███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第3話【帝国へのポケットガイド】

 千雨は()()()()()()()()では不要な争いを避ける性格をしている。

 そのときの気分や相手にもよるが降伏した相手の命までは(半殺しにするか魔法で大人しくさせて衛兵に突き出すが)取らないし、話し合えるだけの知性を持った相手に自分から武器を抜くこともない。

 それでも現代日本では過剰に思えるだろうが、千雨は外見で舐められやすかった上、負けず嫌いな性格をしているためケンカを売られて戦わないという選択肢は早々に除外されてしまった。

 

 とはいえ本当にどうしようもなくなったときの()()()()()もあるので、あえて挑発してきているであろうエヴァンジェリンの態度に気分を害することはなかった。

 

「どうして私が偽物だと思ったんだ?」

「単純な話だ。私はクラスメイトの大まかな素性をタカミチから聞かされていた。このクラスは私も含めて特殊な事情を抱えた奴が多いようだ。

 もっともジジイの差し金だろうが、私も断片的にしか情報は伝えられていないがな」

「……つーことは私が()()じゃないってのもお見通しだったって訳か?」

 

 千雨は物心ついた頃からこの街(麻帆良)は何かがおかしいと気がついていた。

 

 ギネス記録を大きく上回っている世界樹と呼ばれる巨木。

 自動車を抜き去る速さで走れる学生。

 非常に複雑な構造をしている迷宮のような図書館。

 

 例を上げれば切りがないが、周囲の人間はそれらを普通だと認識していた。

 そのため千雨は異常を異常だと認識している自分のほうがおかしいのだと考えていた。

 

 しかし事前に千雨が普通じゃないと知っていて放置していたのだとしたら話は別である。

 アカトシュの干渉をどうにかできたとは思わないが、それでもいい気はしない。

 

「いや、貴様は事前情報では少しばかり電子機器に詳しいだけのただの一般人という扱いだった。

 そんな奴が古龍(エインシェントドラゴン)によく似た『気』を垂れ流していて、偽物だと疑わないほうがおかしいだろう。

 武術を嗜んでいる一般人の真似は見事だが、私の目を誤魔化すには詰めが甘かったな」

 

 千雨の隠密術は非常に優れているが、それは盗賊や暗殺者としての技能である。

 変装して職業を偽って潜入したこともあるので、意識すれば気配を変えることもできるが本職(スパイ)ではない。

 それゆえ自らの存在そのもの──ドラゴンボーンとしての力を隠蔽する(すべ)は習得していない。

 そもそもスカイリムではドラゴンと自分の同類(ドラゴンボーン)しか感じ取れない力だった上、体系化された『気』の技術もなかったので隠し方自体知らなかった。

 

 エヴァンジェリンの返答を聞いた千雨は無意識に握りしめていた拳を開くと、大きくため息をつき口を開いた。

 

「色々とツッコミたい部分はあるが……話が進まねーし今は後回しにしとくか。

 とりあえず私についてだが、肉体的には人間だったけど()()()()()()()()()宿()()()()はずだぜ? 

 私も異世界に連れて行かれてドラゴンを倒すまでは自覚できなかったけどな」

「異世界だと……? 貴様は魔法世界(ムンドゥス・マギクス)から来たのではないのか?」

「あん? ()()()()・マギクス……ニルンのある領域をこっちではそう呼ぶのか」

「ちょっと待て、話が噛み合っていないぞ。

 隠す気もなさそうだから聞くが、貴様はヘラス帝国とメセンブリーナ連合、どちらの生まれだ」

「私は日本生まれの日本育ちで、麻帆良を出たことも数えるぐらいしかねーよ。

 それにタムリエル大陸には帝国はあったけど、ヘラスなんて名前はついてなかった。

 こっちにも魔法があるかもってのは予想してたけど、ニルン以外にも異世界があったのか……」

 

 エヴァンジェリンから敵意が消えたのを感じ取った千雨は少し遠い目をして項垂(うなだ)れながら、フェンスに体を預けて臨戦態勢を解いた。

 千雨の発言に困惑気味なエヴァンジェリンは両腕を組んで険しい表情をしている。

 

(この小娘、わざと適当な発言をして話を逸らそうとしているようにしか思えんが……いや、それならもう少し現実的なウソをつくか。

 それともまさか、本当に私も知らないような()()から来たのか?)

 

 エヴァンジェリンにとって別の世界とは魔法世界や魔界のことを指すが、千雨は地球とニルンしか知らなかったので認識の齟齬が生まれていた。

 エヴァンジェリンは600年以上の歳月を生きてきた化物だが、魔法世界(ムンドゥス・マギクス)以外に複数の国家を形成している異界なんて聞いたことがない。

 

「……ええい、なぜ私がこんなことで頭を悩ませなければならんのだ! 

 見ているんだろう、タカミチ。こいつをジジイの部屋に連れて行け!」

 

 頭を片手でガシガシと掻きながら苛立った様子で、エヴァンジェリンがタカミチの名を呼ぶ。

 最初はひとつのクラスに厄介な連中を固めたであろう学園長(ジジイ)への苛立ちと意趣返しのために、()()()()()()と思わしき人物を試そうとしただけだった。

 

 エヴァンジェリンは千雨が短絡的な危険人物だったとしても、護衛に連れている緑髪のロボ娘(ガイノイド)──絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)に対応させるつもりだった。

 もし茶々丸の手に余る相手だったとしても、タカミチの実力なら簡単にあしらえるだろうという考えもあり挑発していた。

 しかし思っていた以上に複雑な事情がありそうだと知って面倒になったエヴァンジェリンは、考えるのを放棄して学園長へ全てぶん投げることにしたのだ。

 

「エヴァ、君という奴は……あー、すまないが千雨君。

 少し君の事情について聞きたいんだが、ついてきてくれるかな? 

 もちろん、この後に予定があるようなら明日以降でも大丈夫だよ」

「ザジと買い物に行く予定なのであまり長話はできませんが、2時間程度なら構いませんよ。

 それに私も()()()()とやらがどういうものなのか知っておきたいですから」

 

 苦笑しながら屋上に現れたタカミチは一見すると自然体だが、その身のこなしには一分(いちぶ)の隙もない。

 両手をズボンのポケットに入れているだけで寸鉄を帯びているようには見えないが、千雨はこちらが武器を抜いた瞬間にタカミチが反撃してくるだろうと容易に想像できた。

 

 一方のタカミチも表情や気配からは見て取れないが、薄っすらと見せている千雨の達人特有の気配を感じ取って警戒していた。

 千雨は見た目こそ学生服姿の女子中学生だが、インベントリ内には多数の武器防具や魔法の道具(アーティファクト)を格納しているため、その気になれば一瞬で完全武装できる。

 さすがにタカミチもそこまでは読み取っていないが、無数の武器を呼び出すアーティファクトや武器を手元に移動させる魔法の知識があるので注意は怠っていない。

 

「ふわ~あ……二人して様子見してないでとっとと動け。私は早く帰って寝たいんだ」

「なんつーか、アンタって想像以上にマイペースな奴なんだな……」

 

 眠たげにあくびをしながらエヴァンジェリンはタカミチを急かしている。

 もっとも、やる気のなさそうな口ぶりとは裏腹に千雨の正体が気になるのか着いては来るようだ。

 そんなエヴァンジェリンの様子に千雨が呆れているとタカミチが頭を下げた後に口を開いた。

 

「本当に申し訳ない。君を試すような真似をしたかった訳ではないんだが……いや、これも言い訳にしかならないか」

「客観的に見て自分がかなり怪しい奴ってのは自覚してるので構いませんよ。

 変に隠そうとしたら余計に話が(こじ)れそうなので、少し様子見したら自分から打ち明けようとは思ってたんですけどね」

 

 こんなに早くバラすつもりはなかったが、徹底的に隠蔽するつもりも千雨にはなかった。

 日本の文化が懐かしくなって帰ってきたのは事実だが、それだけのために帰ってきたわけではない。

 ある種のオカルト技術が実在しているのは帰る前から確信していたので、表では出回っていない情報を集めてから関係者と交渉をしようと思っていたのだ。

 

 エヴァンジェリンのせいで全て台無しになったが、計画が早まったとも言えるので千雨は奥の手は切らないで様子を見ることにしたようだ。

 

(高畑先生は見た感じ真っ当な人っぽいな。

 問題は学園長のほうか……最低でもウィンターホールド大学の先生ぐらいにはマトモだといいんだがな。

 サルモールのアンカノみたいな奴だったら最悪、麻帆良に居られなくなりそうだ。

 なにがなんでも学校に通いたいわけじゃねえけど、いくらなんでも最終学歴が小卒は嫌だぞ)

 

 千雨が本格的に魔法を教わったウィンターホールド大学で大事件を起こしたハイエルフの男(アンカノ)は故人だが、現在でも千雨の嫌いな人物リストの上位にランクインするぐらいには嫌な奴だった。

 そこまで低俗な人物が学園長だとは思いたくないが、万が一の可能性を考えて千雨は気を引きしめながらタカミチの案内についていくのだった。

 

 

 


 

 

 

 タカミチに先導され学園長室へと足を踏み入れた千雨は、あらかじめ決めておいた範囲で自分が体験した出来事を話すことにした。

 別に包み隠さず話してもいいのだが、千雨は日本の法律に照らし合わすと間違いなく違法となる行為を何度も行っている。

 技術を学ぶためとはいえホールドの首長と癒着している犯罪組織(盗賊ギルド)や、帝国の皇帝暗殺を依頼されて完遂した暗殺教団(闇の一党)に所属していた過去もある。

 

 技術を完全に学び終えた千雨は、地球に戻ってくる前に後継者を育て上げて所属していた組織には長期間留守にすると告げている。

 過去の選択が正しかったかどうかは今でも明確な答えを出せていないが、今の千雨は理由さえあれば人を殺せてしまうという事実は変わらない。

 

 吸血鬼のエヴァンジェリンはともかく、教育者であるタカミチや学園長に理解できるとも、して欲しいとも思っていないので踏み込んだ内容を口にするつもりはなかった。

 

「異界の神に加護を生まれた頃から与えられていて、更にはその神がいる世界に連れ去られた……なるほどのう。確かに(いささ)か荒唐無稽な話じゃな」

(アンタの頭の形も十分に非現実的だと思うぞ、妖怪ジジイ)

「はて? なにか言いたいことがありそうな顔をしておるな」

 

 心のうちを読んだかのように、目を隠すほどの長さの眉毛と胸の下辺りまである顎髭(あごひげ)、そしてぬらりひょんのような異様に長い後頭部が特徴的な老人── 近衛近右衛門(このえこのえもん)は顎髭を片手で撫でながら千雨の様子を観察している。

 考えていたことを当てられながらも、千雨は顔色を一切変えることなく応接用の長椅子の背もたれに体を預けながら思案していた。

 

 これでも千雨は交渉事においてはそれなりの自信があったのだが、眼前の老人は明らかに自分を上回る力量(話術)の持ち主であった。

 ならばどう出るのが正解かと考えた末に、千雨は手札をひとつ切る決断を下した。

 

「そちらの情報も知らずに腹の探り合いなんて無意味なことはやりたくないので単刀直入に言います。

 私は表の世界では隠蔽されている知識と、裏で活動するための社会的なサポートが欲しい。

 その対価として異世界の知識と持ち帰ってきた物品の一部をあなたたちに渡します」

「その条件だけではこちらのメリットが薄いのう。

 魔法を使えば記憶を覗いて書き換えることもできるのじゃぞ? 

 交渉などという回りくどいことをせず、無理やり奪われるとは思わんのか?」

「学園長! 何もそこまでする必要はないでしょう!」

 

 組織を束ねる魔法使いらしからぬ近右衛門の威圧的な発言に、タカミチが声を荒げながら詰め寄ろうとするが遮るように千雨が声を上げる。

 

「待ってください、高畑先生。学園長が私と交渉するつもりがないのなら、それこそいくらでもやりようがあったはずです。

 学園長が私のことを試そうとしてるのは分かりますが、()()()()()()()()()だと言ってるんです」

「……ふむ、考え無しの無鉄砲というわけではなさそうじゃな。試すような真似をして悪かった。

 詫びと言ってはなんじゃが、常識の範囲内でなら便宜を図ると約束しよう」

「ありがとうございます。詳しい条件は後日決めるとして、とりあえず参考になりそうな物を適当に置いて行くので気になることはそちらで調べてください」

 

 ソファから立ち上がった千雨は脇に置いていた手提げの学生カバンを手に取り近右衛門の座っている机の前に移動した。

 そしておもむろにカバンに手を入れて引き抜くと、年季の入った分厚い黒塗りの本が握られていた。

 千雨が真っ先に出した本の背表紙には【ドラゴンボーンの書(The Book of the Dragonborn)】と記されている。

 

 この本は千雨がスカイリムで一番最初に目にした書物だった。

 内容自体は修道院の院長がドラゴンボーンの歴史や由来、アルドゥインの壁に記されている予言をまとめているだけの何の変哲もない本である。

 千雨はこの本の著者よりもドラゴンボーンについて詳しいが、説明が面倒くさいので自分の口で語る気はなかった。

 

 その他にも最近発刊されたばかりである【帝国へのポケットガイド(Pocket Guide to the Empire)】の()()()や一部の分野を除いた一般的に流通している(見習いレベルまでの)呪文書、様々な技能の技術書(スキルブック)、物語や神話が書かれている本を一気にインベントリから取り出した。

 その総数は優に百冊を超えており、いきなり目の前に本の山が出現したことに驚いたタカミチは目を見開いてる。

 タカミチの隣で腕を組んで様子を見ていたエヴァンジェリンは少し考えた後に声を落としてタカミチと喋り始めた。

 

「今、アイツが何をしたか見えたか」

「黒い本を取り出したところまでは見えていたが……その後に何をしたかは見えなかったね」

「影から取り出したわけでもないな。となると格納魔法か……もしくは転移魔法か?

 しかし無詠唱で魔法陣も使わずに、あれだけの質量を移動させるのは難しいはずだが……」

 

 麻帆良学園都市を取り囲む結界の影響で外見年齢相応の身体能力しかないエヴァンジェリンはともかく、万全を期すために気で身体能力を強化しているタカミチが見逃すのは普通はありえない。

 (おの)ずと答えは限られるのだが、千雨を取り巻く魔力の動きが一切無かった部分にエヴァンジェリンは引っかかりを感じていた。

 

 そんな二人を他所に千雨と近右衛門は会話を続けている。

 千雨は近右衛門から会話の主導権を奪うためにインベントリを()えて使ってみせたのだが、思ったような反応を得られず内心舌打ちをしていた。

 一方の近右衛門は自分のペースを崩すことなく、鋭い目つきで千雨が真っ先に取り出したドラゴンボーンの書を手に取って内容を(あらた)めている。

 

「この本は千雨君が訳しておるのか?」

「いえ、一般的に広く使われている帝国(エンパイア)の言語で記されている物を持ってきています。

 言語自体は英語によく似ているので苦労せずに読めるはずです。

 さすがに固有名詞までは分からないでしょうが、基本的なものはこの本にまとめてあるので参考にしてください」

「借りてばかりでは申し訳ないのう。代わりに何冊かすぐに用意できる裏の世界の本を譲ろう。

 魔法使いの学校で使われている初心者向けの教本と歴史書じゃが参考にはなるはずじゃぞ?」

「ありがとうございます。もう必要ない(インベントリを圧迫する)ので私が持ってきた本は差し上げますよ。

 ……友人との約束の時間が近づいているので、そろそろ退出しても構わないでしょうか?」

 

 大まかな部分だけを説明したとはいえ、千雨の体験は膨大なものだった。

 固有名詞をなるべく省いて説明したが、それでも教室を出てから一時間半以上が経過している。

 

 近右衛門としては詳しい話を聞き出したかったが、こういう手合に無理強いをしたら煙のように消えてしまうと長年の経験から理解している。

 そのため近右衛門は千雨を引き止めずに最低限の注意事項だけ告げることにした。

 

「構わんよ。じゃが最後にひとつだけ、言っておかねばならんことがある。

 今日からお主は形式上は裏の世界──魔法使いの世界の関係者として扱うことになる。

 魔法生徒になって学園の仕事を手伝えとまでは言わんが、一般人相手には魔法やそれに付随する技術は可能な限り隠してほしい」

「わかりました、肝に銘じておきます。それでは失礼します」

 

 丁寧にお辞儀をした千雨が足音ひとつ立てずに退出したのを見送った近右衛門は、疲れたように深いため息を吐きながらドラゴンボーンの書を机の上に置いた。

 ただでさえ多くの問題を抱えている麻帆良学園都市に特大級の新たな問題が増えてしまったのだから、ため息の一つでもつきたくなるのは当然だった。

 

「やれやれ、とんだ食わせ物じゃな。あの娘は」

「千雨君の話を聞いている限りでは信じがたい内容ではあったものの、嘘を言っているようには思えませんでしたが……」

「嘘は言っておらんじゃろうな。しかし全てを話したというわけでもなかろうて。

 学園結界の影響を受けているようには見えんから、少なくとも悪性の化生(けしょう)や悪意の持ち主ではなさそうじゃし様子見で良かろう」

 

 麻帆良学園都市には悪魔や吸血鬼といった人類にとって悪に分類される種族の力を抑制したり、一定以上の悪意や害意を持っている者を探知する広域結界が貼られている。

 エヴァンジェリンの魔力と身体能力の一部を封じているのも、この学園結界である。

 

 とはいえ人類の上位種たる真祖の吸血鬼を無力化するほどの力はないのだが、とある呪いとの相乗効果で見た目相応の力しか出せなくなっていた。

 

「それより学園長、さっきは本気で精神干渉系の魔法を使おうとしましたよね?」

「うむ、実はこっそり無詠唱で読心魔法をかけたのじゃが完璧に弾かれてしまっての。

 しかもバレてたみたいじゃし、千雨君が穏便に済ませてくれて助かったわい」

「学園長!? 生徒相手に何をやっているんですか!?」

「アレをただの生徒扱いだと? 平和ボケでもしたのか、タカミチ。

 奴は自分のことをドラゴンの魂を宿した人間と言っていたが、人の形をしたドラゴンと例えたほうが正しいだろう。

 魔法がレジスト(無力化)されたのはジジイの実力不足もあるが、そもそも前提を履き違えていたな」

「ワシ、これでもお主を除けばこの学園で一番の実力者なんじゃがのう」

「貴様はバリバリの武闘派で精神干渉系の魔法はそこまで得意じゃないだろうが」

 

 千雨が大まかに語っていた話が事実なら、高位の精霊や人類の上位種を想定していない精神干渉系魔法の効果が無いのは当然だとエヴァンジェリンは指摘する。

 

 エヴァンジェリンの指摘のとおり、ドラゴンボーンの能力で数百匹のドラゴンの魂を取り込んで自分のものとしている千雨を魔法で操るのは非常に困難だ。

 千雨は【最初のドラゴンボーン】が得意としていた動物や人間、ドラゴンを操る【服従】のシャウトに対抗するため同じシャウトを取得している。

 その当時よりも力を付けている千雨の精神に干渉できる相手など、それこそ人知を超えた存在に限られるだろう。

 

「……それで、この本の山はどうするんですか?」

「おそらくは本物じゃろうが、念の為に明石教授に精査してもらおうかのう。もちろん秘密裏にじゃがな。

 もし新たな異界の存在が本国(メガロメセンブリア)に知れたら面倒事になるのは目に見えておる。

 じゃから二人とも、無理のない範囲で構わんから千雨君から相談があれば応えてやってはくれんか?」

「生徒を助けるのが教師の役目ですからね。困りごとがあれば相談に乗るつもりです」

「待て、なぜ私まで巻き込むんだ。あの小娘の手助けをしたところで、私に見返りなど──」

 

 即答したタカミチとは裏腹に、エヴァンジェリンは不服そうな目つきで近右衛門の顔を()めつける。

 そして視線はそのままにエヴァンジェリンは不満を口にしだしたが、黙らせるように近右衛門が声をかぶせた。

 

「シャウトという未知の魔法や異界のアーティファクトならば、お主の呪いを解呪してもらえるやもしれんぞ? 

 千雨君はこちら側の事情に疎い上、お主を恐れておらんようじゃしの」

「──フン、この狸ジジイめ。そうやって炊きつけて、小娘の手の内を私に探らせる腹づもりか」

「フォフォフォ、ワシが言わずとも最初からそうするつもりじゃったろうに、人聞きが悪いのう」

「もし手の内が分かったとして、私が素直に情報を流すとでも? 

 そもそも、こんな回りくどい真似などせずに強制証文(ギアスペイパー)でも結んだほうが良かったんじゃないか?」

「千雨君が悪意を持った人物だったらワシもそうしたじゃろうな。

 しかし彼女は隠し事こそあるようじゃが、魔法使いについて何も知らない教え子の一人に過ぎん。

 ならば、これからの道を示してやるのが先を生きる者の務めだとは思わんか? エヴァンジェリンよ」

「それらしいことを言って話を終わらせようとしているが、私は教師ではなくただの学生だ! 非常に不服だがなッ!」

「お主が教師になりたかったとは初耳じゃのー」

「なにをどう解釈したらそうなるんだ!?

 不服なのは無理やり学生をやらされている方に決まってるだろーがッ!!」

「フォッフォッフォ」

「笑ってごまかすな! バルタン星人か、貴様はッ!」

(早く戻って仕事の続きをしたいんだが、いつになったら二人の話は終わるのだろうか)

 

 面倒な年寄り二人組の口論に巻き込まれないように、タカミチは遠い目をしながら口をつぐんでいるのであった。




解説になっているか怪しい用語解説

【ムンダス】
惑星ニルンを内包した定命の者たちが暮らす領域。
その外側を包み込むようにデイドラロードの領域(オブリビオン)があり、更に外側にはエイドラの領域(エセリウス)がある。
一番外側にはオルビスと呼ばれる虚無の空間が広がっているとされている。
世界構造そのものが異なるため、地球とは異なる法則も多々存在する。
元ネタは宇宙という意味のラテン語の単語『Mundus』なのでカタカナ表記はムンドゥスのほうが発音に近い。


【ウィンターホールド大学(だいがく)
スカイリムの北東に位置するウィンターホールドというホールドにある魔法大学。
ホワイトランに本拠地を置く同胞団という組織で一通りの武器防具の取り扱いと鍛冶を学んだ千雨は、更なる力をつけるためにウィンターホールド大学の門を叩いた。
当時の千雨は数ヶ月後に大きな事件が起きて、自分が大学の最高責任者──偉大な魔法使い(アークメイジ)に指名されるとは思ってもみなかっただろう。
時系列としては序盤の終わりぐらいに位置する。

【ホールド】
行政区分の一つでそれぞれが独立した自治権を持っている。
全てのホールドを率いる上級王という役職もあるが、基本的にはホールドの代表者である首長が取り仕切っている。
かつては反乱軍(ストームクローク)派と帝国派で二分されていたが、内戦が終わったので陣営争いは落ち着いている。
日本語版では要塞と訳されていることが多いが、微妙に意味合いが異なるので本作ではホールドで統一している。


【アルトマー】
帝国語ではハイエルフと呼ばれる魔法を得手としている種族。
尖った長い耳や高い魔力、人間の数倍の寿命などの特徴があり優れた文化を持っている反面、他の種族を見下している者も多い。
プライドの高さが転じて暴慢さに繋がることもあり、たまに大規模な事件を起こすことがある。

【サルモール】
ハイエルフの母国であるアルドメリ・ドミニオン(自治領)を統治している組織。
かなり排他的な主義主張を掲げており、ハイエルフ以外の種族の存在を認めていない。
TES5では悪役として扱われることが多く、
千雨は何度も厄介事に巻き込まれているためサルモールを嫌っている。

言語(げんご)
本当に主要言語である帝国の言語が英語と似ているかは定かではない。
TESに出てくるオリジナル言語はアルファベットに対応しているため、おそらくヨーロッパの言語に近いのだろうと本作では解釈している。
ドラゴン語やデイドラ文字を筆頭に種族単位で独自の言語を使っている場合もあるので、全ての言語が英語に近いというわけではない。


盗賊(とうぞく)ギルド】
窃盗、偽造、貸金業、違法な物品や高額な税のかかる物品の密輸などを行うマフィアやヤクザのような組織。
千雨はサルモール大使館に潜入する際に必要となる隠密技術を学ぶために末端の構成員になった。
構成員に加護を与えているデイドラロードが持つ秘蔵のアーティファクトを守護者(ナイチンゲール)の一人が盗んだため、盗賊ギルドは加護を失い衰退の一途を辿っていた。
最終的に千雨はナイチンゲールとなり、そのアーティファクトを裏切り者から奪い返しデイドラロードに返却した。
時系列としては中盤の初めぐらいに位置する。

(やみ)一党(いっとう)
シシスというエイドラでもデイドラロードでもない虚無の領域(オルビス)を支配するとされる神を崇めている暗殺教団──なのだが、ほぼ全ての支部が壊滅しており、現在は大きく在り方が変わっている。
本来は黒き聖餐という儀式で暗殺依頼を行った者をシシスが探知し、シシスの妻である夜母を通して聞こえし者に指令を下すのだが、肝心の聞こえし者が長い期間不在だった。
千雨が加入した経緯は暗殺依頼を横取りするような形になってしまってスカウトされたため。
時系列としては終盤の初めぐらいに位置する。

帝国(ていこく)へのポケットガイド】
世界構造、地理、歴史、神話、種族、最近の出来事などの要素を幅広く説明している書籍。
帝国寄りに内容が脚色されているため全てを鵜呑みにしてはならない。
ゲーム内ではロード画面にタイトルだけ出てくる内容を確認できない本。
TESシリーズの外伝作品の説明書に初版、スカイリムの前作であるTES4:Oblivion(オブリビオン)の限定版に第三版が付属していた。
初版と第三版は有志が日本語訳をしているので検索すれば簡単に読むことができる。
第四版は本作のオリジナル設定なので実際には存在しない。

発刊された経緯としては下記のとおりである。
第三版が編纂(へんさん)されてから200年近く経過しており、内容が陳腐化したと判断した帝国の皇帝タイタス・ミード2世が第四版の編纂を命じた。
最近の大きな出来事としてオブリビオン・クライシス(The Elder Scrolls Ⅳ:Oblivion)赤い年(レッドマウンテンの噴火)、タイタス・ミードが皇帝に即位、虚無の夜(双子の月の消滅と復活)、帝国とアルドメリ・ドミニオンの戦争、反乱軍(ストームクローク)と帝国軍の内戦、アルドゥインの復活とドラゴンボーンの活躍、タイタス・ミード2世の急死(暗殺)などが記されている。

The Elder Scrolls Ⅳ(ジ・エルダー・スクロールズ・フォー):Oblivion(・オブリビオン)
ベセスダ・ソフトワークスが2006年3月20日に発売したオープンワールドなアクションRPGの4作目。
略してTES4やオブリビオンと表記されることが多い。
今日は気分じゃないからこの話についてはまた今度だな。
「お前は最高のセプティム王だったぞ。いやまあ、マーティンの次に最高か。だが奴は竜神になったからな。卑怯な奴さ……」


近衛近右衛門(このえこのえもん)
腹黒な部分もあるが、それは学園と生徒を守るために見せる一面であり決して悪人ではない……腹黒ではあるが。
精神干渉魔法で表層意識を覗いて、こういう魔法も存在すると千雨に警告するつもりがレジストされて逆に釘を刺されてしまった。
なお金と権力とコネと良心を持っているので千雨に無茶振りされるのが確定している。

千雨の話術(Speech)達人レベル(スキルレベル100)()()()()()が技能が商才寄りのため、政治的な交渉事に長けている近右衛門には相性が悪かったようだ。

学園結界(がくえんけっかい)
具体的な能力は本文で説明したとおりだが、悪意のある存在の探知については、この世界独自(本作のオリジナル)の要素。
なお並行世界(二次創作)では認識阻害や思考誘導能力が備わっていることが多いが、この世界(本作)では()()()()、その手の魔法は備わっていない。
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