███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
あっという間に千雨に武術の心得があるという話が広まるのは予想していた。しかし噂が広まった結果、『武道四天王』などという名で呼ばれるようになるとは思ってもみなかった。
ちなみに『武道四天王』の内訳は、普段の言動からして明らかに武闘派である
「まず初めに言わせてくれ……なんで四天王なのに五人なんだよ! どうせなら五人衆に改名しろよッ!」
「千雨ちゃんが
それで四天王って言われてたんだけど、後からくーちゃんを負かした人が四人居るって広まっても呼び名だけは訂正されなくてこうなったみたいだよ」
「なるほど……って納得するとでも思ってんのか。どう考えてもおかしいだろ!? 五人揃って四天王とか完全にギャグじゃねーか!」
「わ、私に言われても困るよ。噂の
千雨が朝倉の肩を両手で掴んでガクガクと揺らしているが、八つ当たりしても意味がないと頭では理解している。
後で
木乃香から教わった冷めても美味しい唐揚げの味は絶品で千雨は無意識に目を細めている。
物欲しげに弁当箱の中身を見つめていたザジに唐揚げを爪楊枝に刺して差し出していると、横からすらりとした褐色の腕が差し込まれて弁当のおかずを
「ふむ、このだし巻き卵は関東風の味付けなのか」
「意地汚えぞ、龍宮」
「どこかの誰かの口車に乗せられたせいで昼食にも事欠いているんだよ。少しくらい恵んでくれてもバチは当たらないと思うぞ?」
つい先日、千雨に言葉巧みに誘導された結果、龍宮は焼肉屋で夕食を奢らされたため手持ちの食券が枯渇している。
食券が支給されるのは月初めと決まっているので、一週間ほど耐え
食券を使わずに現金で買うこともできるのだが、龍宮は
「そもそも勝手に賭けを始めたのが悪いだろ。ったく、しょうがねーな。
「……本当に常備しているんだな」
「今朝焼いたばかりの出来たてだぜ。ところで、なんで長瀬じゃなくて私に飯をたかってんだよ」
「既に長瀬からも受け取ってはいるんだが……」
少し困った顔をした龍宮が取り出した
「なんだコレ? 団子か?」
「私も実物は初めて見たが、どうやらこれが
「アイツ、本当に正体隠す気あんのかよ」
「逆に堂々としていたほうが、正体が露見しにくいのかもしれないぞ」
「だから龍宮はバイアスロン部に入ってんのか?」
「定期的に試射していないと腕が鈍るからな。そういう長谷川が図書館探検部に入って図書館島に潜っているのも、私と似たような理由だろう?」
バイアスロンとは二種競技のことを指しており、クロスカントリースキーとライフル射撃を組み合わせた競技が有名である。
麻帆良には射撃部や軍事技術研究会などの銃火器を扱っている部活動も存在するが、龍宮は射撃競技で悪目立ちする気はないのでマイナー競技のバイアスロン部に所属している。
「最初はそのつもりだったんだけどな……同年代の友達と共通の目的をもって活動するのも悪くないもんだぜ?」
「……麻帆良は良い場所だが、私には少しばかり眩しすぎる。年相応に笑える長谷川が羨ましいよ」
「難しく考えすぎだっつーの。そりゃ龍宮は少し老けて見えるけど、焼き肉食いに行ったときは普通に笑えてたじゃねえか」
「そうか……私は笑えていたか」
千雨の言葉にぽかんと口を開けたまま固まった龍宮は少しの時間、遠い目をして過去を思い返していた。
考えがまとまった龍宮は口を閉じて微笑を浮かべた後、太ももに固定してスカートで隠していた
「ところで聞き捨てならない言葉が混ざっていたな。私はハーフだから日本人と比べて発育が早いだけで、決して老けてるわけじゃないぞ?」
「でも、その外見じゃ中学生料金で買い物でき──」
「よほど死に急ぎたいようだな」
「冗談に本気でキレるなよッ!?」
千雨の後頭部に銃口を完全にくっつけた龍宮はグリグリと大型拳銃をねじりながら脅しの言葉を告げる。
もっとも人差し指は伸ばされたままトリガーにかけておらず、安全装置も解除していないので本当に銃の引き金を引くつもりはない。
氷点下の眼差しで見下ろしてくる龍宮の態度とは裏腹に殺気は感じなかったので成すがままにされているが、それはそれとして割と本気で怒っていると理解した千雨は素直に謝ったのだった。
「フ、フフ、フゥハハハハハ! ついに……ついに完成したぞッ! 物は試しにと造った試作品だが、
『
「てめーに感謝したくはないが、今回だけは褒めてやるぜ。電子精霊を使わなかったら、ここまで速く最適化は出来なかっただろうからな」
夏休みまで3週間を切った7月の頭、詳細な設計と必要な素材の
千雨は人並み外れた演算能力を持っているが、さすがにワークステーションのような高性能パソコンと比べると処理能力は見劣りする。
脳内や紙に書いて術式を考えるよりパソコンを使って製図したほうが楽だと
もっとも完成度はあまり高くなく、モラが統率している電子精霊の手を借りて一部の作業を省略できる程度に収まっている。
結局は自分の手で出力しなければならない上、シミュレーションの精度には限界があるので組み上げた術式が正常に動作するかどうかは実際に試してみなければ分からない。
それでも作業効率は格段に上がったため、千雨は異様な速度で目的の物を完成させられたのだ。
『ならば報酬として
「よっしゃ! 早速エヴァに自慢しに行くか!」
『──
試作品をインベントリに格納して疾風のように家を飛び出していった千雨を見送ったモラは、
人間的な感情など持ち合わせていないモラは日常業務である
瞬動術で川を飛び越えてあっという間にエヴァンジェリンの家まで辿り着いた千雨は高まったテンションに身を任せて扉を
手癖とは恐ろしいもので、普段は気をつけているが無意識に鍵がかかっている扉をピッキングしようとする癖は今も治っていなかった。
ドアベルを鳴らしてから10秒ほど経過した後、メイド服姿の茶々丸が千雨を出迎えた。
軽く挨拶を交わした千雨は勝手知ったる足取りでエヴァンジェリンの家に入ると、すぐさま階段を登って二階にある寝室に移動した。
千雨の予想通り、朝に弱いエヴァンジェリンは午前9時を過ぎても穏やかな寝息を立てていた。
このまま起きるまで待っていると昼過ぎまで寝ている可能性が高いので、千雨はエヴァンジェリンの肩を揺すって起こすことにした。
「おい、エヴァ。見せたいものがあるから起きろ」
「……あの腐れ魔女、いつか殺す」
「どんな夢見てんだよ。物騒すぎんだろ」
眉間に皺を寄せて寝言で
その後、1時間ほど優しく揺すったり声をかけても一向に起きないエヴァンジェリンに痺れを切らせた千雨は強硬手段として鼻と口を塞ぐことにした。
「カハッ!? な、何事だ!?」
「やっと起きたか。もう10時過ぎてんぞ」
「もうそんな時間か……うん? なぜ千雨が私の家にいるんだ?」
「マスター、蒸しタオルをどうぞ」
千雨に無理やり起こされたと気がついていないエヴァンジェリンは寝ぼけ眼をこすりながら不思議がっている。
ふんだんにあしらわれたフリルが特徴的な黒い
エヴァンジェリンの視線の先には少し大きめな何の変哲もない革袋が鎮座している。
認識阻害の魔法が組み込まれているため見かけ上はただの革袋に見えるが、エヴァンジェリンは
「まさかとは思うが、この小汚い革袋がダイオラマ魔法球なのか?」
「やっぱりエヴァの目は誤魔化せねーか」
「つくづく貴様は合理的すぎると思っていたが、いよいよもって頭がおかしくなったか」
「いくら私でも頭がおかしい呼ばわりは傷つくんだが……こんな外見にしたのは手を抜いたからじゃなくて、
「……魔法球を持ち運ぶ、だと?
ダイオラマ魔法球は非常に高度な魔法具である。繊細な分、耐久度はあまり高くないので、カバンを魔法球に加工して持ち歩こうとする酔狂な人物は今まで誰一人としていなかった。
千雨は最初にスノードームを模した小型の魔法球を造って実験しようとしていたのだが、どうせ造るならインベントリに入れて持ち運べる魔法球にしようと考えたのである。
「口で説明するより実際に見てもらったほうが早いな。この金属板に触れたら中に入れるようになってるぜ」
「……中は随分と狭いんだな」
「インベントリを使えばチェストに好きなだけ物を詰め込めるからな。
それに広くしすぎると周囲の魔素を喰いすぎるし、持ち運ぶならこれくらいで丁度いいと思ったんだよ」
革袋の内部はエヴァンジェリンの言うように手狭でワンルームマンションと大差ない広さである。
そんな空間にベッドやテレビ、タンス、
試作品とはいえ非常に手が込んでおり、
探索中に持ちきれなくなった
エヴァンジェリンから貰った教本に記されていた内容を生かして千雨が造った魔法球は『別荘』とは仕様が大きく異なっている。
千雨は安定性を高めるために、あえて環境再現や時間操作の術式を削って極限まで空間を維持するために必要な魔力を減らしている。
内部空間の拡張を最小限に留めているのも、設計を切り詰めた結果こうなっただけである。
結果として魔法球の外と中で流れる時間はおなじになったが、その代わりに自由に出入りできるようになったので利便性は上がったと言えるだろう。
「ここまで改造されると、もはや別物だな。それで、この魔法球は何という名前なんだ?」
「名前? 別になんでもいいだろ。適当に『
「……なんとも
自分で建てた家に付けた
【武道四天王】
千雨が加わった影響で5人なのに四天王扱いされている武闘派集団。
千雨はひっそりとフェードアウトしたいと思っているが既に手遅れである。
【ヘイブン・バッグ】
ダイオラマ魔法球の理論を応用して千雨が造った圧縮空間の一種。
燃費はいいが内部空間を保全する術式も削っているのでヘイブン・バッグを傾けたら中身も傾く。
擬似的な世界を創造するダイオラマ魔法球として見たら及第点にも届かないけど、純粋な魔法具として見るなら面白い発想だねぇ。
Haishao氏のMOD『Haven Bag』による追加要素……というか異世界の技術を使った再現になるのか?
おそらくポータブル系の持ち運べる家MODとしては一番有名だろう。
ゲームでは大量の金貨が地面に散らばっている六畳程度の広さの空間だが、必要最低限の設備は揃っている。
自動収納機能は残念ながら付いていないが、Manilla Turtle氏のMOD『Automatic Item Storage』を導入してチェストに自動格納魚(日本語訳)をぶち込めば便利空間の出来上がりだ!
千雨は造らなかったがスノードームや