███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
提案を受け入れた刹那と千雨が握手を交わした後、一同は
ダイオラマ魔法球は24時間経過しないと出られないため、こうしてのんびりと時間を潰しているのだ。
「あの、もう少しヒラヒラしてない服はないんですか?」
「ほう? 貴様は私が貸してやった服に文句があると言いたいのだな」
「そうではなく、こういう服は着慣れていないので少し恥ずかしいというか……」
右手でスカートを握りしめながら顔を赤らめている刹那は、エヴァンジェリンから貸し出された
基本は白色だがスカート部分の先端付近に青いラインが入っており、セーラー服のような
なぜ刹那がこのような服を着ているのかというと、千雨の斬撃で制服が数カ所ほど斬り裂かれてしまったため、当座をしのぐために借りたのだ。
メイド人形が手直ししているのでダイオラマ魔法球から出る頃には修繕が終わるだろうが、他に選択肢がなかったので消去法でワンピースを着る羽目になってしまった。
「似合っていますよ、刹那君」
「フォッフォッフォ、このかに見せてやったらどうじゃ?」
「そうですね、せっかくですし記念撮影でもしますか?」
「お、お戯れも
素直に褒めているタカミチはともかく、近右衛門は完全に孫を相手にしている
なお、どこからともなく一眼レフカメラを取り出して撮影しようとしている詠春は、ふざけている訳ではなく真剣に記念撮影しようとしていた。
気恥ずかしく感じた刹那は頭に被っていた白色のつばの広い帽子をかき抱き、体を隠しながら慌てた様子で柱の陰に引っ込んでしまった。
完全に娘や孫を褒める父親のようになっている男性陣を眺めていた千雨は、ふと疑問が湧いたのでエヴァンジェリンに話しかけた。
「マトモな服もあるんじゃねーか。なんで私にはメイド服を貸したんだ?」
「年長者に敬意を払わぬ小娘などメイド服で十分だろう」
「悪いな、人を見下す年長者に払う敬意は売り切れてんだよ」
つまるところ二人とも対等な関係を望んでいるというだけの話なのだが、エヴァンジェリンと千雨は捻くれているため遠回しな会話をしていた。
そんな捻くれ者同士の会話を聞いていた茶々丸の独り言のような疑問に、チャチャゼロがケタケタと笑いながら答える。
「マスターと千雨さんは不仲なのでしょうか」
「ケケケ、逆ダロ。似タ者同士ダカラ素直ニナレネーンダ」
「なるほど……素直になれない関係なのですね」
「聞こえているぞ、ボケ従者ども」
好き勝手に騒ぎ立てている従者たちを懲らしめるべく、青筋を立てたエヴァンジェリンが手に魔力を込めながら立ち上がる。
魔力の糸で
軽食を終えて一段落ついた一同はメイド人形たちが運んできたホワイトボードを眺めていた。
どうやらエヴァンジェリンが消費魔力軽減の
スクエアフレームの伊達メガネをかけたエヴァンジェリンがホワイトボードに文字を書き込もうとするも、身長が足りず上の方に手が届かない。
少ししてエヴァンジェリンは諦めたのか指を鳴らしてメイド人形に踏み台を持ってこさせたが、千雨はそれで格好つけてるつもりなのだろうかと疑問に思った。
「結論から言うと、このアーティファクトには術者の精神力を消費せずに魔力を生成する機能がある。
千雨、そちらの世界での魔力の生成方法について説明してみろ」
「色々と諸説あるが、
「太陽が穴……まるで神話の世界ですね」
「伝説ではそうなってるだけで、本当に大穴が空いてるかはわからないけどな」
心の内でハルメアス・モラが否定しないということは大きく間違ってはないんだろうなと思いながらも、千雨は刹那の感想に事実かどうかは分からないと付け加える。
「我々の住む世界では魔力の源は動植物や空気、水などの万物が発する
貴様が真っ先に覚えた『
基本的に魔力とは精霊を従えるために使うものであって、魔力をそのまま利用して身体能力を強化する方法は理論的には『気』と同じ技術である。
肉体に取り込んだ内包魔力を精神力で制御して呪文を唱えるというのが、この世界における一般的な魔法の使い方とされている。
「精霊がいるってことは、この世界にも神がいるのか?」
「神の
地球には唯一神信仰を利用した『神聖魔法』という魔法があるが、共同幻想を基盤としているだけで実際に神の力を借り受けているわけではない。
一方でムンダスには神が実在しているものの、自然の化身である精霊の力を借りて唱える呪文は千雨が知るかぎりでは存在しない。
「異なる世界でも正常に術式が稼働している理由は不明だが、このアーティファクトには変換した魔力の方向性を指定する機能も組み込まれているのではないか?」
「全部
「そちらの魔法がどうかは知らんが、私たちの扱う魔法は理論より理屈を重視している部分がある。
使われている魔法の理論体系がこの世界の魔法理論では証明できない以上、更に踏み込んで調べるのは難しい」
「明石教授と同じ結論じゃな。
ホワイトボードに様々なラテン語の術式を書き連ねていたエヴァンジェリンは、最後に大きくバツ印を書き込んで首を横に振った。
内容を完全に理解できていたのは近右衛門だけだったが、彼も肩を落としながら明石教授の調査結果を告げた。
「しかし千雨君は実際に異世界の魔法をこちらでも使えているのでは?」
「……推測ですが、私の体に宿っている神の加護が影響しているのではないかと思います」
タカミチの質問に答えるため、千雨は以前ハルメアス・モラから聞かされた推測を伝えることにした。
アカトシュの加護で世界の
しかし最新の魔法理論でも説明できない以上、与太話として否定することもできない。
近右衛門は難しい顔をして考え込んでいるが、エヴァンジェリンは納得がいった表情で口を開いた。
「要するに貴様は異世界の
ここ数百年顔を合わせていないが、エヴァンジェリンは絶対に体を傷つけられない神の
「それで消費魔力軽減の
「私が扱える魔法を一通り試してみたが、過剰に消費魔力を軽減しなければ暴走の危険性はない。
貴様以外誰も作れないなら大規模な量産は難しいだろうが……粗悪なコピー品が出回らないのはメリットでもあるな」
あまり軽減量が少なすぎると実感できないので、量産するのなら最低でも1割は軽減できるようにしたほうがいいとエヴァンジェリンは意見を付け加えた。
さすがに寮の自室に
異世界の魔法や魔力に関する話題を切り上げた後、千雨は詠春とタカミチに『気』の扱い方を教えてもらうことにした。
刹那は未熟者ですのでと言って、千雨と共に修行を付けてもらう側に回っている。
刹那に『気』の扱いを教えてもらう約束はしているが、それは日常的な訓練についての話である。
タカミチは広域指導員としての仕事や
タカミチは魔法球を使って時間を捻出すると言っていたが、千雨は自分のためにほんの僅かとはいえ余分に寿命を削らせる気にはなれなかった。
今回は特殊な事情で魔法球を使う機会がやってきたので、24時間経過するまでの時間潰しに『気』の訓練を受けることにしたのだ。
タカミチは『気』の扱い方を説明する前に、出しっぱなしで放置されていたホワイトボードに簡単な図解を書きながら魔力と『気』の違いについての解説を始めた。
「学園長が千雨君に渡した本にも書かれていただろうけど、魔力と『気』は方向性こそ異なるが本質的には同一の力だ。
ただし
「その理屈だと『気』で魔法を使うこともできるんですか?」
「可能だよ。ただし一般的な魔法ではなく『気』に特化した魔法──日本では呪術と呼ばれている魔法でなければ無理だけどね」
「……たしか呪術師は補助で魔力を使うこともある、と聞いたことがあります」
「刹那君の言うとおり、大規模な術式の場合は生命力に依存している『気』より魔力のほうが適している。
とはいえ僕は魔法使いとしては落ちこぼれだから、その辺りの話はエヴァや学園長のほうが詳しいかな」
タカミチの説明を聞いていた千雨と刹那は落ちこぼれという発言に首を傾げた。
麻帆良学園都市内にいる魔法先生の中でも、老練の魔法使いである近右衛門の次に強いであろうタカミチが落ちこぼれとはどういうことだろうかと疑問に思った刹那が問いかけた。
「落ちこぼれ……? でも高畑先生は魔法先生なんですよね?」
「どうにも僕は先天的に呪文詠唱ができない体質のようでね。色々と試してみたけど、無詠唱呪文や呪術も使えなかったんだ。
幸いにも魔力と『気』は人並み以上には扱えたから、今は体術でそれなりに戦えているんだけどね」
どうってことないように柔らかい笑顔を浮かべながらウインクしているタカミチに、千雨と刹那は何も言えなかった。
刹那は神鳴流の剣士だが戦闘の補助に使える程度には東洋呪術の心得がある。
千雨は
同情するのは違うだろうと思った千雨と刹那は、タカミチの過去に触れずに場所を移して実際に体を動かす訓練を願い出たのだった。
この世界における『気』は厳しい自己鍛錬によって身につけられる。実のところ千雨はとっくの昔に『気』の扱いを無自覚の内に習得していた。
千雨と刹那の模擬戦を見学していた詠春とタカミチは、千雨が使った
千雨も薄々、ただの技術で斬った相手を麻痺させたり、体重を感じさせなくしたり、黒い霧を出しながら透明になるのはおかしいと思っていたが、ここに来てようやく謎が解消された。
しかし謎が解けたことで新たな謎が生まれた。それは回復魔法で『気』を回復させられるのではないかという疑問だった。
千雨は
物は試しにと先程の戦闘で大技を使って
結果は千雨の予想どおり、体力に加えて『気』も回復していた。地球や
そんなアクシデントもありつつ、千雨は1時間ほどで『気』を利用した身体強化の初歩を習得できた。
すぐに習得できたのは、元々肉体を動かすことに慣れているというのもあったが、体の中に流れている竜の血との親和性が魔力より『気』のほうが高かったというのが大きい。
もっとも千雨が覚えたのは最低限の扱い方なので、『気』の達人である詠春やタカミチと比べると技量面では大きく劣っている。
神鳴流を修めている刹那も千雨の遙か先を行っているので、しばらくは教えを請う生活が続くだろう。
主塔の屋上の中央部まで移動した千雨は詠春による『瞬動術』の説明を聞いていた。
「足先に『気』を集中させて大地を蹴り、大地を掴む。これが『瞬動術』の基本です。
魔力を使えば『クイック・ムーブ』と呼ばれる技術になりますが、千雨君の場合は『気』のほうが合いそうですね」
「単純に地面を蹴っているだけなんですか?」
「瞬動術
しかし虚空瞬動を覚えたいのならば、きちんとした歩法を習得する必要があります」
そう言いながら詠春は千雨の虚を
洗練された滑らかな動作から繰り出された瞬動術の
「……とんでもないですね」
「それはこちらのセリフです。千雨君が一切反応できない速度で動いたつもりだったのですがね」
虚空瞬動を織り交ぜて背後に回り込んだ詠春に肩を叩かれて話しかけられたことで、千雨はようやく後ろに回り込まれたのだと気がついた。
前線を離れて久しいとはいえ、詠春は18年前に魔法世界の戦争を終わらせた『
表情こそ変えていないが、『気』を知って間もない少女が自分の動きを目で追えたという事実に詠春は驚いていた。
「せっかくですし瞬動術も試してみますか?」
「そうですね。それでは試しに全力で──ッ!?」
「千雨さん!?」
内包魔力と同じく『気』の総量は見ただけでは分からない。詠春は千雨の見た目だけで判断して『気』の総量を見誤ってた。
千雨は見かけこそ細身の女子中学生だが、素の身体能力は体を鍛えている成人男性の詠春やタカミチよりも遥かに強靭である。
それはつまり、ここにいる誰よりも多くの生命力を宿しているということでもある。
その生命力を全力で『気』に回してしまえばどうなるかなど火を見るより明らかだ。
千雨は強化しすぎた脚力で地面を蹴った結果、主塔の縁を飛び越えて空中に投げ出されてしまった。
慌てた様子で千雨の名前を呼びながら刹那が空を飛んで助けに行こうとしたが、現在着ているワンピースは背中が空いていないデザインなので翼を出せずにいる。
ドラゴンの言葉で『
千雨は旋風を発生させて前方に高速で移動するシャウト──【旋風の疾走】を唱えて無理やり自分の体を主塔の屋上に向けて吹き飛ばした。
さすがに着地まではうまくできなかったようで千雨は屋上の床を何度か転がった後、何事もなかったかのようにすっと立ち上がった。
一見するとすました顔をしているが、間抜けな失敗をしてしまって恥ずかしいのか耳を赤くしている。
曲芸のような行動で静まり返った空気の中、千雨は制服についた汚れを払い落とした後、小さく頭を下げて訓練の続きを願い出たのだった。
【
刹那がエヴァンジェリンに貸し与えられた服は80年以上先の並行世界で
【
地球の魔法使いたちは自然のエネルギーを呼吸の要領で肉体に取り込み、発動体に魔力を送ることで魔法を発動させている。
空から降り注ぐ
【
タムリエルに『気』という概念は存在しない。
しかし魔法に分類されない技術の中には生命力を消費して発動するものがある。
どちらも生命由来の力が元になっているため、地球の人間はそれらの技術が『気』によって引き起こされていると認識しているようだ。
ゲーム的に解釈すると『気』は体力とスタミナを合算したようなステータスになる。
千雨が『気』を使った場合は両方が消費するが、どちらも回復魔法やポーションで回復できるので枯渇することはない。というか体力が枯渇したら死ぬ。
千雨の素の現状でのステータスは内包魔力が1だとすると『
今後も魔力は1のまま固定で体力とスタミナ
【
『入り』と『掴み』が重要とされている技術だが、千雨は『入り』で全力を出してしまったため、あのような
真の意味で瞬動術を会得するには、
本文でいくつか出ているが『クイック・ムーブ』『縮地法』『活歩』『縮地』『虚空瞬動』などの類似技術がある。
【
『
旋風で体を押し出す瞬動術のようなシャウト。
現状での移動距離は瞬動術より旋風の疾走のほうが長いが、虚空瞬動のような派生技はない。
色々と便利なシャウトなのだが、本作では瞬動術の下位互換なので今回が最初で最後の出番かもしれない。
ゲームではネッチゼリーでわざと麻痺して空中をすごい勢いですっ飛んでいったり、所持重量オーバー状態で武器を抜きながら使うことで移動距離が伸びたりする。