███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第26話【隠密】

 表の世界の戦争で弓が主力兵器として使われなくなって久しいが、それは裏の世界でも変わらない。

 魔力や『気』を扱える者たちから見ると、弓は殺傷能力を維持できる有効射程があまり長くない上、熟達するのに時間を要する扱いづらい武器だったからだ。

 

 気象条件や遣い手の腕前、弓と矢の性能で多少前後するが、表の世界では弓の最大射程は200~400メートルまでと言われている。

 しかし最低限の殺傷能力と命中精度を維持できる有効射程は、その半分の100~200メートル前後しかない。

 

 小口径の銃弾と比べると貫通力が高く、発射音や発火炎(マズルフラッシュ)が無いなどのメリットもあるが、技能の習得に長い時間がかかる弓は自然に(すた)れていった。

 

 裏の世界では特殊な素材や『気』の身体強化で有効射程を倍以上に伸ばしているが、それでも魔法先生や本国魔法騎士団団員(一般的な尺度では高位の魔法使い)が扱う【魔法の射手(サギタ・マギカ)】や訓練を積んだ兵士が扱う突撃銃(アサルトライフル)の有効射程と大差ない。

 

 極まった『気』の達人の場合は『気』を放出したり、槍や岩などの矢より質量の大きい物体を直接投擲したほうが手っ取り早いため、弓は特殊な状況以外では(もち)いられることがない武器である。

 

(そのはずなんだが……世界は広いな)

 

 見るからに張り(弓力)が強そうな弓を軽々と引き絞りながら3秒に1発のペースで矢を放ち全弾命中させている千雨の活躍を、スコープを覗いていないほうの目で見ていた龍宮は心の中で感嘆の声を上げている。

 近距離なら拳銃(ピストル)短機関銃(サブマシンガン)より弓のほうが貫通力は高いという話を聞いたことがあるが、本当の達人が扱うとこうなるのかと感心していた。

 

 げに恐るべきは弓の腕前だけではない。

 暗闇の中では発火炎(マズルフラッシュ)が非常に目立つため、龍宮は狙撃銃を1発撃つごとに立ち位置(ポジション)を変えているが、千雨は妖怪たちが目視できるはずの距離から弓を撃っているにも(かか)わらず誰にも見つかっていないのだ。

 

 千雨は隠密術(隠密上昇)弓の腕前(弓術上昇)を強化する(の付呪を施した)指輪とネックレスに加えて、念には念を入れて気配を極限まで薄くする【隠密上昇のポーション】まで使用している。

 効果時間は20分しかないが、ただでさえ常識外れな隠密能力が更に底上げされた結果、千雨は道端に転がっている石ころよりも存在感が薄くなっていた。

 

「オヤビン! た、助け──」

 

 味方だと心強いが敵からしてみれば悪夢そのものである。

 千雨と龍宮が分担して暗殺と狙撃を続けた結果、5分後には50体いたはずの妖怪たちは頭領と補佐の2体だけになっていた。

 

 一つ目の鬼が脳天を射抜かれて消滅するのを見送った四本腕の大鬼と大剣持ちの鴉天狗(からすてんぐ)は、互いに視線を合わせると肩を落として首を横に振った。

 

「こりゃあかんわ。あの狙撃手も腕が立つが、そもそも射手を見つけれんのやったら話にならん」

「近頃の人間は(それがし)たちより化け物じみているな」

「な、何を諦めている! このままじゃ俺も殺されるんだぞ!?」

 

 戦意は(かろ)うじて保っているが、すっかりやる気が失せている妖怪たちに陰陽術師がいきり立って食って掛かる。

 現状を理解できていない陰陽術師を見下しながら、大剣持ちの鴉天狗と四本腕の大鬼は冷たい視線を向けた。

 

阿呆(あほう)が。奴らがその気なら、お前が生き残れているわけがなかろう」

「生かして捕らえるつもりがあらへんかったら脳天をズドン、で(しま)いや。

 大方、わざと追い詰めてあんさんの仲間が助けに()ぃひんか確かめとるんやろ」

「化け物風情が偉そうに御託(ごたく)を並べるなッ!」

 

 大剣持ちの鴉天狗の説明を引き継いだ四本腕の大鬼が、陰陽術師の額に巨大な手の爪先を突きつける。

 あえて急所を狙わずに敵兵の動きを鈍らせて、助けにやってきた兵士を狙うというスナイパーの戦法があるが、千雨と龍宮の作戦はまさにそれである。

 

 騒ぎ立てる陰陽術師に呆れ果てている妖怪たちは、昔の術者はもっと自分たちに敬意を払っていたとボヤきながら思い出話を始めてしまった。

 

『なんか仲間割れ……というよりはローブの男が一人だけ騒いでんのか。探知魔法に反応はねーし、この様子なら増援は来なそうだな』

 

 一旦陰陽術師たちから距離を置いて龍宮と合流した千雨は、索敵用のシャウトと魔法を使って周囲の状況を再確認していた。

 

『これほどの規模の召喚術を行使できる術者にしては妙に動きが悪いな。何か隠し玉があるかもしれないぞ』

『そうだな……龍宮は鬼と天狗の気を引いてくれねーか』

『それは問題ないが、長谷川は何をするつもりだ?』

『ちょっと試したいことがあってな。合図したら援護頼むぜ』

 

 龍宮の懸念を聞いた千雨は残った二体の妖怪より先に召喚者である陰陽術師を無力化するために闇夜に紛れて移動を開始した。

 鬼と鴉天狗の間をすり抜けて音もなく陰陽術師の背後まで忍び寄った千雨はインベントリから灰色の小瓶と細い針のような形状の暗器──【毒牙(ヴェノムファング)】を取り出した。

 

 下準備が終わった千雨が龍宮に合図を送る。

 連続で放たれた2発の銃弾が妖怪たちの武器に直撃するのと同時に、千雨は灰色の小瓶の中身が塗りたくられた毒牙(ヴェノムファング)を陰陽術師に突き立てた。

 

鬱陶(うっとう)しいやっちゃな!」

「もう少しで結界の外側まで出られるのだが──御頭(おかしら)ッ! 術者が倒れておるぞッ!?」

「何やとッ!?」

 

 真っ先に異常に気がついた鴉天狗が振り返ると、そこには腕を突き出して札を構える体勢のまま地面に転がっている陰陽術師の姿があった。

 焦った表情のまま全身を硬直させている陰陽師は呼吸すら止まっているが、不思議なことに死んではいない。

 

 召喚術の核となっている陰陽術師が動けなくなった影響で、妖怪たちは白い煙を上げながら強制的に異界へと返還され始めているが、その状況にも気が付かないほどに彼らは困惑していた。

 

「……なんでコイツは褌一丁(ふんどしいっちょう)になっとるんや?」

「……さあ?」

 

 大鬼と鴉天狗が困惑するのも仕方がない。なにせ陰陽術師はローブや服、隠し持っていた呪符の一切合財を取り上げられて下着姿で倒れていたのだ。

 陰陽術師は切り札として取っておいた大火事を引き起こす呪符を使おうと構えていたのだが、その呪符も奪われているため動けるようになっても抵抗はできないだろう。

 

 千雨は龍宮が妖怪たちを狙撃した瞬間、陰陽術師の首筋に灰色の小瓶の中身──【麻痺の毒】が塗られた毒牙(ヴェノムファング)を突き立てていた。

 錬金術で抽出された即効性の麻痺毒によって瞬時に動きを封じられた陰陽術師は、千雨の手で一瞬の内に身ぐるみを剥がされたのだ。

 

 千雨は人が身に着けている装備すら盗み取れる【スリ】の達人であるが、絶対に気が付かれずに盗めるわけではない。

 一気に大量の物を盗むと発見される恐れがあるため、こうして麻痺の毒を使って陰陽術師の身動きを封じたのだ。

 

 陰陽術師を素っ裸にしたのは千雨の趣味ではなく、東洋魔術や呪符について門外漢なので手っ取り早く無力化するためにこうなっただけだ。

 

「むう、最後まで勝負にならんかったなあ。直接やり合えへんかったのは残念やけど、西洋魔術師も中々やりおるのう」

(それがし)としては真っ向から戦いたかったのだが……巡り合わせが悪かったか」

 

 口惜しそうにしながら白い霧となって異界へと返還された妖怪たちを見送った千雨と龍宮は下着姿の陰陽術師の手足と口を拘束すると、念話を使って会議室で陣頭指揮を取っている魔法先生と連絡を取ったのだった。

 

 

 

 連絡を受けて大急ぎでやってきた魔法先生に気を失ったままの陰陽術師を預けると、千雨と龍宮は散らばった矢と空薬莢を回収しながら監視を続けていた。

 

『魔法と違って銃だと空薬莢を回収しないと駄目なのが面倒だな』

『そうでもないさ。世の中には便利な魔法具があってね』

 

 魔力を込めながら龍宮が指を鳴らすと、周辺に散らばっていた空薬莢が独りでに浮かび上がり集まってきた。

 この魔法具は『杖よ(メア・ウィルガ)』という自分の杖を手元に引き寄せる魔法を再現したものである。

 

 銃を扱う裏の関係者は弾頭や薬莢、炸薬に特殊な処理が施された銃弾を扱う関係で空薬莢の回収も魔法の秘匿に含まれている。

 人力では取り逃しが出るため、簡単に回収できるように開発されたのが(くだん)の魔法具である。

 

『それって矢にも応用できるか?』

『使えはするだろうが、魔法使いなら召喚(エウォコー・ウォース)の魔法を覚えたほうが応用は利くだろうな』

『使い終わった矢を手作業で集めるのは面倒だし、そんな便利な魔法があるなら早い内に覚えときてーなぁ』

 

 千雨は妖怪を貫通して木や地面に突き刺さった矢を【グローイング・アローズ】という魔法で光らせて探していた。

 暗闇の中で矢を目印として使う用途で開発された魔法だが、千雨は撃った矢を回収するための目印として使っている。

 

 千雨が興味を示している魔法のラインナップは完全に攻撃魔法から外れている。

 エヴァンジェリンとしては自分が得意としている氷や闇の攻撃魔法を伝授したいのだが、破壊魔法に苦手意識を持っている千雨が興味を示す日は遠そうである。

 

 

 

 そうして時間を潰した千雨と龍宮は、例年通り午後10時頃にメンテナンスが終わり電力が復旧したのを確認すると、事後報告のためにブリーフィングで使った会議室に訪れていた。

 

 監視と防衛をしていた魔法関係者たちの話をまとめると、散発的な嫌がらせレベルの襲撃はあったようだが(じか)に乗り込んできた襲撃者は陰陽術師だけだった。

 

 最初は関西呪術協会が関与しているのかと疑われていたが、襲撃者の顔で照合をかけた結果、素行に問題があるため呪術を使えなくする呪いをかけた上で追放処分されている過去が判明した。

 現在は何者かの手によって呪いが解呪されていたため魔法で記憶を読んで尋問している最中だが、結果はあまり(かんば)しくない。

 

 少なくとも今日中に調べが付く内容ではないため、千雨と龍宮は日が変わる前にタカミチに同伴してもらって寮へと帰ったのだった。

 

 

 

 翌週、千雨は近右衛門から宝石の売却と戸籍の登録、口座の開設が終わったとの知らせを受けて学園長室を訪れていた。

 

「換金できた額の半分は魔法世界の通貨(ドラクマ)で、残りは日本円や(アメリカ)ドルで入金しておるが、これでよかったかの?」

「はい、ありがとうございます」

 

 千雨が持ち込んだ宝石は量が多すぎたため、まずは一部だけを換金する手はずとなっている。

 それでも日本円換算で一億円を超える金額になっているのだから驚きである。

 

 とはいえ貨幣価値や文化レベルが違うので単純に比較は難しいが、千雨のスカイリムでの総資産を考えると、それほど飛び抜けた金額ではなかった。

 普通の中学生なら確実に持て余す金額が口座に入っているのだが、これから手広く活動する予定の千雨からすると物足りない額である。

 

 相場を乱さない程度に宝石を売却してもらいつつ、拠点を用意して本格的に商売を始めるべきだなと思った千雨は近右衛門に相談を持ち込んだ。

 

「以前話していた工房の件ですが、金銭的な目処がついたので正式に場所をお借りしてもよろしいでしょうか」

「うむ、いいじゃろう。場所は……見ればすぐに分かるじゃろうて。施工業者については自分で探すんじゃったか」

「いえ、土木建築研究会に在籍している一級建築士の方に手伝ってもらって図面を引いたので自分で建てます」

「……千雨君や、そうまでして一人で抱え込まなくともよいのじゃよ?

 心配せずともワシが紹介できる工務店は守秘義務をちゃんと守る。腕前も本国(メガロメセンブリア)の職人と比べても見劣りしないと保証しよう」

「あの、親身になってくれているのはありがたいのですが、自分で建てたほうが手っ取り早いので大丈夫です」

 

 急に優しい目になった近右衛門の心遣いはありがたかったが、千雨は自分の手で家を建てるという考えを改めるつもりはなかった。

 千雨は別に何が何でも自分で家を建てたいわけではないのだが、近右衛門にも教えていない設備を作る予定なので魔法関係者に関与させたくなかったのだ。

 

 しばらく押し問答を続けた末に、千雨は近右衛門とそこまで言うのなら最初に様子を見て大丈夫そうだったら認めるという約束を交わすこととなった。

 数々の交渉事を切り抜けてきた千雨も、目上の者から向けられる純粋な善意には弱いのである。

 

 

 


 

 

 

 スカイリムから麻帆良へと帰ってきた千雨は平和な時間を満喫していたが、同時に以前は自由にできていたことができなくなったためフラストレーションを溜めていた。

 しかし、こうして纏まった金銭が手元に入ったことで、千雨はようやく自分のやりたいことを始められるようになった。

 

 無論、湯水のように使えるほど多くはないが当座の拠点を作るには十分な金額である。

 

 しかし千雨の物欲は留まるところを知らない。

 ダイオラマ魔法球を始めとしたこの世界独自のアーティファクトを手に入れるために、これからも千雨は邁進(まいしん)を続ける。

 

 こうして竜の血脈(ドヴァーキン)は元いた世界への『帰還』を果たした。

 そして、これからは魔法という新たな常識が加わった未知の『日常』を(いや)が応でも味わうこととなるだろう。




次回はちょっとだけ時間が飛ぶぞ用語解説

魔法の射手(サギタ・マギカ)
精霊を召喚して『矢』として放つ魔法学校で最初に教えられる攻撃魔法。
単純な効果故に奥が深い魔法でもあるため、術者によって威力や性能が大きく異なる。

隠密(おんみつ)
主に盗賊や暗殺者が修めている技能。千雨はスカイリムで一番の隠密術の遣い手である。
視界を(さえぎ)っても反応されない(なか)ば異能とも言えるレベルの隠密術を習得している。

毒牙(どくが)
暗器の一種で取り扱いに人並み以上の手先の器用さとスリの経験が必要となる。
ゲーム内での扱いは毒のポーションの効果がスリ入れても発動するようになるスキル。
胃の中にスリ入れるのもシュールなため、本作ではこのような解釈となった。

麻痺(まひ)(どく)
武器や矢、毒牙に塗って攻撃することで相手を麻痺させる毒薬の一種。
ネロスが好きなお茶の材料(カニスの根)二本足で歩く動物の肉(奇妙な肉)動く死体の心臓代わり(ブライア・ハート)、木椅子キノコ、沼の群生キノコ、グリームブロッサム、ネッチゼリーなどが原材料として利用できる。
千雨が使用した麻痺毒の原材料は一般的に広く流通している木椅子キノコを使用している。
ゲーム内では麻痺が解除されて起き上がっている途中の人物にスリを行うと、絶対にスリが成功する仕様がある。

【グローイング・アローズ】
DarkJesusmn氏、Whiteshadow氏、Jerry60k氏のMOD『Glowing Arrows V3 SSE』による追加要素。
矢が光るようになり軌道と着弾地点が視認しやすくなるMOD。
クロスボウのボルトにも対応しているため、ケチ……物を大切にする定命の者は入れておくと幸せになれるぞ。
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