ホープ
かぎりのない、ゆめまぼろし。
まどろみの中、つけっぱなしだったテレビの音が聞こえる。
『……今年もまたジムチャレンジの季節がやってきましたね。現チャンピオンが就任してから20年目の年となりますが、伝説が破られるのでしょうか?!』
『……チャンピオンって少なくとも30歳は越えているはずですけど、全然そうは見えませんね! 私が子供のころから見て変わって……』
寝起きで頭がぼんやりする。テレビのコメンテーターのどこかで耳にしたような会話も聞き流しながら、キッチンにある水差しから一杯冷水を飲む。
部屋は静かだ。
「とうさんも、かあさんも仕事かな?」
研究所の方にいるんだろうかと思っていると、ちょうど書置きを見つけた。
『夜には帰るぞ! ホップ』
『お小遣い置いといたから、昼ご飯はちゃんと食べるのよ! ソニア』
他には、いくらかの紙幣が置いてある。これで外で食べろということらしい。
ソファーには、我が家のワンパチがのんびりと居眠りをしていた。母さんは連れて行かなかったらしい。家には誰もいないから、放っておくと昼食を食べ損ねてしまう。
「ほら、ごはん食べにいくぞ、ワンパチ!」
「?!。……ワン!」
くいしんぼうだからか、一発で起きたワンパチに苦笑。
ふと、テレビがまだ点けたままなことに気が付いた。
『最近ムゲン団というのが出回っているそうですよ』
『それは他の地方にいるという、いわゆる悪の秘密結社なのですか?』
『どうなんでしょう? ムゲン団を名乗る集団が暴れていたという話はありますが、大きな実害が出たという話は今のところないですね、ですが、ジムチャレンジのこのシーズン、若者が旅するわけですから気になりますね』
『そうですね、20年前のジムチャレンジ中も、スパイクタウンのエール団が妨害行動を起こ……』
話題が変わっており、気になる話だった。
ムゲン団という組織の名前は初めて聞くし、何しろオレもジムチャレンジするのだから。
「いってきまーす!」
ワンパチを連れて、無人の家を出た。
ハロンタウンには食事を取る店はないので、ブラッシータウンの方へ歩いていく。
テレビで知ったムゲン団。活動内容が不明なだけあって、細かい話は印象に残らなかったが、ちらりと出てきた制服が印象に残っていた。
何かを掴もうとする手のモチーフのロゴがある、オシャレな喪服。
「あ……」
まさにその恰好をした二人組がブラッシータウンの駅の方から歩いてきた。
「ちょっと待てよ! お前たち、ムゲン団ってやつだろ!この先に何しにいくんだ?」
「なんだ、ガキィ。おいおい、人様に尋ねる口調じゃねえぞ」
「まったくだ、親の顔が見てみたいぜ」
「そのまま、そっくり返すぞ!おっさん。ここから先に進むってのなら、オレが相手だ」
この道の先には民家が一つと、まどろみの森しかない。まどろみの森は神聖な場所だって、とうさんが言っていた。そこを荒らすっていうんなら、止めないといけない!
「あー、やだやだ。急がなきゃならないってのによ」
「そーだぜ。手早く済ませるか。まずはオレからいくぜ」
そう言って、手前の男がモンスターボールからマニューラを呼び出した。
「いくぞ、ワンパチ! ポケモンバトルだ!」
「キャンッ!」
「ワンパチッ! くそっ、スピードが足りないか」
マニューラのスピードに追い付けない。全体的にレベルが足りていない。元々かあさんのポケモンで、自分のポケモンバトルの練習に付き合ってもらっていた程度だから当然だ。
「弱いくせに、口だけはよく吠えたな。懲りて降参しろよ」
「ちょっと待った! その勝負、私も混ぜてよ」
そこにはどこか見覚えのある少女が立っていた。
地味な服装に身を包み、傍らには護衛のようにインテレオンがたたずんでいる。
「なんだ、こいつの友達かぁ。めんどくせぇな」
「あなたたち、急いでいるんじゃないの? 追手が来ているとか?」
「ちっ、下手な問答をしている方が時間の無駄だ。だが、そこの坊主と組んで、タッグバトルにしてもらうぞ。こっちも時間が押しているもんでね」
今まで黙っていた男が発言した。確かに、シングルバトルを繰り返すより、タッグバトルの方が早い。だけど……
「なっ、卑怯だぞ! こっちには、ダメージを負ったワンパチしかいないのに」
「気にしなくていいよ、余裕だから」
「オーケー、成立だな。なら、ニャイキング、『きりさく』だ!」
もう一人の男がニャースの進化系、ニャイキングを繰り出した。
ニャイキングははがねタイプ、タフなタイプだ。
「マニューラ、こっちも『きりさく』だ」
マニューラの速い『きりさく』と、ニャイキングの強い『きりさく』が同時にインテレオンを襲う。弱ったワンパチを無視して、体力のある方を集中して落とす作戦だ。息のあったコンビネーション。こいつら、戦い慣れている!
「まずい、ワンパチ、マニューラに『ほっぺすりすり』だ!」
ブラフでもいい。なんでもいいから気を引いて、2対1の構図を崩さないと!
インテレオンに迫るマニューラに、傷ついたワンパチが追いつけるかわからない。けど、マヒが通れば、マニューラの速さという怖さが消える。
「大丈夫だよ、インテレオン、『ねらいうち』」
少女が鋭く、マニューラを指した。トレースするようにインテレオンも指を差し、キュンという空気を穿つ音がした。
同時に、殴られたようにマニューラの体が吹き飛び、そのままニャイキングを巻きこみもつれあう。
「『ねらいうち』」
キュンという音が再び。今度はマニューラを抱きかかえるようになっていたニャイキングの体が横にピンボールのように弾かれる。
砂埃が舞う。2匹のポケモンはゴロゴロと転がって、起き上がって来ない。
束の間の静寂。
「勝負あったわね。まだやるかしら?」
少女が指先を男たちに向ける。ただの指のはずなのに、恐ろしい凶器のようだった。
次の瞬間には、マニューラとニャイキングと同じ目に合いそうだ。
「おいおい、おまえ、まさか……」
「ちっ、まずいな。ずらかるぞ」
男たちはポケモンを連れて逃げ出した。
「おまえ、強いんだな」
正直いって悔しい。けど、それ以上に、さっきの光景が目に焼き付いて離れなかった。
耳には『ねらいうち』の空気を穿つ音が残響している。
「まるでチャンピオンみたいだったな」
さっきの指差しの真似をして指を差し、気分が乗ってくるりと回って天に掲げた。
「それってダンデさんの?」
「おっ、オレたちが生まれる前なのに、よく知っているな。リザードンポーズって言うんだ」
先代チャンピオンのダンデは何を隠そう、オレの叔父にあたる。ポケモンバトルの師匠なんだ。
「懐かしいなあ」
「実はオレの師匠なんだ! すごいだろ!」
「ダンデさんはすごいと思うけど、君は負けてたね、はい、きずぐすり」
「ぐっ、いろいろ試している最中なんだよ。いろいろ試したオレはムッチャ強くなってる……はず!」
ワンパチに、と差し出されたきずぐすりを使いながら、答える。
「なぁなぁ、この辺じゃ見ないよな」
「うん、ちょっと用事でね。あんまり定住はしてないけれど、ラテラルタウンにいることが多いかな」
「おー、あの大きな時計台ができたところだな! いってみたいな」
少女はやっぱりどこかで見たような気がした。
年のころは自分と同じくらい。地味に見えた服装も、ところどころ、ポイントやラインが入っていたりしてオシャレに見える。あまりハロンタウンやブラッシータウンには見ないタイプだ。
このまま、ここで別れて終わりにはしたくなかった。
「ようし、二人でまどろみの森を守った記念に連絡先交換するぞ!」
「え、突然だね」
「そうだな! な、おまえもそんだけ強いんだったら、ジムチャレンジするんだろ? 連絡のやりとりしようぜ」
「ジムチャレンジかあ。うん、まあ、参加はするよ。連絡先交換ね」
「やった! オレはホープっていうんだ。よろしくな」
「私は……グローリアっていうよ」
「おう、グローリアか。いい名前だな!」
ワンパチの治療も終えて、連絡先も交換した。
「今度会うときはおまえより強くなっているぞ」
「うん、期待して、いつまでも待っているよ」
グローリアの視線がまるで眩しいものを見るみたいで、その夢は叶わないだろうとでも言いたげだった。
「ううー、完全な上から目線だな」
「実際に私の方が強いし」
「今は、だぞ。未来は誰にも分らない!」
強がってそういうと、なぜかグローリアのインテレオンが立ちふさがるように、オレとグローリアの間に割り込んできていた。
「そうかもね。それじゃあ、バイバイ」
グローリアはもう背を向けていて、顔は見えない。たまらなく、さみしく、悔しく思えた。
クールで、大人びていて、儚げで、ポケモンバトルが強い。姿を思い出すたびに、胸が高鳴ることに気づいたのは帰り道だっだ。
ホープ
新人公。
グローリア(偽名)
妙に洗練された地味風のファッション。
ムゲン団の過激派の動きを耳にしてやってきた。
とあるゲームにおいて、英語で女主人公を選択したときのデフォルト名。
チャンピオン ユウリ
約20年前に起こった災厄、ブラックナイトを止めた英雄。
以来見た目が変わらないまま、チャンピオンとして君臨している。
ガラルが誇る、皆の憧れ! 不老不敗のファッションリーダー!
ムゲン団総帥 ■■■
初恋に敗れ、重圧に潰れた少女の成れの果て。