███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
以前も語ったことがあるが、千雨は
どれだけ生意気な態度を取られたとしても、よほどの悪人でなければ先に手は出さない程度の分別は千雨にもあるのだ。
しかしながら鍛え上げた話術をもってしても説得できない相手の場合、千雨は強引な手段を取ることがある。
たしかに千雨は口車に乗せて相手の意見を変えさせたり、相手の心情を読んで隠し事を聞き出すのは得意である。
実際、千雨の鍛え上げられた対話能力がなければ、刹那の言動から内心を読み取って近右衛門たちに忠告などできなかっただろう。
しかし刹那のような生真面目で頑固な人物の場合、千雨の交渉術をもってしても説得できないときがある。
今回説得できなかったとしても、数年の歳月をかければ刹那と木乃香は自然に以前のような関係に戻るだろう。
時間の流れに任せるのも悪くはない。ただし、それが自分の生活圏内で行われるとなると話は別だった。
千雨は大人たちがどれだけ説得したとしても、刹那の行動原理が簡単に変わるとは思えなかった。
この程度の機会を与えただけで今まで抱えてきた想いが吹っ切れるほど、人間とは簡単に変われる生き物ではないのだ。
つまるところ、千雨は自分の探知範囲内での刹那の中途半端な行動を一刻も早くやめさせるために、一番簡単で手っ取り早い
なんとも自己中心的な理由だが、千雨はこういった一歩前に踏み出せず悩んでいる人間にはとことん厳しかった。
ついでに同年代の『気』の使い手と一度戦って、腕試しをしたかったという理由もある。
やはり戦いたかっただけだろお前と呆れた顔で野次を浴びせてくるエヴァンジェリンを無視しながら、主塔の屋上でデイドラの鎧に着替えた千雨は刹那と向かい合っていた。
「……本当に戦うつもりなんですか」
「お前が護衛か監視かはっきりしない行動を改めるってんなら考え直してもいいが、そういうつもりはねーんだろ?」
「私は……ただ影からお嬢様を守れれば、それだけでいいんです。
護衛の役目は千雨さんに譲りますが、見守るのを辞めるつもりはありません」
「護衛? なに言って──ああ、そういうことか。だったら、私に勝ったら護衛はお前のままでいいぜ。学園長、立会人をお願いしてもよろしいでしょうか」
「ふむ、
「東の
刹那の発言を
刹那を焚きつけるために、この状況を利用することにした千雨は近右衛門に視線を向けながら
千雨の意図を瞬時に理解した近右衛門は、重々しく頷いて真面目な顔で立会人を引き受けた。
元々、この会合は刹那の本心を聞くために千雨が戦いを挑む部分まで含めて計画されている。
タカミチは最後まで難色を示していたが、近右衛門と詠春は了承済みであるため、千雨が刹那に剣を向けても誰も止めようとはしなかったのだ。
「それじゃあ始めるとするか。
「魔力による身体強化ですか。『気』は使わないのですね」
「
「必要ありません。神鳴流剣士は『気』を
「それならいいが……私は本気で戦うからな。桜咲も手を抜くんじゃねえぞ?」
「言われなくとも心得ています」
変性魔法の魔力消費を軽減する
千雨は『気』という概念の存在を知識として把握しているが、実際に『気』を扱える人物から教えを受けた経験はない。
近々タカミチに『気』について教えを請うつもりだったが、双方の都合が合わず会合の日が来てしまったのだ。
そこで千雨は致命的な欠点の内のひとつである身体能力の差を補うために、エヴァンジェリンから魔法書を借りて『
「ほう、千雨君は
「初心者用の始動キーがしっくりこないとぼやいていたからな。ドラゴンの言葉から気に入った単語を選んで勝手に決めたのだろう」
当初の予定を無視して魔法の習得順を入れ替えさせられたため、エヴァンジェリンは少し機嫌が悪かった。
本来、始動キーは魔法学校を卒業する際に決めるのが通例とされている。
エヴァンジェリンも通例に
千雨としては唱えて発動できれば後はどうでもいいので、詳しい理論は後から学ぶつもりだった。
駆け足気味に習得した千雨より直観記憶を通して知識を蒐集しているハルメアス・モラのほうが、この世界の魔法理論については詳しいだろう。
「別荘を利用したとはいえ、一晩の内に『
「まるでナギの再来ですね」
「ふん……8年前に死んだ
それに相性もあまり良くないだろうな。もし二人を引き合わせたら、5分と経たずに喧嘩しだす光景が目に浮かぶ」
「エヴァンジェリンは随分と千雨君を気に入っているようですね」
「目を離したら何をしでかすか分からんから見張っているだけだ」
「フォフォフォ、千雨君にお主を
「全身を氷漬けにされたいようだな? 久しぶりに『
何やら外野で場外乱闘が始まりそうになっている一方で、千雨と刹那は鞘から抜いた武器を構えて睨み合っている。
張り詰めた空気の中、先手を取ったのは刹那だった。
『気』を
近接攻撃で戦う西洋魔術師との交戦経験がない刹那は、千雨がどのような戦法を取ってくるか読めなかった。
そこで千雨が行動を起こす前に、大岩を砕けるほどの気を込めて敵を両断する奥義を使い盾を切断して優位に立つべく、初手から斬岩剣を繰り出したのだ。
しかし刹那の放った鋭い斬撃が本来の威力を発揮することはなかった。
火花を散らしながら盾を斬りつけた刹那は、勢いを殺さずに千雨の横を走り抜けて距離をとったが、奇妙な手応えに眉をひそめていた。
千雨は刹那が夕凪を振り切る前に盾を斜めから叩きつけることで、速度が乗り切る前に弾き返したのだ。
神鳴流は人に仇なす
鬼を始めとした人間より巨大な
しかし全長が
「……
「初撃でやられるほど
千雨は刹那の攻撃を一歩も動かずに難なく防いだように見えるが、内心では斬岩剣の威力に驚いていた。
魔法で身体能力を強化していたのであっさりと受けきれたが、素の状態では間違いなく吹き飛ばされていただろう。
自分と同年代の少女ですら『気』を使えば巨人を遥かに
それでも刹那の身体能力は『
現状でも対等に戦えるだろうが、刹那がチャチャゼロのような常識はずれな動きをしてくる可能性を考慮して、千雨は追加で近接戦闘用のシャウトを口にした。
ドラゴン語で『
西洋魔術とは異なる聞き慣れない呪文に戸惑っていた刹那は、すぐに千雨が唱えたシャウトの効果を味わうことになった。
千雨が一歩前に踏み込んだかと思ったその瞬間、刹那の眼前に鮮血を滴らせたような真紅のラインが刻まれている禍々しい盾が迫っていた。
魔力や『気』を足に集中して短距離を瞬間的に移動する技術──『
瞬動術は地面を蹴るという動作が必要なため直線上しか動けない。一度動き出すと方向を変えられないので、反応さえ間に合えば避けるのは難しくない。
だからこそ避けるために横に跳んだのだが、千雨は刹那の予想を上回る行動を起こした。
なんと直線上しか動けないはずの瞬動術の軌道を曲げて、刹那が回避した位置に向かってきたのだ。
これでは避けられないと判断した刹那は『気』を
器用に空中で体勢を整えて難なく着地したものの、千雨の猛攻は続いている。
残像が見えるほどの速度で振るわれる黒檀の片手剣を
一方的な戦いの流れを見ていた大人たちは、千雨の使ったシャウトの効果について考察していた。
「これは……単純な身体強化ではなさそうですね」
「それでは瞬動術の軌道は変えられませんからね。空中を蹴って『虚空瞬動』を使ったようにも見えませんでしたが……」
「
「時間操作……僅か3つの単語の詠唱で、そのようなことまでできるとはのう」
タカミチと詠春の推測に意見を付け加えたエヴァンジェリンの予想は正しく、千雨は時間を操作して純然たる身体能力のみで瞬動術に近い移動を実現していた。
千雨が使ったシャウト──【時間減速】は時間の流れを捻じ曲げることで、体感時間を最大で10分の1まで遅くできる技である。
それに加えて時間減速のシャウトは肉体面にも効果を及ぼすため、減速した時間の中を体感時間より素早く動ける効果が含まれている。
魔法で強化された身体能力と合わさったことで、千雨は瞬動術と
世界の法則を歪めるので効果時間は30秒にも満たないが、自分だけを対象にしている影響か
歯を食いしばって猛攻を防いでいる刹那を更に追い詰めるべく、千雨は左手に持っていたデイドラの盾をインベントリに格納して、
手数が増えたことで攻撃を
千雨が手掛けた物理法則を逸脱した切れ味を持つ武器は『気』の防御をも容易く貫通していた。
派手さは無いが堅実な千雨の戦法に刹那は苦戦していた。
千雨は全身を鎧で守っているため、傷つけないように気を使っているわけではない。
純粋に千雨と刹那では死と隣り合わせの状況を経験した回数が違いすぎたのだ。
「どうした、もっと攻めてこい!
「クッ……!」
奥義を使おうにも大技を出そうとした瞬間、動きから推測して千雨が切り込んでくる。
無視しようにも、一歩間違えたら首を切り落とされそうな気迫が剣撃に宿っているため、刹那は様子見をしつつ防御する選択しか選べなかった。
千雨は神鳴流の奥義のような派手な剣技は使えないが、特殊な効果がある剣技はニルンにも存在している。
一見すると千雨は普通に剣を振るっているようにしか見えないが、達人だけが会得できる特殊な剣技をいくつか習得していた。
時間減速の効果が切れる寸前、千雨は後方に下がりながら相手を麻痺させる特殊な斬撃──
黒檀の片手剣と鋼鉄のダガーに
魔法による麻痺なので短時間で自然に解除されるが、戦闘中に一切の身動きが取れなくなった時点で敗北したようなものである。
しかし距離をとった千雨は、刹那の体から麻痺の効果が抜けきるまで動こうとしなかった。
麻痺の効果が切れて立ち上がった刹那は困惑しながら千雨に問いかけた。
「どうして仕切り直したんですか? 動けない私に剣を突きつければ、それで千雨さんの勝ちだったはずです」
「桜咲が本気を出してないからな」
「私は本気で戦っています。深手を負わせるつもりはありませんが、それは
今の刹那がかすり傷程度で済んでいるのは、千雨が刃を深く突き立てていないからだ。
もし千雨に殺意があれば、腕や足を両断されていてもおかしくない場面は何度もあった。
しかし千雨が言いたいのは、そういう意味ではない。首を左右に振って刹那の発言を否定しながら千雨は会話を続けた。
「いいや、本気じゃねーよ。だって桜咲は化け物の力とやらを、まだ使ってないだろ?」
「……一族の掟で本当の姿を見せてはならないのです。ですので──」
「自分を迫害した一族の掟と大好きな幼馴染、どっちが大切なんだ」
「それ、は……」
「まあ、こっちが正体を隠してるのに、そっちだけ見せろってのも不公平か。
正直、武器を使って戦ったほうが強いんだけどな」
いつの間にか鎧や武器をインベントリにしまって制服に着替えていた千雨は、どこからともなく取り出した
「千雨さん、一体何を──ッ!?」
刹那は一つだけ思い違いをしていた。
刹那は千雨の『気』の性質から、彼女が竜に連なる存在だということは理解していたが、
それは近右衛門やタカミチも同じであるが、
もっともエヴァンジェリンも千雨から事情を深くは聞いていないので、どのような力を隠しているのか知りはしない。だが、ある程度の予想はできていた。
黒い闇のような霧に包まれた千雨の体格が瞬く間に変わっていく。
驚きのあまり言葉を失った刹那は、呆然とその光景を見ていることしかできない。
数秒後、霧が晴れた先には闇夜のような漆黒の毛皮に包まれた人型の狼──ウェアウルフとなった千雨の姿があった。
【
話数を重ねる度に属性が増えていく少女。濡れた犬の匂いはしないぞ。
【ノルド
圧倒的武力によって力量差を理解させ、相手に言うことを聞かせる古くからノルドに伝わる交渉術の一種──冗談だからな? 真に受けるなよ?
ノルドは地球で言うところの北欧のゲルマン系民族に近い外見の人種である。
体格に恵まれているため武勇に優れる人物が多く、強い者が尊敬される文化の下地となっている。
そのためノルドたちは拳で殴り合って、どちらが上か決めることがある。
ノルドが他の民族から野蛮人と言われる由縁である。
千雨は多感な時期に同胞団などでノルド文化に影響されたのに加えて、
他にも筋肉式交渉術、高町式交渉術、
【
長谷川千雨の魔法の始動キー。
3語ともドラゴン語で構成されているが、力を込めて発音していないためシャウトが発動したりはしない。
魔法の始動キーには自分の気に入っている言葉や、特別な意味が込められた言葉を選ぶ場合が多い。
千雨は始動キーには、自分がどうありたいかという想いが込められている。
千雨は恥ずかしがって誰にも教えていないが、下記のような意味のドラゴン語を使用している。
【
肉体強化と強力な魔法障壁を展開する効果を持った魔法。
タムリエルの魔法とは方式が異なるため、加算ではなく乗算で効果が発揮される。
上位互換である『
【
神鳴流剣士が初登場時に使う技。斬岩剣を連続で放つ奥義も存在する。
【
『
世界の時間を操作することで体感時間を長くするシャウト。あくまで主観的な効果なので他人に影響は及ぼさない。
効果時間とリキャストタイムを20倍にしたら使い勝手が悪すぎるので、時間減速はゲーム内と同様の仕様となっている。
【
そのままだとダサすぎるため、英語名である
下がりながら斬った相手を25%の確率で麻痺させる片手剣のスキルだが、ぶっちゃけゲーム内で使う機会はほぼ無い技である。
また付呪の麻痺の仕様も、本作ではゲーム内のような一定確率での発動から蓄積式に変更されている。