███:長谷川千雨は最後の竜の血脈である。 作:庭師代行
「それと最後にひとつお願いがあるのですが」
「……まだあるのかの」
「これで
金と幽霊の話を終わらせた千雨は思ったより時間がかかったので手短に作業場を用意できないか近右衛門に尋ねた。
千雨は気楽に尋ねたが近右衛門は瞳を閉じて思案を始めてしまった。
しばらくして考えがまとまったのか目を開けた近右衛門が口を開く。
「悪いが心当たりはないのう。麻帆良は関東の魔法使いが多く集まる地じゃが、誰も使っておらん工房はない。
そもそも簡単な作業ならともかく、本格的に魔法道具や武具を製造する者は麻帆良には住んでおらんのじゃ」
「そうですか……残念です」
この手の職人は人里離れた山奥や魔法使いの隠れ里、
認識阻害や思考誘導の魔法にも限界があるので、どうしても人目につかない場所に行くしかないのだ。
簡単な魔法薬の作成や武具の手入れ程度なら一般的な魔法使いでも可能なので、麻帆良に住む魔法使いも不自由はしていない。
もし必要になったときは
後日、それを知った千雨は魔法使いなら使い魔とか使ってやり取りしないのかよとツッコミを入れていた。
「ワシが所有している土地なら問題にはならんじゃろうが、肝心の建物がないからのう」
「それなら建物は
「それは構わんが……では後ほど裏の事情に詳しい施工業者を紹介しようかの」
「ああ、いえ、それには及びません」
「本当にいいのかの? それでは不都合があれば、この連絡先に電話かメールをしとくれ。
ワシとの直通の連絡先じゃ。タカミチ君を通してでは余計な手間になるじゃろうからな」
近右衛門の申し出を千雨はやんわりと断った。
千雨の返答を自分で施工業者を探すという意味だと受け取った近右衛門だが、近い先で千雨から報告を受けて腰を抜かすことになる。
「魔法使いでもケータイとかパソコンを使うんですね」
「隠れ里に住んでおる魔法使い以外は一般人と同じような生活をしておるからの……そうじゃ、ついでにこれも渡しておこう」
「……まほネット公式ガイド2001と電子精霊実践入門? なんですかこれ」
そこら辺の書店に並んでいそうなソフトカバーの本(バーコードや
先日渡された本はハードカバーの英語で記された本だったのだが、こちらは日本語表記で書かれていて表紙も普通の参考書によく似ている。
2冊ともにCD-ROMが付属していて完全にファンタジー要素ゼロである。
「まほネットは魔法使いたちが使うネットワークでダークウェブというものを利用しとるらしいが、ワシもあまり詳しくなくての。
電子精霊はその名の通り、電子ネットワークや光通信に干渉できる近年生まれた精霊じゃよ」
「……ふ、ふふふ、そうか、そりゃそーだよな。ロボ子を作れるんなら当然こーいうことぐらいできるよなあ」
「ち、千雨君……?」
「ああ、あんとき調子に乗って攻撃してきたクソ野郎は
だから妙な動きをしてたんだな。ほんの少しだけ手こずらせられたけど、返り討ちにしてやったがなッ!」
不可侵の領域だと思っていた
数年前、
その後、逆上した相手が未知のプログラムを使って千雨のパソコンにハッキングを仕掛けてきたのだが、そのプログラムこそが電子精霊だったのだろう。
大した知識を持っていない未熟な相手だったとはいえ、電子精霊をプログラミングスキルだけで追い払った千雨の技術がおかしいというエピソードである。
余談だが電子精霊でハッキングを仕掛けた犯人は千雨に撃退された後、複数の悪事が魔法使いに露見してオコジョ刑に処されている。
「……すみません、取り乱しました。こちらの本はありがたくいただきますね」
「フォッフォッフォ、まほネットなら
それと、わかっておるじゃろうが……」
「フフフ、分かってます。電子精霊を悪用なんてしませんよ?」
「……渡すの早まったかのう」
新しいおもちゃを手に入れた子供のような目をしながら二冊の本を見ている千雨に、近右衛門は
千雨も悪さをするつもりはないが覗き見たりする程度ならいいだろと思っているので、近右衛門の不安は間違ってはいなかった。
近右衛門の胃壁と頭皮にダメージを与えながらも話を終えた千雨は、暗記した地図を思い返しながらエヴァンジェリンに教えられた住所の場所へと向かった。
いよいよ花粉症に耐え切れなくなったのか、放課後になると同時に住所を書いたメモを投げ渡すと家に帰ってしまったのだ。
「ここがマクダウェルの家か……意外といい趣味してるな」
てっきり廃墟のようなボロ小屋か、おとぎ話の魔女の家のような場所に住んでいると思っていたが、予想に反してエヴァンジェリンの家は綺麗だった。
見た目は煙突が備え付けられた立派なログハウスで、吸血鬼の住処というよりは
さっき言っていた『別荘』とは、ここのことを指しているのかと思いながら、千雨は紐を引っ張って玄関の上部に備え付けられた呼び鈴を鳴らした。
「鍵は開いています。どうぞお入りください、千雨さん」
「おじゃましま──絡繰、なんでメイド服着てるんだ?」
「マスターの趣味です」
「そうか……似合ってるとは思うぜ」
「ありがとうございます」
扉を開けると太ももの半ばまでしかない膝上スカートに太ももまであるニーソックスという、コスプレのようなメイド服を着込んでいる茶々丸が千雨を出迎えた。
おまけに、なぜか両腕で茶々丸に似た意匠の操り人形を抱えている。
似合ってはいるが
そもそも千雨の性的指向は異性相手だけなので、服飾技術の参考以上にはならない。
反応に困った千雨は無難に褒めるぐらいしかできなかった。
予想外の出迎えにゲンナリとしながらログハウスの中に入ると、ソファーの上でワイングラスを傾けながらエヴァンジェリンが待ち受けていた。
「フン、遅かったじゃないか」
「悪い、待たせたな。ミニスカメイドロボ子好き吸血鬼」
「……言っておくが、あの服自体は私が作ったが選んだのは茶々丸だぞ。
普通のクラシックスタイルのメイド服も用意していたのに、どうしてあんなキワモノを選んだのか理解できん」
「自作してるのか」
「
服飾に関しては
そう言われてもう一度茶々丸のメイド服を注視した千雨は、思っていた以上に高度な技術が織り込まれていることに驚いた。
見た目のインパクトで最初は気が付かなかったが生地も上質な物が使われており、手間暇をかけて作られたものだと
エヴァンジェリン
「それでは向かうとするか」
「ここで話すんじゃないのか?」
「言っただろう? 面白いものを見せてやると」
黙って付いてこいと言わんばかりにスタスタと歩いていくエヴァンジェリンに困惑しながら、千雨は彼女の後をついていく。
地下室への階段を降りた先には、多種多様の人間と同じぐらいの大きさの人形が並べられた部屋があった。
そして大量の人形の間を縫うように進んだ先の部屋に、エヴァンジェリンの言う面白いものが明かりに照らされて鎮座していた。
「なんだこりゃ。ジオラマみてーだけど、ボトルシップの一種か?」
部屋の中央にあったのは、塔のようなミニチュアのジオラマと水が入っている直径1メートルほどの大きさの横向きのフラスコだった。
口の部分はコルク栓のような物で蓋がされていて、床には
「ククク、あながち間違いではないな。では魔法陣の上に乗れ」
「……乗った瞬間、爆発したりしないよな」
「そんなセコい騙し討ちなどするか。いいから早く乗れ」
魔法陣を見ると破壊魔法の【罠魔法】が思い浮かぶため、千雨はつい身構えてしまった。
呆れながら急かしてくるエヴァンジェリンを信用して、千雨は一歩前へと踏み出して魔法陣の上に乗った。
するとカチリという音がして、それと同時に千雨の体が見知らぬ空間へと移動していた。
千雨の視界には青い空と地平の彼方まで続く海、そして海上にそびえ立つ巨大な塔が広がっていた。
千雨が立っている直径10メートルほどの円柱状の塔とは、手すりのない簡素な通路で繋がっている。
「ここは……まさかッ!? おい、マクダウェル! まさか、ここはあのジオラマの中じゃねーよなッ!?」
「そのまさかだ。ここは貴様が先程まで見ていたジオラマ──ダイオラマ魔法球の内部だ」
周囲を見渡した千雨は一瞬で現在地がどこか気がついたようで、後を追って転移してきたエヴァンジェリンに駆け寄って問い詰める。
今まで千雨は何度も次元を超えたことがあるが、神々のような超常的な存在が作った領域ばかりで人為的に生み出された空間には訪れたことがない。
「これはマクダウェルが造ったのか……?」
「ああ、そうだ。私の師匠は時間や空間の操作が得意でな。卒業祝いに造り方を教わったのだ」
「……参考までに聞きたいんだが」
「なんだ?」
「もし同じような物を買うとしたら、どれくらい金が必要か分かるか?」
驚きのあまり感情が一周した千雨は能面のような無表情でエヴァンジェリンに問いかける。
「あらかじめ言っておくが、これは
私の他に造れる術者が残っているのかすら怪しいが、まず間違いなく市場には出回らんだろうな。金を積んで買えるような代物ではないから諦めろ」
「…………そうか」
10秒ほど黙りこくった千雨は、苦虫を噛み潰したような顔をしながら重々しげに言葉を返した。
あまりにも物欲しげにしている千雨の姿に悪戯心が働いたエヴァンジェリンは、よせばいいのに余計な一言を発してしまう。
「だが、どうしても欲しいのなら土下座して私の足を舐めれば造り方を教えてやらんことも──って本当に土下座する奴があるか!」
「うるせーっ! こんな超便利アイテムが手に入る機会を見過ごせるかッ!
足を舐めてほしいのなら好きなだけ舐めてやるから、さっさと造り方を教えてくださいやがれ!」
「ええい、土下座したままにじり寄ってくるな、気持ち悪いぞッ! それだけの力を持ちながら貴様にプライドはないのか!?」
「私だって足を舐めたきゃねーけど物欲が上回ってんだ。ってコラ、逃げんじゃねーよ! ちっ、こうなったら……
業を煮やした千雨は後ずさりしているエヴァンジェリンに向けて『
本来は冷気で攻撃するシャウトだが、千雨は黒の書で移動した先で相手を凍結させて拘束する
突然の不意打ちに反応できなかったエヴァンジェリンは魔法障壁を張る前にフロストブレスが直撃してしまい、頭と足以外が氷塊に閉じ込められた状態で地面の上に転がっている。
「私が氷の魔法を得意としている当てつけか、貴様ッ!」
「いや、マクダウェルの得意な魔法とか知らねーし。んじゃ、約束は守ってもらおうか」
「クッ……おい、チャチャゼロ、茶々丸! 見てないで止めろ!」
「ンナコト言ワレテモナ。最初ニ約束シタノハ御主人ダローガ」
「千雨さんはマスターとの契約を履行しようとしているだけです。この場合は静観するべきかと」
「従者なら
雲ひとつない青空の下、エヴァンジェリンの悲痛な叫びが響き渡る。しかし彼女に救いの手を伸ばす者は誰もいなかった。
結局、千雨はエヴァンジェリンの足を舐めたりはしなかった。少し涙目になっていたエヴァンジェリンを見て冷静になったのだ。
千雨も物欲のせいで暴走していたとはいえ、いきなりシャウトを使って攻撃してしまったのは悪いと思っており、先程からエヴァンジェリンに謝り倒していた。
「なあ、そろそろ機嫌直してくれよ。あ、そうだ。自家製のハチミツ酒もあるけど飲むか?」
「……寄こせ」
塔の屋上の階段を降りた先の部屋で、千雨はスカイリムから持ち込んだ酒をエヴァンジェリンに振る舞っていた。
現代の酒と比べると味は少し落ちるが、
千雨も
肉体的には12歳で成長が止まっているが千雨の体は代謝が異様に良くなっていて、酒を飲んでもほとんど酔わない体になっていた。
スカイリムは寒冷地なので若年層でも酒を飲む文化が一般的で、千雨も
どれだけ飲んでも軽くしか酔わないので他のメンバーが先に酔いつぶれてしまって、しょうがなく介抱したことも両手では数え切れない。
1度だけ意識を失うまで酒を飲んでしまい、目を覚ましたら遠く離れた
酔って意識のない間に
「異界……いや、この場合は異世界というべきか。あちらの酒も悪くはないな」
「なあ、前から気になってたんだが、その『異界』と『異世界』ってなにか違いがあるのか?」
「言い回しの違いで本来は使い分ける意味などない。理論上、
エヴァンジェリンの説明によると、この地球には大なり小なり様々な世界が存在しているらしい。
一番有名なのは魔法使いたちの本国である
エヴァンジェリンの師匠は最も異世界に近いとされている次元の狭間に住んでいるが、彼女でも
宇宙そのものが多層構造になっている惑星ニルンとは違い、地球は同じ宇宙に複数の世界が存在しているのだ。
エヴァンジェリンの『
人工的に作り出した極小サイズの世界であり、時間の流れる速さすら作成時に設定できるそうだ。
「ちなみに私の別荘での1日は、外の1時間と同じになるように設定してある」
「精神と時の部屋モドキかよ……なあ、マクダウェル」
「言いたいことは分かるが、まずは私の要件から聞いてもらおうか。
それと私のことはエヴァと呼んでいいぞ。どうせ貴様とは
ギラギラとした目で見つめてくる千雨を手で遠ざけたエヴァンジェリンは、酒の影響で少し赤くなった頬に手をあてがって頬杖をつきながら本題を切り出した。
【オコジョ
魔法使いの世界における刑罰のひとつ。
オコジョの姿にされるという字面はギャグっぽいが、実際はかなり重い刑罰である。
思考力と言語能力こそ残されるが、それ以外はオコジョ基準まで落とされる上、その姿で日常生活を強制される。
当然魔法も使えないため、かなりの精神的苦痛が
【
魔法陣を設置して、その魔法陣に触れた相手に効果を与える魔法。
千雨は炎、氷、雷、錯乱、毒、
罠を仕掛けて敵を待つより自分から踏み込んだほうが手っ取り早いので、千雨はほぼ使わない魔法である。
【ダイオラマ
ダイオラマとはジオラマを英語で発音した場合の表記なので意味としては変わらない。
事実上、
極稀に気まぐれで取った弟子に教える場合もあるが、ここ数百年ではキティしか弟子は取っていない。
【フロストブレス】
『
ドラゴンは例外なく炎か氷、どちらかのシャウトを必ず習得している。
千雨は攻撃的な魔法やシャウトの才能が高くないので、一定以上の強さの相手には攻撃手段としては通用しない。
似たような効果を持つ【
【マルカルス】
千雨の嫌いなスカイリムの都市ランキング堂々の1位。
非常に治安が荒れており冤罪逮捕事件(鉱山送りにされたが囚人と一緒に脱獄した)の他に、
ポルターガイストが起きる家(モラグ・バルのアーティファクトが隠されていた)
街に入って速攻で起きる殺人事件(やり直してダッシュで駆け寄って助けた)
都市としては嫌いだが、頑張って現状を改善しようとしている首長や一部の住人のことは嫌っていない。
【サングイン】
快楽、色欲、道楽、
千雨は人間の男に化けたサングインと飲み比べ勝負をした。
千雨が出会ったサングインは明るい面が大きく出ていたが、それは残忍な一面を見せていなかったに過ぎない。
サングインという名は『陽気』『楽天的』という意味の他に『残忍』『血に飢えた』『血の色』といった意味を併せ持っている。
「お前のおじであるサングインからの影響が、進むべき道をわずかに修正する助けになるかも知れんな……」