███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第33話【格闘】

 千雨がクラスメイトにスイート・ロールを布教してから2週間と少しが経過した。

 麻帆良祭の準備期間中、千雨はメイドカフェで出すための焼き菓子やスイート・ロール、コーヒー、紅茶などの飲食物を上手く調理するための練習や、エヴァンジェリンが保有しているメイド服の仕立直しに連日連夜駆り出されていた。

 

 委員長(雪広あやか)は外部業者に委託すると言っていたのだが、どこの馬の骨とも知れぬ相手に仕立て直されるくらいなら、自分と()()()()()で手直しするとクラスメイトの前で言い切ってしまった。

 クラスメイトからメイド服マニアの弟子だと認識されてしまった千雨は言い訳しても無駄だと悟り、やけくそ気味にエヴァンジェリンの作業の手伝いを引き受けたのだった。

 

 針仕事の腕前は千雨よりエヴァンジェリンのほうが遥かに上なのだが、大量のメイド服を仕立て直す作業を一人でやりたくなかったので意図的に巻き込まれたのだ。

 エヴァンジェリンに色々と駄目出しをされつつ、千雨は分身を用意できる魔法を覚えておけばよかったと思いながら、人間離れした電動ミシンより精密な動作で素早く針を動かすのだった。

 

 千雨は悪魔(デイドラ)や幽霊を召喚できるが、楓のように分身を用意して離れた場所で活動できるような技術は修めていない。

 刹那も似たような術(身代わりの紙型)を覚えているが、どう考えても魔法の秘匿に引っかかるので教わっても一般人の前では使えないことに変わりはない。

 

 準備期間中に起きたトラブルといえば、メイド服を仕立て直す際にクラスメイト全員分のスリーサイズを入手した千雨が朝倉に情報を売ってくれと絡まれた(もちろん千雨は断っている)程度で、麻帆良祭開催日前日に徹夜する必要もなく無事に全ての準備を終わらせられたのだった。

 

 

 

 騒がしく忙しい3日間はあっという間に過ぎ去って、麻帆良祭は例年通りの賑わいを見せつつも平和に閉幕した。

 

 美少女揃いな1年A組の面々がメイドに(ふん)してエヴァンジェリンが全面監修したメイドカフェは予想以上の大盛況ぶりだった。

 最初はエヴァンジェリンも乗り気ではなかったのだが、自由気ままに我流の礼儀作法(キャバクラの真似事)で本番に挑もうとしている無謀なクラスメイトを見ていられなくなって色々と口出ししたのだ。

 

 エヴァンジェリンが誰かのメイドになったことはないが、メイド人形の完成度を高めるために一通りの礼儀作法を師匠に習得()()()()()()()

 とはいえエヴァンジェリンも古式ゆかしいヴィクトリア朝時代の礼儀作法を実践させるつもりはなく、現代風にアレンジした綺麗に見える立ち振る舞いを中心に覚えさせた。

 

 付け焼き刃の礼儀作法だったがエヴァンジェリンの指導による効果は絶大で、たった三日間で千人以上を集客してみせた。

 想定外の集客で手が足りなくなって、傍観するつもりだったエヴァンジェリンまでメイド服姿で働かされるというハプニングもあったが、大きなトラブルも起きずに売上を伸ばせた。

 

 想定以上に客が来たため危うく一部の料理の在庫が尽きかけたが、こっそりと千雨が事前に調理してインベントリに保管しておいた物を補充していたので売り切れにはならなかった。

 手が回りきらずに在庫管理もあやふやだったので容易に誤魔化せたが、平時なら間違いなく怪しまれる行動なので来年以降は出来ればインベントリを使わずに済ませたいと考えている。

 

 三日間の収益は8桁(1000万円)には届かなかったが、メイドカフェを手伝った生徒全員に忙しさに見合うだけの金銭を分配できるだけの利益は出ている。

 (チャオ)が出資して五月(さつき)が店長兼料理人として出店していた路面電車屋台『超包子(チャオパオズ)』に知名度と収益で負けたのをエヴァンジェリンは気にしていたが、千雨としてはしょうがないと思っている。

 

 (チャオ)は学園祭の準備期間中から宣伝と屋台の試運転を兼ねて、超包子(チャオパオズ)の看板料理である肉まんを格安(100円)で売り歩いていた。

 一方でメイドカフェは下準備に手間取りすぎて宣伝をほとんどできなかった。宣伝に成功していたら最低でも倍以上の客入りが見込めたが、そんなに来ても対処できないので宣伝しなくて正解だったんじゃねーかなと千雨は思うのだった。

 

 それでも1年生の出し物の中ではダントツの知名度と集客を集めているので大成功と言えるだろう。

 もっともエヴァンジェリンはこの結果に不服だったようで、来年こそは(チャオ)一味((チャオ)、葉加瀬、茶々丸、五月(さつき)古菲(クーフェイ)の5人組)を負かすぞと息巻いていた。

 

 こうして麻帆良祭が閉幕して静かな日常が帰ってくる──と千雨は考えていたのだが、見計らっていたかのように翌週の月曜日に厄介な出来事が起こるのだった。

 

 

 


 

 

 

 麻帆良祭が閉幕した翌週の月曜日、学校に登校して早々に褐色肌とベージュ色の髪をした中国からの留学生──古菲(クーフェイ)に絡まれた千雨は困惑していた。

 千雨と古菲(クーフェイ)はクラスメイトだが個人的な会話をしたことはない。しかし彼女がどのような性格をしているのかは噂話を聞いただけで十分に把握できる。

 

 教室に入るなり仁王立ちで待ち構えていた古菲(クーフェイ)と目が合った千雨は、直感的に彼女の目的を察してしまった。

 往生際悪く見なかったことにして席に着こうとするも、好戦的な笑みを浮かべている古菲(クーフェイ)には通じていない。

 

你早(ニーツァオ)!(おはよう!) 待ってたアルよ、千雨」

(クー)か、何のようだ?」

単刀直入(タントーチョクニュー)に言うネ。私と勝負するアル!」

「嫌だ」

「ム……今日は都合が悪いカ。では、いつがいいアルカ?」

「そういう意味じゃなくてだな……つーか何で私と戦いたいんだよ。もっと他に適任な奴が──刹那、なんで顔をそらした?」

 

 1年A組には見るからに武闘派な刹那や明らかに忍者な楓、足運びや動作から訓練していると見て取れる龍宮といった強者が揃っている。

 千雨は古菲(クーフェイ)が部員を全員倒して来年から部長になるのが決まっている中国武術研究会の一般的な部員と同程度の力量に見せかけているので、興味を示されても戦いを挑まれるとは思っていなかった。

 

 古菲(クーフェイ)の目の前で擬態を解いたことはないので、千雨の実力を知る誰かの口から情報が漏れた可能性が高い。

 思い返してみると千雨は1年A組に在籍している武闘派の生徒の内、古菲(クーフェイ)以外と何らかの形で実力を見せあったことがあった。

 

 真っ先に思い当たる今日も一緒に登校した相手──桜咲刹那(さくらざきせつな)に視線を向けると、気まずそうに顔をそらしてしまった。

 

「すみません、千雨さん。(クー)との模擬戦の途中で口を滑らせてしまって……」

「遅かれ早かれ(クー)にはバレるとは思ってたが……こんなに早くバレるとはな」

「真名と楓も(こころよ)く教えてくれたアル!」

「アイツら、さては私を巻き込みやがったな……」

 

 千雨には龍宮や楓の考えが手にとるように分かった。むしろ千雨が逆の立場なら間違いなく同じように巻き込んでいただろう。

 口止めしていなかったので強い相手を探している古菲(クーフェイ)に伝わるのも想定はしていたが、予想していたより時期が早かった。

 

「千雨は何を得手としているアルか?」

「素手で戦うのは得意じゃないから(クー)の参考にはならないと思うぞ」

 

 クラスメイトが聞いている状況で律儀に剣と盾が得意だと答えるつもりは無いので、千雨は微妙にズレた返答を返した。

 

 千雨も徒手空拳(としゅくうけん)で殴り合いをした経験はあるが、【格闘】の技術(スキル)は習得しておらず単純に素手で殴るだけなので威力はたかが知れている。

 重装の篭手を付けた状態なら多少はマシだが、中国拳法の使い手相手に真っ向から戦えると思うほど千雨はうぬぼれてはいない。

 

「拳法に応用できなくとも経験は積めるアル」

「……はぁ、わーったよ。放課後に相手してやればいいんだろ」

謝謝(シエシエ)!(ありがとう!) 放課後が楽しみアルナー」

 

 一歩も引かない古菲(クーフェイ)を説得できないと感じた千雨は、肩を落としながら勝負することにしたのだった。

 

 

 

 放課後、一旦寮の自室に戻って大きめのスポーツバッグを取ってきた千雨は、古菲(クーフェイ)に案内されて中国武術研究会の部室へと招き入れられた。

 古菲(クーフェイ)は麻帆良祭が終わった直後の金曜日から日曜日にかけて龍宮と楓、刹那に模擬戦を挑んだようで、千雨が実は強者だったという事実もそこで知ったようだ。

 

 麻帆良に来てから毎日のように武道系の部活に参加している生徒と戦っていた古菲(クーフェイ)は、最終的に中国武術研究会の実質的な部長として扱われている。

 部室に入った瞬間、ノルドと比べると貧相だが日本人として見ればガッチリとした体格の厳つい男子生徒たちが古菲(クーフェイ)に頭を下げている光景を見てしまった千雨は若干引いていた。

 

 (フェイ)部長と呼ばれて慕われているようだが、身長が150センチあるかも怪しい小柄な体格の少女に大男たちが従っている光景は違和感がありすぎた。

 なお一時的とはいえ屈強なノルドの男女が多く所属している戦士の集団(同胞団)を率いていた千雨も人のことを言えないのだが、完全に自分の経歴は棚に上げているのだった。

 

(フェイ)部長、そちらの方は……?」

「私のクラスメイトネ! それと私はまだ部長じゃないアルヨ?」

「俺のような軟弱者では部長など務まらないので。それにしても、(フェイ)部長のクラスはどうなってるんですか」

「こういうのを日本だと『灯台デモクラシー』と言うんだったアルカ」

「それを言うなら『灯台下暗し』だ」

「むぅ……日本語は難しいアルナ」

 

 発音は完璧だが(ことわざ)の知識が足りていない古菲(クーフェイ)の間違いに千雨がツッコミを入れる。

 古菲(クーフェイ)は日本語の日常会話はほぼ完璧にこなせているのだが、読み書きに苦労しておりテストの結果もクラス内で下から4番目だった。

 

 一方で元部長の大男は金曜日からの3日間の戦いも見学しているため、古菲(クーフェイ)が通っている学校のクラスメイトの戦闘力に驚いていた。

 

 古菲(クーフェイ)は今年の4月から中国武術研究会に所属している生徒と模擬戦を繰り返している。

 最近は同系統の相手との戦いに飽きて他の武道系の部活に入っている生徒相手に模擬戦を挑んでいるが、常勝無敗を誇っている。

 

 そんな古菲(クーフェイ)が3日連続で敗北したのだ。

 純粋な格闘術(神鳴流は武器を選ばないので素手でも戦える)で戦ったのは刹那だけだが、中国武術研究会の部員たちは驚きのあまり夢かと思ってしまったほどだ。

 

 古菲(クーフェイ)は、ただ純粋に己の技術を鍛えるために多種多様な相手との戦いを望んでいる。

 中国武術研究会では誰も寄せ付けない強さを見せる古菲(クーフェイ)だが、表の世界では強くとも裏の世界の相手となると分が悪い。

 

 厳密には、楓は東洋魔術師(陰陽術師)の存在こそ知っているが、関西呪術協会との繋がりはないので裏の関係者かと言われると微妙だが、ほぼ独学で『気』の扱いを学んだ古菲(クーフェイ)とは比べ物にならない強さを持っている。

 それは紛争地帯を幼い頃から渡り歩いてきた龍宮や、幼少期から神鳴流を教わっている刹那も同様である。

 

 地元でも負け知らずだった古菲(クーフェイ)は数年ぶりに完膚(かんぷ)無きまでの敗北を味わったが、へこたれるどころか更に燃え上がった。

 今は秋の体育祭の季節に毎年開催されている大格闘大会で優勝するために鍛えている最中である。

 

「……それで、なんでお前らまで付いてきてんだよ」

「拙者たち、友達でござろう? 隠し事は無しでござるよ」

「あのときは弓の腕前しか見れなかったからな。せっかくだから見学させてもらうことにした」

 

 千雨が振り返ると、そこには制服姿の長身の少女たち──長瀬楓(ながせかえで)龍宮真名(たつみやまな)が立っていた。

 既に中国武術研究会の面々には彼女たちの強さが知れ渡っているため、ヒソヒソと小声で最強を決めるデスマッチでも始まるのかと言われている。

 

 ちなみに刹那は普通に不参加である。今日は木乃香と一緒に図書館島に潜る予定なので、様子を見に来る気は最初からなかった。

 そもそも刹那は千雨の正体や実力をある程度把握しているので、今更模擬戦を見学する必要はないのだ。

 

「この年齢詐称コンビが……後で覚えてやがれよ」

「ついに手合わせする気になったでござるか?」

「私は遠慮しておこう。金にならない戦いはしない主義なんだ」

「そう言いつつ、出世払いとかツケで仕事を引き受けるんだろ?」

「フフ、相手によってはそれも悪くないな」

 

 クナイを取り出してウキウキとしている楓と、口ぶりとは裏腹に肩に背負ったギターケースに手をかけている龍宮の姿に千雨は呆れていた。

 こういう飄々(ひょうひょう)とした相手は嫌いではないが、あまり会話を続けて相手を待たせるのも悪いので、千雨は早々に話を打ち切って古菲(クーフェイ)と向き合った。

 

「おい、(クー)。こいつらは無視して、さっさと模擬戦を始めようぜ」

「千雨は西洋剣術の使い手だったアルカ!」

 

 千雨はインベントリを誤魔化すために用意していたスポーツバッグから、山を登る際に使っていた【木製の剣】と表面に(なめ)した獣の皮を貼り付けて金属で補強した【皮の盾】を取り出した。

 中国や日本ではまず見かけないであろう相手に、古菲(クーフェイ)は目を輝かせている。

 

「改めて確認するが、負けを認めたら自分から降参してくれよ?」

好的(ハオデァ)(分かったよ)。それじゃ、先手は貰うアルヨ!」

 

 千雨が剣と盾を構えて臨戦態勢を取ったのを確認した古菲(クーフェイ)が広々とした部室の木製の床を強く蹴る。

 武器を手に取り戦意を(あらわ)にしたときから、古菲(クーフェイ)は千雨の吹雪のように冷え冷えとした気配を感じ取っていた。

 

 しかし古菲(クーフェイ)は千雨に気圧(けお)されることなく、八極拳の技法のひとつである活歩(かっぽ)(もち)いて瞬動術と見紛う速度で距離を詰めると、千雨の腹部に向けて強烈な肘打ち──外門頂肘(がいもんちょうちゅう)を放ったのだった。




ちなみに千雨が素手で戦うときの得意技はバックドロップだぞ用語解説

格闘(かくとう)
千雨は多数の武器を器用に操るが、体格の問題で格闘だけは苦手としている。
千雨は格闘技術を習得していないので仮に古菲(クーフェイ)と素手で戦った場合、試合形式だと長期戦でしか勝てない。
耐久度(ヘルス)が人間離れしているので、『気』で身体能力を強化してずっと防御していれば勝ちは拾えるが、千雨はそのような戦法は取らないだろう。
TES5では格闘スキルは消されているが、前作であるTES4では存在していた。

木製(もくせい)(けん)
子供用の木製の片手剣を千雨が強化して耐久度を異様に強化した一品。当然のように伝説的である。
千雨がその気になれば、刃がないのに人間の頭を切り落とせる。単純な力技とか絶対ゴリラだろ。

(かわ)(たて)
動物の皮を木の板に貼り付けて鉄で補強した円形の盾。
千雨が強化しているので耐久度だけは高いが衝撃はあまり軽減できない。
皮装備はゲーム内では一番弱い防具として設定されている。
昔は鉄のダガーや皮の腕当てを量産してスキル上げしていたが、アップデートで修正されたので今は普通に価値が高い装備を作ったほうが効率がいいぞ。
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