███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第15話【ブラックリーチ】

 放課後、千雨は木乃香とのどかと共に図書館(じま)へと続く橋を渡っていた。

 なぜか自然と両隣に木乃香とのどかが来てしまったため、千雨が二人を引き連れているような形になってしまっている。

 

 ここは一番対話能力(コミュ力)の高い木乃香が取り仕切るべきではと思う千雨だが、わざわざ口に出すほどでもないため黙って自然な流れに従うことにした。

 実際のところ、千雨はあまり自覚していないがスカイリムでの経験や元からの気質もあって集団のリーダーに向いている。

 

 面倒事が増えるので自分からリーダーになろうとはしないが、他人から頼まれて結果的にリーダーになってしまうというパターンがスカイリムでは非常に多かった。

 我ながら損な性格をしていると千雨は思っているが、時間を巻き戻したとしても彼女は同じ選択を選ぶだろう。

 

 橋を渡りだしてから5分は経過したが、まだ半分程度しか進めていない状況に少しうんざりしだした千雨は、雑談がてら不満を口にした。

 

「図書館島を造った連中は、なにを考えてこんな場所を選んだんだろうな」

「たしかに、ちょい遠いなぁ。のどかちゃんは疲れとらん?」

「はい、平気で──ッ!?」

 

 木乃香に話しかけられたのどかが返事をしようと顔を横に向けたその時、運悪く地面のちょっとした段差に足を引っ掛けてしまった。

 つんのめって体勢を崩したのどかは転びそうになったが、並んで歩いていた千雨が腕を伸ばして体を支えたため事なきを得た。

 

「おいおい、大丈夫か?」

「ご、ごめんなさい! 私、いつもすぐに転んじゃって……」

 

 のどかは決して運動神経が悪いわけではないのだが、他のことに集中すると足元の注意が(おろそ)かになる癖があった。

 よく転ぶため絆創膏と消毒液を持ち歩いているのだというのどかの発言を聞いて、図書館探検部としてやっていけるのだろうかと少し不安に思う千雨であった。

 

 

 

 途中でのどかが転びかけるというハプニングもあったが、合計で10分ほどの時間をかけて1キロメートル近い長さのある橋を渡り終えた千雨たちは、立ち止まって図書館島の建物を眺めていた。

 

 図書館島とは、麻帆良学園都市の中央部にある麻帆良湖に浮かぶ500メートル四方ほどの広さの小島である。

 地上部分の建造物の大きさは常識の範囲内なのだが、地下には複雑に入り組んだ構造の書庫が広がっており、世界最大規模の図書館として知られている。

 

(その割にはギネス記録に載ってねーんだよな。申請を出してないってだけならいいが、魔法使いの都市にある時点で、まず間違いなく黒だろうな)

 

 この麻帆良には数々の常識はずれな存在が点在しているが、その最たるものが図書館島だと千雨は考えている。

 

 数十年周期で発光現象を引き起こす世界樹も普通に考えたらおかしいのだが、インターネットやまほネットで調べてみると、麻帆良の世界樹ほど大きくはないが同種と思われる木が他国にも存在しているという情報が手に入った。

 こちらもギネス記録には載っていない上、隠蔽されているのか情報も僅かにしか残されていなかったが、少なくとも世界樹が世界に複数あるのは確定している。

 

 麻帆良学園都市にはヨーロッパの古い建築様式で造られたような建物が数多く存在する。

 実際には麻帆良学園が設立された当時の建物以外は外観を真似て造られただけなのだが、イタリアのフィレンツェのような町並みを見るために麻帆良学園都市に訪れる観光客もそれなりにいる。

 そして図書館島に建っている図書館を含めた様々な建造物も、例に漏れずルネサンス様式を模した外観となっている。

 

 木乃香は京都から麻帆良に引っ越してきてから数年間、地元に戻らずに麻帆良で過ごしているが図書館島まで足を運んだことは無かったようで、物珍しげに夕焼け色のレンガの屋根と白塗りの壁で造られた建物の数々を眺めていた。

 千雨も市営図書館には行ったことがあるものの図書館島に来るのは初めてなので、スカイリムの建築様式とは異なる建物を見物していたが、急に眉をひそめながら地面に視線を向けだした。

 

「あのー、どうかしたんですか?」

「ああ、なんでもない。ちょっと地面が気になってな」

「綺麗なレンガ造りの道やね。おじーちゃんの話やと、図書館島は麻帆良学園が設立された明治の中頃に一緒に建てられたらしいえ」

「明治モダンってやつか。こんなに古そうなのに、ここら一帯が文化遺産になってねーのが不思議だな」

「どうやら近年まで増改築が繰り返されていたため、文化財保護法が適用されない……らしいですよ」

「取ってきてくれてありがとな。しかし、わざわざパンフレットまで無料配布してんのかよ。いくら新入生説明会だからって気合い入れすぎだろ」

 

 しきりに地面に視線を向けていた千雨の行動にのどかは疑問を覚えたが、木乃香が言うように赤レンガで作られた古めかしい道を気にしていたのだろうと納得した。

 実際には地面ではなく地下から僅かに感じた()()()()()()()()を探っていたのだが、急ぐ必要はないかと気配を探るのをやめて、のどかに礼を言いながら千雨はパンフレットを受け取った。

 

 カラー印刷されたパンフレットの表紙には上空から撮られた図書館島の遠景写真が載っており、丁寧にそれぞれの建物の解説まで記されている。

 観光ガイド並みに手が込んでるなと思いながら、千雨は木乃香とのどかと共に図書館探検部の部員の指示に従って説明会が行われる予定の建物まで移動したのだった。

 

 

 

 図書館探検部の説明会が行われる建物の内部は大学の講堂のような造りになっており、50人以上の生徒が詰めかけていた。

 図書館探検部は中学、高校、大学が合同で活動するサークルのため、幅広い年齢層の入部希望者が集まっている。

 その中でも一番多いのは中学の新入生で、なんと驚くことに全体の9割近くを占めていた。

 

 新入生という括りなので高校生や大学生がもっと居てもおかしくはないのだが、活動内容の説明を受けた千雨は中学生が一番多い理由を理解した。

 どうやら図書館探検部はかなり敷居が高い部活に分類されるようで、よほどの本好きか探検好きでなければ所属しないであろう活動内容だったのだ。

 

 そもそも自分で地図を作りながら迷宮のような図書館を探索するというのが難しい。

 建築途中の資料が散逸(さんいつ)してしまった未知の領域を自力で探索できる部員を育てるために、あらかじめ完成された地図を使っての探索は行わせない方針なのだ。

 

 たしかに図書館探検部に入れば絶版となってしまった本や、ほとんど出回っていない稀覯本(きこうぼん)、日本では中々手に入らない海外の本などが好きなだけ読めるというメリットがある。

 しかし変人が多いとされる麻帆良でも、それらの本を自分の手で探し出してまで読みたいと思う人物はそれほど多くはない。

 

 一般的なレベルの読書家なら文芸部や図書部のような、ごく普通の文化部に所属すればいい。

 そもそも図書館探検部は麻帆良大学が主体となって蔵書の調査や管理を行っており、その関係で他の図書関連の部活と提携している。

 完全予約制で1か月辺りの上限数が決まっているが、時間さえかければ麻帆良大学が作ったリストにある読みたい本を図書館探検部に取ってきてもらって借りることもできるのだ。

 

 高校生や大学生の読書家には図書館探検部の実態が知れ渡っているので、よほどの変わり者か冷やかし、外部入学者しか新入生説明会には訪れないのである。

 

 千雨がチラリと周囲を見渡すが、思っていたとおりに入部希望者の反応は二分されていた。

 教壇に立って活動の概要を包み隠さず話している図書館探検部の部長の説明を目を輝かせながら聞いている生徒と、自分には無理だと冷や汗をかいている生徒で分かれている。

 

 麻帆良の住人が色々と寛容(かんよう)だといっても限度はあるようで、入部希望者の内の半数は入部を諦める程度の分別はあった。

 元々、本好きの人間は室内での行動を好むインドア派が多いので、諦めるほうが正しい選択とも言えるだろう。

 

(木乃香と宮崎はこのまま入部しそうだな。私も入部はするが……こりゃ探索は簡単にはいかなさそうだな)

 

 知識の探求と自己鍛錬を兼ねてスカイリムの各地にある遺跡や洞窟(ダンジョン)を潜っていた千雨は、腕が(なま)らないようにするため図書館探検部に入ろうと考えていた。

 正直、殺人トラップや凶悪な化け物(クリーチャー)跋扈(ばっこ)していたスカイリムのダンジョンと比べると、図書館島は大したことがないと思っていたのだが、説明が本当なら危険度はともかく探索難易度はこちらのほうが上に感じられた。

 

 千雨が潜ったことのあるスカイリム最大の地下洞窟──【ブラックリーチ】ほどの広さは無いだろうが、パンフレットの写真には上下に入り組んだ通路が写っている。

 スカイリムでは極端に入り組んだダンジョンは少なかったため、地図を用意しなくても記憶だけで何とかなっていたが、図書館島では自分の手で地図を作る必要がありそうだと千雨は考えていた。

 

「ねえねえ、そこのあんたたちー」

「……うん?」

 

 周囲の様子を確認し終えた千雨が視線を前に戻そうとしたとき、同じ列の少し離れた位置に座っている見覚えのある女子生徒に声をかけられた。

 腰まで伸ばした黒髪とピンと跳ねた二房の髪の毛(アホ毛)が特徴的な眼鏡をかけた中学生──早乙女(さおとめ)ハルナに手招きされた千雨は、木乃香とのどかと一緒にハルナと隣り合う位置まで移動して会話の続きを始めた。

 

「クラスメイトの早乙女、だったよな」

「おっ! 覚えてくれてるとは嬉しいね。あんたたちは確か……長谷川さんと近衛さん、それに宮崎さんで合ってる?」

「ああ、よろしく」

「よろしゅうなー」

「よ、よろしくおねがいします」

「早乙女も図書館探検部に入るのか?」

「まーねー。思ってたよりも大変そうだけど、不思議がいっぱいで漫画のネタになりそうでしょ!」

「……普通に考えたら、滝のある図書館なんてありえねーだろーな」

 

 パンフレットに記されている異様な大きさの本棚から水が滝のように流れ落ちている写真を見ながら、千雨は気だるげに指摘する。

 本が水で濡れないのかとか、どうやって本を取るんだよとか、どこから水が流れてきてるんだよ誰か直せよというツッコミをする気力すらなかった。

 

「お、いいところに目をつけるねー。でも、その程度は序の口なのさ。

 噂によると、この図書館の地下には政府の秘密研究施設や古代文明の遺跡があるとか!」

「ただの都市伝説だろ? 真に受けるやつなんていねーよ」

「いやいや、嘘だと決めつけるには早すぎるって。

 確かな情報筋によると、おとぎ話に出てくるドラゴンみたいな生物や、古代文明の宇宙戦艦もあるんだってさ!」

「その話、ホンマなん? すごいなあ、世紀の大発見やん」

「んなもんあるわけねーだろ! どこの誰から聞いたんだよ、そんな与太話」

 

 冗談か本気か分からないがハルナの言葉を信じかけていた木乃香に、千雨がツッコミを入れる。

 嬉しそうに笑いながら、ハルナは待ってましたと言わんばかりにスケッチブックを広げて精巧なイラストを見せながら、千雨の質問に答え始めた。

 

「金髪金瞳(きんどう)の美少年、ニキティス君だよ! 偉そうで服のセンスが100年古いけど、そこがまた萌えポイントで──」

「あーはいはい、妄想話はそれくらいにしてくれ」

「本当なんだってば! ちょっと、無視しないでよー!」

 

 真っ白いシルクハットを被っている白いスーツを着込んだ19世紀の英国紳士のような服装の少年の絵を見た千雨は、冷たい眼差しでハルナを射抜いた。

 そんな属性山盛りな奴がいるわけがないと切って捨てた千雨にハルナがすがりつく。

 しかし無視を決め込んだ千雨は反応せずに頬杖をつきながら、のどかと夕映の会話に耳を傾けていたのだった。

 

 

 

 千雨と木乃香がハルナと与太話をしている一方で、のどかはハルナの隣で黙々と読書をしている左右に分けた前髪と後ろ髪を、それぞれ鈴のついたリボンで束ねている紫色の髪の小柄な少女──綾瀬夕映(あやせゆえ)と会話を試みようとしていた。

 

あのアホ(ハルナ)のターゲットが移ったのはいいですが、やっぱりうるさいですね)

「あ、あのー……」

「……なにか?」

 

 先程までハルナに付きまとわれていた夕映は、また変なのに絡まれたのかと辟易(へきへき)としていた。

 本来の彼女はここまで他人に無関心ではないのだが、親愛していた祖父が亡くなったばかりで世界が灰色に見えていたのだ。

 

 そうとは知らずに、のどかは勇気を出して本好きであろうクラスメイトに話しかけたが、返ってきたのは冷たい声色の言葉だった。

 千雨とは違った対応に、のどかは(くじ)けそうになりながらも、頑張って会話を続けるために口を開いた。

 

「そ、その……本……す、好きなんですかー?」

「別に……」

 

 会話をする気のない夕映は短く一言でのどかの言葉を切り捨て、読書を再開してしまった。

 明らかな拒絶にショックを受けたのどかは、かすかに声を漏らすだけで言葉を(つむ)ぐことはできなかった。

 

 黙ってのどかと夕映の会話を聞いていた千雨は、小さな声でポツリと独り言を漏らした。

 

「……不器用な奴だな」

「お、長谷川もおせっかい焼いちゃうつもり?」

「そんなんじゃねーよ。ただ、このまま放っておくのも後味が悪いだろーが」

「ふーん……長谷川って、もしかしてツンデレ?」

「ツンツンしてねーし、デレてもねーよ」

「でも、ちょっと顔が赤くなってるよー? もしかして照れてる?」

「うるせーな。それより、さっさと追いかけないと綾瀬が帰っちまうぞ」

「うわ、本当だ!? よし、長谷川! 宮崎! 近衛! ちゃっちゃと綾瀬を追いかけるぞー!」

「は、はい!」

「はいなー」

 

 色々と話している間に説明会は終わってしまったようで、夕映は千雨たちを無視して帰ろうとしていた。

 慌てた様子で立ち上がったハルナは、急いでスケッチブックをカバンにしまって千雨たちの背を押しながら走り出したのだった。

 

 

 

 幸いにも夕映は遠くまでは行っていなかったようで、説明会の会場を出てすぐの場所を歩いていた。

 

「おーい!」

「あなたたちは、さっきの……うるさいのと(ハルナ)トロイのと(のどか)天然の人と(木乃香)口が悪い人(千雨)ですね」

「あっはっは、いきなりそれは酷いんじゃないのー?」

「事実ではあるけどな、うるさいの」

「口が悪いのよりはマシだと思うけどね」

「ウチって天然なん?」

「そ、それは……どうなんでしょう」

 

 夕映の指摘に怒ることなく千雨とハルナは軽口を交わし、木乃香はのどかに答えにくい質問をしている。

 あえて嫌がるような言葉を選んだはずなのに、誰も嫌な顔をしていない状況に夕映は困惑していた。

 

「それよりさー、長谷川が調べ物があるらしいんだけど、綾瀬も寄ってかない?」

「図書館島に来るのは初めてなんだよ。入部届はまだ出してないから地上部分しか回れねーだろうけど、どうせなら一緒に見て回ろうぜ」

「どうして私を誘うですか。友人同士で仲良く、一緒に行けばいいです」

「ほなら、今から仲良(なかよ)うなったら一緒に来てくれるん?」

「それは……」

 

 木乃香の質問に夕映は言葉に詰まった。木乃香の純粋な言葉を否定できなかったのだ。

 そして続けざまに投げかけられたのどかの言葉に、夕映は心を動かされることになる。

 

「その……ほ、本好きな人に、悪い人……いないと思いますから。だから……仲良くしませんか?」

「……わかりました。今回だけですよ」

 

 目を合わせながら真っ直ぐな眼差しで仲良くなりたいと告げてくるのどかの言葉を、夕映は少し恥ずかしそうに頬を赤らめながらも受け入れたのだった。




説明する用語が減ってきた用語解説

図書館島(としょかんじま)
様々な謎に包まれた地下図書館のある島。
ハルナが語っていた噂話は実はほぼ全て真実なのだが、千雨が事実を知るには時間がかかるだろう。
管理している胡散臭(うさんくさ)い司書と、たまに読書ついでに手伝いに来る少年ぐらいにしか知られていないが、地下図書館部分には正式名称も存在する。


【ブラックリーチ】
ドワーフ(ドゥエマー)が作った地下都市を内包している巨大地下空間。
青白く光り輝く巨大なキノコのおかげで、遠くまで見渡すことができる。
推測ではスカイリムの4分の1近い広さがあるとされており、地上に繋がる直通のエレベーターが複数存在している。
星霜の書(エルダー・スクロールズ)を読み取るために利用されていたドワーフ(ドゥエマー)の遺物が残されていたが、装置内部に保管されていた星霜の書(エルダー・スクロールズ)は千雨が回収した。
オブリビオンに登場していたなんか光って音が出る草(ニルンルート)の研究者であるシンデリオンという人物の研究室も存在するが、当人は亡くなっている。
シンデリオンが死んでりおん……大爆笑ギャグが生まれたな!


【ニキティス】
ハルナが図書館島の地上部分で漫画の資料集めをしている際に、偶然1回だけ出会った10歳前後の外見の美少年。
千雨は信じなかったが、実在している人物のためハルナの漫画の餌食にはならない、はず。


【ツンデレ】
普段はツンツンとした態度を取っているが、特定の条件下(好きな人と二人きりになる等)ではデレデレする状態や人物を指す言葉。
千雨の場合は口が悪いのにお人好しなだけなので、ハルナの使い方は誤用である。
おそらく、誤用と理解してるが千雨をからかうためにわざと使ったのだと思われる。

ツンデレという表現が生まれたのは2002年、本格的に流行しだしたのは2005年前後と言われている。
なので厳密には2001年の時点で使われるのはおかしいのだが、()()()()()()流行が数年ほど早くなっているのだろう。
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