███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
エヴァンジェリンがふて寝してから半日ほど経過した後、ようやく彼女は現実を受け止めてベッドから這い出てきた。
その間、千雨は石造りの床の上でぺたんと足を開いて
長時間同じ体勢で居続けるのは常人にはつらいものがあるが、丸一日同じ体勢で居ても平気な程度には千雨の肉体は頑丈である。
瞑想中は常に
さすがに瞑想には使用できないが、睡眠時間は『過程の省略』を使えば短縮できるので、やろうと思えば24時間ずっと活動することもできる。
あまりにも常人から離れすぎた行動ばかりしていると感覚が狂うため普段はしないが、アルドゥインとの初めての戦いの後に睡眠時間すら惜しんで取り憑かれたかのように修行漬けの日々を送っていた時期があった。
最終的に仲間や知人に説得されたため無茶をしないようになったが、あの当時の千雨はかなり思い詰めていたのだ。
乱れた髪を茶々丸とメイド人形たちに整えさせたエヴァンジェリンは一言、ついてこいとだけ千雨に告げて模擬戦を行っていた塔の屋上へと上っていく。
夜空に浮かぶ月に照らされた屋上についたエヴァンジェリンは屋上の
「魔力を消費せずに魔法が扱えるようになるアーティファクトの真贋、この私が見極めてやろうではないか」
「さっきまでショックで寝込んでた奴がよく言うぜ」
「いいからさっさと貸してみろ!」
呆れながらも千雨がインベントリから取り出した金にダイヤモンドがあしらわれたネックレスと指輪、サークレットの3つをやや乱暴に受け取ったエヴァンジェリンは、それらのアクセサリーをすぐさま身につけた。
千雨の頭のサイズに合わせているため少し大きかったのか、ずり落ちそうになったサークレットを慌てて左手で押さえながら、エヴァンジェリンは右手を海に向かって突き出し魔法の詠唱を始める。
詠唱の途中で塔からおよそ200メートル先に数十メートルはある巨大な氷塊が現れ、エヴァンジェリンが詠唱を終えて振り返り指をパチンと鳴らすと同時に氷塊が粉々に砕け散った。
砕け散った氷の欠片が月光に照らされて夜空にきらめく幻想的な光景を眺めながら、千雨は初めて
エヴァンジェリンの唱えた呪文は二段階の詠唱に分かれている。
前半部分の『
その後に『
賞金稼ぎに追われていた頃に多用していた魔法だが、エヴァンジェリンは格下相手を虐殺したり女子供を殺める行為を嫌っていたため、後者の『
今回『
「……発動してしまったな」
「なんで魔法を唱えた本人が一番驚いてんだよ」
「そういう貴様も随分と驚いているようだがな。
どうだ、これが『
「すげーとは思うが……その異名、自分で言ってて恥ずかしくないのか?」
「表の世界のスポーツ選手も二つ名がついたりするだろう。それと似たようなものだ。どうせ貴様もそのうち慣れるさ」
「私にも異名がつくの確定かよ。変な異名はつけられたくねーな……」
スカイリムでは千雨は有名人だったため、他人に注目されるのは慣れている。
基本的に名前よりも【
今後、
この世界の魔法や気を本格的に学んでいない現状でも、千雨が本気の装備に身を包んで
一般的な尺度では高位の魔法使いとなる麻帆良学園都市の
タカミチや近右衛門は例外的にAAクラス上位の力を有しているが、それに迫る千雨は十分に強者と言えるだろう。
現状では
世界最強を目指しているわけではないが、自衛のためにも達人相手に勝負になる程度には技術を習得するつもりでいる。
完全に自衛の域を超えているのだが、凝り性で技術を鍛えるのが結構好きな千雨は、自分が現時点でも普通に過ごす分には過剰な強さを持っているという自覚が薄かった。
「しかし、このアーティファクト……効果こそ凄まじいが誰にでも使える代物ではないな」
「完全に消費を無くすと
「……やはり貴様がおかしいだけなのではないか?」
「……知り合いの魔法使いにも同じことを散々言われたよ」
千雨はごく普通に同じ
一般的には装備に施す付呪は別の種類の物が選ばれる。理由は簡単で付呪が互いに干渉して効果が薄れてしまうからだ。
スカイリムに点在していた
ではなぜ千雨が同種の付呪を施した装備を身につけられるのかというと、付呪の構成を大きく変更して効果の統合を可能としたからだ。
千雨の常人離れした情報処理能力によって成し遂げられた偉業だが、彼女が知り合った中でも最高峰の付呪の達人である
千雨は付呪の内容を高効率化するのは得意だがオリジナルの付呪を作る才能はなかったため、ネロスにその点を淡々と指摘されて苛ついた記憶が残っている。
「この魔力消費を軽減する装備って売れると思うか?」
「売り物にはなるだろうが、このままだと確実に災いの元になるぞ。
この3つを身に着けた状態で5割……いや、3割軽減でも重宝する効果だな」
「その程度でいいのか? こっちにも魔力消費を抑える道具とかはありそうなもんだが」
「自己鍛錬で魔力の運用効率を上げるのが一般的で、その手のアーティファクトは聞いたことがないな。
使い捨ての魔法薬や呪符を
魔法使いが魔法を使う際に利用する発動体は銃の照準器のような物なので、発動させた魔法の魔力消費や威力に影響はない。
使用者の魔力容量と比較して杖の耐久力が低いと壊れてしまう場合もあるので、素材や強度は重要視されるがそれだけである。
「言っておくが、どんな魔法でも魔力消費を軽減できるわけじゃねーぞ。
その装備には破壊魔法と回復魔法の消費を減らす付呪をしてたんだが、どうやらこっちの攻撃魔法は破壊魔法に分類されるみたいだな」
「それでも十分すぎるが……なぜ我々の魔法まで魔力消費を軽減できているのか理屈が分からんな。どこかに共通点があるのか……?」
「んなこと言われても私は研究者じゃねーからなあ。使えるなら使えるでいいんじゃねーのか?」
千雨は研究者というよりは職人タイプのため、詳しい理屈や理論は把握していない場合が多い。
こうしたらこうなったという結論だけがあって過程を分かりやすく説明できないため、他人に技術を教えるにはあまり向いていないのだ。
相棒のテルドリン・セロも同じタイプだったため、結局地球に帰る直前になってもお互いに極めた技術を教え合うことはできなかった。
「何か大きな落とし穴があっては困る。よって、これらのアーティファクトは私がしばらく預かって調べてやろう」
「……まあ予備を一式用意してきてるから別にいいけどさ」
「他の魔法を軽減できる装備もあるなら出しておけ。一緒に検証しておいてやる」
「本当に遠慮がないな。ったく、授業料だと思って断らねーけど壊さないでくれよな。
内包魔力を循環させる構造だから魔力切れは起こさない設計になってるが、限界まで色々と詰め込んでて繊細だから取り扱いには気をつけてくれよ?」
ポーションを使って技量を底上げして刻み込まれた付呪の術式は、電子機器の集積回路のような細かさで描かれていた。
1つの装備に2種類の付呪を施すために【追加付呪】という技術まで生み出して使っている影響もあって、人間業とは思えない精密な作りになっている。
防具や装飾品は外部に魔力を放出する付呪が一部の例外を除いて存在しないため、内包魔力を循環させて魔力の補充を不要にする術式が考案されて普及している。
一方で武具は魔力を放出して攻撃を行う付呪が一般的なため、込められた付呪の強さによって使用回数が決められている。
内包魔力が切れてしまったとしても、外部から【
もっとも魔力消費軽減の装備と組み合わせることで武器の付呪も内包魔力の消費をゼロにできるため、千雨の場合は魔力切れとは無縁である。
千雨の装備には魔法や属性攻撃を
その後も魔法や
宿題の中でも
プログラムの勉強をしていた関係で英語は日常会話と一部の専門用語を理解できる程度には知識があるが、それ以外の言語は日本語と帝国語とドラゴン語くらいしか話せない。
千雨も最初はシャウトを扱えるだけでドラゴン語の詳しい意味までは知らなかった。
しかしアルドゥインに「言葉の意味を知らぬと見える。
無知であると馬鹿にされて黙っていられるほど千雨は温厚でも愚鈍でもないのだ。
新しい知識を身につけるのは好きなので勉強もそれほど苦ではないが、2つの言語を1か月でマスターしろってのは無茶振りじゃねーかなと思いながら、千雨はダイオラマ魔法球を後にしたのだった。
内部で24時間が経過したためダイオラマ魔法球から退出した千雨はそのまま寮の自室に戻──ろうとしたが茶々丸に引き止められて、なぜか手をガッシリと握られてそのまま近代的な見た目の建物の中層階──麻帆良大学工学部内の研究室へと連れて行かれてしまった。
「おい絡繰、私はさっさと部屋に戻りたいんだが」
「千雨さんにはハカセと
「私は一言も謝るなんて言ってねーぞ」
「しかし、このままでは私が計算を誤って自爆したと思われてしまいます」
「親に怒られたくないガキかよ……あー、いや確かにガキっちゃガキなのか」
大まかに茶々丸の誕生した経緯を本人から聞かされていた千雨は、茶々丸の顔を見上げながら図体はでかいが内面は子供なのだと納得した。
そういう千雨もスカイリムで過ごした時間を合わせたとしても15歳の子供なのだが、自分のことは棚に上げていた。
ロボット工学研究会が使っている研究室の前で茶々丸と千雨がぐだぐだと話していると、話し声を聞きつけた中年の男性が研究室内から現れた。
「おや、どうしたんだ茶々丸。今日はメンテの日じゃ……って、何があったんだ! その右腕はどうしたんだッ!?」
「いや、あの、これは……」
「待っていろ、すぐにハカセと
歪んだ茶々丸の右腕を見た中年の男性は血相を変えて慌てながら、隣に立っていた千雨にすら気が付かずに研究室の中へと引っ込んでいった。
茶々丸はロボット工学研究会が生み出した技術の結晶であり、ロボ研メンバーの夢とロマンと萌えと燃えが詰まった
それ
「はぁ……さては絡繰、ここに来る前に連絡入れなかったな」
「……すみませんでした」
「謝る相手は私じゃなくて、黙ってて心配させたここの人たちだろ?」
「……はい」
その後、話が曲解されて大きく伝わりすぎたのか用途不明の機械で武装したロボ研メンバーに取り囲まれたりしたが、全員に頭を下げながら茶々丸と千雨はロボ研内にある専用の整備場へと移動することができたのだった。
研究室の奥で待ち構えていたのは奇遇にも千雨のクラスメイトたちだった。
今年の1月頃から研究室に顔を出し始めた髪を左右のシニヨンでまとめている黒髪黒目の中国生まれの天才留学生──
小学生の頃から研究室に出入りしていた葉加瀬はハカセという愛称でメンバーに親しまれており、
双方ともに学生という枠を超えた天才だが、特に
「肩関節部分の損傷は無さそうだネ。これなら前腕部と上腕部を予備パーツと換装するだけですぐに直るヨ」
「でもどうしてこんなことに?
茶々丸のフレームは軍事規格のチタン合金を改良して作られた特別製なので、ダンプカーに轢かれたとしても歪みはしないはずですよ」
「この損傷具合からして、何かを殴た反動かもしれないネ」
手早く右腕部の損傷具合を確認した
その合間を狙って千雨は小声で茶々丸と相談を開始した。
「……おい、絡繰。この2人に魔法について話しちまって大丈夫なのか?」
「おふたりは魔法関係者ではありませんが、魔法の知識については持ち合わせています。ですので問題にはならないでしょう」
「内緒話は終わたカ? それじゃあ茶々丸と一緒にここに来た理由を話してもらおうかナ。出席番号24番、長谷川千雨サン?」
「私は──」
「……千雨さんは悪くありません。私が悪いのです」
千雨を茶々丸が話し終えたのを見計らって、ニコニコと笑みを浮かべながらも何かを見極めたそうな様子で
嫌な予感がした千雨が誤魔化そうと口を開こうとするも、運悪く茶々丸が先に会話を始めてしまった。
さっき色々と助言してしまった以上、謝るために何があったか詳細に語り始めてしまった茶々丸を止めるのはバツが悪い。
小さくため息をついた千雨は、顔を片手で覆って黙って天を仰ぎながら事の行く末を待つことしかできなかった。
【
キティが好んで使っていた古典ギリシア語の上位氷系呪文。
学園結界で魔力が封じられている現状では、これらの高位呪文は使えない状態だった。
「
「
【ネロス】
その実力は相当なものだが、人格も相応に破綻しており彼の拠点の近くにある集落では非常に嫌われている。
働きには相応の報酬を出すため、千雨のような飛び抜けた実力者の場合は相性がいい。
人格的には問題があると思っているが、色々と世話になっているため千雨にとっては仲が良いとも悪いとも言えない微妙な人物。
千雨が地球へと帰還する際に作り上げた魔法の作成にも携わっており、帰還する際には他の協力者と一緒に
千雨が麻帆良に帰ってきた際に言っていた『クソジジイ』とは彼のことである。
また、テルドリン・セロの素顔を知る数少ない人物の内の一人でもある。
【
エンチャントとも呼ばれる武器、防具、装飾品に魔法を付与する技術。
千雨は付呪をプログラムの一種として自己解釈した結果、常識では考えられない効率と効果の付呪を行えるようになった。
その代わり専門性が高くなりすぎて、千雨以外の人間には扱えないオンリーワンの技術となっている。
バニラでは普通に複数装備に同一付呪を施せるし拾った付呪装備を好きに組み合わせられるが、本作での付呪はゲーム本編より縛りが重い技術として扱っている。
またバニラでは付呪で付与できる魔法や属性の耐性は合計でも85%が限界とされているが、Jampion氏のMOD『Resistances Rescaled』で上限が撤廃されている。
【
本来は1つの装備には1つしか付呪を行えないが、千雨は付呪を多重構造化することでもう1つ別種の付呪を施せるようになった。
【
ソウルジェムとも呼ばれる紫や青色で虹のような光沢のある石英のような形状の石。まどマギより
かけた対象が効果時間内に死んだ際に魂を捕らえる【
主に付呪や魔力の充填に利用されており、魂石が大きくなればなるほどより強大な魂を捕らえることができる。
ヴァヌス・ガレリオン著【魂縛に関するギルドの覚書】より抜粋
さらに、魂縛の対象としてすべての魂を2つの階級に分けることを提案する。
獣や動物から捕らえられたより小さなエキスである合法の「白い」魂と、感情のある定命者から抽出された非合法の「黒い」魂と。
我々は白い魂を捕らえる呪文だけを教え、生徒には大きな魂石を感情のある者に使うことを禁じる。