███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第37話【アークメイジ】

 明日菜が襲撃者に扮した千雨に痛烈な蹴りを入れてしまうというハプニングもあったが、実戦形式で行われた訓練の結果は刹那が一定時間耐えきったので合格となった。

 訓練前にじゃんけんで負けたせいで実行役を任された千雨は文字通り踏んだり蹴ったりだったが、制服にくっきりと足跡が付いてしまった以外に被害は無かった。

 

 訓練中の刹那の行動には細々(こまごま)とした部分で粗が見えるが、本格的に習い始めて1か月も経っていない見習いにしては上出来である。

 刹那には千雨とタカミチ以外には見せていない切り札もあるので、逃げに(てっ)すれば大抵の相手からは逃げおおせるだろう。

 

 今回は魔法や特殊技能をできる限り縛った状態での訓練だったので隠していたが、魔法の秘匿を考えずに形振(なりふ)り構わず逃げるのならば烏族(うぞく)の姿を開放して空を飛べばいいのだ。

 (いま)だに踏ん切りがつかないので刹那は真実を告げられていないが、いざとなれば躊躇(ちゅうちょ)せずに全力を出して木乃香を守り通す覚悟を決めているのだった。

 

 

 

 個人的には気に入っているデザインだったドラゴン・プリーストの仮面を明日菜に変だと言われて地味に傷ついた日から数日後の土曜日、千雨は学校に登校していた。

 麻帆良では『隔週学校週五日制』が採用されているため、隔週で土曜日も三限目まで授業があるのだ。

 

 普段は午後から部活動に参加する生徒が多いが、来週の月曜日から期末テストが始まるので今日は部活動も休みとなっている。

 千雨は『過程の省略』で勉強時間を圧縮できるので、テスト前に徹夜で勉強(一夜漬け)しようとは考えていない。

 

 そもそも本物の天才である(チャオ)や葉加瀬には劣るが、委員長(雪広あやか)や宮崎のどかと同じく千雨も秀才の枠に入る人物である。

 そして千雨は常識外れな段階まで極まっている自分の技術を他人に教えるのは苦手だが、論理的に説明できる内容なら人並み程度には教鞭(きょうべん)を執ることはできる。

 

 千雨は形だけとはいえ魔法の研究機関であるウィンターホールド大学の最高責任者である【偉大な魔法使い(アークメイジ)】の座に就いている。

 実務の大半は補佐役であり大学内で二番目に地位が高いマスターウィザード(トルフディル)に任せっぱなしだが、元々アークメイジは実務能力より戦闘力や経歴が重要視されている役職なので今のところ問題は起きていない。

 

 なお千雨は現在もアークメイジの役職に就いたままである。アークメイジになる夢を抱いている【猫の獣人(カジート)】の友人(ジェイ・ザルゴ)に譲ろうか悩んだが、才能こそある(レベル上限は高い)が彼はまだまだ未熟なので現状維持を選んだのだ。

 

 ウィンターホールド大学を動かしている一部の人物を除く大多数の人物は、千雨は遠方まで現地調査(フィールドワーク)に出かけていると認識している。

 千雨がドラゴンたちの王である【アルドゥイン】を打倒(うちたお)したのは周知の事実であり、テルドリン・セロを介して定期的に手紙のやり取りをしているのも相まって、マスターウィザード(トルフディル)気難しいオークの司書(ウラッグ・グロ・シューブ)ぐらいしか千雨の安否を気にかけていない。

 

 対等な大人だと認められており信頼されてるのは分かるが、もう少し心配してくれてもいいんじゃねーかなと思いながら、千雨はホームルーム前の時間を利用して建築技術関連の書籍を読み進めていたのだが今は中断している。

 理由は単純で、千雨の右斜め前の席に座っている委員長というあだ名でクラスメイトから親しまれている(つや)やかな金色の髪とエメラルドグリーンの瞳が特徴的な中学生とは思えない成熟した外見の少女──雪広(ゆきひろ)あやかに話しかけられたからである。

 

 日本人離れした外見だが本人(いわ)くハーフではない純然たる日本人のようで、世界中にシェアを伸ばしている雪広コンツェルンという日本を代表する財閥の当主の次女として知られている。

 千雨とは方向性が違うものの、幼少期から高度な教育を受けている委員長(雪広あやか)も人並み外れた話術技能(スキル)を習得しており、ほとんど言葉を発さないザジとコミュニケーションを取れる数少ない人物の一人でもある。

 

「──というわけで、千雨さんから皆さんに話を持ちかけていただけないでしょうか」

「学年トップ級が4人もいるのに、中間のときはクラスの平均点が最下位だったからなぁ。勉強会を開きたいってのは分かったが、なんで直接言わないんだ?」

「お恥ずかしい話ですが、私が口うるさく言うよりバカレン──ゴホン、少々成績が悪い方々と親しい千雨さんから伝えていただくほうが効果的かと思いまして」

「オブラートに包んだせいで余計に酷い言い方になってんぞ。

 佐々木以外のバカレンジャーと仲がいいってのは否定しないが……付きっきりでは教えれねーし本人たちが乗り気じゃないなら参加させないって条件でいいなら引き受けるぜ」

「恩に着ますわ、千雨さん!」

 

 バカレンジャーとはその名の通り、クラス内で極端にテストの平均点が低く居残り授業をよく受けさせられている五人組のことを指している。

 内訳は綾瀬夕映(あやせゆえ)神楽坂明日菜(かぐらざかあすな)古菲(クーフェイ)、佐々木まき絵、長瀬楓(ながせかえで)の5人で、まき絵を除けばものの見事に千雨と個人的に関わりがある人物が固まっていた。

 

 興味のある物事以外勉強しようとしない夕映やバイトに勤しんでいるため勉強の時間が取れていない明日菜、そもそも日本語の問題文を理解するのが難しい古菲(クーフェイ)など、それぞれが個人的な理由を抱えている。

 ぶっちゃけ二日足らずで点数を大きく伸ばすのは難しいんじゃないかと千雨は思っているのだが、今日と明日は木乃香と一緒に明日菜と刹那に勉強を教える予定だったので引き受けることにしたのだ。

 

 それに、どうせ勉強を嫌がって誰も参加しないだろと高を(くく)っていたのだが、千雨は数時間後、過去の自分の判断に頭を抱えることになるのだった。

 

 

 


 

 

 

 数時間後、勉強会を開くために全員で集まれる場所まで移動した千雨は、どうしてこんなことになったのかと遠い目をしていた。

 千雨の後ろには想定の倍以上まで膨れ上がった人影が並んでいる。

 最初から予定に入れていた木乃香や明日菜、刹那、立案者である委員長に加えて図書館探検部(夕映、のどか、ハルナ)武道四天王(古菲、龍宮、楓)、更にはザジまで勉強会に参加していた。

 

 千雨を含めると総勢12人もの大人数になった理由──それはエヴァンジェリンの余計な一言だった。

 最初は千雨が話を持ちかけても夕映を筆頭とした面々(バカレンジャー)は、どうせテストで悪い点数を取っても進学できるので勉強会など参加する気はないという態度だったのだが、後ろの席で会話を聞いていたエヴァンジェリンがほくそ笑みながら千雨の別宅(建てた家)にプールがあるという話をしてしまった。

 

 その話にハルナが食いつき勉強会のついでに遊びに行こうという話で盛り上がってしまい、勝手に集合場所が決まったのである。

 こうなるのが目に見えていたので家を建てた話は黙っていたのだが、過ぎたことはしょうがないと諦めた千雨は開き直って全員を招待したのだ。

 

 一旦寮に帰って昼食を()った一同は、自室に戻って勉強道具と水着を持ち出してから千雨の家に来ている。

 石で築かれた3メートル近い高さの塀と立派な門を見て驚いたのどかと夕映は、無意識に思ったことを口走っていた。

 

「思ってたより立派なお家ですねー」

「千雨さんって実はお金持ちだったですか?」

「そういうわけじゃねーんだが……宝くじに当たったみたいなもんだと思ってくれ」

 

 今の千雨は億単位の個人資産を保有しているので間違いなく富裕層に該当するが、誰もが知る大企業の令嬢である委員長や千鶴、関西呪術協会の(おさ)の一人娘である木乃香とは違って生まれは普通の一般庶民である。

 本当の富裕層が参加している社交界には()()()()一度も行ったことがないため、千雨は適当にごまかすことしか出来なかった。

 

「『Cherry Blossom Manor(チェリーブロッサム邸)』ねぇ……もうちょっといい名前付けれなかったの?」

「こういうのは変にこだわらずに一発で分かる名前を付けりゃいいんだよ」

「千雨ちゃんって手先は器用やのに名付けだけは大雑把やもんなー」

 

 門の側に備え付けられていた看板に英語(帝国語)で刻まれている建物名を読み上げたハルナは周囲を見渡して桜の木が植わっていないと知ると、微妙な顔で千雨のネーミングセンスにツッコミを入れている。

 魔法世界(ムンドゥス・マギクス)で買った飛行船に『グレートパル様号』と名付ける可能性(平行世界)が存在するハルナも人のことは言えないのだが、千雨とどちらがマシかと問われると甲乙つけがたい。

 

 門の鍵を開けて敷地内に入った一同は興味深げに中世の家を現代風に改修したような外見の一軒家を眺めている。

 麻帆良ではそれほど珍しくない建築様式だが、町中でよく見かける外観だけ再現した建物とは違って本物特有の存在感が漂っている。

 

 両開きの扉を開けて家の中に入った千雨は質問攻めに遭う前に先んじて部屋を案内することにした。

 12人も集まると少し手狭に感じられるメインホールに荷物を置いた一同は、興味深げにキッチンや寝室、二階部分を見学していた。

 

 キッチンに置いてある最近発売されたばかりの調理家電を使いたそうにしている木乃香と、二階の本棚に収められている物珍しい本を読み(ふけ)ろうとしている夕映を引き剥がしていた千雨は、壁に耳を当てながら拳で軽く叩いている楓と、靴の爪先(つまさき)で床をコツコツと蹴って音を確かめている龍宮の姿が気になった。

 

「さっきから二人して何やってんだ?」

隠し扉(どんでん返し)や落とし穴が仕掛けられていないか確かめていたでござる」

「んなもんあるわけねーだろ!? ここは忍者屋敷じゃねーんだぞ!」

「私は床を蹴った音の反響で地下に武器庫があるか調べていたが……うまい具合に隠しているようだな」

「てめーはスパイか何かか!? さてはお前ら、家探しするために付いてきただろ!」

「半分はそうだが、残り半分は違うぞ?」

「最近暑くなってきたでござるからなぁ。タダで泳げるいい機会でござる」

「……真名はともかく楓、テメェは泳ぐ気力が無くなるぐらい思う存分勉強させてやるよ」

「ござっ!?」

 

 自分の成績に対する危機感がまるで感じられない楓の態度に少しだけ腹が立った千雨は黒い笑みを浮かべながら楓の肩に手をやった。

 殺気や敵意は発していないが、それ以上に恐ろしい何かを肌で感じとった楓は冷や汗を流しながら普段は閉じている目を見開いて驚いている。

 

 万力の(ごと)き握力で肩を掴まれて悲愴(ひそう)な面持ちで千雨に引きずられていく楓の姿を眺めつつ、龍宮はやれやれと肩を(すく)めながら少しは真面目に勉強するかと気を引き締めたのだった。

 

 

 

 人間の集中力はそこまで長く持続するものではない。集中力を維持したまま何時間でも作業できる千雨が例外なのだ。

 千雨は楓が疲れ果てるまで勉強させるつもりでいたが、何時間も休憩を入れずに勉強を続けるのは効率的ではないという委員長の判断から、勉強を教わっている面々の集中力が途切れたタイミングを見計らって定期的に休憩を入れていた。

 

 幸いにも中間テストの合計点数が学年全体で上位100位以内に入っている人物が四人も集まっているので、一人で二人を受け持てば問題なく勉強を教えられる体制を整えられた。

 教える側も人に教えることで理解を深められるので、千雨としてもテスト範囲を復習できて有り難かった。

 

 千雨は楓と夕映を受け持っていたが、意外にも順調にテストに出る範囲の内容を教えられていた。

 楓は基礎的な部分で少し(つまず)いていたものの、夕映は一度教えれば内容を自分なりに噛み砕いてあっという間に理解できていた。

 

 夕映はバカレンジャーのリーダー担当などと呼ばれているが、本人に本気で勉強する気がなく自主的に勉強する習慣もないだけで、勉強しても結果に繋がらない()()()()()()()を間違えているタイプではない。

 逆に夕映以外のバカレンジャーは勉強の習慣が無い上にやり方も間違えているので苦労しているのだが、夕映は普段から真面目に授業を聞いていれば上位100位以内を狙えるであろう地頭の良さがあった。

 

 楓の集中力が途切れそうになったタイミングに合わせて、古菲(クーフェイ)とザジに勉強を教えていた委員長も休憩を入れていた。

 キッチンから取ってきた冷えたジュースが注がれたガラス製のコップを休憩中の面々に差し出しながら、千雨は夕映に前々から思っていた疑問をぶつけた。

 

「夕映はなんで勉強が嫌いなんだ?」

「どうしても興味が湧かないのです」

「……夕映さんは哲学に興味があるのでしたね。でしたら英語以外の言語も学んでおいたほうがいいですわね」

「英語以外の言語、ですか……?」

「英語はともかく、他の言語も覚えたほうがいいのか?」

 

 今まで漠然(ばくぜん)と日本語に訳された哲学書を読んできた夕映と、哲学に興味がない千雨は委員長の発言に首を(かし)げている。

 そんな彼女たちに教えるため、委員長は軽く握って右手の指を一本ずつ開きながら、西洋哲学を学ぶために必要な言語の名を呟いていった。

 

「西洋哲学を本気で専攻するおつもりでしたら、英語、ドイツ語、フランス語、ラテン語、ギリシア語を覚えなければなりませんわ」

「そ、そんなにですか!?」

「スピーキングまでマスターする必要はありませんが、最低でも辞書を引きながら原書の内容を理解できなければ話になりませんね。

 夕映さんのお祖父(じい)様──綾瀬泰造(あやせたいぞう)さんは哲学書の原書を(そら)んじることもできたと聞き及んでいます」

「言われてみれば、おじい様の書斎には洋書も沢山あったです……」

 

 夕映は小学生の頃から哲学書を読みふけっていたが、理知的で優しい憧れの存在である祖父から外国語を教わった経験は無かった。

 おそらく自分の影響で孫娘の将来の選択肢を狭めないように、あえて好きにさせていたのだろうと委員長は推測していた。

 

 委員長の話を聞いた夕映は(うつむ)いて何やら考え事を始めてしまったので、場を繋ぐために千雨が会話を引き継いだ。

 

「随分と哲学や夕映の事情に詳しいじゃねーか」

「これでもクラスメイトの情報は一通り押さえていますわ。もちろん、千雨さんが作っていらっしゃる木工品も存じていますよ?

 千雨さんさえよろしければ、寮の部屋で使う椅子を作っていただきたいですわね」

「機会があれば、喜んで引き受けさせてもらうぜ」

 

 にこやかに笑う委員長に視線を合わせた千雨は()()の金持ちって怖えなと思いながらも、しっかりと商機を逃さないのだった。

 なお千雨から底知れない相手だと思われている委員長だが、意外に世情に(うと)い一面があるので普段はただのお嬢様系天然娘である。

 

 委員長と千雨が雑談している間、夕映はずっと目を閉じて考え事をしていたが、休憩時間が終わる寸前になって急に顔を上げた。

 前を向いた夕映は千雨を真剣な眼差しで見つめると、頭を下げて先程から考えていた想いを口にした。

 

「千雨さん、お願いがあります。私に英語とラテン語とギリシア語を教えてください!」

「軽くなら教えれるが、今は期末テストの範囲を優先しろよ? テストでヘボい点数取ったら教えねえからな」

「……はいです」

 

 千雨の現実的な条件に夕映は顔を歪めたが、これも将来のためだと覚悟を決めて重々しく(うなず)いたのだった。

 ちなみに一切会話に参加しなかった楓は疲れた頭を休ませるために、机に突っ伏したまま安らかな寝息を立てていた。




「ジェイ・ザルゴは大成するよ。それは間違いない」用語解説

雪広(ゆきひろ)あやか】
初等部の頃からクラスの委員長を務めていたため、本名より委員長(いいんちょ)というあだ名で呼ばれるほうが多い少女。
早熟でスタイルもいいので一見すると高校生ぐらいに見える
初等部の頃に生まれてくるはずだった弟を亡くしているため、年下の少年を異様に愛してしまうという欠点もあるが、基本的には才色兼備で他人を思いやれる優しい少女である。

【アークメイジ】
帝国語で『偉大な魔法使い』を意味する言葉。
言葉の意味としては地球における『立派な魔法使い(マギステル・マギ)』と同じだが実態は大きく異なる。
アークメイジという称号はウィンターホールド大学以外にウィスパーズ大学やモロウウィンドの五大家(ごだいか)で使われている。
200年前(TES4)の帝国には魔術師ギルドという組織が存在したが、現代では解体されてウィスパーズ大学に取って代わられている。

【カジート】
砂漠と密林が広がっているエルスウェーアという地域に住んでいる猫に似た種族。
カジートとは彼らの言葉で『砂漠の人』という意味がある。
人間界(ニルン)には大きく分けて3種類(人間、エルフ、獣人)の種族が存在しており、カジートは獣人に分類されている。
エルスウェーア以外の土地では、全身を体毛で覆われた人型の『シュセイ・ラート』という種族のカジート以外を見かけることは少ない。
カジートと一括(ひとくくり)にされているが、魔法を得手としていて見た目はイエネコと瓜二つな『アルフィク・ラート』という種族も存在する。
スカイリムやオブリビオンに出てくる定命の者(プレイヤー)が見慣れているカジートは『シュセイ・ラート』という種族のカジートである。
設定上は17種類のカジートが存在しており、エルスウェーア地方に行けるESOでは実際に多種多様なカジートの姿が見られる。
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