███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
月日が流れるのは早く、千雨が家を建ててから2週間以上が経過した。
特筆すべき
千雨が受けた中間試験の結果は非常に良く、学年順位は1年生737人中、9位に入っている。
これほどまで上位に食い込めたのは千雨が真面目に勉強した結果であり、ハルメアス・モラから授かった【
もっとも千雨は『過程の省略』を利用して勉強時間を圧縮しているので、周囲からは大して勉強していないように見える程度しか時間を割いていない。
真面目にテスト勉強をしたのは学力を伸ばして他のクラスメイトと張り合いたかったからではなく、授業中に他の勉強をしていても何も言われないようにするためである。
理数系や英語は得意としているので満点を取れたが国語と社会でケアレスミスがあったため、クラス内では全教科満点を取った
千雨は理由がなければ自分から進んで勉強をする性格ではないので、特殊な事情がなければ自主的に勉強などせずに学年順位は中の下程度で落ち着いていただろう。
友人と集まって勉強会を開いたりはしなかったのだが、明日菜を始めとした数人の友人が赤点スレスレの点数を取っていて本当に大丈夫なのかと千雨は不安に思うのだった。
中間テストも終わり夏休みまで残り2か月を切った6月の初週、千雨の所属している1年A組は2週間後──6月
生まれた頃から麻帆良に住んでいる千雨にとって麻帆良祭は見慣れたイベントだが、人混みが嫌いなのでここ数年の開催期間中は出歩かずに家で籠もっていることが多かった。
今年は図書館探検部が主催となって図書館島の安全な上層階を一般人に案内する図書館島探検大会や、土木建築研究会が麻帆良祭に合わせて建築する学祭門の手伝いに行く予定を入れている。
家を建ててからも千雨は土木建築研究会に顔を出しており、凄まじい勢いで技術と知識を吸収していくため非常に気に入られていた。
千雨は作業の速度や精度が『過程の省略』を抜きにしてもずば抜けているため、日頃のお礼も兼ねて少しだけ作業を手伝うことにしたのだ。
もっとも学祭門の作製は土木建築研究会の技術発表と実技訓練の場を兼ねているので、正式に所属しているわけではない千雨が仕事を奪うつもりはなかった。
主に荷運びや足場の仮設に手を貸す程度で、準備期間のほとんどは1年A組の出し物の下準備に費やされる予定になっている。
中等部の1年生は差し障りのない簡単な出し物を選ぶのが通例となっているが、1年A組は良くも悪くも個性的な人物が多いため出し物も普通ではなかった。
最初は手堅く簡単に作れてテイクアウトできる食べ物を売ろうとしていたのだが、朝倉やハルナを始めとした一部の生徒たちがそれでは
様々な案が出されたが最終的にメイドカフェの企画が通ってしまった。
千雨は席順の関係で見えないが、何故かクラス内でメイド服好きとして知れ渡ってしまっている(完全に千雨のせいである)エヴァンジェリンが非常に嫌そうな顔をしているのは容易に想像できた。
案の定、クラスメイトからメイド服に関する質問を山のように受けたエヴァンジェリンは、
エヴァンジェリンは最初こそ
元々、エヴァンジェリンは女子供をむやみに傷付けないという
エヴァンジェリンは中学生として13年もの歳月を麻帆良で過ごしている。最初の頃は中学生などやっていられるかとボヤいていたが、おおらかで善良な生徒が多い麻帆良の気風に凍りついていたエヴァンジェリンの心はゆっくりと溶かされていった。
当初は
本来、不登校の生徒を更正させるために
ナギはエヴァンジェリンに中学を卒業したら登校地獄を解除してやると言っていたが、厳密には中学校の卒業式を迎えたらナギが居なくとも自動で解除されるように設定していた
あっという間に中学生活を終えて、すっかりクラスメイトと打ち解けていたエヴァンジェリンは、このまま高校に進学するのも悪くないと思っていた。
しかし彼女の願いが叶えられることはなかった。卒業式を終えたエヴァンジェリンを待っていたのは、輝かしい未来ではなく繰り返される過去だったのだ。
エヴァンジェリンは複数の魔法が複雑に絡み合って本来の効果からかけ離れてしまった登校地獄の呪いによって、中学生を繰り返すことになってしまったのだ。
それだけならエヴァンジェリンが再び心を閉ざすことはなかったが、図書館島が起因となっている
中学生を繰り返すという非常識を常識に置き換えるため、かつての同級生や教師にエヴァンジェリンが在籍していたという事実を認識できないようにしてしまったのだ。
魔法の知識を
好きだった相手は死んで帰らぬ人になった上、昨日まで友人だった相手に認識されなくなったエヴァンジェリンは、深い悲しみの感情に
全面的にうろ覚えで不安定な魔法を唱えたナギの落ち度だが、複雑な事情が取り巻いている麻帆良でなければここまで変質しなかっただろう。
悲しみに暮れるエヴァンジェリンを
呪いを解呪できる術者が
どうせ最終的に忘れられるのなら仲良くならないほうがいいと思ったエヴァンジェリンは、自分のような化物が光に生きるなど
次第に無気力になり学業も真面目に取り組まなくなったエヴァンジェリンは、気が向いたときに興味の湧いた相手に手を貸すが普段は授業をサボって何もしない生活を送るようになった。
エヴァンジェリンが登校地獄の呪いをかけられた経緯を千雨はタカミチからこっそりと教えてもらっていた。
モラが集めた情報からエヴァンジェリンの記録を抜粋して読んでいた千雨は、登校地獄の影響を大まかに推測してタカミチに問いかけたのだ。
タカミチも最初は答えにくそうにしていたが、エヴァンジェリンの
千雨は研究者ではないので呪いを解析して解呪する才能はないが、
タカミチから話を聞いた千雨は、なんだかんだでエヴァンジェリンを友人だと思っているため、自分が中学を卒業するまでに
その後、途中で話が脱線してコスプレカフェになりかけたりしたものの、騒ぎすぎて
「それじゃ、意見のある人は手を挙げて発言してくれるかな?」
「はいはーい! ボクは満漢全席がいいと思いまーす!」
「でもお姉ちゃん、メイドと中華はミスマッチだと思いますよ?」
「だってせっかく中国出身の留学生がふたりもいるんだよ? ここは売りにしないともったいないでしょっ!」
まとめ役をしているタカミチの問いかけに真っ先に答えた
それでも引き下がらない風香の姿を見かねた中国からの転入生の一人──
「ハハハ、風香サンの心意気はありがたいが、満漢全席を用意するのは手間がかかりすぎるヨ。それに私たちは準備期間中も屋台を出店する予定だから、本格的に手伝うのは難しいネ」
ごめんなさい、私のワガママで皆さんにご迷惑をおかけしてしまって……
「よ、
「ご、ごめんなさい」
こちらこそ、出し物のお手伝いができなくてごめんなさい。レシピ作りや技術指導なら協力できるので、遠慮なく頼ってくださいね?
「お、お母さんだ……麻帆良のお母さんがここにいるよ……」
「同級生を勝手に母親にするんじゃねーよ」
黒い髪をショートにしている包容力のある少女──
黙って様子を見ているつもりだったのに口を出してしまった千雨の様子を見ていた
「千雨サンは何かいいアイデアはあるカナ?」
「何で私に話を振るんだよ。木乃香とか
「でも千雨ちゃんって外国の珍しい料理知っとるよね。ウチは和食メインやからカフェで出せるような料理はそこまで得意ちゃうよ?」
「私も家庭料理ならできるけど、洋食はあまり得意じゃないのよね。千雨さんさえ良ければ、何かレシピを教えてくれないかしら」
「
「半分は千雨サンの自爆だと思うヨ」
千雨は以前とは違い友好関係が広がっているので、木乃香の料理仲間である膝まである赤い髪が特徴的な大人びた少女──
純粋な好意に弱い千雨では、この二人の
「
無難なところだとスイート・ロールなら比較的簡単に作れそうでカフェの雰囲気にもあいそうだが……」
「初めて聞く名前の料理ですわね。スイート、ということはお菓子なのでしょうか?」
「ああ、王冠みたいな形の型を使って作るクグロフって菓子パンに近いケーキだな。
普段はスポンジケーキにしてるけど、使う生地を変えればパウンドケーキにもできるからトッピングを変えればバリエーションも増やせると思うぜ」
千雨がスカイリムで過ごしていた頃、口にすることができた数少ない甘味のひとつが【スイート・ロール】である。
見た目こそヨーロッパ発祥の菓子パンの一種であるクグロフに似ているが、スイート・ロールはイースト菌の代わりにバターと卵、牛乳を小麦粉に混ぜた生地を使う。
王冠や山に似た形の型に生地を詰めて窯で焼き上げたスポンジケーキの上に、真っ白な
スカイリム地方には【アップルパイ】や【クリーム煮】などのスイーツもあったが、千雨はスイート・ロールが一番の好物だった。
出来合いのスイート・ロールの味に満足できなくなった千雨はパン焼き用の窯を自作して試行錯誤を繰り返し、究極にして至高のスイート・ロールを作り上げるほどに入れ込んでいる。
実際、地球に建てた家にパン焼き用の窯とオーブンレンジを設置した理由の9割はスイート・ロールのためである。
「というわけで、これがスイート・ロールの実物だ」
「……千雨ちゃん。もしかして、いつもそれ持ち歩いてるの?」
どこからともなくスイート・ロールを取り出して掲げてみせた千雨に明日菜が疑問を投げかける。
心底不思議そうな顔をしながら、千雨は明日菜の常識的なツッコミに答えた。
「なに言ってんだよ。私が毎日欠かさず昼食の終わりに食ってるところ見てんだろ」
「言われてみればそんな気も──しないわよ! そんな姿見たことないし毎日食べるには大きすぎるでしょ!」
「知ってるか、明日菜? スイート・ロールの真ん中には穴が開いてるからカロリーゼロなんだぜ?」
「え、本当に?」
「嘘に決まってんだろ」
「……千雨ちゃんのいぢわる」
「まさか本当に信じるとは思わなかったんだよ。ほら、お詫びってわけじゃねーけど試食してみるか?」
明日菜を存分にからかった千雨は掲げていたスイート・ロールをカバンから取り出した紙皿の上に置いて、果物ナイフを使って手早く切り分けた。
席を立った千雨は一口サイズに切り分けたスイート・ロールに爪楊枝を刺して、そのうちのひとつを明日菜に差し出した。
目を細めて美味しそうにスイート・ロールを頬張る明日菜の姿を見つめているクラスメイトたちに、千雨は次々と切り分けたスイート・ロールを手渡していく。
上々な反応を見てスイート・ロールの布教活動に成功したと確信した千雨は、内心でほくそ笑みながらガッツポーズをしたのだった。
【スイート・ロール】
本文での説明のとおり、地球のヨーロッパ地方で親しまれているクグロフという菓子パンと見た目がよく似ている。
スカイリムでは広く親しまれている菓子のようで、多くの民家の皿に乗っている。
「当ててやろうか? 誰かにスイートロールを盗まれたかな?」
【
1年A組で一番精神的に成熟しているであろう人物。
屋台の客からは『さっちゃん』と呼ばれ親しまれており、
さっちゃんの