███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
人差し指と中指でパクティオーカードを挟んで構えているクウネルと黒檀の片手剣の柄に手を添えている千雨の睨み合いは10秒近く続いた。
一触即発な空気の中、先に動きを見せたのはクウネルだった。
「どうやら警戒させてしまったようですね。この通り、戦うつもりはありませんよ」
「武器を抜いたのはそっちが先なんだから警戒するに決まってんだろ。
大方、私がどんな反応するか見たかったんだろうけどな」
パクティオーカードを袖の中に戻したクウネルは、両手を上げて戦う気はないと千雨にアピールしている。
そのままの流れで微笑みながら場所を移しませんかと告げてきたクウネルを千雨は半目で睨んでいる。
信用させる気があるのか疑わしいクウネルの行動を千雨は
千雨は秘匿していたハルメアス・モラの存在を知っていたクウネルに警戒心を抱いている。
鞘に収められた黒檀の片手剣を腰に下げて瞬時に抜剣できるように備えつつ、千雨はクウネルの後をついていく。
塔の屋上に繋がっている階段を上りながら、千雨は携帯電話に忍ばせていた
『それでアイツは何者なんだ?』
『外見的特徴は
その時点ではアルビレオ・イマと名乗っていたが、過去の経歴は公表されていない』
『
『
『だからって日本の図書館に再就職するか?』
『その疑問に対する回答を私は持ち合わせていない。
客観的事実から当人の感情を推測するのは
千雨は書籍やまほネットで魔法使いや
彼らの
しかし千雨は日本に
千雨は結果的に異世界で地位や名誉を得ているが、自分からそれらを求めるような性格ではない。
そのため彼らも自分と同じく
千雨もスカイリムの地では英雄と
正式に教育を受けて士官待遇で帝国軍に所属し続ける選択肢も千雨にはあったが、自分は軍属には向いていないと
千雨は【吟遊詩人大学】でタムリエル大陸の歴史を学んでいるのに加えて、オブリビオンの動乱で活躍したクヴァッチの英雄と
かつて帝国を統べる皇帝の一族にはドラゴンボーンの血が流れていた。
しかし
それらの歴史的背景を知っている千雨は、帝国があわよくば現存する唯一のドラゴンボーンを得ようとしていると早い段階で気が付いていた。
もっとも、千雨が子を成したとしても皇帝の一族とはアカトシュから加護を与えられた経緯が異なるので、ドラゴンボーンの血が受け継がれる可能性は限りなく低い。
そのことは帝国の上層部も把握しているが、帝国は何をしでかすか分からない休戦中の
帝国の目的を察していた千雨は
つまるところ、クウネル・サンダースと名乗っている男──アルビレオ・イマは面倒事を嫌って人目に付かない図書館島で司書として
実際は図書館島こそがアルビレオ・イマの古巣であり、
『大戦を終わらせた英雄の一人だし、情報が隠蔽されてるのかもな。ところで、話は変わるが──』
腰に付けている黒い本革製のポーチから今年発売されたばかりの防水機能付きの携帯電話を取り出した千雨は、人差し指で携帯電話を弾いて憑依させていた電子精霊を強制的に追い出して手のひらに乗せた。
そのまま握りつぶさない程度に力を込めて電子精霊を鷲掴みにした千雨は、僅かに殺気が籠もった目で電子精霊を睨みつつ先程から抱いていた疑念を口にした。
『──あの
『あの男と私
『今は無理でもテメェなら抜け道くらい用意してんだろ。
私はな、
どんなに取り繕おうが、デイドラロードと人間は絶対に相容れねえ。この際、白黒ハッキリ付けてもいいんだぞ!』
『盛り上がっているところ申し訳ありませんが、暴れるなら図書館島の外にしてくださいね』
階段を上り終えて屋上へと出ると同時にアルビレオ・イマが念話に割り込んで忌々しげに顔を歪めていた千雨に釘を刺した。
いつの間にか足を止めて振り向いていたアルビレオ・イマは口元こそ笑っているが、先程まで糸のように細めていた目が開かれており、ふざけた態度も鳴りを潜めている。
「……急に念話に割り込んでくるんじゃねーよ。趣味が悪いぞ」
「フフ……私が盗聴しやすいように、電子精霊との契約を介さずに念話を使っていたチサメさんには言われたくありませんね。
私に自分は
「会話の内容は本心だったんだけどな……そんじゃ、回りくどいやり方はやめて直接聞くが、アンタはどうやってコイツのことを知ったんだ?」
「
お茶でも飲みながら、ゆっくりと腰を据えて話しましょうか」
塔の屋上から突き出す形で拡張されているカフェスペースに案内された千雨は、アルビレオ・イマがあらかじめ用意していたであろうティーセットや茶菓子を見て呆気にとられている。
握りしめていた電子精霊を机の上に放り投げて席に着いた千雨はアルビレオ・イマを半目で睨みつつ、会話の主導権を握られまいと探りを入れることにした。
「すでに準備万端かよ。さてはアンタ、最初から全部お見通しだったろ」
「それは買いかぶりすぎです。最悪の場合に備えて、事前に
「つーことは、もしかして学園長も一枚噛んでんのか?」
「デイドラロードについてコノエモンは知りませんし、今のところ伝えるつもりもありません。
かの神々の性質からして、本当の名や素性を広めるのは得策ではないでしょうからね。
それにコノエモンに余計な心労をかけて倒れられると、こちらとしても困りますし」
「……悪かったな、トラブルメーカーで」
千雨としても自分の行動が
千雨は近右衛門を妖怪ジジイや狸ジジイと呼ぶこともあるが、色々と無茶な提案を聞き入れてくれた恩もあり、尊敬できる人物だと思っている。
それはそれとして、近右衛門の処理能力を超えない範囲の無茶振りは続けるつもりだが、定命の者の手に余るデイドラロード関連の問題は地球に関する知識を餌にしてハルメアス・モラに任せるつもりだった。
デイドラロードの大半は
しかしアカトシュが
歴代皇帝が契約を引き継いできたドラゴンファイアは200年前に起きたオブリビオンの動乱によって失われているが、
アカトシュが創った新たな障壁はドラゴンファイアと同等の効力を発揮しており、デイドラロードの本体がムンダスに降臨するような事態は、この200年間では一度も起きていない。
千雨は様々な本を読み、有識者から様々な知識を仕入れているため、デイドラロードの危険性は専門家と同等程度には把握している。
しかし、余裕の態度を崩さないアルビレオ・イマがデイドラロードの危険性を正しく理解できているか確信できなかった。
そこで千雨は机の上で目だけギョロギョロと動かして周囲の状況を確かめている
「情報を広めないってのは正しい判断だと思うが、デイドラロードを甘く見ると痛い目に遭うぜ?」
「それはもちろん承知していますが、我々が講じられる策など
チサメさんを排除しても無意味どころか逆効果でしょうし、そもそも既に手遅れですからね」
「連中から目を付けられてるって意味なら、確かに手遅れだろうな」
「……おや? てっきり知識の悪魔から聞いていると思っていましたが、チサメさんはまだ知らないようですね」
服の袖に両手を入れた状態で話していたアルビレオ・イマは、千雨の的外れな回答に意外そうな顔をして
なにやら思案を始めたアルビレオ・イマの姿を見て直感的に最悪の展開が脳裏をよぎった千雨は、
「何が手遅れなのか教えてもらってもいいか?」
「そうですね……端的に言えば、世界の境界にある『次元の狭間』という空間にデイドラロードが
「タチの悪い冗談じゃ……なさそうだな」
千雨としては冗談だと思いたかったが、ハルメアス・モラが同席している状況で嘘をついたところで無意味なため、アルビレオ・イマの発言を疑わずに信じた。
「少しコイツと話があるから黙るぞ」
「では、私は今のうちに紅茶を淹れておきますね。念押ししますが、ここでは暴れないでくださいよ?」
「暴れねーよ!? 私ってどんだけ乱暴者だと思われてんだ……」
紅茶を淹れるために席を立ったアルビレオ・イマにからかわれつつも、すぐさま気を取り直した千雨はハルメアス・モラの意識を宿した電子精霊を睨みつける。
千雨が電子精霊と交わした契約で縛られているため会話に口を挟めなかったハルメアス・モラは、我関せずという態度で呑気に電子精霊を通してお茶請けのクッキーの味に関する知識を
『テメェ、この前はデイドラロードどもは干渉してこないって言ってただろ!』
『あの時点では侵攻の可能性が低かったのは事実だが、その後に
ハルメアス・モラが悪びれずに淡々とした口調で語った名に心当たりがあった千雨は、背もたれに体重を預けて脱力すると深い溜め息を吐き出した。
千雨はデイゴンの本体やアバターと
千雨が
サイラスを殺せばメエルーンズのカミソリを直してやろうとデイゴンに一方的に告げられたのだが、千雨はいいように扱われるのを嫌って命令に逆らった。
定命の者が歯向かったことに腹を立てたデイゴンは配下の
なお千雨たちに倒されたドレモラは装備品や所持品を根こそぎ奪われたあげく、心臓をえぐりだされて錬金術と装備作成の素材に使われるという末路を辿った。
常人ならデイドラロードの命令に逆らうなど恐ろしくて出来ないだろうが、その当時の千雨は既に複数のデイドラロードと関わりがあったため感覚が麻痺していた。
しかし千雨はデイドラロードを恐れてこそいないが、定命の者が真っ向から立ち向かえる存在ではないと正しく理解している。
デイドラロードと同格の存在の助力や太古の昔から伝わる特殊なアーティファクトがなければ、『
デイドラロードに対抗できる可能性のある
ドレモラ執事を通して祭器を地球に送ってもらうか、最悪の場合はセロ本人に地球まで出向いてもらう必要があるかもなと考えつつ、千雨は険しい表情のままハルメアス・モラに質問を投げかけた。
『
『お前たち定命の者が宇宙や世界と呼称している空間内では、異なる法則で成り立っている我々の力が大きく減衰するのは事実である。
しかし次元の狭間は世界の枠組みから外れているため、
つまり、
そのままでは地球には大きな干渉はできないが、次元の狭間に拠点を築き世界を侵食することで世界の理すら歪められる。
それを知ったデイゴンを始めとしたデイドラロードが、地球に
『おい、その口ぶりだとお前やデイゴン以外も地球を狙ってるように聞こえるぞ』
『その
侵略や破壊を好まないハルメアス・モラはデイドラロードの中では穏健派とされているが、
惑星ニルンと比べて桁違いに人口が多い地球の人間を隷属させるべく、支配や奴隷を司るデイドラロード──モラグ・バルが関心を示すのは必然だろうとハルメアス・モラは語る。
モラグ・バルが独自に動きだしたのならば、彼と敵対関係にある謀略や反逆を司るデイドラロード──ボエシアが
それぞれの思惑は異なるが標的は同じなのでデイドラロード同士が手を組むことはない。
敵の敵が味方になるわけがなく、
幸か不幸か、ハルメアス・モラを始めとした地球の文化や環境に興味を示した穏健派(善良という訳ではない)のデイドラロードが防衛に手を貸しているため最悪の事態は避けられている。
しかし不滅の存在であるデイドラロードを滅ぼす手段など存在しないため、相手が諦めるまで配下のデイドラが築いた拠点やオブリビオンの門の破壊を続けるという不毛な争いが続いていた。
ハルメアス・モラの説明を聴き終えた千雨は目を伏せたまま、落ち込んだ様子でポツリと吐き捨てるように言葉を紡いだ。
『私が地球に帰ってきたせいで、デイドラロードに地球の存在が知れ渡ったのか……』
デイゴンが攻め入ってきた時期から逆算すると、地球への帰還が原因になっているとしか考えられないため、千雨は
もっとも、千雨の行動が引き金になったのは間違いないが、そのような事態になった原因は異世界から適性のある者を呼び寄せたアカトシュと暗躍しているデイドラロードにある。
仮に千雨が地球に帰らなかったとしても、双方の世界に繋がりが生まれている以上、デイドラロードが地球に干渉するのは時間の問題だった。
ハルメアス・モラにほんの少しでも人間のような情緒や感性があれば励ましの言葉を贈ったのだろうが、千雨は勝手に立ち直るだろうと合理的に判断して、それらの事実を伝えないまま話を終わらせた。
『そのような
『……そういうとこだぞ、ホントに』
質問に答えたハルメアス・モラは日本ではあまり見かけない洋菓子の
ついでとばかりに
【
その歴史は古く1000年前には既に設立されており、600年前に発刊された『帝国へのポケットガイド 初版』にも記されている。
各地を旅しながら歴史や事件を歌にして弾き語る吟遊詩人を養成するための学校だが、歴史書の発掘や解読、研究にも力を入れている。
卒業者は吟遊詩人としての成功が約束されているが財政に難があるため、志願者こそ多いものの在籍できる者はほんの一握りしかいない。
千雨は吟遊詩人大学の代表者であるヴィアルモ校長の頼みで古代ノルドの遺跡から『オラフ王の
ヴィアルモ校長は以前からドラゴンボーンの活躍を知っており、
千雨はオラフ王の詩歌の欠けている部分をクソ真面目に考えたので、オラフ王が実は人間の姿をしたドラゴンだったり、ドラゴンに変身したりはしないぞ。まったく、ユーモアが足りていないな。
バニラ状態ではウィンターホールド大学と比べると非常に存在感が薄く、入学後もダンジョンにある楽器を探してくるクエストしか受注できない。
バニラの環境では楽器を演奏する機能は実装されていないが、MODを導入すると楽器を演奏できるようにしたり、吟遊詩人大学の機能を拡張して吟遊詩人のロールプレイが楽しめる。
【ドラゴンファイア】
はるか昔、
『王者のアミュレット』という
王者のアミュレットは王家の正当性や神秘性、帝国の権威を保証する役割も担っていたが、200年前にアカトシュの本体をムンダスに顕現させる儀式をマーティン・セプティムが行った際に消滅している。
帝国の首都に顕現したアカトシュがメエルーンズ・デイゴンをオブリビオンに退けた後、契約に依存しない新たな障壁を貼ったため、ムンダスはデイドラロードの脅威から今も守られている。
マーティンの功績を奪ったサルモールはとっとと滅びればいいのにな。
【メエルーンズのカミソリ】
どのような生物であっても、刃に触れたものの命を
剃り落とされた魂はメエルーンズ・デイゴンの手に渡るとされている。
カミソリの所有権を争って悪質な内部抗争を引き起こした結果、
ネレヴァリンとクヴァッチの英雄が同時期に所有していたため、メエルーンズのカミソリは最低でも2本存在することが確認されている。
砕かれた時期とテルドリン・セロの証言から、千雨が復元しなかったメエルーンズのカミソリはクヴァッチの英雄が所有していた物と推測される。
刃さえ突き立てれば、どんな相手でも即死させるダガーという設定だが、ゲーム内ではそれほど凄まじい効果はない。
【
デイドラロードには定命の者のような絶対的な性別は存在しないため、ボエシアはある時は男性、ある時は女性として姿を表す。
一般的には定命の者に害を及ぼす『悪しきデイドラ』の一柱として扱われているが、ボエシアが守護している
司っている性質が真逆なため、支配や隷属を司るモラグ・バルとは敵対関係にある。
トリニマックというエイドラを捕食して、排泄物からマラキャスというデイドラロードを生み出した逸話も残されている。
「覚えておけ。お前自身が望めば、それが答えとなるのだ」