███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第23話【大治癒】

 長谷川千雨は一を聞いて十を知る天才ではない。アルドゥインの魂の欠片を取り込んで才能の限界を越えた今でも、そこは変わっていない。

 論理的思考能力や手先の器用さ、ドラゴンボーンの力は生来(せいらい)の資質だが、それ以外の才能は常人より少し優れている程度である。

 

 そんな彼女が達人級の実力を身につけられた理由はアカトシュの加護の存在が大きいが、それだけではなく千雨本人が持っている素質も影響していた。

 

 千雨は努力すれば必ず結果が(ともな)う才能を持っている。

 

 得意分野(生産技能)苦手分野(破壊魔法)で成長速度や習熟度に差はあるが、千雨は地道な努力を積み重ねれば着実に成長できる努力の天才とも言うべき才能の持ち主だ。

 もちろん千雨は万能ではないので本人のやる気や適性の問題で習得できない技術はあるが、肉体面に依存している技術は問題なく覚えられる。

 

 つまり何が言いたいかというと、ダイオラマ魔法球で『気』について学んだ千雨は毎朝の日課として1時間早起きして『気』と瞬動術のトレーニングをすることになった。

 瞬動術と縮地法の習得は一朝一夕(いっちょういっせき)とはいかないため、歴史に名を残す(英雄クラスの)戦闘術の天才か人並み外れた戦闘勘の持ち主でもないかぎり、才能がある者でも完全に身につけるには1年はかかると言われている。

 

 千雨は『気』の扱いに関しては才能があるほうだが、一足(いっそく)飛びに『気』の操作技術や虚空瞬動を完璧に覚えられるほど卓越した才能があるわけではない。

 アカトシュの加護を利用した『過程の省略』は戦闘技術の鍛錬には向いていないため、結局は地道に訓練して鍛えるしかない。

 

 ダイオラマ魔法球に現実時間で半日ほど籠もって修行する生活を1か月も続ければ、千雨は虚空瞬動を覚えられるだろう。

 しかし丸一日出られない空間を利用してまで習得時間を短縮する理由がないため、千雨は早朝から近場の森林で瞬動術の自己鍛錬をしていた。

 

「998、999、1000っと。 よし、今日はこんなもんにしとくか」

 

 千雨はデイドラ装備一式を身に着けて、砂埃を巻き上げながら瞬動術を使って同じ場所を行ったり来たりしていた。

 目標として決めていた回数をこなしたので足を止めた千雨は、下着だけを残して装備と衣服をインベントリに格納した。

 

 当然だが千雨が突然露出癖に目覚めたわけではない。滴る汗をタオルで(ぬぐ)うために服を脱いだのだ。

 訓練中はオーラウィスパーのシャウトで人が近寄ってこないか警戒していたので、誰かに覗き見される心配はない。

 

 エヴァンジェリンから借りた認識阻害の効果がある小規模な結界を形成する魔法具で人払いはしているが、一般人相手にしか効果がないため警戒していたのだ。

 

「魔法で回復しながらだと10分もかからないか。ちゃんと記録は取れたか?」

問題なくストレージに保存されているぞ、ドラゴンボーンよ。訓練開始時と訓練終了時の記録を比較すると、入りと掴みの動作速度が0.34%向上しているようだ

「小数点以下かよ。こりゃ、しばらくは基礎訓練がメインになりそうだな」

 

 切り株の上に画面を開いて電源をつけた状態で放置されていたApple社製のノートパソコンから姿を表した電子精霊が千雨に訓練の成果を伝える。

 

 千雨は両手で唱えて(二連の唱えで)回復量を向上させた回復魔法──【大治癒】で『気』を回復させながら秒間2回のペースで瞬動術を繰り返していた。

 

 一般的な瞬動術の訓練のひとつに、瞬動術を使って10キロメートルの距離を毎日マラソンするというものがあるのだが、一般人が生活している市街地でそんなことはできない。

 屋根伝いに飛び渡って移動しようにも、練度(スキルレベル)が足りていないので隠密しつつ瞬動術を使うのは難しい上、『気』のコントロールが完璧ではないので誤って屋根を踏み抜く可能性がある。

 

 防具を身に着けていない状態ならそんな心配はないのだが、瞬動術と並行して鎧を装備していても身軽に動くための歩法や体術を使おうとすると途端に難易度が上がるのだ。

 現に千雨が訓練していた地面は生い茂っていた草が引きちぎられて、地面が30センチほどえぐり取られている。

 

 インベントリから鋼鉄製の角型シャベルを取り出した千雨は、周囲に飛び散った土を集めて地面を整えながらダイオラマ魔法球内で先日教わった内容を思い返していた。

 

 詠春の見立てでは足音を消す歩法(音無しの歩み)体重を消す歩法(羽根の歩み)を修めている千雨ならば、瞬動術はともかく縮地法は比較的容易に習得できると太鼓判を押されている。

 瞬動術は『気』や魔力を足に集めて爆発的な速度で移動する技術だが、縮地法は体の重心を移動させて重力の力を利用することで瞬時に相手との距離を詰める『気』とは無関係な技術である。

 

 刹那も縮地法を習得しているため、千雨は定期的に動きを見てもらう約束をしている。

 汗を拭き終えてインベントリにしまっていた白い無地のブラウスと明るい青色のデニムパンツに着替えた千雨は、ノートパソコンを回収すると器用に木々を避けて森林から抜け出して帰路についたのだった。

 

 

 

 寮の自室に戻り『過程の省略』を使って一瞬で体と髪を洗って乾かした千雨は、制服に着替えると少し早めに部屋を出た。

 明日菜と木乃香と決めている待ち合わせの時間にはまだ早いのだが、なんとなく嫌な予感がした千雨は階段まで直行せずに、別の部屋の前まで向かいインターホンを鳴らした。

 

「誰かと思ったら長谷川か。こんな時間にどうしたんだ?」

「朝っぱらから悪いな、龍宮(たつみや)。ちょっと桜咲の様子を見に来たんだが……まだ部屋にいるみたいだな」

 

 玄関の扉を開けて出てきたのは刹那ではなく、褐色肌と濡羽色(ぬればいろ)のストレートヘアが特徴的な長身の少女──龍宮真名(たつみやまな)だった。

 自己紹介の際に自分はプエルトリコ人と日本人のハーフで実家は神社なので賽銭を入れてくれと言っていたが、千雨は龍宮も裏の関係者だと思っている。

 

 そもそも裏の関係者でなければ、特殊な環境で育っているため一般常識に(うと)い刹那と同じ部屋にするはずがない。

 いくら能天気な連中が多いとはいえ、ルームメイトがいきなり野太刀の手入れを始めたら誰だって驚くだろう。

 

 正体を隠す気があるのか怪しい忍者少女(長瀬楓)一般人の双子(鳴滝姉妹)と同じ部屋だが、きっと忍者なのでうまく隠しているんだろう。忍者って実際スゴイ。

 

 それはともかく、玄関で龍宮の物ではない通学用の靴を見つけた千雨は、刹那がまだ部屋を出ていないと確信したのだった。

 

「何があったのかは知らないが、昨日の夜からずっとあの調子だよ」

「桜咲と話したいから、少しだけ部屋に入ってもいいか?」

「見られて困るものはないが、暴れないでくれよ」

「暴れねーよ。龍宮は私を何だと思ってんだ」

「フフ……あえて言うなら()()()、かな?」

「……スマン、思い当たるフシが多すぎて、どれのことかわからねー」

「別に構わないさ。一緒に仕事をする機会があれば、自然にわかるだろう」

 

 意味深な会話をしながら龍宮に部屋の中に案内してもらった千雨は、部屋の中央で正座したまま目をつぶって考え事をしている制服姿の刹那に近寄る。

 気配を消していなかったので声をかけられる前に気がついた刹那は、目を開くと首を傾げながら千雨に喋りかけた。

 

「千雨さん? どうしてここに?」

「桜咲が約束をすっぽかすかと思って様子を見に来たんだよ。イメトレなんてしてねーで、さっさとついてこい」

「も、もう少しだけ待ってください! 私にも心の準備というものが……」

「早いほうがいいって言ってたのはお前だろーが。もしかしたら、木乃香が早めに来て下で待ってるかもな」

「……お嬢様をお待たせするわけにはいきません。先を急ぎましょう、千雨さん!」

「ちょ、おい! 急に手を掴んで引っ張るなよ! 邪魔したな、龍宮。あんまりゆっくりして遅刻すんなよ!」

「ああ、時は金なりだからな。そこはちゃんと見極めているさ」

 

 先程までの思い詰めていた表情から一転して急に元気になった刹那に手を握られた千雨は、砂糖とミルクをたっぷりと入れたカフェオレを飲みながらのんびりしている龍宮に別れを告げたのだった。

 

 

 

 エントランスホールでは千雨の予想どおり、予定していた時間より10分ほど早く木乃香と明日菜が待ち合わせ場所に集合していた。

 木乃香の姿を見つけた瞬間、歩く速度がナメクジ並みに遅くなった刹那の背中を物理的に押しながら、千雨も集合場所にたどり着いた。

 

「あ、せっちゃん……」

「こ、このかお嬢様。お、おはようございます」

「おはよう、せっちゃん! ようやっとウチと目を合わせて話してくれたなぁ。

 ウチ……ずっとせっちゃんに嫌われたんやと思うとったけど、そうじゃなかったんやなー」

「このちゃ……このかお嬢様、この(たび)は申し訳ありませんでした。それで、あの……その……これにて失礼しま──」

「失礼しようとすんな、このヘタレがッ!」

 

 目尻に涙を浮かべて微笑んでいる木乃香にたじろいだ刹那が逃げ出そうとした瞬間、後ろから黙って様子を見ていた千雨が足を引っ掛けて足止めをした。

 普段の刹那なら容易(たやす)く避けられただろうが、積もりに積もった感情が爆発して動揺しているので簡単に転ばされてしまったのだ。

 

 それでも鍛え上げられた技術は普段通りに発揮されたため、刹那は足を引っ掛けられた勢いで空中で一回転したものの、そのまま足から着地したので地面を転がることはなかった。

 一部始終を見ていた学生たちから注目された一同は場所を変えるために、話をしながら学校に向かうことにしたのだった。

 

 

 

 楽しそうに笑っている木乃香に手を握られて逃げられなくなった刹那は、観念したような表情をしつつも口元が緩んでいた。

 2人の邪魔をしては悪いと思った千雨と明日菜は、少し後ろを歩きながら木乃香と刹那の様子を眺めている。

 

「事情はよくわからないけど、このかが普段通り……いや、普段よりも楽しそうかな? ともかく調子が戻ってよかったね」

「木乃香はともかく桜咲のほうは前途多難だけどな」

「そういや千雨ちゃんって刹那さんと友達なの? 教室で話してるところは見たことないけど」

「昨日の放課後に木乃香について色々と聞かれてな。しょーがねーから助け舟を出してやったんだ」

「ふーん、そっかー」

「……一応、言っておくが今回だけは本当にしょうがなくだからな」

 

 素直じゃないなあと言いたげな表情をしながら半目で見てくる明日菜だが、千雨は今回に限っては打算的な面のほうが大きいと考えている。

 

 千雨は木乃香と仲良くしていると刹那に嫉妬されて面倒事になりそうなので近右衛門たちを頼った面もあるのだが、もしかすると()()()()()()と思ったので今回はアフターケアを買って出た。

 

 刹那から『気』を学ぶ代わりに、千雨は隠密術を教える約束を交わしている。そうなると今後も定期的に話す機会があるだろう。

 千雨としては、刹那は若さ故に未熟な一面もあるが好ましい人物だと思っている。

 その上、お互いに隠し事を教えあった仲なので、下の名前でこそ呼んでいないが既に友人と言えるだろう。

 

 木乃香の性格ではありえないとは思うが、刹那と仲良くしている千雨を嫉妬して三角関係(恋愛的な意味ではない)になったら嫌なので、少し強引に二人を引き合わせたのだ。

 他人の人間関係を無償で修復しようとしている時点で十分にお人好しなのだが、千雨は色々と理由をつけて自分はお人好しではないと思おうとしていた。

 

「千雨さん、ありがとうございました」

「いきなりどうしたんだよ。もっと転ばされたかったのか?」

 

 急に振り向いた刹那に礼を言われた千雨は照れ隠しにズレた内容を返した。しかし刹那は千雨の返答を真に受けずに、続けざまに言葉を発した。

 

「千雨さんがキッカケを与えてくれなかったら、きっと今でも私はお嬢様から距離を置いていたでしょう」

「私が何もしなくても、ちょっとしたことで何とかなってたかもしれねーぞ」

「そうだとしても、私が千雨さんに感謝しているという事実は変わりません。本当にありがとうございました」

「千雨ちゃん、せっちゃんを説得してくれてありがとなぁ」

「だーっ! 公衆の面前で二人して頭を下げんじゃねえッ! 変な噂が流れたらどうすんだよ!」

 

 恥ずかしさのあまり顔を紅潮させた千雨が刹那と木乃香に頭を上げろと(わめ)いているが既に手遅れであった。

 たまたま同じ時間帯に登校していた朝倉和美に、この光景をカメラで取られていたのだ。

 

 教室に着く頃には千雨が道のど真ん中で木乃香と刹那に土下座させていたという根も葉もない噂が広がっているなどつゆ知らず、千雨たちはゆっくりとした足取りで学校へと向かったのだった。




悪いな今回はどっちも短めなんだ用語解説

長谷川千雨(はせがわちさめ)
地球に帰ってきてから『気』や『西洋魔術』などのスキルツリーが増えた(新たな技術を知った)ので、千雨は早速レベル上げ(自己鍛錬)を開始した。

回復魔法(かいふくまほう)
体力回復魔法や魔法を防ぐシールド、死者(アンデッド)を祓う魔法などが集約されている戦闘魔法の分野のひとつ。
スカイリムにある魔法を教える学校(ウィンターホールド大学)では回復魔法はその他の魔法と比べると軽視されている。
回復魔法は魔法使いではなく神に仕える司祭の扱う技術とされているため、熱心に勉強する魔術師があまりいないという理由が大きい。
スカイリムは魔法全般が嫌われている土地だが、回復魔法だけはノルドたちにも受け入れられている。

大治癒(だいちゆ)
瞬時に術者本人と術者を中心とした半径15フィート(約4.5メートル)の生物の体力を回復する魔法。
敵味方を識別する機能はないので、至近距離で使うと敵も回復させてしまう。

縮地法(しゅくちほう)
瞬動術と見た目は似ているが原理は全く異なる技術。
千雨の場合は『気』の総量が多すぎるので苦労しているが、本来は縮地法のほうが習得難易度は高い。
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