███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。   作:庭師代行

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第5話【オーラ・ウィスパー】

 自室に帰った千雨はベランダで手早くチェストにオイルを塗り終えた後、パソコンの前に移動して何やら思案していた。

 眼前のモニターには現在更新中のサイト『ちうのホームページ』の管理画面が開かれている。

 

「さてと……幸いまだ開設してから1週間ちょいしか経ってないから方向転換は効くだろうが、どうすっかな」

 

 本格的に宣伝や相互リンクを結ぶ前だったのでアクセスカウンターは3桁にも届いていない。

 コンテンツとしては漫画、アニメ、ゲームなどのサブカルチャー文化に関する情報や感想、考察などがメインである。

 おまけで日記や掲示板、チャット欄も用意しているが、今のところは誰も書き込んでいる形跡はない。

 

 それだけではパンチが弱いと思った過去の千雨はコスプレ写真を掲載しようと考えていたが、少し加工を入れるとはいえ素顔をネットに晒すのは、やはり抵抗があった。

 あり得た可能性(並行世界)の千雨はすぐに順応してノリノリでコスプレしながらネトア(ネットアイドル)活動を行っていたのだが、今の千雨には想像のつかない未来である。

 

「魔法関連は当然アウトとして、一般人にウケそうで手軽にできることか……やっぱり何かを作ってる過程を写真で上げるぐらいか?

 でも作業スペースがないしなあ。月曜日に学校に行ったついでに学園長に色々相談してみるか」

 

 インベントリを圧迫しているアイテムを格納するためにチェストは急ぎで作ったが、千雨もできることなら人目につく場所で作業はしたくはない。

 明日菜のように千雨の作業に違和感を覚える者が出たり、物珍しさから野次馬が寄ってくるかもしれない。

 ただでさえ未来のジャーナリストを目指している自称麻帆良のパパラッチがクラスメイトにいるので、目立つ行動は避けたかった。

 

「今までと違ってタイムリミットがあるわけでもないしな。アイツとも手紙でやり取りはできるし気長に動けばいいか」

 

 スカイリムにいた頃はアルドゥインを倒すという目的があったため、千雨は生き急ぐように休む間もなく鍛錬や技能の会得に時間を費やしていた。

 自分以外にアルドゥインを滅ぼせる者が存在しない(1人だけ存在したが千雨が倒してしまった)ので、悪態をつきながらも千雨は使命感に駆られていたのだ。

 諦めて役目を放棄したら加護を取り上げられて()()()()()()()()()()()()()()可能性が高かったというのもあるが、世界を救おうとした理由はそれだけではない。

 

 最初こそ理不尽な境遇に恐れ、怒り、苦しんだ。人を殺めるのに慣れてしまってからも、親しくなった相手や世話になった恩師が亡くなり悲しみに暮れたこともある。

 アカトシュの加護でも【星霜(せいそう)の書】で定められた運命は覆せない。少なくともニルンが存在する世界では、この法則から逸脱する手段は存在しない。

 かつて【クヴァッチの英雄】が一番の友であるマーティンを救えなかったように、決められた筋書き(メインクエスト)を変えることは誰にもできないのだ。

 

 そうして2年の歳月をかけて肉体的にも精神的にも成長した千雨はアルドゥインを打倒した。

 その後は、やり残したこと(サイドクエスト)を終わらせながら転移魔法の情報を集める生活を1年ほど過ごしていた。

 並行して所属している組織を留守にするための作業や、各地に散らばっている貴重な物品(ユニークアイテム)の蒐集で寄り道をしながら、あっという間に過ぎ去った1年間であった。

 

「よし、そうと決まれば今日と明日は久しぶりにアニメ三昧だ!

 そもそも私は平和な日本の生活を楽しむために帰ってきたんだからな!」

 

 かさばるので厳選して持ってきたVHS(ビデオテープ)の中から『魔法少女ビブリオン』を録画したテープを抜き取りビデオデッキに差し込みながら千雨は笑みを浮かべている。

 欲を言えばDVDレコーダーが欲しいのだが、この前まで小学生だった少女に20万円超えの機材を買う余裕などあるはずがない。

 厳密には新しいパソコンを買わなければ手が届いたが、優先度としてはパソコンのほうが上だったので泣く泣く諦めたのである。

 

 我ながら金のかかる趣味をしているなと思いながら、3年ぶりのアニメ鑑賞を楽しむ千雨であった。

 

 

 


 

 

 

 夕方に帰ってきたザジと一緒にアニメ鑑賞をしたり、ホームページの構成を考えたり、インベントリを整理してチェストに格納したり、日記を書いたり、深夜にドレモラ執事を召喚したりしているとあっという間に月曜日が訪れた。

 スカイリムにいる頃は曜日に関係なく動き回っていたので自堕落に過ごす休日は久しぶりである。

 

 タムリエルにも休日や記念日は存在するのだが、年末年始くらいしか意図して休む機会はなかった。

 世界が違ってもサトゥルナリアというクリスマスのようなイベントや、元旦に新年祭(New Life Festival)が行われるのは不思議な感覚だった。

 

 それはともかく、今日は新学期初めての月曜日である。

 別に急いで学校に行く必要もないだろと少し遅めに寮を出たのが失敗だった。

 

「千雨ちゃん、大丈夫?」

「……この状況が大丈夫に見えるか?」

「満員電車苦手なんやなー」

 

 ドアの窓に額をくっつけながらゲンナリとした表情で過密状態の満員電車に揺られている千雨に明日菜が声をかける。

 木乃香の言うように千雨は満員電車が嫌いである。厳密には人混み全般が嫌いだ。

 だからリアルのイベントに行く機会なんてなかったし、コミケ巡りもしたいとは思わない。

 

 千雨は失念していたが現在通っている女子中等部は1学年でAからSまでのクラスが存在するマンモス校である。

 2200名あまりの生徒が同じ時間帯に電車に乗って通学するのだから、こうなるのも当たり前だった。

 

『次は麻帆良学園中央駅、お降りの際は足元にご注意ください』

「やっとついたか」

「疲れた顔してるけど3駅しか離れてないでしょ」

「……?」

「だって定期買ってるのに使わないとか、もったいないじゃねーか」

 

 電車に乗らないほうが良かったのではと首を傾げながら問いかけてきたザジに対して、千雨は項垂れたまま答える。

 千雨の頭の中では、これなら電車に乗らずに走ってきたほうが良かったという考えと電車の定期券を無駄にしたくないという考えがせめぎ合っていた。

 

 鍛え続けていた影響か千雨のスタミナは底なしで息切れしても少し休めば回復する。

 それこそランニングやマラソンくらいの速度なら汗すらかかない自信があった。

 

 今は装備していないが、付呪を施した防具でスタミナを底上げしたり、回復速度を早めることもできる。

 ポーションや回復魔法でスタミナを回復することもできるので、やろうと思えば無限に全力で走り続けられる。

 

 もっとも馬に乗るかドラゴンの背中に乗せてもらうほうが速いので、そこまでして走った経験はあまりない。

 

 朝から精神的に徒労しながらも、なんとか千雨たちは1年A組の前までたどり着いた。

 駅から学校までの道中もバイクに二人乗りしてる移動購買部(ノーヘルだったがいいのか?)が惣菜パンを売りつけようとしてきたり、運動部の勧誘員が絡んできたりと大変だった。

 擬態は続けているのに剣道部と陸上部が目をつけてきて、あまりの勧誘のうっとおしさに衝撃波を発生させるシャウト(揺るぎ無き力)を使いそうになったがギリギリで思いとどまった。

 

 なお身体能力が異様に高い明日菜も同じように勧誘されていたが、どうやらタカミチが顧問をしている美術部に入ると硬く決心していたようで、にべもなく断られていた。

 

「思ってたよりも遅くなっちゃったわね」

「待て、神楽坂」

 

 急ぎ気味に教室のドアと開けようとした明日菜の肩を千雨が掴んで止める。

 唐突な千雨の行動に明日菜は目を丸くして振り返った。

 

「どうしたの? 早く入らないとホームルームが始まっちゃうわよ」

「あれを見ろ」

「あれって……黒板消し!?」

「古典的なイタズラやけど全然気がつかんかった。千雨さんはよーわかったなあ」

 

 千雨の指差す先にはドアに挟んで固定されている黒板消しが鎮座していた。

 おまけに、ご丁寧にもチョークの粉が大量についている状態である。

 更に注意深く観察してみると、わずかに開いたドアの隙間から足に引っかかるようにロープが張られているのも見える。

 

 スカイリムの遺跡や洞窟(ダンジョン)には明らかに殺す気の罠が多く仕掛けられていたため、この程度のイタズラレベルの罠に引っかかるほど千雨は甘くはない。

 おそらくは自己紹介の際にイタズラが趣味だと言っていた小学校中学年くらいの見た目の双子の姉──鳴滝風香(なるたきふうか)の仕業だろうと当たりをつけた。

 

「でも、わかってたら怖くないわね。そもそも教室には入り口が2つあるんだし、そっちから入ればいいじゃない」

「ちょっ、おい神楽坂!」

「なによ、心配し過ぎだって──ばッ!?」

 

 いくらなんでも子供だまし過ぎると思った千雨が止めるよりも早く、明日菜はもう一方のドアを開けて教室に入ろうとしてしまった。

 ドアを開けた瞬間、パチンと糸が千切れる音がしたと同時に明日菜の額に矢が突き刺さった。

 

「イエーイ! 悪戯大成功ー!」

「ざまあありませんわね、アスナさん!」

「あ、あんたたち……よくもやってくれたわねッ!」

 

 ハイタッチしながら笑い合っている風香と雪広あやかに向かって、額にバカと書かれた紙が結わえ付けられた吸盤付きの矢がくっついている明日菜が突進していく。

 どうやら風香とあやかが共謀して、金曜日の喧嘩の仕返しにトラップを仕掛けていたようだ。

 

「せっかく忠告したってのに、どうしてこうなるんだか。つーか私らが先に入ってたらどうすんだよ」

「あら、ご心配なく。アスナさん以外の方が入ろうとしたときは、きちんと止められるようにしておりましてよ」

「そいつはどーも。ところで頭がロックスターみたいに動きまくってるが大丈夫か?」

「ええい、いい加減離しなさい! このおサルさんッ!」

「誰がサルよ誰が!」

「……はぁ。こいつらはほっといて、さっさと自分の席に行こうぜ」

「わかったえー」

「……」

 

 ガクガクと両肩を明日菜に掴まれて揺さぶられながらも、あやかはお嬢様然とした丁寧な口調で千雨の質問に答える。

 さすがに馬鹿力に耐えきれなかったのか、あやかは明日菜の頭を掴んで引き剥がそうとしている。

 付き合っていられるかと肩をすくめながら、千雨たちは自分の席につくと各々の準備を始めるのだった。

 

l1s(ラース) y2(ヤァ) n6(ニル)

 

 カバンを開きながら、千雨は人間には聞こえない可聴域(無音の唱え)で【オーラ・ウィスパー】のシャウトを口にした。

 オーラ・ウィスパーとはドラゴン語で『(Laas)』『捜索(Yah)』『狩り(Nir)』を意味する3つの単語で構成されているシャウトである。

 

 金曜日に使った探知魔法と似た効果を持つシャウトで、狩りの対象になる相手を捜索して赤い光として視認できるようになる。

 

 大きな違いとしては生物、非生物を問わず感知できるという点がある。

 敵対的かどうかまでは判別できないが、魔法とは違って武器を構えながら使えるので千雨は必要に応じて使い分けている。

 

 先日はエヴァンジェリンに警戒されていたため探索魔法しか使わなかったが、今日は隠す必要がない上、眠いのか机に突っ伏しているので遠慮なく使うことにした。

 

(うーん……やっぱり神楽坂は反応なし、か。シャウトなら通じるかと思ったが、これでも駄目だとお手上げだな)

 

 シャウトも魔法の一種だが、太陽から降り注ぐ魔力を消費して発動する魔法の神(マグナス)由来の魔法とは扱いが大きく異なる。

 シャウトは現在は失われたドワーフ(ドゥエマー)の特殊な音を利用する魔法──【トーナル・アーキテクチャ】と同系統の技術である。

 魔法よりも上だと思われがちだが、原理はともかくシャウトも【魔力の盾】などの防御魔法で防がれることがあるので、絶対的な力というわけではない。

 

 ちなみに明日菜を除いた先日反応しなかったメンバーは、オーラ・ウィスパーには全員しっかりと反応していた。

 千雨もまさか魔法を完全に防ぐ体質の持ち主がいるという考えには至らなかったようで、これ以上の詮索はやめることにした。

 ちょっと……いや、割と馬鹿だが見ていて飽きないし、自分と同じくツッコミ気質という点も気に入っているのだ。

 

「あの、すみません」

 

 心の内で明日菜に酷い評価を下しながら乱闘騒ぎを眺めていると、背後から声をかけられた。

 振り返ってみると、先日屋上でエヴァンジェリンに付き添っていたロボ少女──絡繰茶々丸(からくりちゃちゃまる)がボックスティッシュを両手で支えながら立っていた。

 

「千雨さん。先程は何かおっしゃりましたか?」

「ああ、あんたはロボ子だから聞き取れたのか」

「私はロボではなくガイノイド──補足するとアンドロイドの女性形です。

 質問を続けますが、先程の発音は通常の人間が発声可能な音域を大きく逸脱していました。どういうことでしょうか」

「……放課後にでも教えてやるから、今は深堀りしないでくれ」

「わかりました」

 

 純粋な好奇心で質問してきているようだが、クラスメイトがほぼ全員揃っている状況で答えていい話ではない。

 なお千雨はまだ知らないが、千雨の一つ前の席には茶々丸の共同開発者の一人である葉加瀬聡美(はかせさとみ)が座っている。

 

「ところで、どうしてティッシュを持ってるんだ?」

「マスターが花粉症を患っているので……」

「は? 花粉症? マクダウェルってアレ(吸血鬼)なのにか?」

「うるさい! 力さえ失っていなければ、こんなものかかってないに決まってるだろう。

 昨日は満月だったから調子が良かったのに、朝起きたらこれだ!」

「……あんたも色々と苦労してんだな」

 

 先日は真祖の吸血鬼(ハイ・デイライトウォーカー)だとのたまっていたが、千雨から見たエヴァンジェリンはただの偉そうな子供だった。

 もちろん、立ち振る舞いや纏う雰囲気から強者の力は感じ取れるのだが、タイミングが悪いのかイマイチ締まらない。

 千雨の監視を兼ねているのでしょうがなく学校に来ているが、普段なら間違いなく授業をサボっていただろう。

 

 そうこうしていると前方の扉が開いて担任教師であるタカミチが姿を表した。

 明日菜が大暴れしていて回収しそこなった黒板消しやロープには引っかからなかったようで、普通に回収して右手に持っている。

 

「おはよう、明日菜君。朝から元気だね」

「た、高畑先生! お、おはようございます!」

「そろそろホームルームの時間だから席につこうか」

「は、はい! ほら、いいんちょ(あやか)もさっさと席に座りなさい!」

「むぎゅっ!?」

(……やっぱり神楽坂も普通じゃねえわ)

 

 ものすごい勢いであやかを投げ飛ばして強制的に着席させて、身体能力だけで目にも留まらぬ速さで着席した明日菜の姿を眺めながら、普通ってなんだっけと思う千雨であった。




今回は少なめな用語解説

alduin(アルドゥイン)
ドラゴン語で『破壊者(Al)』『喰らう(Du)』『支配者(In)』という意味の名を冠しているドラゴンの王。
太古の人々からは『世界を喰らう者(World Eater)』と呼ばれ恐れられていた。
ドラゴンとはアカトシュによって生み出された種族であり、アルドゥインは一番最初に作られた最高傑作である。
かつてはアルドゥインがドラゴンたちの王に君臨して世界を支配していた。
しかし、その状況を良しとしなかったキナレスというエイドラが人類にシャウトの扱い方を授けたことで状況は一変した。
最終的に人間とドラゴンの間に勃発した竜戦争によってドラゴンの大半は肉体を殺され、アルドゥインも滅ぼされたと思われていたが現実は違っていた。
星霜の書(エルダー・スクロールズ)の力で時の彼方へと追放されたアルドゥインは遠い未来、復活することが決まっていたのだ。
予言された未来こそがアルドゥインの壁に記された壁画であり、アルドゥインの生みの親たるアカトシュが歴史に干渉し続けた証明でもある。

星霜(せいそう)(しょ)
エルダー・スクロールズとも呼ばれる出自不明の書物。
一説によると原初の時代に分かたれた創造の欠片であるとされている。
巻物のような構造になっていて、引き出すことで内容を確認することができる。
しかし常人では内容を理解することはできず、解読できる者も読み続けていると失明してしまう。
過去、現在、未来、全ての事象が記されているが、単なる預言書ではなく様々な用途がある。
確認するたびに現存数が変化するため、現在何冊存在するかは誰にもわからない。
現存数が不明のため特定の1冊を指す場合を除き、複数形で言い表される。
ドラゴンボーン・ギャラリーには千雨の集めた3冊の星霜の書が保管されている。

【クヴァッチの英雄(えいゆう)
200年前のオブリビオン・クライシスで活躍した英雄。TES4(オブリビオン)主人公(プレイヤーキャラクター)でもある。
シロディールの勇者、グランドチャンピオン、戦士ギルドマスター、アークメイジ、聞こえし者、グレイ・フォックス(盗賊ギルドリーダー)などの呼び名もある。
ある時期を過ぎてから行方知れずとなっており、ニベン湾にある小島に向かったという目撃情報のみが残されている。

【オーラ・ウィスパー】
l1s(ラース)(命)』『y2(ヤハ)(探索)』『n6(ニル)(狩り)』の3語で構成されているシャウト。
『命』という意味のドラゴン語が組み込まれているが、命を持たない相手も探知できる。
効果時間が長めなので使う機会の多いシャウトのひとつである。

トーナル・アーキテクチャ(Tonal Architecture)
宇宙の法則を書き換える古の魔法。詳しいことはあまり分かってはいない。
ドラゴンの扱う『スゥーム(Thu'um)』、レッドガード(砂漠の民)の強力な戦士の集団『ソードシンガー(Sword-singer)』の歌、『緑の歌声(The Green Singing)』に記されている紡ぎ手などが同系統の魔法であるとされている。
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