███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
勉強会を始めてから二時間ほど経過した頃、千雨の家のメインホールには緩んだ空気が漂っていた。
勉強会に参加しているメンバーの半数以上は日常的に勉強する習慣がないため、小休止を取っても集中力が持たなくなっているのだ。
そこで、このままでは勉強に身が入らないだろうと思った
勉強会の発起人である委員長は生真面目な人物だが、バカレンジャーを一日中縛り付けて勉強させるつもりはない。
優秀な人物が何人も揃っているにも
そもそも
委員長はバカレンジャーに少しでも勉強が楽しいと感じてもらうために勉強会を開いたのだ。
エヴァンジェリンが千雨の家を話題に出さなければ、委員長は屋内プールがある実家に案内するつもりだった。
しかし千雨には迷惑をかけているが、結果的にはこちらのほうが正解だったと委員長は考えている。
小学生の頃から何度も委員長の実家に行ったことがある明日菜や木乃香は別として、あまり親しくない相手は萎縮してしまうのではないかと思っていた。
細かいことは気にしない麻帆良に住む人々の中でも特に脳天気な性格をしている人物が多く集まっている1年A組の面々に対しては無用な心配に思えるが、自分の社会的地位や自由に動かせる資産をひけらかす成金のような行動を委員長は嫌っていた。
こうして三時の
学校指定の紺色のスクール水着を着込んだ千雨はプールサイドのウッドデッキに置かれているお手製のビーチチェアに深々と座ると、プールの中で黄色い声を上げてはしゃいでいるクラスメイトの様子を眺め始めた。
急な呼び出しだったので全員スクール水着を着ているが、事前に分かっていればこのために水着を新調していただろう。
「世の中ってのは不平等だ。生まれが違えば素質も違う。全てを平等にするなんて不可能だ」
「……」
「でも、だからこそ平等にしなくちゃ駄目なんだ。ザジ、お前も分かるだろ」
「……?」
「ああ、そうだ。平等にするには削ぎ落とさなくちゃ駄目だよなぁ」
「……???」
話の内容が理解できず首を傾げているザジを無視して独り言のように言葉を
そんな千雨の不穏な空気を漂わせている姿が気になったのか、
「千雨さん、目つきが怖いですよー?」
「哲学的な話をしているのかと思いきや、胸のサイズに嫉妬してるだけですか」
「そもそも、ちうっちも別に小さくなくない? ま、私には勝てないだろうけどね!」
「ふん、ハルナはもっとウエストを引き締めたほうがいいぜ。あと、人をたまごっちみたいに言うんじゃねーよ」
「あ、ちょっと!? 脇腹つまむのは反則でしょ!」
クラス内で5番目に豊満な胸を見せつけてくるハルナに
ハルナも
また、ハルナは部屋に閉じこもって漫画を描いていることが多く、図書館探検部の活動も休みがちなので運動量が足りていないのだ。
羞恥心から顔を赤くしているハルナは咳払いして気を取り直すと、千雨に人差し指を向けて本題を口にした。
「実際に家を見るまで確証が持てなかったけど、やっぱり
「まあな。隠してるわけじゃないから大学部の連中や朝倉も知ってるぜ」
千雨はホームページに開設している
更新速度は写真を撮り溜めていると思われる範囲に調整しているが、作っている物が多岐にわたるため、ネットの匿名掲示板では複数の人物が共同で運営しているのではないかという意見も上がっている。
中には合成写真だと決めつけて検証していた人物もいたが、確たる証拠は見つかっていないので陰謀論のような扱いを受けている。しかし、その人物の予想は当たっており千雨は一部の写真に加工を施している。
千雨が『過程の省略』によって短時間で作業している弊害で時間経過に矛盾が生じているため、電子精霊に画像の背景や陰影などを編集させているのだ。
画像データを直接操作できる電子精霊の加工技術は凄まじく、加工したと知っている千雨でも痕跡を見つけられない完成度で仕上がっていた。
メールや掲示板でもその手の質問は絶えないが、千雨は黙秘を貫いていた。魔法の秘匿に関わらない事実は教えてしまっても構わないのだが、少し謎めいた存在として放置したほうが話題になると思ったのだ。
そんな千雨の考えは的中しており、有名な個人サイトで取り上げられたのがきっかけとなって日本最大手の検索サイトのブログランキングで上位に入りアクセス数を大きく伸ばしている。
やろうと思えば電子精霊で情報操作してランキング一位を独占することもできるが、そんなことをしても虚しいだけで承認欲求は満たせないだろう。
最近では有名になった『ちうのホームページ』に
現在、ホームページのサーバーはモラが使用している
それはそれとして千雨のハッカーとしてのプライドが愉快犯を許せなかったので、相手のパソコンをハッキングして個人情報をネットにばら撒いている。
千雨が自室から持ってきた野外活動用の
話の流れで深く考えずに見せてしまったものの、自分が作ったホームページを親しい友人に見せるという生まれて初めての行動に千雨は時間差で気恥ずかしさを感じてしまった。
耳を赤くした千雨がのどかと夕映の感想を聞いていると、プールで遊んでいた他の面々も集まってきてしまった。
公開処刑のような状況に絶えきれなくなった千雨が休憩時間は終わりだと叫ぶと、遊び足りないと残念がっているバカレンジャーを引きずって勉強を再開させたのだった。
その後、日が暮れる直前まで勉強させた千雨は家に泊まりたがっていた夕映や
翌日、桃色の髪を短めのツインテールで纏めている少女──佐々木まき絵が加わったことで全員揃ったバカレンジャーは、今日は午前中から勉強して午後は遊ぶぞと意気込んでいた。
昨日は勉強会に乗り気ではなかったまき絵だが、自分以外のバカレンジャーが全員勉強会に参加したと知って危機感を覚えたようで、委員長の「このままでは
佐々木まき絵失格って何だよと千雨は思ったが、本人は意味を理解してショックを受けているようなので深く追求はしなかった。
昨日の内に、今日の昼食と夕食は千雨の家で食べると決めていたため、全員で金を出し合って食材を購入して料理を自作することになった。
凝った料理を作って勉強時間を減らすわけにはいかないので、昼食は前日の夜に千雨が仕込んでいたカレーを食べて、夜はウッドデッキにある野外調理場を使ってバーベキューをすると決めていた。
こうして勉強会という名のホームパーティに土日を費やした千雨は万全の状態で期末試験を受けたのだった。
全ての教科の期末試験が終わった翌日、千雨は勉強会に参加したメンバーと共に学校のエントランスホールに集まっていた。
麻帆良学園本校には報道部が学年別にクラスごとの平均点を収集して順位を発表する風習がある。
順位を予想して食券を賭けるトトカルチョまで
今回もテストの結果に千雨は確かな手応えを感じており、自己採点してみると数学や理科、英語は満点を取れていた。
千雨が腕を組んで天井から吊り下げられているプロジェクタースクリーンを眺めていると、緊張した面持ちの委員長が隣までやってきて声をかけてきた。
「ベストは尽くしました。後は最下位を回避できているか願うだけですわね」
「つっても土日合わせて10時間ちょっとしか勉強してねーしなぁ。
これで最下位だったら次の勉強会は絶望的かもしれねーが……
「初等部からの付き合いなので桜子さんの強運は存じていますが、千雨さんが運を根拠にするとは意外ですね」
今まで見聞きしてきた印象とは異なる発言に、委員長が意外そうな目で隣に立っている千雨に視線を向けた。
千雨は現実を客観的に分析して理想に向かって歩んでいく
「運が良いってことは、それだけ運命に愛されてるんだよ。
……それまでの自分の選択や努力を否定された気分になるから運命って言葉は嫌いだけどな」
「それはどういう──」
『1年生の学年平均点は72.8点! それでは1年生のクラス順位を発表いたします!』
第1位、第2位とクラス名が読み上げられていくが、1年A組の名前は中々出てこない。
バカレンジャーを筆頭に勉強会に参加した面々がまだかまだかと待ちわびていると、委員長や千雨が予想していたより早い段階で1年A組の名前が上げられた。
「24クラス中6位か。中間と比べると10点以上平均点が上がってるな」
「それだけアスナさんたちが頑張ったということですわね」
「これで少しは勉強する習慣が付けばいいんだがなぁ」
予想を的中させてトトカルチョで賭けていた食券を大きく増やした桜子に群がっている脳天気なクラスメイトの姿を遠巻きに眺めながら、千雨は困ったように笑ったのだった。
補習確定かと思われていたメンバーが期末テストで60点以上を取ったため、翌週の補習期間をバカレンジャーは自由に過ごせた。
中学生を何度も繰り返しているので真面目にテストを受けていないエヴァンジェリンが危うくバカレンジャーに平均点で負けそうになったというハプニングもあったが、それ以外には特筆すべきことは何もなく千雨は夏休みを迎えようとしていた。
本日の日付は7月19日──終業式を終えて閑散としている1年A組の教室に千雨は数人のクラスメイトを引き連れて訪れていた。
鍵がかかっていた教室の扉を以前ピッキングした際に作っていた合鍵で開けて我が物顔で侵入した千雨は、自分の席に腰掛けて暇そうにペンを回している今は採用されていない黒いセーラー服姿で銀色の髪と赤い瞳が特徴的な少女の形をした幽霊──
「よう、さっきぶりだな」
『こんにちは、千雨さん。もしかして、忘れ物を取りに来たんですか?』
「全員の都合がついたから、お前の姿が見えそうな奴らを連れてきたんだよ」
『ほ、本当ですか!?』
回していたペンを投げ捨てて初めて話しかけたときと同様に飛びかかってこようとしたさよを片手で制した千雨は連れてきた面々に話しかけた。
「悪いな、一学期の最終日に呼び出しちまって」
「十分な報酬は貰っているから私としては問題ないが、まさかこんな身近な場所に幽霊が居たとはな」
「言われてみれば誰も居ない場所から視線を感じることがありましたが……千雨さんは相坂さんの姿が見えているんですか?」
「私は存在を認識してるから普通に見えてるし会話もできるぜ。エヴァはどうなんだ?」
「……見えるし聞こえているぞ。だから、そんな泣きそうな顔で見つめてくるんじゃない」
目に魔力を込めて魔眼を開放した龍宮と千雨の視線から立っている場所を予想して注意深く観察した刹那は、ぼんやりとだがさよの姿を視認できた。
一方でエヴァンジェリンは意識せずとも完璧にさよの姿が見えており声も聞こえている。
最近は千雨や
千雨たちにさよの姿が見えている一方で、肩身が狭い思いをしている人物もいた。
茶色い髪をショートボブにしている黒色のシスター服を着込んでいる少女──
「あのー、なんで私まで呼ばれてるんスかね……?」
「シスターシャークティから話聞いてねーのか?」
「聞いてるッスけど、半人前の私じゃ荷が重いというか……今も相坂さんの姿は見えてないし」
「春日は教会秘蔵の神聖魔法とか使えないのか?」
「私って敬虔な信者じゃないから、そういう聖女様が使うような魔法は覚えられないんだよねー。
というか私は美空じゃなくて、シスターシャークティの命令で教会から派遣された謎のシスターですし」
「いや、顔思いっきり見えてるし、シスター服着てるだけで誤魔化せるわけねーだろ」
「知りませーん! 私は謎のシスターです!」
「猫かぶってる気はしてたが、本当はこんな性格だったのか……」
耳に手をやって聞こえないふりをしている美空の行動に千雨は呆れていた。
霊的なものは専門外なので教会の手を借りようと千雨が
美空は自分が魔法生徒だという事実をクラスメイトの魔法関係者に隠していた。元々、美空は面倒事を避けるマイペースな性格をしているのだ。
そのため美空は裏の世界で名が知られている
もちろんエヴァンジェリンと親しくしている魔法関係者である千雨も、美空からしてみれば深く関わりたくない相手の一人である。
卒業まで静かにしているつもりだったのに何でこうなったのかと嘆いている美空の姿に千雨は親近感を覚えたが、自分が原因の一端を担っているので黙って見ていることしかできなかった。
【
歳の割には早熟なほうなので
毎日欠かさず運動しているので肉体的には非常にバランスが取れている。
キティから
【ちうのホームページ】
いよいよもって方向性がよく分からなくなっているサイト。
日記が毎日更新されており他のコンテンツも短いスパンで更新されるので、実際に千雨を知らない人物からは複数人で運営していると思われている。
掲示板やチャット欄を荒らすと24時間監視している
【
いたずら好きで素行不良な一面もあるが、1年A組に所属している魔法関係者の中ではかなり常識的な人物。
ココネ・ファティマ・ロザという龍宮真名に少し似た容姿の少女と共に教会に住んでいる。
親の意向で魔法を習っているだけで教会生まれというわけではない。