███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第14話【念話】

 食事を終えて部屋に戻ってからも、千雨はハルメアス・モラの意識を宿した電子精霊に振り回された。

 想定を超える動作をさせてPCが強制終了したり(ブルスクが出たり)、国家や企業が管理しているデータベースに不正侵入(クラッキング)しようとしたり、メインPCを勝手に使ってそっちのHDDの容量まで使い切ったりと大騒ぎであった。

 

 千雨が自作したフィルタリングソフトやセキュリティソフトを使用させていたため、怪しいアドレス(URL)を開いて無限にブラウザが開き続けたり(ブラクラに引っかかったり)、コンピューターウイルスをダウンロードしたりしなかったのは不幸中の幸いである。

 

 ハルメアス・モラの行動にしては行きあたりばったりすぎると思われるだろうが、この電子精霊は厳密にはハルメアス・モラと同一の存在ではない。

 性格や言葉遣い、思考パターンはハルメアス・モラと瓜二つなのだが、今の電子精霊は彼が操作しているわけではない。

 

 デイドラロードの中でも最上位に位置すると言われているハルメアス・モラといえども、常に理の異なる世界に()()()干渉し続けるのは難しい。

 現在もハルメアス・モラは電子精霊を通して情報収集を行ってはいるが、行動自体は電子精霊の自由意志に任せているのだ。

 

 そして電子精霊はハルメアス・モラが干渉した影響で地球に関する知識が大きく欠如(けつじょ)している上、思考能力がコンピュータの性能に依存する部分もあるため、このような暴走を起してしまっていた。

 なお、千雨の命令に関しては無駄に曲解したり抜け道を見つける能力が高いため、簡単な命令をするのにも注意が必要な厄介な存在と化している。

 

 それでも電子精霊としてはありえないほどに高い霊格と処理能力を宿しているため、千雨は追加で召喚した電子精霊をハルメアス・モラによって改造された上位電子精霊──モラに統率させている。

 名前を与えてしまうと完全に存在が固定化されるため電子精霊と呼び続けるか悩んだが、自分との契約を更に強固にするために名付けを行ったのだ。

 

 もっとも名前こそ付けたものの、千雨が実際に名前を口にする機会は無いだろう。あくまで魔術的な意味合いで名前を付けただけで、相棒やペットのように扱うつもりはない。

 

ドラゴンボーンよ、またしてもパーソナルコンピュータの動作が停止したぞ

「またブルスク吐いたのか? ったく、どういう使い方したらそうなるんだよ」

 

 猛烈な速さでタイピングしながらプログラムコードを入力していた千雨は、プログラムの作成が一段落ついたためキーボードから指を離して、電子精霊が操作するサブPCの画面に目をやった。

 机の上に並べられた複数の液晶モニタには先程までは多種多様なウェブサイトが表示されていたが、今は青い背景(ブルースクリーン)に英文でエラー内容とエラーコードが表示されている。

 

 以前までメインPCとして使っていたサブPCは新しいオペレーティング・システム(Microsoft Windows 98)が日本で発売された当時に買った物なので、まだ購入してから3年も経っていない。

 構成パーツ(メモリやHDD)も1年ほど前に入れ替えているため部品の調子はいいはずなのだが、電子精霊の過度な操作に耐えるにはスペックが足りていないようだ。

 

 早急に追加でパソコンやストレージ(補助記憶装置)を増やさないと壊されかねないが、今の千雨にはそれらの機器を買い揃えるだけの金銭の持ち合わせがなかった。

 近右衛門に預けている宝石が売却されて諸々(もろもろ)の処理が終わるまで早くても1週間、長ければ1か月はかかるだろう。

 

 電子精霊に自力で金銭を稼がせようとも考えたが、サラミ法という小数点以下の金銭を世界中の銀行口座から盗んでくる犯罪行為をやらかしそうなので許可しなかった。

 

「とはいえ、集めてきた情報の事実検証(ファクトチェック)や要約力には文句がつけられねーんだよな。デメリットよりメリットのほうが絶妙に高いのがムカつくぜ」

お前の性格は把握している。それに私も定命(じょうみょう)の者の文化を破壊するのは本意ではない

「人類が滅んだら新しい知識が生まれなくなるから壊さないってだけだろーが。おまけに、てめーのせいで結局1時間しか寝れなかったんだぞ」

 

 電子精霊と雑談しながら目頭を押さえて目の疲れを取っていた千雨は、椅子を倒してヘッドレストに頭を預けて休憩しだした。

 窓の外は朝日が昇って明るくなっており、あと1時間もしたら部屋を出て学校に行かなければならないだろう。

 

 睡眠時間はアカトシュの加護による『過程の省略』で問題なく、目の疲れも気分的なものだ。

 本当に疲れたとしても回復魔法かポーションで簡単に治癒できるが、体がどれだけ頑強になろうとも心のありようというのは簡単には変わらないのだ。

 

お前が私を見張る必要はない。既に電子の海(インターネット)に関する最低限の知識は揃えた

「てめーがドジ踏まねえように、夜なべしてプログラムを組んでやったのは誰だと思ってやがるんだ。

 もし何かやらかしたら契約者の責任になるから手を貸してやってんだぞ」

その献身、感謝するぞ。ドラゴンボーンよ、これからも励むがいい

「感謝してんなら、もっと腰を低く──いや、やっぱりこのままでいい。変に丁寧な態度になられたら、本気で嫌いになりそうだ」

 

 腰が低くて言葉遣いが丁寧なハルメアス・モラを想像した千雨は思わず鳥肌を立ててしまった。

 今まで以上にとっつきにくくなられても困るので発言を撤回した千雨は、制服に瞬時に着替えると学校へ行く準備を始めたのだった。

 

 

 


 

 

 

 寮から出る際に示し合わせたかのように明日菜と木乃香と出会った千雨は、断る理由もないので一緒に登校することにした。

 少し早く寮を出たため満員電車に苦労することもなく、千雨はゆっくりと歩いて教室まで着くことができたのだった。

 

『いいか、絶対に姿を見せるなよ』

掟で魔法の秘匿が定められているのであったな。可能な限り、努力しよう

()()()()()()()()()つってんだろうがッ! 魔法バレでオコジョ生活か逃亡生活の二択なんて私は嫌だからな!』

 

 教室に入る前に千雨は通学カバンに入れて学校まで持ち込んだノートパソコンをちらりと覗き込みながら、モラと繋がっている契約を利用して【念話(テレパティア)】で会話を行っていた。

 目を離したら何をしでかすか分からないので連れてきているというのもあるが、この世界の人間の生活様式を観察したいという要望もあったため、ノートPCに入れた状態で学校まで連れてきたのだ。

 

 電子精霊は魔法の才能がなければ知覚できない霊的存在ではないため、取り憑いている電子機器から離れている状態だと一般人にも姿が見えてしまう。

 ちなみに物理的にも同じサイズのネズミと同程度の干渉力はあるので、物を食べたり本のページをめくる程度なら可能である。

 

 電子精霊がネズミの姿をしているのは、パソコンの入力機器として広く使われているマウスの概念を魔術的解釈で利用しているのもあるが、一般人に見られたときに誤魔化しやすくするという意図も含まれている。

 モラの場合は見た目があまりにも冒涜的すぎるため、ただのネズミという言い訳が通用しないのは目に見えている。

 だからこそ千雨は絶対にクラスメイトたちに見られないように気を配っているのだ。

 

 先に教室に来ていた数人の生徒と軽く挨拶を交わした千雨は、ホームルームまでの時間つぶしと勉強のためにカバンの中から数冊の本と真新しい大学ノートを取り出した。

 千雨が広げているのは初心者向けのラテン語の教本である。エヴァンジェリンから宿題を出された際に渡されていたのだ。

 

 その他にも日本語や英語で記されたラテン語の辞書や、ラテン語で書かれた有名なラテン文学の本が並べられている。

 ギリシア語より新しい言語であるラテン語から学び始めた千雨だが、学習速度はそれなりといったところだ。

 

 なお千雨が授けられた直観記憶を通して知識を得ているハルメアス・モラは、既にラテン語とギリシア語を完全に習得し終えていた。

 基本性能が人間とは比べ物にならないので千雨は気にしていないが、ときどき横から電子精霊を通して間違いを指摘してくるのは非常に鬱陶(うっとう)しく感じている。

 

 念話(テレパティア)を通した電子精霊の指摘を聞き流しながら、大学ノートに要点をまとめつつラテン語の教本を読み進めていると、千雨の様子が気になったのか明日菜と木乃香が1人の生徒を引き連れて近寄ってきた。

 気配を感じ取った千雨は手に持っていたシャープペンシルを机の上に置いて明日菜たちに体を向けたが、一向に話しかけてこないため首を傾げていた。

 

 明日菜と木乃香は友人と言えなくもない間柄だが、残りの1人は千雨と話したことがないためか遠慮しているように見える。

 口を開こうとしない前髪で目を隠した少女を見かねてか、真っ先に千雨に喋りかけたのは木乃香だった。

 

「朝から勉強? 千雨ちゃんは真面目やなぁ」

「個人的な趣味みたいなもんだよ。つーか、さん付けはやめたんだな」

「ウチら、もう友達やん? 嫌やったら元の呼び方に戻すけど……」

「嫌じゃねーから気にすんな」

 

 眉を下げて少し寂しそうにしている木乃香の言葉を千雨が否定する。

 千雨の発言を聞いた木乃香は途端に嬉しそうに笑いながら、さらなる要求を告げてきた。

 

「ホンマに? ほならウチのことも下の名前で呼んでーな」

「……はぁ、わーったよ、木乃香。これでいいか?」

「ええよー。これからもよろしゅうなぁ、千雨ちゃん」

 

 千雨は基本的に他人のことを苗字で呼ぶが、それは他者との間に壁を作っていた頃の名残である。

 小学生の頃は常識の認識の違いで周囲から浮いていたため、千雨には同年代の友達を作った経験が無いのだ。

 

 ザジのときもそうだが、変に意固地にならなきゃ友達ってのは簡単に作れるんだなと実感した千雨であった。

 そして下の名前で呼び合うことに抵抗があるわけでもないため、千雨は木乃香の提案を素直に受け入れた。

 

「千雨ちゃんって押しに弱いところあるでしょ」

「神楽坂に言われなくても自覚はしてるよ」

「ちょっと! なんでこのかは名前で呼ぶのに私は苗字呼びなのよ!」

「……なんとなく?」

「答えになってないんだけど!?」

 

 千雨としては下の名前で呼んでもよかったのだが、自覚している自分の欠点を指摘された意趣返しに苗字で呼んでいた。

 明日菜の手刀によるツッコミを左手で受け止めながら、千雨は様子をうかがっていた少女に声をかけた。

 

「それで宮崎は何か話したいことがあるのか?」

「あ、あのー、その……本……す、好き……なん、ですかー?」

 

 前髪で目を隠している黒髪の少女──宮崎(みやざき)のどかは顔を赤らめながらも勇気を振り絞って千雨に話しかけた。

 彼女は恥ずかしがり屋で引っ込み思案な性格なのだが、教室に入ってくるなり本を広げて読書を始めた千雨が同好の士なのではないかと思って気にしていた。

 

 しかし話しかける勇気までは出せずにチラチラと様子を見ていたところを明日菜と木乃香に見つかり、彼女たちの優れた対話能力(コミュ力)によって本音を聞き出されて連れてこられたのだ。

 千雨はスカイリムであがり症と赤面症を克服する前の自分を思い出して、いつもよりも少しだけ柔らかい物腰でのどかの質問に答えることにした。

 

「好きか嫌いかで言えば好きなほうだな。宮崎も本が好きなのか?」

「は、はい! ち、千雨さんは、どんな本が好きですか?」

「私は実用書を読むことが多いな。あとは流行(はや)りの本とか昔の名作も読んだりはするが、特定の作家が好きとかはねーな」

 

 千雨は漫画やライトノベルといったサブカルチャー(オタク文化)に詳しいが、プログラミングや英語、数学を勉強するために専門書を読んだり、世間で話題になっている小説や過去の名作にも目を通している。

 しかし特定の好きな作家はおらず、とりあえず気になった本は読んでみるというタイプだ。

 

「それは……ウェルギリウスの『アエネーイス』です、よね。

 しかも原語版とは……ラテン語に興味があるん、ですか?」

「まーな。まだ読み終えてないからネタバレはやめてくれよ?」

「そんなこと、しませんよ! あの、興味があるのなら、オススメのラテン文学作品や、勉強の参考になる本を紹介しますよー?」

「いいのか? 正直、海外の作品はあんまり詳しくないから助かる。

 これも知り合い(エヴァ)に勧められたから勉強がてら読んでるんだが、ローマの歴史や神話はあんまり知らないから、ちょっと困ってたんだ」

 

 千雨は乱読家だが神話や歴史、叙事詩(じょじし)(たぐい)は守備範囲外だった。

 今日の放課後に()()()()()()()図書館島で当時の歴史や神話を解説している本を探すつもりでいたので、のどかの提案は渡りに船だった。

 

「それと……その、もし千雨さんがよかったら、一緒に図書館探検部の部活説明会に行ってみませんか……?」

「うん? 宮崎()図書館探検部に入るつもりなのか? だったら私も今日、説明会に行くつもりだったから丁度いいな」

「そ、そうだったんですか!?」

 

 見計らったかのようなタイミングでの千雨の告白に、のどかは目を見開いて驚いている。

 入学前は部活動なんて時間の無駄なので参加するつもりがなかった千雨だが、スカイリムから帰還した今は様々な理由が重なった結果、図書館探検部に入ろうと決心していた。

 

「あ、やったらウチも説明会について行ってもええかえー?」

「それはいいが木乃香は昨日、占い研究会の説明会に行ってなかったか?」

「占い研究会も参加するんよ。でも部活のかけ持ちはOKやから、図書館探検部にも入ろうと思うてなー」

 

 今週から1週間の間、新入生歓迎仮入部週間が始まったため、昨日の内に明日菜は美術部、木乃香は占い研究会の入部説明会を受けに行っていた。

 千雨も真っ先に説明会に行くつもりだったのだが、エヴァンジェリンからの急な呼び出しがあったため予定をズラしていたのだ。

 

「なるほどな。どうせなら()()()も来るか? あと、そろそろ疲れてきたから手刀を下げてくれ」

「い、意外と千雨ちゃんって力持ちなのね。私は本を読むと眠くなるから図書館はパスかな……あれ? 今、私のこと名前で呼ばなかった?」

 

 澄ました顔で手刀を受け止めている千雨だが、内心では明日菜の力の強さに驚いていた。

 千雨は身の丈ほどある大きさの両手剣を軽々と振り回せる程度には腕力がある。しかし明日菜も千雨と同等か、下手したらそれ以上の力があった。

 

 明日菜は運動は得意だが勉強は不得手としているため、文化部(地下に広がる図書館(ダンジョン)を探索する部活が文化部?)の図書館探検部には興味を示さなかった。

 もっとも、千雨たちは明日菜が図書館探検部の説明会に行こうとしない本当の理由を既に察していた。

 

「アスナは(いと)しの高畑先生との時間を減らしたないってのが本音ちゃうん?」

「だ、誰もそんなこと言ってないでしょーが!」

「全然隠せてねーんだよなあ。それじゃ、放課後はよろしくな」

「こ、こちらこそよろしくおねがいします」

 

 おそらくタカミチを含めたこのクラスの人間すべて(下手したら別のクラスの人間にも)に誰が好きなのかバレているだろうに、明日菜は木乃香の発言を誤魔化そうと必死になっていた。

 事実を隠そうとしている明日菜の姿に呆れながらも、千雨はのどかと目を合わせて軽く微笑みながら挨拶をかわす。

 恥ずかしさから赤面しながらも、のどかはしっかりと千雨の目を見つめ返して挨拶を返したのだった。

 

(……騒がしいですね。これでは静かに読書ができないです)

 

 教室の左端の列で黙々と本を読んでいた紺色の髪の少女は、千雨たちの様子を冷めた目で見ながら心の中でぼやいているのだった。




新しいTES用語が出てこなかった用語解説

長谷川千雨(はせがわちさめ)
以前と比べると少しだけ素直になった。デレると苗字ではなく名前呼びになる。
生産系スキルは規格外(チート)だがネーミングセンスはない。ハルモラと名付けなかっただけマシかもしれない。

【モラ】
ハルメアス・モラの手で魔改造された電子精霊。現在進行系でバージョンアップを重ねている。
霊格や基本性能はアーティファクト『力の王笏(スケプトルム・ウィルトゥアーレ)』に宿っている『千人長七部衆(おでんの具材)』単体よりは上である。
しかし率いている電子精霊の数や利用しているハードウェア、搭載されているプログラムの差が大きいため、実際のスペックでは負けている。


【サラミ(ほう)
サラミ法とは不正が発覚しないような僅かな量の金銭や物品を盗む窃盗行為のことである。
サラミを1本丸ごと盗むとすぐに気が付かれるが、薄くスライスして少しずつ盗めばバレにくいという例えから名付けられている。
当然だが、千雨の危惧していた計画をモラが実行に移した場合は電子計算機使用詐欺罪に当たる上、魔法使いに即オコジョ刑に処される。
近年の創作物ではアニメ作品『攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG』でテロ組織の軍資金集めに使われた話が有名だろう。
攻殻機動隊のTVシリーズは第一期の放送ですら2002年なので、千雨は1995年公開の劇場版と漫画版しか見たことがない。


念話(テレパティア)
魔法使いたちにとっては一般的な会話手段だが、パクティオーカードなどの特殊な道具を通さない場合は中距離以上での運用は難しい。
火よ灯れ(アールデスカット)』のような外界に働きかける魔法と比べると地味だが、魔法使いの基礎能力なので魔力を扱えるなら簡単に使うことができる。
携帯電話やインターネットを使ったほうが簡単に長距離で意思疎通できるのに、わざわざ旧世界(ムンドゥス・ウェトゥス)で内緒話以外に念話(テレパティア)を使う意味があるかと言われると微妙である。


【アエネーイス】
古代ローマの詩人ウェルギリウスが記した叙事詩(じょじし)
ラテン文学の最高傑作とされているが、最終場面を書き上げる前に著者であるウェルギリウスが亡くなったため未完となっている。
ほぼ全てのラテン文学は、この作品の影響を受けている。
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