███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
第40話【服従】
夏休みに入ってからというもの、
現在の千雨は差し迫った
千雨のスカイリムでの暮らしを知らない人々からしてみれば、毎日休まずに勉強や修行、モノづくりをしているため非常に忙しそうに見えるが、
かつては完全に力を取り戻される前にアルドゥインを倒すという時間制限付きの目標があったが、今の千雨には
しかし夏休みという比較的自由に過ごせる期間は有限である以上、限られた時間は有効活用しなければならない。
そこで千雨は
夏休みが始まってから数日後の早朝、
視界の邪魔になるフード付きのマントとマスクを外しているため風になびいているポニーテールを右手で押さえながら、千雨は
千雨の使用している飛行魔法は
タムリエル大陸にも空中を地面のように踏みしめて歩ける【浮遊】魔法が存在するが、様々な要因によって現代では
何百年も生きている高位の魔術師がかろうじて習得している希少な魔法になっており、参考になる呪文書をスカイリム地方で見つけることも出来なかった。
千雨がエヴァンジェリンから教わった飛行魔法は
地球や
早朝とはいえ空を飛んでいたら誰かに見つかりそうなものだが、千雨は高度な隠密技術と
学園結界のような大規模で厳重な探知結界をすり抜けるのは難しいが、個人が行使できる一般的な手段で今の千雨を見つけるのは至難の業だろう。
千雨が一直線に目的地に向かわせていた
『この状況、魔法の力を
「
『私は客観的な事実を述べたまでだ』
「……テメェ、わざとズレた発言して私の警戒心を解こうとしてるだろ」
『お前がそう思うのなら、そうなのだろうな』
「はぁ……本当に油断ならねーヤツだな」
ハルメアス・モラは嘘をつかないが、親切丁寧にすべての意図を伝えるわけでもない。彼がはっきりと断言しない場合、間違いなく何かを隠しているのだ。
千雨はハルメアス・モラの
千雨は普段の自動操作状態の
今回の目的地──裏の関係者しか入れない図書館島の最深部に興味があるハルメアス・モラは、地球における自分の
「先に言っとくけど、今日は様子見で本格的に潜るつもりはねーぞ?」
『
お前が
「……さよの義体を作るついでに用意するだけだからな」
声色は変わらないが心
ハルメアス・モラは物理的な干渉力が低い電子精霊の能力を
千雨が義体を自作せずとも、電子精霊に軽作業を手伝わせたいと言って
しかし、千雨はメンテナンスと称して
とはいえ、このままハルメアス・モラの言葉を無視し続けて勝手に行動されたら何が起きるか予想できないので、千雨は仕方がなく肉体を用意することにした。
千雨は自分の行動がハルメアス・モラに誘導されているかもしれないと考えているが、
明らかに異質な外見の電子精霊を他人に見られないように携帯電話に憑依させた千雨は、余計なことは考えずに今やるべきことに集中するのだった。
図書館探検部の部員しか知らない秘密の裏口を抜けて入館手続きをせずに侵入した千雨は、壁面に
この大空洞は図書館島の深部まで直通しているのだが、魔法や『気』を使わずに侵入するのは難しいため経験を積んだ図書館探検部の部員も立ち入り禁止となっている。
図書館島に通い続けて熟達した部員は
なお最近の千雨はスカイリムで習得した【
明日菜が見たら間違いなくツッコまれる程度には常識外れな行動なのだが、千雨は相変わらず自分の行動が世間一般の常識からズレている自覚が薄かった。
大空洞の底まで辿り着いた千雨は飛行魔法を解除すると、電子精霊にマッピングを任せて罠の回避に集中しつつ迷いのない足取りで横道を進んでいく。
千雨は近右衛門やエヴァンジェリンも持っていない
図書館島の最深部には
その中には
膨大な蔵書の中から目当ての本を見つけるのは難しいので、千雨は司書の手を借りるべく近右衛門から聞き出した場所を目指しているのだ。
さほど時間をかけずに、目的地である突き当りに10メートル近い大きさの扉が鎮座している世界樹の根が複雑に絡み合った神殿まで辿り着いた千雨は、背の低い草に覆われた地面を踏みしめながら眼前の存在を見上げている。
「前々から妙な気配は感じてたからドラゴンが居るかもなとは思ってたが……
『事前に何も伝えられていないのか?』
「行けば分かるとしか言われてねーよ。あの狸ジジイ、分かってて黙ってやがったな」
門の前に立ち塞がって低く
ドラゴンは予定にない突然の来訪者を警戒しているのか鋭い牙をむき出しにして咆哮したが、千雨は口ぶりとは裏腹に平常心のまま『過程の省略』で腰に装備した黒檀の片手剣の柄に手をやっている。
『ドラゴンボーンよ、どうするつもりだ』
「門番を攻撃するのはマズイだろうし、話しかけて穏便に済ましたほうが──」
千雨の眼前にいるドラゴンは、スカイリムの一般的なドラゴンと比較すると体格こそ少し大きいが見た目の差異は少ない。
スカイリムには様々な種類のドラゴンが居るが、人語を解するだけの知能を持っている点は共通しているので、千雨は普段の感覚で会話を試みようとした。
「ゴアアアアアアッ!」
「──くそっ! 問答無用かよ!?」
しかし、ドラゴンは千雨の問いかけに対して灼熱の炎の
「
スカイリムのドラゴンは
そして自分より強い相手に従うドラゴンにとって、戦いと論争は同義である。人間が言葉を交わして議論するのと同じように、ドラゴンはシャウトを交わして戦うことでどちらの意見が正しいか決めるのだ。
千雨の肉体は
彼らの流儀を心得ている千雨は、翼をはためかせて空中で静止しているドラゴンを睨みながらシャウトを発するために大きく息を吸い込んだ。
ただならぬ気配を感じ取ったドラゴンが足で踏み潰そうと動いたが、千雨は一歩も動かずにドラゴン相手に効果的であろうシャウトを解き放った。
ドラゴンの言葉で『
千雨は声を浴びせた相手を自分の意志に従わせるシャウト──【服従】でドラゴンを屈服させたのだ。
地面に降り立ったドラゴンは穏やかな眼差しで千雨の顔を見つめているが、自分から言葉を発する気配はない。
スカイリムのドラゴンとは違って人語を話せないのか、それとも人語を理解できるほど賢くないのか判断がつかない千雨は、地面に降り立って頭を下げているドラゴンの鼻先を撫でながら話しかけた。
「
「……グルゥ」
奥の扉を指差してドラゴン語と日本語で問いかけた千雨の言葉の意味を理解したドラゴンは、小さく唸ると頭を縦に動かして頷いた。
今は服従のシャウトで落ち着かせているが効果は永続的なものではないので、手早く了承を取った千雨はドラゴンが守っていた巨大な扉を押し開けて足早にその場を後にしたのだった。
扉を開けた先には遠くに巨木の森が見える地下とは思えない神秘的な空間が広がっていた。
巨大な空洞の中央にはエヴァンジェリンの別荘に似通ったものを感じる意匠の塔が建っており、そこに目的の人物である図書館島の司書が住んでいるのだろうと千雨は当たりを付けた。
天井からは多量の魔素を含んだ日光に似た柔らかい光が降り注ぎ、周囲の高台には世界樹の根と思われる全高100メートルは優にある巨木の森林が広がっている。
木々の間から流れ込んでいる大量の水が飛沫を上げているため地面がどうなっているかは不明だが、人工的に作られた空間であるのは確実だろう。
「ファンタジーここに極まれりだな」
『紛れもない現実を
「うるせー、現実逃避ぐらいさせてくれ」
げんなりとした表情で千雨が非現実的な光景の感想を述べていると、ハルメアス・モラが表現の間違いを指摘した。
千雨も自分が一般的な尺度ではファンタジーな存在であり、表の世界の常識では空想だと思われているものが実在していると理解しているが、それはそれとして以前の常識を捨てきれていなかった。
千雨は
しかし自分が住んでいる街の地下に、このような常識外れな空間があるとは思っていなかったのだ。
予想外な場所に少しだけ戸惑いながらも周囲に罠が仕掛けられていないか調べ終えた千雨は、岩肌の上面を削って石材で舗装された道を進んで塔の入り口まで移動した。
扉の前まで辿り着いた千雨は、塔の内部で待ち構えている何者かの希薄な気配を感じ取った。
『どうやら、誰かが中に居るっぽいな。テメェが出てきたら話がややこしくなるから、大人しくケータイの中で隠れとけよ』
『随分と私の存在を隠したがっているな。
あっさりと引き下がったハルメアス・モラの反応に違和感を覚えたが、問いただしても意味はないだろうと判断した千雨は扉を軽く叩いた。
中に居る人物から念話で『鍵は開いていますよ』と伝えられた千雨が扉を開けると、そこには大きな本棚が立ち並ぶ書庫が広がっていた。
書庫の中央に設置されている読書スペースの椅子に腰掛けているフードを
向かい合う位置に置かれている椅子に千雨が座ると、ローブ姿の青年が被っていたフードを取り払った。
ローブ姿の青年の素顔は
地縛霊の
思っていた以上に厄介な相手かもしれないと考えつつ、千雨は内心を見せないように気をつけながらローブ姿の青年に頭を下げて挨拶を交わした。
「本日はお世話になります」
「ようこそいらっしゃいました、ハセガワ・チサメさん。それともドラゴンボーン、もしくはドヴァーキンと呼んだほうがいいでしょうか」
「どの呼び方でも構いませんよ」
「それでは、ちうさんと呼ばせてもらいますね」
「……オフ会でもないのに、リアルでハンドルネームで呼ぶのはやめてください」
「ふむ、親方と呼んだほうが良かったでしょうか?」
「なんで掲示板で使われてるあだ名まで知ってんだよ!?」
ローブ姿の青年の予想外な発言に、千雨は机の天板に額を叩きつけながら普段どおりの口調でツッコミを入れた。
千雨はインターネット上で年齢や住んでいる場所などの個人情報は出さないようにしており、毎日更新しているブログでも性別を匂わせる内容は隠している。
女子中学生が更新していると公開すればアクセス数は伸びるだろうが、あくまで趣味でやっているサイトなので過剰なアクセス数は求めていない。
そして個人情報が広がらないように徹底しすぎた結果、千雨は『ちうのホームページ』に設置している掲示板や外部の大手匿名掲示板で親方というあだ名を付けられてしまった。
なぜそんなあだ名が付けられたかというと、千雨は面倒見が良いので真剣に質問してきた相手には真面目に対応していたからである。
木工や建築、彫金、
千雨はサイトの利用者と敬語でやり取りしているが、相手によっては普段の口調のような少し乱暴な言葉遣いで書き込むこともあり、素性を知っている麻帆良大学の関係者以外のサイト利用者の勝手な憶測から経験豊富な男性の職人だと思われている。
いつの間にか技術を教えた相手以外の掲示板を利用している常連にも親方という呼び名が広まったが、
千雨の反応に笑みを深くしたローブ姿の青年は、目を細めながらあだ名を知っていた理由を語り始めた。
「最初は監視と暇つぶしを兼ねて
掲示板ではクウネル・サンダースというハンドルネームを使っているのですが、親方はご存知でしょうか」
「ご存知も何も、ホームページを本格的に更新しだしてから1週間後くらいには書き込んでただろ。あと親方って言うな」
「それではチサメさんと呼ばせてもらいますね。私のことは掲示板と同じようにクウネルと呼んでください」
「……フライドチキン、好きなのか?」
「好きか嫌いかで言えば好きですが、どちらかというと言葉の響きが気に入っていますね」
「まさか本名じゃねーよな」
「もちろん本名は別にありますが……気になるなら、チサメさんが携帯電話に隠している電子精霊に聞いてみてはどうでしょうか?」
千雨が腰に付けているポーチに隠していた携帯電話に視線を向けたローブ姿の青年──クウネル・サンダースが席を立つ。
ローブの袖口から長方形のカード状の魔法具──パクティオーカードを取り出したクウネルに釣られて立ち上がった千雨は、素知らぬ顔でクウネルを言いくるめるために話題を
「私が電子精霊を使って
「その言い回しは少し
チサメさんは異世界で出会った
「……テメェ、それをどこで知りやがった」
デイドラロードにまつわる書籍は地球に持ち込んでいないにも
【
箒や杖に付与することで空を飛ぶ魔法。
無詠唱で行うのが基礎の基礎であり、練習時には『
付与した物を中心に力場を発生させるので、またがっても肉体に負担はかからない。
【
かつてのタムリエル大陸では浮遊や
しかし現代では魔術師ギルドの解体や帝国による法規制、戦争の影響による有力な魔術師の減少によって上記の魔法を識る人物は非常に珍しい存在となっている。
しかし続編である
スカイリムではMODを導入しなければプレイヤーキャラは浮遊魔法を使えないが、空を飛ぼうと試みるウィザードと遭遇するランダムイベントが存在する。
彼がどうなるか気になる定命の者は『空飛ぶウィザード』で検索してみるといいぞ。
【ジャンプ】
しかしジャンプすることで強引に山を登る方法はスカイリムでも引き継がれており、シリーズ経験者からは
本気で山を登りたい場合は徒歩ではなく馬を使ったほうが簡単に登れるぞ。
【
『
動物、人間、ドラゴンを従えて仲間として戦わせられる効果があり、空を飛んでいるドラゴンに聞かせると地上に降ろすこともできる。
しかしどんな相手にでも通用するわけではなく、同じシャウトを覚えている相手や
精神を操作する幻惑魔法より強制力が高いシャウトだが、心理の到達者は応用できないため精神を持つ生物相手にしか効果を発揮しない。
服従させたドラゴンの背中に乗ることも出来るが、ゲームではどこに行くかドラゴン任せなので、一度行ったことのある場所に