あらゆる物を踏みつけ、別れを告げて、ムゲンダイナの背に乗り過去へとやってきた。
なのに。
「ん、ユウリのそっくりさんか? ここは危ないから逃げたがいいぞ。じゃあな!」
ホップは振り返らず、去っていってしまった。
過去の世界で見つけた、懐かしい過去のホップは、私を自分の知るユウリとは認めなかった。
かってのホップは私がどんなにオシャレをしても気にすることはなかった。
当時は気づいて欲しくて、やきもきする思いを抱えて、むきになってファッションにのめり込んでいったが、ホップは見ていないわけではなかったのだ。
写真や動画で見比べて、昔と変わりないことは自分の目で確認していたのに、ホップの目にはそうは見えなかった。
「もう、どうでもいいや」
『私』に至らない違う未来が欲しい。
ザシアンがきっかけで、ホップは博士を目指した。私がザシアンを止めていたら、私と歩む道もあったのかもしれない。
その可能性が見たかった。
ホップの前で過去の自分の振りができないのなら取れる手は限られるが、なにもできないわけじゃない。
なのに、やる気が起きない。ぽっきりと折れてしまった。
私はとっくに時間切れで、みっともない悪あがきは無駄に終わろうとしている。
のろのろと、ホップの行き先を先回りして、ホップがザシアンをなだめるところを眺める。
ホップは傷だらけになりながら、ザシアンに向かい合う。
ザシアンが暴れるのなら、行動不能にしてから落ち着かせればいい。私なら、そうする。
それをホップはなだめることで、ザシアンを信じて落ち着かせている。
それが私とホップの違いで、道が分かれた理由なのかとぼんやりと考える。
この後、過去の私が来て、ホップと戦って、博士になるという夢を告げられる。
さながら、ネジがネジ穴にはいるように、過去と同じ出来事が起きる。
足音がして振り向くと、マサルが来た。
わざわざ、過去の世界まで追いかけてきたのか。
見つかったがもうどうでもいい。疲れてしまった。
「おまえ……ひどい顔をしてるな」
「ほっといてよ。安心して、もう何もする気はないわ」
「はぁー、慌ててここまで追いかけてきたってのに、なにやってんだか」
すぐそばに、マサルはどかっと乱暴に座り込んだ。
「おまえって不敗不老なんだってな。永遠のチャンピオンっても呼ばれてるって聞いたよ」
「年を取ってないのは本当だよ。ポケモン以外は負けてばっかりだけどね。今も負けたばかりよ」
不老不敗は事実だ。けれど永遠は違う。いつかは私も負けていただろう。永遠なんてない。
けれど、永遠が欲しかった。
そこにあった可能性。
思い出の中の永遠。
私はそんなものが欲しかった。
「すげーなー。俺もそんな風に呼ばれてみたいもんだよ。俺なんか『最弱多敗、刹那のチャンピオン』だぞ。そうしてみると、色々違うんだろーな」
多敗のチャンピオンとはつまり、何度も負けては取り返してきたんだろう。そんな変則的なチャンピオンなど、聞いたことがない。
結局、マサルは何者なんだろう。
どこからか、ムゲンダイナを呼び出していたし、正体不明なままだ。
こんな私の前で、慰めるように無言で座り込んでいるぐらいだから、 きっと悪い人ではないんだろう。マリィも気に入っていた。
腰から一つモンスターボールを取り外す。
ムゲンダイナ。
2万年前に宇宙からやってきて、これまで孤独に過ごしてきたポケモン。
ここまで付き合わせてしまったが、もう開放するべきだろう。
孤独を舐め合うようにやってきたが、ムゲンダイナはもう一体ではない。
「マサル、ムゲンダイナをお願い」
私は生きる意味を失ってしまった。私の道に先はない。
このまま過去の世界で野垂れ死にするかもしれないし、現代に戻って逮捕されるかもしれない。きっとろくでもない先が待っている。
私になついて、ここまで振り回し、連れてきてしまったが、もう開放するべきだと思った。
マサルは悪い人間ではないし、初めての同族との出会いだ。孤独はきっと癒される。
「おまえ、何があったか知らないけど、死ぬ気か……?」
「積極的にそうするつもりはないから安心して」
ザシアンがきっかけで、ホップは博士を目指した。私がザシアンを止めていたら、私と歩む道もあったのかもしれない。
その可能性が見たかった。
きっと、見ることはできない。
「いいんだな?」
モンスターボールが震えた気がしたが、ムゲンダイナをマサルは受け取った。
ムゲンダイナは初めての同胞と共に行けばいい。
「ね、あなたって何者……」
「いたっ!!! ユウリ、もう逃がさないぞ!」
言葉を遮るように、ドタバタと足音高くホープが現れた。
今更ながらの登場に、脱力してしまう。
「どこにも逃げないわよ」
呆れ、視線をザシアンを巡る騒動に目を向けた。
「え、そんな。どういうこと?」
過去の私が、ホップと戦うのを拒否した。あのころの私は、今以上にバトルこそが全てだったはずだ。
それがどうして、いったい。
私は過去の世界でも、何もなし得なかった。それは間違いない。
なのになぜ。
変化点はなんだ。
マサルはさっきから自分と一緒にいた。そして、マサルと一緒に来たはずのホープは今まで姿を見せなかった。
「ホープ、あなた、もしかして過去の私に会った?」
「うん? ああ、会ったぞ。母ちゃんともな。歴史変えないように、大したことは言ってないぞ」
そんなわけがない。
現に、過去の私は、今の私と違う道に進んだ。
改めて、ホープに向き合う。
ホップの息子。
私の絶望の象徴。
象徴、だったのかもしれない。
「ね、ホープ、なんでここまで来たの?」
「そりゃもちろん、ユウリを追いかけて、勝つためさ。約束だからな」
何度負けても、くじけない。かつてのホップを見るようだった。ホップはくじけないまま、違う道に進んだ。
チャンピオンを長くしてると、慕ってくれる人は増えていった。全てを捨ててここまで来たが、この子はここまで追いかけてきた。
「約束、ね」
約束なんて儚い物だ。そのときは真実だとしても、時間と共に状況は代わり、約束の土台は崩れいく。
ホープが私に勝ったら、交際するという約束。
なんとも即物的で、適当な約束をしたものだ。こんな約束で、追いかけてきたホープが信じられない。これが若さか。
過去の自分を見る。
ホップと過去の自分が、これからも一緒にいようと、約束をしていた。その約束があるならば、私は多分ここには来ていない。未来は分かれたと、少なくとも、私はそう信じられる。ここに来たことに意味はあり、悔いはない。
ホープ。
この子は自分がしたことがわかっているのだろうか。自らの手で、自らの帰る未来を閉ざした。もう帰り道はない。
やらなければいけないことはないし、責任取って面倒みないと。
恩もできてしまった。
「まさかそんな理由でここまでやってくるなんて、ね。思っても見なかったわ」
モンスターボールを握る。
ムゲンダイナは抜けたし、他のポケモンたちも体力は回復させたが、疲れは溜まっている。
だが。
その程度で私を抜けるほど、不敗という言葉は軽くない。
気合を入れなおす。
ここまでやってきたホープの前では、最強のチャンピオンでいてあげないと。
「いいよ、ホープの気がすむまで付き合ってあげる」
その後のことは多く語ることはない。
マサルとムゲンダイナに別れを告げて。
当たり前のようにホープに勝利して、かつてのムゲン団員に訪れた不幸を人知れず旅が始まったのだ。
手前に3体の凄まじいポケモンがいた。
時間。
空間。
反物質。
そして、その奥。
白く、果てしなく、大きいポケモンが座していた。
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