███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第34話【盾】

 古菲(クーフェイ)が突進のような形で放った肘打ちは八極拳(はっきょくけん)において『外門頂肘(がいもんちょうちゅう)』と呼ばれている技である。

 この技は背中の右側から踏み込む『外門(がいもん)』と、肘を武器として使う『頂肘(ちょうちゅう)』という2つの技法から成り立っている。

 

 古菲(クーフェイ)内家(ないか)三拳(太極拳(たいきょくけん)八卦掌(はっけしょう)形意拳(けいいけん))の内、八卦掌(はっけしょう)形意拳(けいいけん)を修めている。

 八極拳は厳密には外家拳(がいかけん)だが、現代では内家拳(ないかけん)と同じく『気功』や『内功』の概念を取り入れているため、武術としての違いはそこまで大きくない。

 

 中国で幼い頃から数々の流派を学んできた古菲(クーフェイ)は、内家拳の技術を多く習得しているが八極拳などの外家拳にも手を出している。

 師から教えを受けていた時期もあったが、師の力量を超えてからは独学で拳法の技術を学んでいた。

 

 ありていに言ってしまえば、古菲(クーフェイ)は表の世界では最上位に位置する天才である。

 千雨が春先に戦った陰陽術師が召喚した妖怪を相手にしても対等に戦えるだろう。

 

 もっとも古菲(クーフェイ)が生まれつき人並み外れた才能を持っている天性の天才だとしたら、千雨は理詰めで技術を鍛え上げた努力の天才である。

 中国武術研究会の部員では絶対に受けられないであろう一撃を、千雨は焦ることなく冷静に(そら)しきってみせた。

 

 腹部に向けて打たれた『外門頂肘(がいもんちょうちゅう)』が体に当たる直前、千雨は極限まで高まった集中力(クイック・リフレックス)により引き伸ばされた時間を使って盾による防御を試みた。

 完璧なタイミングで横から差し込まれた盾によって攻撃を無力化されて明後日の方向に弾き飛ばされた古菲(クーフェイ)は、威力を吸収したり向きを逸らすことで相手の攻撃を無力化する『化勁(かけい)』という身法(しんぽう)を連想していた。

 

「西洋にも化勁(かけい)があったとは驚きアル!」

「物凄い音がしたが、肘を痛めてねーよな?」

「これくらい平気アルよ。地元では岩を殴って鍛えてたアルネ!」

「……中国武術ってすげーんだな」

 

 攻撃を逸したにも(かか)わらず大岩に戦鎚を叩きつけたかのような轟音が鳴り響いたが、華麗な着地を決めた古菲(クーフェイ)は筋を傷めた様子もなく平然と拳を構えている。

 千雨はようやく扱いに慣れてきた『気』を使って身体強化していたので反動(ダメージ)はほとんど受けていないが、予想以上に力が込められていた古菲(クーフェイ)の一撃に内心舌を巻いていた。

 

(クー)は一般人だって(チャオ)から聞いてたが……こりゃ金属製の盾を持ってきたほうがよかったかもな)

 

 千雨が一番扱い慣れている()()は何かと問われたら【盾】と即答するだろう。

 硬い装甲を持っていたり自分より遥かに大きい相手と戦うときは両手剣や両手斧、戦鎚などの両手武器を使うこともあるが、千雨は対人戦闘では右手に片手武器を持ち、左手に盾を構えることが多い。

 

 千雨が習得している武術は古菲(クーフェイ)と同じく、複数の流派を自分好みに調整した我流のものである。

 千雨の戦闘術は相棒の傭兵(テルドリン・セロ)から習った【ダークエルフ(ダンマー)】に古くから伝わる剣や弓、魔法を扱う伝統的な戦闘術と、戦士ギルド(同胞団)のメンバーから習った伝統的なノルドの戦士の戦い方が基礎となっている。

 

 ノルドの戦闘スタイルは恵まれた身体能力を生かして、一気に敵との距離を詰めて切り込むという非常に攻撃的なものである。

 重装備を着込んで両手武器を振り回して敵の攻撃を物ともせずに戦う戦法もあるが、スカイリムに連れて行かれた当時の千雨は重装を着るには筋力が足りていなかったので、手先の器用さを生かして敵の攻撃を受け流して戦う技術を優先的に学んだのだ。

 

 現在は盗賊ギルドや暗殺教団(闇の一党)で学んだ隠密術も組み込んでいるので、100キロ以上ある装備を着たまま重量を感じさせない身軽な動きで戦うという矛盾しているように見える戦闘スタイルを確立している。

 さらに、まだ完全には習得できていないが千雨はスカイリムで覚えた戦闘術に瞬動術や縮地法を混ぜて、こちらの世界の実力者たちが得意としている高速戦闘術に適応しようとしている。

 

 表の世界の常識で考えれば木製とはいえ剣を手にしている分、拳で戦う古菲(クーフェイ)より遥かに有利なはずだが、千雨は油断や慢心を見せずに剣先を斜め上に向けたまま動かさずに相手の動きを観察している。

 固唾(かたず)を呑んで千雨と古菲(クーフェイ)がどう動くか見守っている観衆とは対称的に、龍宮と楓は気楽に勝負の行方がどうなるか意見を交わしていた。

 

「順当に考えれば長谷川が有利だが……長瀬はどう思う?」

「実戦経験の差は如何(いかん)ともし(がた)いでござるからな。

 しかし千雨殿は装備を制限して表の術理だけで戦っている様子。ならば(クー)にも勝ち目はあるでござろうな」

「ほう、それなら私は長谷川の勝ちに食券を10枚賭けよう」

「ふむ……仕方があるまい。拙者は(クー)が勝つ方に10枚賭けるでござるよ」

「言っとくけど全部聞こえてっから、なッ!」

 

 勝手に模擬戦の勝敗で賭け事を始めた二人に千雨が釘を刺そうとした瞬間、好機と(とら)えた古菲(クーフェイ)が距離を詰めようとしたが、手首を捻って突き出された剣の切っ先で額を打ち付けられそうになったため慌てて飛び退いた。

 折れず曲がらないだけで切れ味は皆無な木剣でも常識的に考えたらかなり危険だが、『気』で肉体を強化している古菲(クーフェイ)なら大事には至らないと千雨は考えている。

 

 千雨は『気』を使って身体能力を高めているが、古菲(クーフェイ)に合わせるため付呪(エンチャント)がかけられた装備はインベントリに入れたまま取り出していない。

 そのためデイドラ装備一式を使っていたときと比べると、千雨の動きは精彩(せいさい)を欠いていた。

 

 千雨の戦闘力は装備品の効果に依存しているため、純粋な技術だけで戦うタカミチや刹那と比べると素の状態ではそこまで強くはないのだ。

 その状態でも十分な腕前はあるのだが、身体能力を『気』で強化していても一般的な魔法先生を少し上回る程度の強さなので油断していたら簡単に足をすくわれるだろう。

 

「随分とやりづらそうにしてるな。さっさと降参しちまうか?」

「まだまだ、これからアル! 虎形拳(フウシンチュアン)が奥義、(しか)と見るがいいネ!」

 

 思うように距離を詰められずにいる古菲(クーフェイ)を千雨が盾に剣を叩きつけて音を鳴らして挑発する。

 しかし、この数日で格上相手に模擬戦を何度も挑んでいる古菲(クーフェイ)は、この程度の挑発には煽られない精神力を身に付けていた。

 

 このままでは間合いを詰められないと悟った古菲(クーフェイ)は動物の意念と形態を模した『形意拳(けいいけん)』の型──十二形拳のひとつである『虎形拳(フウシンチュアン)』の構えを取った。

 指を軽く曲げて手に『気』を集めた古菲は、両手を前方に突き出して奥義の名を口にしながら収縮した『気』を一気に解き放った。

 

虎僕(フウブウ)六合天衝(リィウホティエンチョオン)!」

「かめはめ波じゃねーかッ!?」

 

 突き出された手から放出された『気』の遠当て(衝撃波)を盾で受け止めた千雨は大声でツッコミを入れてしまった。

 この奥義は古菲(クーフェイ)が日本語を覚えるために日本の漫画(ドラゴンボール)を読んでいた際に思いついた技なので、千雨のツッコミは大当たりである。

 

 漫画で見た技を実戦で使えるレベルまで仕上げた古菲(クーフェイ)の才覚は凄まじいが、千雨からしてみれば冗談(ネタ)としか思えなかった。

 しかし見た目に反して威力は先程の『外門頂肘(がいもんちょうちゅう)』より高く、反射的に盾で逸らさず受け止めてしまった千雨は明確な隙を晒してしまった。

 

 千雨の硬直は1秒にも満たない僅かなものだったが、古菲にとっては十分な時間である。

 千雨は瞬時に盾を握り直して迎え撃つべく剣を振り下ろしたが、既に古菲は懐まで潜り込んでいた。

 

 左手を使って千雨の右腕を受け流した古菲(クーフェイ)は握りしめた右拳で『形意拳(けいいけん)』の基礎である『五行拳』の技──『炮拳(パオチュアン)』を使って千雨の胴を殴りつけた。

 しかし千雨が既のところで盾を使って殴打を受け止めたため、古菲(クーフェイ)の攻撃は不発に終わってしまった。

 

「惜しかったな」

「そうでもナイネ」

「何を──ッ!?」

 

 連撃を避けるため後ろに跳んで距離を取った千雨は古菲(クーフェイ)の態度に疑念を覚えたが、その答えはすぐさま身を(もっ)て味わった。

 千雨が驚くのも無理はない。なにせ千雨が盾で完全に受け止めたはずの殴打の衝撃が遅れて腕に届いたのだ。

 

「あれは……『浸透勁(しんとうけい)』を応用したのか」

「衝撃を体内に伝える中国武術の技でござるか。盾と『気』の防御を貫くとは、やはり(あなど)れぬ相手でござるな」

「しかし有効打にはならなかったようだな」

 

 意図せぬ衝撃を受けた千雨は盾を取り落としてしまったが、迂闊(うかつ)に手を伸ばして拾えば追撃が来ると分かりきっているため盾を拾えずにいる。

 千雨は古菲(クーフェイ)の攻撃を受けた左腕をだらりと垂らしているが、痛がる素振りは見せていない。その様子を見た龍宮は油断を誘っているのだろうと判断した。

 

 古菲(クーフェイ)も龍宮と同じ結論に至ったが、実力差のある相手に距離を置いても流れは好転しないため、再び活歩(かっぽ)で距離を詰めて防御手段を無くした千雨に殴りかかった。

 あらかじめ動きを読んでいた千雨は左手を動かしてスカートのポケット(インベントリ)から鞘に入ったままの鋼鉄のダガー(短剣)を取り出すと、順手で握り古菲の連撃を冷静に(さば)いていく。

 

 純粋な膂力で上回られているため攻めきれずにいる古菲の防御の間隙(かんげき)を突いて、千雨は木剣で大きく切り払った。

 すぐさま『縮地法』を使って距離を取った千雨は床に落ちた盾を拾い上げて左手でしっかりと握ると、強く打ち付けられた脇腹を押さえている古菲(クーフェイ)に声をかけた。

 

「まさか、あんな隠し玉があるとは思わなかったぜ」

「完璧に『浸透勁(しんとうけい)』が入ったはずなのに腕を動かせるなんて、千雨は頑丈アルネ」

「そりゃ鍛えてっからな。って、そんなことより(クー)は大丈夫か? 寸止めするつもりが、思いっきり振り抜いちまったが」

「当たる直前に『硬気功(こうきこう)』で防いだから骨は折れてないアル。さあ、勝負を続けるアルヨ!」

「……私の剣が本物だったらさっきの一撃で死んでるし、模擬戦はここまでにしとこうぜ」

「でも私はまだ戦えるアル!」

「私は手加減があんまりうまくねーんだよ。それにクラスメイトと流血沙汰(ざた)なんて嫌だし、我慢してるみてーだが結構痛むんだろ?」

「むぅ……分かったアル……」

 

 裏の事情を知らない古菲(クーフェイ)相手では魔法で傷を癒やしたりできないので、千雨は今回の模擬戦を手早く終わらせるつもりでいた。

 古菲(クーフェイ)は勝ちにこだわっていたのではなく、もっと腕試しがしたいと思っていたので引き下がったが、諦めが悪かったら千雨は()()で脅していただろう。

 今の千雨は平和な日常というぬるま湯に浸かっているが腑抜(ふぬ)けたわけではないのだ。

 

 千雨の提案を受け入れた古菲(クーフェイ)は言葉とは裏腹に不服そうにしていたが、そのうち相手してやると千雨が言うと上機嫌になって次の予定を決めようとしだした。

 古菲(クーフェイ)の扱う中国武術は興味深いが、自分一人だけ相手させられては(たま)らないと思った千雨は、(うつむ)いて食券を差し出している楓と食券をむしり取っている龍宮を無理やり会話に巻き込んだ。

 

 話が(まと)まった後、千雨は勝手に賭け事を始めた対価として、賭けに勝った龍宮に夕食を奢らせることにした。

 話の流れで古菲(クーフェイ)と楓にも夕食を奢る羽目になった龍宮は苦笑しながらも、食券10枚でお釣りが来るだろうと(たか)(くく)って千雨の要求を受け入れた。

 

 しかし寮の食堂へ向かっている道中で古菲(クーフェイ)が焼き肉が食べたいと呟いて『超高級学食JoJo苑』に入ってしまい、龍宮は一人当たり食券10枚もする食べ放題コースを人数分奢らされてしまった。

 恨めしそうに楓を睨みつつ元を取るために焼き肉を頬張っている龍宮の姿を眺めながら、これって楓は得してないが損もしてないんじゃないかと千雨は思うのだった。




人の金で食べる焼き肉は最高だな!用語解説

(たて)
前作(TES4)と比べて防御スキルが優遇されているのに加えて、符呪できる部位が1つ増えるので、ゲーム内では非常に強力な装備として扱われている。
本作ではMODの効果でジャストガード(タイミングを合わせればノーダメージでガードできる機能)も追加されているので、バニラの状態より更に強力になっている。
点や線の攻撃を防ぐのに向いているが、面を攻撃する相手は苦手としている。

【ダンマー】
帝国語ではダークエルフと呼ばれる種族。
ハイエルフ(アルトマー)と同じく人間の数倍の寿命を持っており、剣や弓、魔法を得意とするバランスのいい種族である。
名前のとおりダンマーは灰色の肌を持つ種族だが、元々は【チャイマー】と呼ばれる金色の肌を持つ種族だった。
詳細は省くが、ネレヴァルというチャイマーの英雄が謀殺されたことに怒りを覚えた暁と宵を司るデイドラロード(アズラ)によって、種族ごと呪われて現在の姿になったという話が定説とされている。
テルドリン・セロは現在のダンマーの姿に複雑な思いを抱いているが、()()()()()()アズラを信仰し続けている。

古菲(クーフェイ)
褐色肌が眩しい中国生まれの少女。
一般人という(くく)りでは最強格だが、スカイリムで膨大な実戦経験を積んでいる千雨には届かなかった。
決して弱くはないのだが、千雨と古菲は戦闘スタイルが似ているのでリーチと技量の差で手玉に取られてしまった。
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