やがて、双方ともに弾を撃ち尽くした。審判役であるものしり兄弟が前に出てきて、息を切らしている二人に近づき、服を点々と染めている被弾の痕を数え上げていった。

 

 ほどなくして、結果が明らかになった。審判役が言った。

 

「リンクは十六発を当てて、ミドは二発。リンクの勝利だ! 圧勝だ!」

 

 審判の声に、双方のグループがどよめいた。男の子たちは溜息をこぼし、女の子たちは歓声を上げた。女の子たちは口々に言った。

 

「やっぱりリンクの勝ちだったネ! ミドじゃリンクの相手にもならないヨ!」

「リンクは私たちのヒーロー(勇者)だネ! これでお花畑も自由に使えるようになるワ」

「リンク、お菓子をあげるね。どんぐりで焼いたクッキーだよ! 私たちの代わりに戦ってくれたお礼!」

 

 駆け寄ってきた女の子たちに囲まれて、リンクは祝福の言葉を浴びせられていた。

 

 一方のミドたちは、どんよりとした雰囲気だった。男の子たちは沈んだ声で言った。

 

「あーあ、やっぱりミドのアニキ、負けちゃったか」

「まあ予想したとおりだったナー」

「リンクの方がケンカが上手いもんナ。妖精はいないけど、すごくパチンコの腕が良いし……あれ? じゃあ、妖精がいるのに弾を当てられないミドのアニキは、もしかしてものすごく弱い……?」

 

 黙って男の子たちの言葉を聞いていたミドだったが、次第に彼の肩が震えてきた。それは恥辱のためというよりは、むしろ怒りのためだった。このままおめおめと家に逃げ帰るわけにはいかない。あの妖精なしに一泡吹かせるまでは、なんとしても喧嘩を()めるわけにはいかない……

 

 ミドはパチンコを再度取り出すと、リンクに向かって叫んだ。

 

「おい、オマエ! もう一度勝負だ! 今度は一発だけ、それも実弾(デクのタネ)だぞ! 当然受けて立つよナ!? 勝ち逃げは卑怯者のすることだもんナ!」

 

 周囲の少年少女たちが、一斉に息を吞む音が聞こえた。相手に傷を負わせることができるデクのタネでの撃ち合い、それはデクの樹サマによって固く禁じられている。一発であろうと、決して喧嘩にそれを用いてはならないのだ。

 

 だが、リンクはこともなげに答えた。

 

「いいよ、ミド。もう一度勝負してあげる」

 

 ちょっと、やめた方がいいんじゃない? という周りの声を左手で軽く制して、リンクは一度しまったパチンコを取り出すと、弾を紐の上に乗せた。

 

 十五歩の距離をとって、二人は再度対峙した。先ほどまでとは打って変わり、静寂が辺りを包んでいた。リンクもミドもパチンコを構え、じっと狙いをつけた。

 

 リンクは、ミドがこれまでとは違って、非常に集中していることに気づいた。きっと今度は、正確に弾が飛んでくるだろう。だが、狙いが正確である分だけ、避けるのも簡単になる。

 

 でも、ボクが避けたらなぁ……リンクは背後を意識した。そこにはまだ、大勢の女の子たちが立っていた。ボクが弾を避けたら、女の子たちに当たる……

 

 高い梢に生えている木の葉が枝から離れ、地面に舞い落ちるほどの時間が流れた。

 

 その時、突然、広場の外から女の子の大きな声が響いてきた。

 

「みんな、何をしているの! またケンカ!?」

 

 その瞬間、リンクもミドも弾を発射した。リンクの弾の方が飛翔速度が早く、ミドの眉間に命中した。あっと叫んでミドは手を伸ばした。だが、その眉間にデクのタネは食い込んでいなかった。そのかわりに、大きな紫色の染みができていた。リンクの弾は、モリブドウの実だったのだ。

 

 対して、ミドの放った弾はリンクの右目のすぐ上に当たった。それは正真正銘の、デクのタネだった。眼球に弾が当たったかと思ったリンクは、反射的に右目へと手を伸ばした。

 

 その時、リンクの中に奇妙な考えが浮かんだ。「右目を撃たれたのなら、もう使い物にならない右目を守るよりも、残った左目を守るために、左目のほうに手を伸ばすべきなんじゃないかな」と、彼女は思った。特に理由はないが、それがなんだか正しいように思われたので、リンクは左目を手で覆った。

 

 勝負は相討ちに終わったが、周りの慌てている子どもたちは、もはやその結果について注目していなかった。子どもたちは叫んだ。

 

「サリアだ! サリアが帰ってきた!」

「迷いの森に薬草とキノコを採りに行ってたのに、もう帰ってきたの!?」

「逃げろ、逃げろ! またお説教をされるぞ!」

「デクの樹サマに言いつけられるぞ! 逃げろ逃げろ!」

 

 蜘蛛の子を散らすように、少年と少女たちは逃げ出した。そんな中でミドは、どこか申し訳なさそうな顔をしつつ、それでも態度と口調は変えないでリンクに言った。

 

「やい、なんでオマエ、デクのタネを使わなかったんだ! そういうオマエのイイ子ちゃんぶるところが、オイラは大嫌いなんだ! 次はちゃんとデクのタネを使えよ!」

 

 そう言い捨てて、ミドはいずこへともなく、ガニ股で歩き去っていった。

 

 後に残されたのは、リンクだけだった。その右目の上は腫れあがり、瞼が垂れ下がっていた。彼女の視界はおかしなことになっていた。

 

 どうやら目は無事みたい。リンクがほっと胸を撫で下ろした時、彼女の背後から、聞き慣れた声が響いた。

 

「さあ、リンク。何が起こったのか説明して。アタシがいない間、またミドと喧嘩をしたんでしょう? その理由はなに?」

「サリア……」

 

 そう言って、リンクは振り向いた。そこには、腰に手をやっている女の子が、怒ったような、それでいて心配しているような表情を浮かべて立っていた。女の子はリンクよりもやや背が高く、スカートではなく短ズボンを履いていた。

 

 その女の子、サリアは、リンクの顔を見るなり驚きの声を上げた。

 

「あら大変、リンク! 顔にケガしてる! 早く治療しないと……ちょうど、薬草を採ってきたところで助かったわ……」

 

 リンクはすかさず言った。

 

「じゃあ、ボクのケガに免じて今回はお説教はなし?」

 

 サリアは大きな声で言った。

 

「お説教よりも先にケガの手当て! 手当てをしたらお説教だヨ! さあ、こっちに顔を向けて。綺麗な目が傷ついてなくて良かった……」

 

 サリアは慣れた手つきでリンクに治療を施した。その間、リンクは先ほどまでのことを説明した。

 

「お花畑を女の子と男の子のどっちが使うのかでケンカになって、いつもどおりボクとミドが代表で戦うことになったの。最初はルールを守ってモリブドウの実で撃ち合いをしていたんだけど……ミドはボクに負けたのが相当悔しかったみたいで、次はデクのタネで撃ち合おうと言ったんだ」

 

 サリアは言った。

 

「それで、リンクはデクのタネを使ったの?」

 

 リンクは無邪気な声で答えた。

 

「ううん。ミドにケガをさせたくなかったから、モリブドウの実を使ったよ。えらいでしょ?」

 

 サリアは怒ったように言った。

 

「もう、リンク! ちっともえらくないワ! 最初からそんな勝負は断れば良かったのよ! リンクはいつもそうやって無茶ばかりして……この間もアタシのために花を摘もうとして高い崖に登っちゃうし……あの時はハラハラした……はい、薬草を貼り終えたわ。明日の朝には元通りになっているはずよ」

 

 リンクはサリアを改めて見つめた。いつも優しくて、色んなことを教えてくれるサリアは、リンクにとっては良き友人であり、また姉のような存在とも言えた。争いを好まない優しい性格をしているサリアは、たとえルールに則っている喧嘩であっても、決して容認しない。今もまた、サリアは日頃の温かな思いやりに満ちた顔を厳しくして、咎めるようにリンクを見つめていた。

 

 申し訳ない気持ちが、突然リンクの心の中で溢れた。自然と、リンクの口は動いていた。

 

「サリア、ごめんなさい。次からはもっと気を付けるよ」

 

 存外素直に発せられた謝罪の言葉に、サリアは毒気を抜かれたようだった。次の瞬間には、彼女はいつものような優しい顔つきに戻り、リンクを労るように言葉をかけた。

 

「リンク、アナタは女の子なのヨ。もっと自分を大事にして。アナタ、やろうと思えばミドのデクのタネを避けられたんでしょう? でもそれをしなかったのは、流れ弾が誰かに当たるかもしれないと考えたから。そうじゃない?」

 

 リンクは申し訳なさをごまかすように、頭をポリポリとかいた。

 

「サリアはボクのこと、なんでもお見通しなんだね。そうだよ、サリアの言う通りだよ。誰かがケガするくらいなら、ボクがケガしたほうが良いと思ったの。ほら、ボク、痛いのはぜんぜん平気だし。それに()()()()だし……」

 

 サリアは呆れたように大きな溜息をついた。

 

「リンク、アナタはそれでいいかもしれないけど、アナタが傷ついたら悲しむ人がいるのよ。デクの樹サマも、アタシも、リンクがケガしたら悲しむわ。将来リンクのところに来てくれる妖精だって、きっと悲しむはずよ。それに、そういう無茶なことばかりしてたら、きっといつか大ケガをしちゃうワ。もう危ないことをしちゃダメだからね。分かった?」

 

 リンクは明るい笑顔を浮かべ、勢い良く首を縦に振った。

 

「うん、分かったよ! これからは気をつけてケンカをするね! ボク、ミドはあんまり好きじゃないけど、ミドと戦うのは好きだし!」

 

 再度、大きな吐息がサリアの口から漏れた。

 

「リンク……アナタ、全然分かっていないじゃない! 良い? アナタは女の子なのよ……」

 

 その後、さらにお説教が一時間も続いた。やがて日が没する時が来て、森の鳥たちが帰巣を喜ぶ歌を歌い始めた頃、ようやくリンクはサリアから解放された。彼女は自分の家の梯子をのぼった。

 

「たくさん怒られちゃったな……今日は疲れたから、もう寝ることにしようっと……」

 

 リンクはついに気づかなかった。喧嘩の始まりから彼女が家に帰るまで、すべてを上空から見ていた青い光があったことに……

 

 その青い光がデクの樹サマのほうへ高速で飛び去るのを見た者は、誰もいなかった。

 

 

☆☆☆

 

 

 不満そうな声が次々とあがった。

 

「ミドのアニキぃ、もう帰りましょうよぉ。そろそろ日が沈んでしまうヨぉ」

「ああ、お腹減った……まだやるんですか」

 

 ミドは憤然として答えた。

 

「ナンダ、オマエたち! オイラはまだまだやるぞ! ほら、さっさとデクのタネをひろってこい!」

 

 サリアがリンクに説教を垂れているちょうどその頃、ミドは二人の子分を引き連れて、迷いの森の入口から少し奥へ行ったところにある、射撃練習場に来ていた。高い木の太い枝に吊るされた木製の標的板には、何発ものデクのタネが撃ち込まれて食い込んでいたが、中心部に命中しているのは二、三発程度でしかなかった。

 

 一向に帰る気配を見せないミドに対して、子分たちは口々に不平を漏らした。

 

「そりゃ妖精なしのリンクにまた負けたのは悔しかったと思うケド、なにもオイラたちまでつき合わせることないじゃないか」

「もう遅いし、そろそろ帰らないとミドのアニキ、またサリアとデクの樹サマに叱られるゼ。夜になっても迷いの森にいたのがバレたら、一番キツイおしおきをされてしまう」

 

 ミドは言った。

 

「それなら見てろ! 連続で三発的の中心に当てたら、今日はもう帰ることにする! それまで付き合え!」

 

 諦めたように男の子たちは言った。

 

「はいはい……」

 

 結局、彼らが帰るまでにもう半時間はかかった。すでに日は沈んでいた。苛立ち、集中力を欠いているミドに三発連続で弾を当てることなどできるわけはなかったのだが、子分たちがついに無言になったのを見て、流石のミドも諦めることにしたのだった。

 

「クソ! 面白くネェ!」

 

 暗くなってしまった森の中を歩きながら、ミドは毒づいた。リンク、あの妖精なし。あの少年の顔がどうしてもチラつく。サリアととても親しく、デクの樹サマから特別に目をかけられている、あの()()()

 

 どうして妖精がいないのに、アイツはあれほどまでにみんなから愛されているのだろう。自分のほうが体は大きいし、男らしいし、子分は多いし、立派な妖精だっているのに……

 

 幼いミドは、自分の内面を正確に分析することができなかった。彼がリンクに対して抱いている感情は単純に、嫉妬そのものだった。リンクの綺麗な顔立ち、軽やかな身のこなし、花が咲いたような笑顔。時折見せる、()()()()()()()可愛さ。彼にとってはその全てが恨めしく、そして羨ましかった。憎いはずなのに、どうしても心のどこかでリンクに惹かれている……

 

 その奇妙な心情を、ミドは単なる苛立ちとしか思えなかった。

 

「クソ! なんでアイツばっかり!」

 

 ミドは苛立ちを紛らわせるように、力任せに小石を蹴った。ちょうど良いポイントを蹴られた小石は、思いのほか勢い良く急角度を描いて飛んでいき、高い木の梢のほうに当たった。

 

 その瞬間、身の毛もよだつような、恐ろしい鳴き声が聞こえた。

 

「グギャオ!!」

 

 そして数秒後、鳴き声を聞いて呆然と立ち竦むミドたち三人の前に、何か黒くて大きなものが降ってきて、地響きと共に轟音を立てた。

 

 すでに周囲は暗闇に包まれており、それが何であるかはっきりとは分からなかったが、ただ大きな赤い単眼だけが光っているのが見てとれた。赤い単眼の中には、奇妙な紋様が不気味に光っていた。

 

 それは、言った。

 

「グギギ……オマエらか……オレの体に石を蹴り込んだのは……()しからんヤツラだ、喰ってやるゾ、小さな妖精ドモ……」

 

 そのおどろおどろしい声を聞いた途端、三人は絶叫し、一斉に逃げ出した。

 

「ウワァアアア!! バ、バケモノだぁあああ!!」

 

 腰を抜かしたり転んだりしなかったのは、奇跡とも言えた。三人は脇目も振らずコキリの森へと逃げ帰った。

 

 ミドは別れ際、子分たちに念を押した。

 

「いいかオマエら、あそこであったことを誰にも言うなヨ! 特にサリアには言うんじゃないゾ! 分かったナ!」

 

 日没後まで迷いの森にいるのは、重大なルール違反である。それに、泣き喚きながら無様に逃げ帰ってきたことをサリアに知られるのは、いかにもカッコ悪い。幸いなことに、子分たちもすぐに同意してくれた。

 

 夜、寝る頃には、ミドの心も落ち着いていた。あれはたぶん、森の獣か何かだったのだろう。歳をとったオオカミかクマかは、人間の言葉を喋るとサリアから聞いたことがある。ただの獣なのに、バケモノと勘違いをして逃げ帰るとは……やはり誰にも知られるわけにはいかない。

 

 ミドは独り言ちた。

 

「あのことはもう、忘れることにするか……」

 

 ミドの考えは間違っていた。それはハイラルの平穏な日々を崩壊させるために黒き砂漠の民の王が放った、最初の一撃だった。

 

 尤も、仮にミドがそのことをデクの樹サマに伝えようとしたところで、すべては手遅れだったのだが……




 2021年6月16日をもって、「ゼルダの伝説 時のオカリナ 3D」は発売から10周年を迎えました。実にめでたいことです! 任天堂さん、そろそろ別のハードでも時オカがプレイできるように取り計らってくだされ……(できればSwitch版として、リブートするような形で……)

 次回もお楽しみに!
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