███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第29話【エイドラ】

 工房と称するだけあって、千雨が造った地下室には様々な設備が鎮座していた。

 

 落とし戸と繋がっているエントランスホールの右側には、八大神と呼ばれる惑星ニルンを創造した主要な【神々(エイドラ)】に加えて、かつてタムリエル大陸を統一したシロディール帝国の初代皇帝(タイバー・セプティム)が死後神格化された存在である【タロス】を祀る祠が設置されている。

 

 祠には横一列にエイドラを象徴するものがモチーフとなっている置物が並んでおり、その周囲には魔素とは異なる力が漂っていた。

 

「これはなんだ? ただのオブジェではなさそうだが……」

「どことなく神聖な空気を感じるのう」

「この祠はエイドラという人間界(ムンダス)の創造神たちを祀っています。

 タムリエルの神学によるとエイドラは人々の信仰で外界への干渉力が変化すると言われているので、こちらの世界では()()()()()無意味なものですけどね」

 

 エイドラは人々に広く信仰されているが、物理的に人間界(ムンダス)に干渉することは少ない。

 実際に干渉する際は加護や祝福、神託などを定命(じょうみょう)の者に授けて間接的に動くだけで、物理的に現れることは無いとされている。

 

 もっとも、それはあくまで神学的な一般論なので事実は異なる。

 千雨は相棒の傭兵(テルドリン・セロ)から人間の姿に化けたタロスや農業と商業を司る男神(ゼニタール)と出会った話を聞いているため、エイドラも自分から動くことはあると知っている。

 

 千雨は自分が神々に目をつけられている自覚があるが、セロも負けず劣らずエイドラやデイドラロードと深い関わりがあるのだ。

 

「貴様は神仏(しんぶつ)(たぐい)には(すが)らない(たち)だと思っていたんだが意外だな」

「神の加護や祝福が本当にある世界だったしなぁ。

 それに祈ったら祝福が貰えるから祠を置いてるだけで、本心から信仰してるわけじゃねーよ」

「なんとも罰当たりな話じゃのう……」

 

 千雨は信仰していないにも(かか)わらず、時を司る竜神(アカトシュ)愛を司る女神(マーラ)から加護を授かっている。

 敬虔(けいけん)なエイドラ信者が聞いたら激怒されそうなものだが、千雨は神々から愛されている(便利な道具扱いされている)ため、祠で祈ればエイドラの祝福を自由に切り替えられる。

 

 千雨も加護や祝福を存分に活用しているためお互い様だが、神々すら手段として利用しているという話を聞いた近右衛門は顎髭を()ぜながら呆気にとられていた。

 

「……ん? この匂いは酒か? 丁度いい、味見してやろう」

「何が丁度いいだ、このボケ吸血鬼。茶々丸、止めるのを手伝ってくれ」

「わかりました」

 

 エントランスホールの左角には、中に入っている液体を取り出すための(コック)が取り付けられた樽が横向きに二つ並べられていた。

 ほのかに漂う香りから、それぞれの樽にハチミツ酒とワインが入っていると見抜いたエヴァンジェリンは、近くに置かれていた木製のジョッキに酒を注ぐためコックを開こうとしたが千雨と茶々丸に止められたのだった。

 

 なぜ未成年の千雨が酒を所有しているのか近右衛門は問いただしたかったが、現実味のない展開が続きすぎて疲れているため口に出すことはなかった。

 酒樽の他には武器を収納するために壁に設置された武器保管棚や、高さが低い机(エンドテーブル)の上に置かれた蓋がガラス張りになっている展示箱が目に付く位置に配置されている。

 

 中でも目を引くのは防具を着せて飾るために設置された木製の【マネキン】である。

 千雨と同じぐらいの背丈をした女性型のマネキンはデザインが凝っているわけではないのだが、可動部が多く異様に存在感がある造形のため今にも動き出しそうな雰囲気が漂っていた。

 

 眉をひそめて不気味なマネキンを凝視していたエヴァンジェリンは、とある変化に気がついて小さく声を上げた。

 

「……おい、今このマネキン動かなかったか」

「目の錯覚ではありませんか? 無機物が動くなどありえません」

「ソウダソウダ、人形ガ勝手ニ動クワケネーダロ」

「貴様らも似たようなものだろうがッ!」

 

 自慢の従者たち(動く人形)に意見を否定されたエヴァンジェリンはマネキンを指差しながら、真顔で様子を見ていた千雨に話しかけた。

 

「絶対動いてるだろ!? 見ろ、マネキンの頭がこっちを向いたぞッ!?」

「……チッ、侵入者にしか反応しないようにしたつもりが調整をミスったか」

「やはり何か仕込んでたな貴様ッ!?」

 

 少し薄暗い地下室の雰囲気と相まって僅かに恐怖を覚えたエヴァンジェリンは、黙って知らないフリをしていた千雨に向けて怒りの感情に身を任せた飛び蹴りを放った。

 事前にこうなることを予想していた千雨はひらりと身をかわしたが、エヴァンジェリンの行動を攻撃とみなしたのか、両手をあげてファイティングポーズをとったマネキンが襲いかかった。

 

 そんな光景を眺めていた近右衛門は真剣な表情でマネキンを見つめた後、千雨に自分の推測を伝えた。

 

「ふむ……このマネキンはゴーレムの一種じゃな?」

「ええ、厳密にはエヴァから学んだ人形使いの技術を応用しています。

 今は単調な動きしか取れませんが、私が作った武具を装備させて侵入者が入ってこないか見張らせるつもりです」

「それならもっと愛嬌のある見た目にしろ! これではまるでホラー映画のワンシーンだろうがッ!」

「だってクラスメイトにメイド趣味があるって噂されたら恥ずかしいし。

 それと、あんまり暴れてると他の部屋に配置してるマネキンも来るから気をつけ──遅かったか」

 

 千雨が喋っているあいだに反応してしまったのか、左側の通路から現れた6体のマネキンが次々とエヴァンジェリンに組み付いた。

 エヴァンジェリンは消費魔力軽減の付呪(エンチャント)装備を身に着けているため魔法障壁でマネキンを防いでいるが、まるでゾンビに群がられた生存者(サバイバー)のような見た目になっている。

 

「今度は出来の悪いゾンビ映画みたいな状況になってるぞ!? 黙って見てないで、さっさと何とかしろッ!」

「ったく、しょうがねーな」

 

 その気になればエヴァンジェリンは無詠唱で簡単に破壊できるだろうが、魔法を使うには地下室が狭すぎるため体術でマネキンを組み伏せている。

 エヴァンジェリンは合気道の創始者から習った見事な合気柔術を(もち)いて、軽々とマネキンを投げ飛ばしている。

 

 しかし千雨お手製のマネキンは見かけによらず耐久度が高いため、床や天井にぶつけられても平然と立ち上がってエヴァンジェリンに挑み続けている。

 千雨は早急にマネキンの暴挙を止めるべく、両手で唱えて(二連の唱え)威力を増した見習い(初級者)レベルの幻惑魔法──【鎮静】でマネキンたちを強制的に落ち着かせた。

 

 本来、鎮静の魔法は人間や動物のような一般的な生物にしか効かないのだが、千雨は万物に心理を見出す技術(心理の到達者)を習得しているため、精神が存在しない相手や一般的な生物とは異なった精神を持つ相手──無機物(オートマトン)生ける屍(アンデッド)悪魔(デイドラ)にも効果を発揮できるようになっている。

 

 緑色の魔力に包まれて沈静化されたマネキンたちは戦闘状態から待機状態に戻ると、(みずか)らの足で設定されている場所に戻っていった。

 

 

 

 予想外のトラブルに見舞われたものの、気を取り直したエヴァンジェリンたちは千雨の工房を引き続き見て回った。

 一同は手始めにエントランスホールから真っすぐ進んだ先にある鍛冶施設が並べられた鍛冶部屋へと向かった。

 

 鍛冶部屋の角には鉱石を溶かして金属に精錬するドーム型の溶鉱炉が建てられており、すぐ隣には溶鉱炉を動かすために使う石炭の山が積み上げられている。

 部屋の中央には金属を熱して柔らかくするための円形の炉(フォージ)と、炉に風を送って温度を上げる手で紐を引いて動かす(ふいご)が設置されている。

 

 他にも金属をハンマーで叩いて鍛えるための金床(かなとこ)や防具を加工する際に使う鉄製の作業台(ワークベンチ)、武器を研ぐために使う足踏み式の回転砥石(グラインダー)などが揃っている。

 

 あえて地球や魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で使われている最新式の機材ではなく、使い慣れているスカイリムの設備を選んだのは整備性を考慮してのことだ。

 機械化や電子制御が進んでいる現代の鍛冶道具と比べると、旧式の設備は使い勝手が悪く作業効率も落ちるものの、構造がシンプルなため自分で簡単に直せるというメリットがある。

 

 千雨はアカトシュの加護を使って時間を短縮する関係で、常人が数日かけて仕上げる作業を一瞬で終わらせてしまう。

 その分機材の劣化も早いので、高品質で性能が高い物より、安価でそれなりの品質だが手入れしやすい物を選んだのだ。

 

 作業時間が増えるというデメリットは『過程の省略』で帳消しにできるため千雨には関係ない。

 鍛冶部屋には木工用の作業台も用意されており、壁際には鉱石などの素材を収納するスペースが設けられている。

 

 密閉された地下空間で火を取り扱うのは危険だが、千雨は酸欠にならないように魔法世界から特殊な魔法具を仕入れいている。

 騒音や湿気対策も兼ねて厳重に対策を講じているので、一般的に考えうる範疇での問題は発生しないだろう。

 

 そしてエントランスホールの左側を進んだ先にはアルケイン付呪器や錬金器具、杖用の付呪器などが配置された作業部屋が用意されていた。

 その他に収納用の化粧台やタンス、金庫などの他に貴重な素材や物品を飾るための展示箱も複数個並べられている。

 

 作業部屋の左側の通路を進むと、先程エヴァンジェリンを襲ったマネキンたちが等間隔で並んでいた。

 部屋に入った瞬間、六体のマネキンが一斉にエヴァンジェリンに顔を向けたものの、石製の台座から動くことはなかった。

 

 この一角には展示棚や展示箱、マネキンが並んでおり、一見すると武具を飾るために用意された展示部屋にしか見えない造りになっている。

 展示部屋から更に奥に進むと壁沿いに大きな本棚が(いく)つも並んだ書斎があり、書斎の奥に進むとシングルベッドが2組置かれた寝室がある。

 

 そして作業部屋の入り口から見て右側の通路を進むと、中央に設置されている正方形の台座以外、何も家具が置かれていない部屋が広がっていた。

 

「なるほど、この部屋に魔法球を設置するつもりか」

「他にも揃えたい設備はあるけど、場所がどれだけあっても足りねーからな。

 魔法球の中なら、もっと簡単に場所を用意できるから残りは後回しにしてるんだ」

「魔法球を置くだけにしては部屋が広いように見えるが……他にも何か置くのか?」

「別に隠すつもりはないんだが、()()()()()()()()()()上手くいくか分からねーから今は秘密だ。

 ちゃんと完成したら教えるから、後の楽しみにとっておいてくれ」

 

 不敵な笑みを浮かべながら質問に答えた千雨の態度を怪しく思ったエヴァンジェリンと近右衛門は、聞かなければよかったと考えつつ苦々しい顔をしている。

 もっともエヴァンジェリンはともかく近右衛門は麻帆良学園都市の安全管理のために、千雨が造った施設の全容を把握しておく必要があるため、否が応でも話を聞かなければならない。

 

 千雨は後で問題にならないように裏の決まり事を調べた上で動いているため、今後作ろうと考えている設備も魔法使いたちが定めた法律や条約には引っかからない。

 千雨がやろうとしていることは魔法使いたちの常識の範囲外にあたるので、想定していないほうが悪いとばかりに法律の隙間を突く気でいるのだ。

 

「……この話は聞かなかったことにしておいてやる。だからこれ以上、私たちの頭痛の種になるんじゃない」

「千雨君は(チャオ)君とは別の意味で問題児じゃのう……」

 

 今現在、近右衛門はどこから仕入れたのか分からない高度な知識を利用して多額の資金を集めた上で、最先端の五歩先を行く技術を方方(ほうぼう)に広めている(チャオ)という過去の経歴が一切不明な少女に頭を悩ませている。

 

 千雨の場合、背後関係や経歴は近右衛門が把握できており、人格も問題ないと判断されている。

 少々独断専行がすぎるきらいはあるが、周囲の反応を計算に入れた上で動いているため、素行に問題があると思われるような行動を()()()()()()()()()起こしていない。

 

 しかし現代科学の延長線上にある(チャオ)の技術と比べると、千雨がもたらした異世界が由来となっている技術の数々は異質すぎるため、近右衛門は取り扱いに苦心している。

 経歴不明な(チャオ)と比べると千雨のほうが潜在的な危険度は低いと判断しているが、どちらのほうが厄介かと問われると甲乙つけがたいとしか答えられないぐらいには、近右衛門は二人に苦労させられていた。

 

 更には問題児筆頭である(チャオ)と千雨が何かを共同開発しているという情報も小耳に挟んでおり、近右衛門は近い将来とんでもないシロモノが生み出されるのではないかと日夜心配しているのだった。

 

 

 

 左側に配置された設備を確認し終えた一同はエントランスホールまで戻ると、エイドラの祠の右側にある通路の先に進んだ。

 通路の先には暖炉と簡易的なキッチンが設置された部屋とベッドが4台置かれている来客用の寝室、石造りの浴槽が備え付けられた風呂場が用意されている。

 

 地上部分の家と地下室は床面積で比較するとほぼ同等の広さである。

 部屋数は通路のような造りになっている二階部分と風呂場を含めなければ地上が六部屋、地下が九部屋となっている。

 

 一人暮らしでは確実に持て余すであろう部屋数だが、今後何があるか分からないため千雨は多めに部屋を用意していた──というのは建前で、必要以上に地下室を拡張しているのは節操なく部屋を付け足していったらこんなことになっただけだ。

 

 千雨の悪癖(収集癖)には不動産も含まれている。そのため千雨はスカイリムに十軒以上の家を所有している。

 使っていない物件は知り合いに貸し出しているため放置されている空き家は一軒も無いが、千雨本人が実際に利用している家は半数にも満たない。

 

 ちなみに貴重な物資は博物館(ドラゴンボーン・ギャラリー)の2階にあるセーフハウスに保管している。

 過去に一度展示物が根こそぎ盗まれたこともあるが、現在は警備体制を見直した上でセロや仲間の吸血鬼(セラーナ)が定期的に出入りしているので盗難される心配はないだろう。

 

 人形使いの技術をもう少し習得して自律行動させられるようになったら、対話型の管理人形を作成して掃除や維持管理を任せようと千雨は考えている。

 最初は面倒なのでマネキンを流用しようとしていたのだが、エヴァンジェリンが今まで見たことがないレベルで不機嫌になったので真面目に見た目も整えることになったのだ。

 

「いいか、千雨。私が直々に教えているのだから、防衛用の人形(マネキン)はともかく管理用の人形は不気味に思われない程度には見た目を整えろ。

 まったく……貴様は手先が器用で美的センスも悪くないというのに、どうして見た目を気にしないんだ」

「ケケケ、俺ハ不気味ナグライデ丁度イイト思ウゼ?」

「さっそく自分の従者と意見が食い違ってんぞ」

「いきなり話の腰を折るんじゃないッ!」

 

 最後の最後にエヴァンジェリンの説教が始まってしまったが、こうして千雨の家造りは1日で終わったのだった。

 活動の拠点を手に入れた千雨は以前にも増して活動の幅を広げていくことだろう。




初めてマネキンが動いたときはすごくビビった用語解説

【ハースファイア】
バニラ状態のゲーム内では地下室には鍛冶部屋しか作成できないが、複数のMODで部屋を大幅に追加している。
地下室の構造は本来は食料庫となっている部屋をダイオラマ魔法球用の部屋に変更しているが、他の部分はRo84氏のMOD『Hearthfire Cellars Fully Upgraded』とMAKOTO氏のMOD『RSR LAKEVIEW CELLER EXTENSION』のメインファイルを導入した状態と同じである。
本作では導入されていないがUNI氏のMOD『Hearthfire Cellar Extension』もオススメである。
全ての家をリンクさせてアイテムを自動収納できる地下室を追加するBluntaxe氏のMOD『Adventurer's Basement - BHM』もオススメするぞ!

【エイドラ】
世界創造に携わった神々の総称である。
世界を造る際に不死性を失っているため、デイドラロードとは違って不死身の存在ではない。

【タロス】
タムリエル大陸を統一したノルドの大英雄──タイバー・セプティムが死後神格化したとされているエイドラの一柱。
生前、タイバー・セプティムは『chim』と呼ばれる世界の法則を自由に操作する魔法の言葉が使えたとされている。
とある文献には『タイバー・セプティムは魔法の言葉を(もち)いて、大地を再構築して生まれ故郷(シロディール)を覆っていたジャングルを歴史から消し去った』という記録が残されている。
彼はドラゴンボーンであったとも言われているが、(くだん)の言葉とシャウトに関連性はない。

【マネキン】
木製の防具展示用の人形。それ以上でもそれ以下でもない。
千雨は人形使いの技術で改造して防衛用の戦闘人形にした。
ゲーム内では何故かNPC扱いになっているのが関係しているのか、同じ場所に複数体設置されているとAIがバグって動き出す。
暗めの家で動かれると下手なホラゲーより怖い。
Thepal Lebrum Harleyknd1 Soupdragon氏のMOD『Female Mannequins - SSE』でマネキンの外見を女性型に変更している。

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